本番、来る
「それから、デビューが決まってから連絡も一切寄越さねぇ。とんだ不良娘だ。だが……俺は、あいつにあんな顔させるために応募させたわけじゃあねぇっ……!」
店長の悲鳴にも近い告白に、南森も言葉が出なかった。
店長や神宮司、それに周りにいる演奏者の中にも、悲痛な表情をしている人間がいる。
心の色は一つだった。
みんな、不動瀬都那という女性を心配している。
どんなに悪態をついたって、大好きなのだ。
彼女の歌と、人となりが。
「私、なんとかしたいです……」
その一言は、やけに会場に響いた。
「私が、何かできるわけじゃないんですけどっ! その、なんて言うんでしょう、勢いかもしれないんですが、その、えーっと、あの、あの、あのっ! 私、不動さんが好きです……。助けてくれたんです。歌もかっこよくて、歌が好きな不動さんがキラキラしていて、その、えっと!」
言葉を詰まらせながら、目だけは真剣だった。
「……不動さんが、また歌が好きな不動さんになれるように……なんとかしたいです」
「……嬢ちゃん」
店長が南森の背中を叩いた。
「ありがとうよ、訳も知らないのに、そこまで思ってくれてよぉ」
「不動瀬都那が歌を好きになるには、これしかねぇ」
そう言って神宮司はギターを突き出した。
「俺たちが演奏で、アイツの心を取り戻す。俺は……その為にプロになって自分の技を磨いた」
「あぁ、だがそれだけじゃあな……白銀くじらの歌声でひっくり返そうってのか? やる気をたきつけるとか」
「話は聞かせてもらった!」
「え!?」
南森が思わず声を出す。
誰が話を聞いていたのかと振り返ると、そこには繭崎がいた。
彼はズカズカと足音を鳴らして南森たちの前に立つ。
「……」
後ろからこっそり、佐藤も付いてきている。
「ま、繭崎さん!」
「南森、すまなかった。不動 瀬都那さんが交通事故に関連すると聞いて、嫌なイメージばかりが膨らんでいた。だが、実際はそうではなかった。本当にすまない」
「い、いえ……、……?」
「それで皆さん。不動瀬都那さんと、正面からぶつかりたい。違いますか?」
「い、いやぁ。今そういう話をしていたんですがねぇ?」
店長がへりくだって喋る。
「……ぶつかる方法が、一個だけあります。それは、ウチの白銀くじらの協力が必要不可欠です。協力してくれませんか?」
「――えっ?!」
繭崎は何と言ったのか。
不動瀬都那と正面からぶつかる、その為には南森の力が必要?
「……ほら見ろ、やっぱりあるじゃないか」
ふてくされながら小声で佐藤がキレる。
「南森、曲数減らされた話は聞いたか?正直妨害は予想できた。だから事前に、対策は出来ていた。……俺には思いつかなかったアイデアだったが」
「あー。この流れで話すのなんだけど、うん。私のアイデア。悪いけどさぁー。私ロックとか分かんないから! DJとしてのアイデアで、一個繭崎さんに意見挙げた」
「く、隈子ちゃん?!」
頭を掻きながら、話しかけ辛そうに魚里が手を上げた。
「どの道さぁ、全員の音楽を喰うためには……あのやばたにえんな歌唱力の人と戦うんでしょ? だったら、なりふり構ってらんなくね? って感じ。これやっちゃったら、失敗した時のダメージ計り知れないよぉ~?」
「え、と、その」
「あのギリーってVtuberぶっ飛ばさないと私が目立てないもん!」
魚里がニヤッとして親指を掲げた。
「……あの不良娘を、救えるのか?」
「……」
繭崎は不敵な笑みを浮かべるばかりだ。
「……べらんめぇ! やってやろうじゃねぇか!!」
「て、店長!!」
「おぅ司っつぁん。テメェの演奏に加えて、こいつらの力もありゃあ、何とかなるんじゃねぇか? 俺たちの知ってる不良娘と、ギリーっていうよくわからんやつを知ってる、この嬢ちゃんなら」
「……では、説明します」
その後、繭崎は企画の説明をする。
話が終わった後、神宮司がギターをもって「ふざけるなぁー!」と繭崎を襲い掛かった。周りのスタッフは全員彼を止めようとしていた。店長は馬鹿みたいに笑っていた。魚里はやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
南森の表情は、全く無かった。
「やれるか? 南森」
繭崎の顔を見る。繭崎だけは、南森をじっと見ていた。
彼の心は、まっすぐで、きれいな色だった。
熱意と、冷静さと、……自信たっぷりな余裕。
いろんな色が混ざってて、それでいて、安心できた。
「……はい」
南森は、繭崎の言葉を信じた。
「やらせてください!」
「よし来た。なら、修行パートだ。この会場にいる誰よりも、ギリーよりも、最高の音楽を正面からぶつけるぞ!!!」
「はいッッッ!」
南森は、力強く頷いた。
そして、二か月後。
池袋は、少しだけ寒かった。
交通機関は麻痺していて、駅は大渋滞だった。
そんな中で、南森は立っていた。
「ふぅー」
ダッフルコートを身に着けて、ポケットに手を突っ込みながら、会場の前に立つ。
「準備万端?」
隣にいた魚里が南森の肩に触れた。
「うん。この二か月、頭がこんがらがってばっかりだったよ」
「そんなもんだよ、だって、やろうとしてるのは……」
「おーい」
後ろから、誰かが近づいてきた。
大野と、サーシャだ。
「応援に来たわよ」
「サーシャさん! それと大野君! ありがとうございます!」
「それとって……とほほ」
「……ねぇ、一凛ちゃん」
「?」
サーシャが、温かいまなざしを向ける。
「ありがとう」
そう言って、そのままサーシャはロビーに入ってしまった。
「あ、じゃあ俺も入るよ。頑張ってね。はいこれ差し入れ。ファイト!」
大野はいつもと同じように、いや、いつも以上の笑顔でキラキラと歯を光らせて会場に入る。
「……」
南森は、まだ立っていた。
「あ、おーい南森さーん!」
「あ、放送部の皆さんと、吹奏楽の皆さん!」
「応援来たよー頑張ってねー」
「まぁ全員じゃないけど、なんかすごい予感がしてさー。楽しみできちゃった!」
「花束って今渡すんだっけ」
「ば、馬鹿! コレは後でお願いするんであって……あ、あははー!なんでもねぇよ! じゃ、じゃあがんばれよー! ……この馬鹿!」
「いてぇ!? 殴るこたぁねぇだろ!」
放送部数名と、吹奏楽の数名が、南森に応援のメッセージを入れて、会場に向かう。
「……なんだかね」
「ん?」
南森は魚里を見つめる。
「私、誰にも見てもらえないんじゃないかなって、ずっと不安だったんだー」
「そ。今は?」
「……わかんない」
時計を見る。そろそろ、本番が来る。
「……あっ」
視界の端に、隠れながら会場に入ろうとする少女がいた。
南森だけは、その人が誰か分かっていた。
「……ふふ」
「?」
「私、頑張れるかなぁ」
「さぁ? でもま、適当なことやったら、けちょんけちょんだかんね!」
そう言って、魚里は先にステージ裏に歩を進めた。
まだ、南森は立っている。
目を瞑って、待っていた。
「……なんでここにいるんだよ」
声が、聞こえた。
待っていた人が来た。
「……不動さん」
不動は、目を泳がせていた。
「リハーサル、あんまり一緒に出来ませんでしたから。ずっと会いたかったです」
「……なんで。……、まぁ、一言くらい、言いたいことあるわな」
自嘲気味に不動が笑う。
南森は、頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「――、は?」
「私、不動さんがいたから、ここまで来れました。歌が好きになりました。MVも撮れて、音楽に関する友達もできました。……全部、不動さんがあの日、助けてくれたからなんです。歌は楽しいって、教えてくれたから」
「――――」
「だから、……だから。全力で、今日は、全力で頑張ります」
「――――なんだよそれ。なぁ、なんだよそれぇ……!」
怒りに満ちた表情で、歯を食いしばって、心の暴走を防ごうとする。
「私はぁ、そんなたいそうな人間じゃねぇんだよぉ……。そんな目で見るなよぉ……、私は、私は歌なんて好きじゃないっ。好きじゃないんだよっ、だからそんな風に言われたって迷惑なんだよ!! もう放っておいてくれよ!! 私は、ずっと……ずっとっっ!!!」
涙声で、不動は叫んだ。
「――お前の歌嫌いなんだよぉ!!!! なんで、なんでそんな楽しそうに歌えるんだよぉ!!! あのMVだって、なんで、なんであんなにぃ、楽しそうに歌うんだよぉ!!!」
――私だって、あんな風に歌いたいのに……っ。
枯れて、スカスカの声が、池袋の街に沈んだ。
「もう、放っておいてくれ……私は、お前の思うような人間じゃないんだよ……」
そう言って、不動は背中を丸めて会場に向かう。
「――ふどぅさん!」
声を震わせながら、不動を呼び止めようとするが、彼女はただ歩を進めるだけだった。
ずっと、会場を見つめていた。
不動が姿を消す、その瞬間まで。
「……ぐすっ」
本心だった。
不動の心は、本心のみを語っていた。
感情のどす黒い色は、南森の心に向かって走っていた。
間違いなく、不動は……南森の歌が嫌いだった。
「……ぅ、ぅぅ……」
ずびっと鼻水を啜って、少しだけ赤くなった目をこすり、前を向いた。
「がんばります……がんばりますっ……」
ただ健気に、南森は不動のために戦うことを決意する。
力のない歩みだったとしても、一歩は一歩だと信じて。
『新人Vtuberぁ~、歌合戦っ~~~~~!!!』
「「「「うおおおおおおおおおおおおお」」」」
『オマエラ待たせたなぁ!! 遂に俺様の超大型新人企画、新人Vtuber歌合戦の開幕だ! この伝説的な大規模コラボ、ニコニコ生放送とyoutubeで配信中だ!! 司会はこの俺様のっ!』
ステージ上のスクリーンに輝かしいほどキラキラした、星型のサングラスをかけたアロハシャツの男性アバターが現れる。
『ドン☆ 先一だぁ!!! よろしくベイベー!!!!』
「「「「「「いえええええええええええい!!!!」」」」」」
「ドン星さん、立ち直ったんですね」
舞台裏のステージ袖で、佐藤がぼやく。
「最終的には、仕事だと割り切って動いたみたいだけどな。裏じゃあ今でも凹んでるよ」
「……そうですか」
「……お前の相方はどこにいるんだ?」
「不動さんなら……化粧直しですよ。そのままスタジオ入りしてるかもですが」
「そうかい」
「……別に、何も伝えてませんよ」
「なんでだ? 俺、伝えると思ってたぞ。優しいからな、お前」
「……歌えなくなってるのは、分かってたんですよ僕だって。でも、どうしようもなかった。僕は、……僕にはどうしようもなかったんですよ。先輩」
そう言って、タバコを胸元から出そうとした手を繭崎が抑えた。
「おい」
「……すいません」
手をもとの位置に戻すと、繭崎が佐藤にガムを差し出した。
「口さみしいならこれでも食っとけ」
「どうも」
そうして二人は、会場をずっと見つめる。
客層はどうか。スタッフの動きは。ノリはいいのか悪いのか。
そして、中の人は……。
開始30分前、控室では重たい空気が流れていた。
「ききき緊張が……人人人、……ごっくん、おぇっ」
「やばい、メイク上手くいかないんだけど、手が震え……っ」
「ちょっと、なんで今日水いつものじゃないのよ!!」
荒れた空気、荒れた控室。
誰もが緊張や恐怖心で震えていた。
そんな中、南森だけはじっと席に座っていた。
「うぅ、私最初……ダメ、こんなのもうできないよぉ」
「諦めるなって! 大丈夫、頑張れって!」
「無理だよぉ……ぐす、うぇぇん……」
泣き出してしまったのは、最初の出番の子だった。
マネージャーらしき男に慰められるも、全く効果が出ていなかった。
「だって、どうせみんな私のことなんて見てくれないもん……どうせ、みんなアイギスレオ目当てだもん……」
「そんなこと言うな! 一つでも再生してくれたファンのためにも頑張るんだ!」
「昨日の告知生放送だって、23人しか来なかったもん! 誰も、誰も私なんて見ないよ……うぅ……ぅぅぅ……」
ファンこそ少ない彼女だったが、歌は上手いと評判だった。
だからドン☆の狙いは、「こんな子もいるんだ!」と最初に力のある子をぶつけたつもりだった。
だが、アイギスレオのギリーの歌声を聞いてから、彼女の活動自体が不調になってしまったことは誤算であった。
「もう、もう……ダメだもん……」
その場で座り込んで泣いてしまう彼女に、南森は立ち上がって、ハンカチを出した。
「大丈夫ですか?」
「ぇ、ぁ、はぃ……ぐすっ」
「……私、見てますから」
「……えっ」
「私、見てます。だから、思いっきり歌ってください。えーっと、@irisちゃん、ですよね」
「な、なんで……」
「昨日生放送見ましたよ。やっぱり、声キレイですね! 一緒に頑張りましょう」
「ぁ、……っ、ぐすっ、あぃが、とぅ……ありがとぅ……」
少女は借りたハンカチで涙を拭いた。
南森は、少しだけ赤い目で、彼女になんとなく、問いかけた。
「あなたは、どうしてVtuberになったんですか?」
重たい控室の中で、その言葉が、全員の耳に入った。
「わ、私……うたが、すきで……」
「はい」
「っ、Vtuberの人と、っ、いっしょに、うたいたくて……、みんな綺麗で、可愛くて、それで、わたしもっ……」
泣きながら少女は動機を語る。
なんとなく、近くにいた人に視線を向けると、その人は少し驚いて、頭を掻いた。
「い、いや。大した動機はないんだけどさ。……雇われたから、が近いのかな。だから何でやりたいかって言われると……。でも、結構やってみたら楽しくてさ。みんなコメント書いてくれると嬉しいし、それで、続けてる感じ」
「私はっ!」
他の人が声を上げる。
「私はみんなにちやほやされると思ったから! 生放送ずっとやってて、こっちに転生したの。スパチャとかほしくて。それだけ! でもこっちは良いよね。リアルじゃないけど、何かすれば作品になる感じで!」
「……私は歌もできないし、ゲームもできないから、底辺Vなんだけど。でも、Vtuberになれば何か変われると思ったんだぁ。でも、やっぱトップの人強すぎワロス。努力で何とかなる世界じゃないんだねぇこれ」
「私、一応タレントで。未成年だから顔出さない方法を選んでこうなったよ。失敗してもすぐ辞められるって思って、リスク低いし。顔出さないってだけでも十分やり直し効くから……。だけどさぁ、Vの私を応援してくれる人いるんだよねぇ。辞めにくいんだぁ」
重かった控室で、言葉が飛び交う。
自分の気持ちをどんどん吐き出していく。
目に光が戻ってくる。
「私は」
南森が皆の顔を見る。
「私は、好きなVtuberさんと同じ世界が見たかったからです。その世界は、みんなで仲良く、楽しく活動するVの世界です。私、Vtuberが好きです。大好きなんです。だから……」
南森が息を呑んで、力を言葉に変えていく。
「私が皆さんを見ています。だから、誰も見ていないなんて言わないでください。みんなで成功させましょう! 大丈夫です、例え視聴者がゼロでも、私は絶対に皆さんを見ていますから!」
控室にいる全員が、南森を見る。
「あなた、名前は?」
近くにいた女性が尋ねる。
「私の名は……」
南森は本名を名乗ろうとした。
だが、少し首を振って、こう答えた。
「私の名前は、白銀くじらです」
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