第2話 世知辛いから現実逃避
鎧の錆を見つけて、ああ、手入れをしなきゃな、と考える。
そうやって遠い目をして現実から逃避する。
なんで呼び出されたんだ……。
その答えは自分の中で検討がついていたが、それでもそう思わずにはいられなかった。
なにせ上層部からの呼び出しは唐突で、例の如く居酒屋にいた俺をユンが引っ張り出してきたからだ。
もっと別のタイミングがあっただろうに。自分の周りに微かに漂うアルコールの臭いに顔を顰める。
「こりゃ減給だな……」
ただでさえ薄給なのに。がっくりと肩を落とす。
呼び出された部屋はもう少しだ。重い足を無理矢理上げる。
話というのは恐らく、魔王の件についてだろう。
勢力を拡大しつつあるとは聞いていたが、想像よりもその勢いは凄まじいらしい。
この近辺でも魔王の勢力が迫っている。そう考えれば俺が呼び出されるのも頷けた。
まったくもって、碌な話じゃない。
ズキズキと痛み始める胃や頭に、眉を寄せる。扉の前に立つと、その痛みはピークに達した。
鉄製の扉には、国のシンボルマークである百合が描かれていた。
重苦しい圧が扉から発されているような気がして、行く気は益々萎み、尻込みする。
……うだうだ言ったってどうしようもない。
腹を決めて、扉をノックした。
「第三騎士団団長、アラン・オルフォードです」
「……入りなさい」
聞き覚えのある声に、扉を開ける。
中では真四角の机を囲むように椅子が置かれ、そこに何人かの男が座っていた。
……第一騎士団団長。それに第二、第四もか。
目線を動かしてそれぞれの人物を把握する。
国王、宰相や軍部に関わる上層部も座っていた。
「座りなさい」
「……失礼します」
第一騎士団団長と第二騎士団団長の間には空いた席があった。そこに座り、顔を上げる。
隣の第二騎士団団長が僅かに顔を歪めた。……酒の臭いか。思わず申し訳ない気持ちになる。第二騎士団団長が下戸だという話は有名だった。
顎に蓄えた髭をさすり、宰相は咳払いをした。
「今回集まってもらったのは他でもない、魔王対策についてだ」
ああやっぱり。
他の皆も特に意外そうにする素振りはなく、宰相は話を続ける。
「この王国にも魔王の軍勢は伸びてきている。よって警備体制を強化する他、勇者の召喚を行う」
とうとうか。眉を寄せる。
この王国がなぜ他勢力に潰されずに生き残ったか、なぜ広大な地を有したままでいられたのか。一重に、他国では保持されていない勇者召喚という魔法を保持しているからだ。
勇者というのは魔王と同等の魔力、戦闘力を持つ異世界からの渡り人のことだ。
勇者を取り上げた物語は世界各国に散らばってるし有名だ。吟遊詩人の十八番でもある。
他国からもこの召喚には一目置かれている。強大な国から疎ましいと排除されないのは、その力を失うことを恐れてのことだろう。勇者がいなければ魔王の討伐は極めて難しくなる。
その、勇者召喚に、なぜ俺たち各騎士団の団長が呼び出されたんだ……?
強ばった顔で真剣に話の続きを聞く。
「そこで勇者の指導役に、君たちの中から一人抜擢することに決めた」
思わず、俺たちは互いに見合わせた。第一から第四までの騎士団の団長、四人。その中の一人が、勇者の指導役。
勇者と言っても何も始めから強いわけではない。下手したら俺ら騎士団よりも弱い存在だ。
では何が優れているか。それは渡り人特有の魔力、潜在能力、成長スピードの高さだ。この渡り人特有の能力により、魔王討伐が果たせる。
……とどのつまり勇者はその高みまで育てなければ意味は無い。必ず誰かが補助しなければいけないのだ。
そしてその指導役の抜擢のために集められたのが、俺ら。
……うっわあああああ帰りてえええええ!!
面倒どころじゃねえ。クソみてぇな程厄介だ。
指導失敗しましたーなんて当たり前だが許されない。絶対に、魔王討伐が可能な程まで指導しなきゃならん。
責任重大なその役目に、俺はすかさず手を挙げた。
「失礼ながら、私は辞退させていただきます」
「ほう?」
鋭い視線が俺を射抜く。
「理由を伺っても?」
「……お恥ずかしい限りですが、私は新人教育に携わった経験が少ないです。そのため指導役には向かないかと」
「なるほど。しかしアルフォード団長は、以前の大戦でも活躍している。……辞退するには惜しいと思うが」
惜しくない!!!!
前髪をぐしゃぐしゃと掻き回すのをギリギリで耐える。
すると第二騎士団団長が手を挙げた。
「私はアルフォード団長を推薦します」
「どうしてかね?」
「アルフォード団長は先程も仰いました通り、確かに大戦で活躍した実績があります」
ちらり、と横目で俺を見る。
「……なにより、今は手が空いているようなので」
この野郎。
酒臭いのを暗に指摘しやがって。
ひくりと顔が引き攣る。
見ると周りも神妙に頷いていた。
……厄介事が嫌なんだな? そうなんだろ?
俺は頭に、以前の勇者召喚で指導役をぶん殴り放浪の旅へ出た勇者を思い浮かべた。
あんな事件になったら自分の責任にされる。確かに拒否したくなる気持ちは分かる。
「周りからも好意的のようだ。では、オルフォード団長、君に指導役を任せる」
そりゃないだろ……。
うっかり泣きたくなった。
その命令とも言える任命に、さすがの俺も拒否の意を唱えることは出来なかった。
「……謹んでお受けさせていただきます」
渋い顔をしているだろう俺は、ゆっくりと頭を下げて、その任命を受理した。
朗らかに笑う目の前の宰相の顔を誰か殴ってくれ。俺が殴ったらクビになる。
……そうか、俺以外でもクビになるか。世知辛いなぁ……。
――そうだ。ドナちゃんに会おう。
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