俺は彼女にプロポーズし続ける

nero

第1話 今日も惨敗また明日


 男たちの話し声。あちこちでグラスが打ち鳴らされる音。厨房から聞こえる調理の音。

 そんな普段通り騒がしい、俺のお気に入りの居酒屋で一人酒を煽る。

 そうして酒が仄かに香る舌に、口説き文句を乗せて彼女に笑いかけた。


「よぉドナちゃん。今日も素敵な黒髪だな」

「……どうも」

「俺と付き合わない?」

「遠慮します」


 こちらを一瞥もせずに、ドナちゃんは業務を淡々とこなしていく。

 ドナちゃんがホールを動き回る度、制服のエプロンがひらりと翻る。それになんとなく視線を向けながら、また、口を開く。


「じゃ、今週末デートに行こうぜ。海辺のカフェがオススメなんだ」

「すいません。お断りします」

「ありゃあ」


 けんもほろろに断られる。

 しかしそれに気落ちする俺ではない。なにせいつものことだ。


「クールな態度もまた可愛いよ」


 そう口にしても、ドナちゃんはちらりともこちらを見ない。澄ました表情のまま、厨房の方へと戻っていく。


「フラれ記録、通算103回目〜」

「うっせぇーよ!」


 どこからともなく聞こえてきた俺のフラれ回数を記録する声に怒鳴り返す。


 今日も惨敗記録を更新中だ。


 肩を竦めて、グラスに残った酒を飲み干す。すると周りから茶化す声が飛んできた。


「よぉアラン、今日も見事にフラれたなぁ〜」

「これで何回目だよ!」

「さすが、フラれ団長!」


 散々な言われようにガタリと立ち上がって吠える。


「黙って酒飲んでろ酔っ払い共!」


 その言葉に周りは「へいへい」だの「分かった分かった」だのふざけた返事をする。

 一応は大人しくなったのを確認して、はあ、と溜息を吐く。


 俺の口説きと、フラれて周りがからかうまでがワンセットだ。

 口内でちくしょう、と呟いた。見世物でもエンターテインメントでもねえんだぞ。


 残念なことに、俺の渾身の告白はフラれまくりの無視されまくり。遂にはこの居酒屋の恒例行事となってしまった。

 今でこそ、いつものことだと流すことができるようになったが、初めてフラれた時は落ち込みすぎて寝込んだ。


 俺は別に女ったらしでもなんでもない。単に一途にドナちゃんが好きで、口説いているだけだ。

 周りからはこうしてからかわれるが、それでも一応、本気ではある。


「店長、ビールもう一杯頼む!」

「飲みすぎんなよ、騎士団長さん」


 呆れた顔で厨房から顔を出す店長にへらりと笑う。


「俺が飲んでるってことは、一先ずこの付近は平和ってことだな」

「違いない!」


 どっと周りが爆笑する。

 騎士団長が居酒屋で真昼間から飲んだくれる。平和以外の何物でもない。


 そう、俺は一応は騎士団長という肩書きを背負っている。

 笑えばがしゃりと鎧が鳴る。王国の騎士団に与えられた専用の鎧だった。胸には俺の団の証である獅子のシンボルが刻まれていた。


 魔王が勢力を増している、というのは知っているが……未だ俺の元にはなにも指令が届いてない。多分、この近辺はまだ平和なのだろう。


「そろそろ忙しくなりそーだから、ここにはあんま来れねぇかな……」

「んだよアラン、急に真面目ぶりやがって〜」

「馬鹿、真面目ならここで飲んでねーよ」

「確かにな!」


 頼んだビールが俺の目の前に置かれる。細い指だ。運んだのはドナちゃんだった。


「ありがとな、ドナちゃん」

「……仕事ですので」


 黒曜石のような瞳がこちらを向く。それに見惚れながら、ぼんやりと肘をついた。


 好きだなぁ。と零れそうになるのを溜息で誤魔化す。

 告白は一日に一度だけ。そう決めていた。ただでさえ軽く見られているのに、これ以上は勘弁だった。


「ドナちゃんって俺のどこがダメなの? 顔? 性格?」

「……少なくとも仕事をサボるような方は論外ですね」

「言うなぁ」


 てっきり人相の悪い顔が、とか、粗雑な性格が、とかで言うと思ったら。

 仕事を言われちゃ肩を竦めるしかない。痛いところを突かれた。


「団長ー!!」

「お迎えですよ」

「タイミングがなぁ……」


 指摘された矢先にこれだ。頭を抱える。


 ふわふわとした茶髪が人波を縫ってこちらへ躊躇することなく近づいてくる。小柄な体格から、小猿に見えなくもない。


「またここに来て……仕事! サボらないでください!!」


 丸い目をぎっと釣り上げ、ぎゃんぎゃん喚かれて降参する。頭をガシガシと掻くと残りを一気に飲み干した。


「あーあー、うるせー小猿に見つかっちまった」

「誰が小猿っスか!?」


 そうやってきぃきぃ喚くところなんかそっくりだろーが。

 そんな言葉を飲み込む。沈黙は金だ。ああ、俺って偉い。


「聞こえてるんスけど!?」

「おっと。こりゃ失礼。正直な俺の口が……悪いなぁ」

「わざとでしょーが!!」


 それに大口を開けて笑うと、小猿、もといユンは益々顔を真っ赤にした。

 俺がフラれる理由がサボり癖なら、お前が彼女からフラれる理由は女みたいにかっかしてるからだろう。きっとそうだ。


「あんまり部下の人をからかいすぎないでくださいね」

「ドナちゃんがそー言うなら考えるよ」


 空になったジョッキの隣に硬貨を置いて、立ち上がる。


「じゃあドナちゃん、また来るね~」

「お仕事の時間外でお願いしますね」


 ……ホント、手厳しいったら。

 苦笑しながらひらりと手を振る。振り返されることは、なかった。

 扉が閉まる。カランと鳴るベルが少し寂しい。


「あーあ。折角の癒しが……」

「仕事終わってからにしてくださいよぉ……」


 情けなく眉を八の字にさせるユンに、申し訳ない気持ちは湧かない。ドナちゃんに会えた時間がいつもより短かったことにただ惜しいと思った。


 一緒にピラフでも頼んどきゃよかった。

 空腹感を今更ながらに感じて後悔する。きっと頼んでおけば食べ終わるまではこの小猿も待ちそうだったのに。


 過ぎたことはどうしようもない。

 口寂しさにカサついた唇を舐めながら、ぼんやりと空を眺めた。ハートの雲を探していた。


「団長!」

「はいはい。今行きますよ〜っと」


 さて、明日の告白の行方はどうなるだろうか。

 ハートの雲を見かけたら是非成功を祈っておこうと考えた。

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