そして私は、過去を知ります。

『白銀 くじら さん入られまーす!』


今から、白銀くじらのリハーサルが始まる。


「……」


白銀くじらの顔はプロジェクターに映されている。


誰も注目していない。


それほどにまで、先ほどのギリー、いや、不動瀬都那の歌は人の心を切り裂いていた。


スタジオは、舞台裏にある。


テレビ越しに南森一凛は会場内を見ることができた。


自身もモーションキャプチャスーツを身にまとい、彼女が腕を、足を、首を動かせば、白銀くじらの見ている世界が画面に映る。


会場は暗くて、静かで、演奏者の奏でる音楽だけが耳に入っているインカムに流れる。


直接ステージには上がらないことが、Vtuberのライブの一つの特徴なのだろうが……、それが、非常に今南森の気持ちをざわつかせた。


誰も見えない。


照明の明かりが、暗い。


……独りぼっちの錯覚。


耳から、魚里の音楽が聞こえてくる。


魚里は、自分の音楽を喰うと言った。


それに応えようとは、思えなかった。


(だって、隈子ちゃんはすごい人だから。すごい人の音楽が、私と戦う? 無理だよそんなの。私、みんなと仲良くやりたいよ)


(Vtuberになりたかった理由は、憧れた人が、みんなとキラキラ輝いていたから。私も、その輪に入りたかっただけ……)


ドラムとベース、ギターの音が耳に入ってくる。


きつい。


何故か、歌うのがしんどい。


(――、不動さん……・。私、きついです。)


(私に、歌の魅力を教えてくれた人が。私に、上手さじゃないって言ってくれた人が。……あんなに、歌が大好きだった人が、どうして)


(どうして……)


喉が痛い。


耳が痛い。


心が、痛い。


(なんで、どうして)


「……、……。……?」


歌っている最中、視界の端に何かを捉えた。


「えっ……」


リハの最中に、何故か、本当に何故かはわからない。


ギタリストのギターが奪われた。


「……へっ?」


映像を見るに、ギタリストは驚いた顔をして、尻餅をついているが、それ以上は何もしていなかった。


ベースとドラムの男も、動揺しながらも演奏を続けた。


ギターを奪った男が、マイクを手に取った。


『おい、下手くそ』


それは、ディスプレイに映る白銀くじらの姿を見て告げたもの。


『そのまま歌ってろ』


そう言って、ギターを奪った男が、コードを弾いた。


弾いただけで、会場の空気が全部男に持っていかれた。


「!?」


南森は、突然思考がクリーンになるような錯覚すら覚えた。


その音は、鋭く、激しく、緊張感があって。


――色が見えた。


呆気にとられながらも、なんとか自分の歌を歌いきる。


歌い切った後、着替えてすぐにステージに走った。


「おめぇ、元気してたかよおい! こりゃ同窓会でもおっぱじめるかよ! がっはっは!」


店長と呼ばれた老人の威勢のいい声が聞こえた。


肩をバシバシと叩かれている男が、ギターを奪った男だろう。


「あ、あの……」


「……。あぁ、やっぱりアンタか」


「? えぇと……」


南森は首をかしげる。


ギターを奪った男の正体なんぞ知る由もない。


だが店長と呼ばれた男とは知り合いらしい。……誰だろうか、南森がそう疑問を浮かべた時。


「ちょい!! リハでギター変わったんですけど一体どういう……」


威勢よく魚里が歯茎をむき出しにズカズカと歩いてくるが、ギターを奪った男の顔を見た瞬間凍り付いた。


「き」


「……き?」


「きゃああああああああ!?!?!? え、う、うそうそ!? なんで!? なんで!?」


「ひぅっ!?」


魚里が絶叫する。


魚里の目は明らかにキラキラと輝いていた。


「やばいよやばい一凛ちゃん!! やばいってやばいって!!」


「ぐえっ」


襟をつかまれてブンブン振り回されながら南森が尋ねる。


「えぇ、と。こちらの方は……」


「えぇー知らないの!? 最近頭角を現してきたプロのギタリストの、神宮司(じんぐうじ) 楓(かえで)さんっしょ!!! ほら、覚えてない!? ほら、あのバカと一緒にライブしたときに、プロのギタリストが来るって予定があって!!」


「え、……あっ」


ふと、南森の頭に浮かんだのはあの時のライブ。




(ガシャン!!!!!!


耳に強烈な衝撃が走る。


ボーカルが、マイクをDJをやっていた魚里のほうに向かって叩きつけたのだ。


演奏が止まる。


南森が、「あ、いけない……」と呟いた。


「てめぇいい加減にしろや!!!!! ふざけんなよ、毎回意味のねぇアドリブばっかしやがってさぁ!! 俺たちの邪魔すんじゃねぇよ!!! こっちは本気で音楽の道進もうとしてんだよ……ギターソロもこいつが必死こいて練習したんだぞ、馬鹿にすんじゃねぇよ!!!! 今日は、今日はプロも見に来てるって、そのためによぉ!!」)




「あぁ、あの時見に来るプロって……もしかして」


「そう! この神宮司さんだよ! ……でもなんでここに?」


神宮司 楓と呼ばれた男が、南森のことをじっと見つめる。


「悪いな。突然。だが、アンタに話があった。不動 瀬都那と、どういう関係なんだ?」


「え、と」


「この前、世話になってるCD店に行った時、アンタと男が不動 瀬都那に詰め寄ってる場面があった。その時、Vtuberって単語を聞いて、片っ端から知り合いに聞いて回って、ここにたどり着いた」


神宮司の頭の中には、その場面が色濃く記憶に残っていた。






「事故った時、どんな気分だった? 加害者をぶん殴ってやろうとでも思ったか?」


「――どういうことだおい」


繭崎が怒り心頭の様子で不動に近寄ろうとする。


「ダメです! ダメです!! 不動さん、また、また今度!」


CDショップから、この一連の流れを見ていた男がいた。


男はギターを担いでおり、不動のことをずっと見つめていた。


「……Vtuber?」





「あの時もそうだ、高校生のライブ中に乱闘があったことは知ってる。……アンタがその時、不動 瀬都那と知り合ったことも!」




乱闘があったその日。


神宮司はプロデビューしておよそ4か月が経っていただろうか。


その日はたまたま、CDショップのライブの機材や音響を手伝い、アルバイトまがいのことをしていた。


プロが見に来るという噂がどこから流れたのかは知らない。ただの雇われスタッフとして来ただけだったからだ。それに、プロになりたての自分のことを誰かが知ってるとも思えなかった。(実際は、違ったが)


だが、その時のことはよく覚えている。


学生が喧嘩を始めた時、颯爽とマイクとギターを奪い去り、高らかに歌って去った女性のことを。


その女性が、喫茶店で助けた女学生と過ごしていたことを。


不動 瀬都那は自分に気が付いていなかった。


神宮司は後ろめたさがあり、隠れたまま様子をじっと見つめていた。


だから、覚えていた。


不動 瀬都那の近くに毎回いた、女学生の顔を。






「なぁ、アンタは一体……っ!」


「まぁ落ち着けよぉ司っつぁんよぉ。女子高生に詰め寄るプロなんざ男としてどうよ?」


「……っ」


店長に肩をつかまれ、冷静さを取り戻した神宮司。


南森は恐る恐る、二人に尋ねた。


「あの、皆さんは、不動さんとどういう関係なんですか? 不動さんの、知り合いなんですよね? 教えてください、不動さんに、今何が起きてるんですか? どうして、あんなに歌が好きだった不動さんが!」


「……それを語るには、昔のアイツを語る必要がある。老人に話しかけたバツだ。長くなるぞ」


店長が、遠い目をした。


「ちょうど、一年前かねぇ」




不動は、リハが終わって突然外に飛び出した。


佐藤はそれを知る由もなかった。


夜の池袋はきれいだったが、孤独を浮き彫りにするようだった。


ふと、電柱を見る。


電柱を見ると、思い出すことがあった。


そう、あの日もそうだった。






(不動はただじっと地面を見つめていた。


歩道にあったのはひしゃげたガードレール。

近くの電柱には花束やジュースが一か所に固められている。)





そう、嫌な記憶がある。


あの日、あの時。


ちょうど、一年は経っただろうか。


あの時、東京の冬は寒かった。


















「んじゃ、今回の対バンの成功を記念してぇ! かんぱぁい!!!!」


「「「「いえええええい!!!!」」」」


ジョッキに並々いっぱい注がれたビールを一気に飲み干し、口の周りに白い泡をたくさんつけた女性がいた。


「ぷ、はぁあ!! うめぇええええ!! やっぱライブ終わりの酒はぁ最高だぁ!!! 生サイコーぉ!!!」


そう言って、おかわりを店員に頼んだ。


それが、一年前の不動 瀬都那だった。


「姐さん禁欲しまくりですもんねライブ前! 未成年から吸ってたタバコも一切やらなくなったし、マジストイックっす!」


「ばっきゃろうオメーデカい声で言ってんじゃねぇぞバーカ!! 忘れたかぁ? 私たち、プロになれそうなんだぜぇ?」


ドラムを担当するふくよかな男が頭を掻いて笑顔になる。


「そうだぞぉ。俺たちだけじゃ無理だった夢が、今じゃスカウトの嵐よ。ホント、姐さんには感謝してるぜ」


ベース担当のロン毛で細身の男が、日本酒を飲む。


「でもよぉ、やっぱ一番すげーのは……オメーだ神宮司ぃ!!」


「ぐわっ、てめ、触ってんじゃねぇよ馴れ馴れしい!」


不動がわしゃわしゃと隣に座るギタリスト、神宮司 楓の髪をぐちゃぐちゃに乱していく。ワックスで整えた髪が台無しだった。


「神宮司ぃ、アンタのギターの作曲センスがやっぱ評価されてんだって。私は信じてたよぉ。だってほら、一匹狼気取ったナルシストがいっちょ前に一人でギターライブしてた時から私は才能あるって思ってたし」


「おい! しつこいぞ瀬都那!!」


「あー生意気に呼び捨てして、くぁーわいいねぇこのガキンチョ! はっはっは! んぐっ、んぐっ、おーかぁわりぃー!」


「オイガキどもぉ!! 説教しに来てやったぞ感謝しろぉ!」


「げぇ、店長!?」


店長と呼ばれる男は、いつも顔に皺を蓄えていたのを神宮司は覚えている。


「神宮司! 対バンなのに相手を威圧するような音楽ばかりしやがって! オメェーには協調性ってのがないのか馬鹿垂れ!! ウチの箱で喧嘩しようったってそうはいかねぇぞ!!」


「ちっ、うるせー! 俺は俺の音楽をやってるだけだ!」


「不動を見習え! こいつがオメェのケツ拭いてんだぞったく、……おい不良娘!飲み過ぎだ馬鹿垂れ!! まだ始まったばかりのはずだろ、何杯目だ!」


「盃を乾かすと書いてぇ~? かんぱぁいい!! んぐっ、んぐっ、おぁかわりぃ~!」


「く、このクソガキ!」


「はぁー! でもスッキリしてんだよ店長。私も親からいろいろ言われたのよ。音楽なんかで飯が食えないとか、ロックは不良の文化だからやめろとか。客にも私を悪く言うやつはいるし。でもさー。音楽やってて良かったって思うわホント! みんなにも会えたし、歌は楽しいし! 音楽やってて、イイコトしかなかったわ! プロデビュー、最高だぜぇ!! いやっほう!!」




ライブの後は、毎回飲み会をしていた。


毎回ライブをした後は金がきつかった。


けど、やはり今振り返れば、おそらく楽しい思い出ばかりだったと、店長も、神宮司も、……不動も思っていたはずだった。


毎回店長は飲み会を少しだけ負担してくれていた。


理由は、おそらくメンバー全員が、店長に世話になったからだろう。



不動が思い出したのは、店長の箱でライブをする前の話。


中学時代。彼女は浮いていた。


家でも、学校でも、社会の隅でも、……浮いていた。


理由は分からない。ただ、自分の中にある表現したい何かがあって、だけど世界はそれを許してくれなくて。ありがちな悩みだったのかもしれない。それでも、爆発してしまう。


こっそり父親のポケットから持ち出したタバコを吸ってるのがバレて、家出をした。


親と喧嘩をして、家を飛び出して、たまたま座り込んだ場所が、ライブハウスだった。それだけだった。


それだけの話なのに、店長がライブハウスに招いた。


そこで彼女は、ロックを知った。


別の日、また彼女はライブハウスの前にいた。


初めて、ギターに触れた。


歌も、恥ずかしいと思いながら歌ってみる。


そして、酒に酔った店長がステージに立たせた。


弾けないし歌えないと不動は怒りをぶつけたが、店長は笑っていた。


「ロックに歌えぇ不良娘ぇ。やりたいことを偽らずに、ほんとの自分でぶつけてくんだよぉ。がっはっは!!」


店長も客も、社会人のバンドたちも、不良娘の歌を肴に楽しんだ。


彼女にとって、その日のライブは大失敗だった。


だが、心に火が付いた気がした。


歌った。歌った。


その日からずっと、歌って、歌って、歌いまくった。


歌声が、太くなってきた。


歌って、歌って、歌いまくって。


気付いたら、仲間が出来た。


同じ夢を追いかけてくれる、仲間が。


そして、気付けば……プロになる夢が、あと一歩進めば辿りつける距離にまで来た。


そう、たった一歩で、プロになれたのだ。







その日、間違いがあるとするならば。


プロデビュー前に、ライブを行ったことだろうか。


それとも、ライブが終わった後に飲み会を開いたことだろうか。


いや。スカウトをしてくれた人や、その音楽会社の人も一緒に飲んだことだろうか。


いつも以上に、不動 瀬都那が酒に呑まれてしまって、意識がはっきりしなくなったからだろうか。


――、知らない人を、信じようとしてしまった全員が悪いのだろうか。


「……、ん、んぅ」


不動が目を覚ます。どうやら、車に乗っているようだった。


ただ、タクシーではない。


記憶が定かではないまま、運転手に話しかけた。


「ぁ、れ、……ここどこ?」


「あー、起きたんですか、不動さん」


知らない男だった。いや、確かデビューする予定だった会社の人間だった気がする。


顔見知り程度だったが、親交を深めるために飲みに誘った記憶は、少なからずあった。


「……ぇ?」


「はは、今送ってるんで待っててくださいね」


「……え? ここ、どこ? こんな道、見たことないんだけど」


混乱していた不動に、男はゆっくり言葉を重ねた。


「大丈夫ですって。もう終電ないですし、ちゃんと送りますから……ひっく」


「……、――ッッッ!?!?」


不動は、恐ろしいことに気が付いた。気付いてしまった。


「おい、降ろせ!! 降ろせよ!!」


「はは、別に取って食うわけじゃないですって、ひっく」


「ばか、馬鹿野郎!? おまぇ、お前さっきまで私らと酒飲んだだろうが!?」


「あー、大丈夫ですって、別に今までもバレませんでしたし。こんなん普通ですって。それより、そうやって暴れる方が怪しまれま―――――」


光った。


車のハイビームが、何かを一瞬映らせて、影が、車の上に乗り上げた。


衝撃が、重かった。急ブレーキの音と、平衡感覚がなくなるほど、横に叩きつけられる爆音。


意識が吹き飛ぶ。


シートベルトは、していなかった。


だが、たまたま車から降りようと錯乱していたのが、運がよかっただけだったが。


彼女は外に叩きだされていた。


逆に、軽傷で済んだ。


「う、ぅぅ……」


体を起こす。痛い、痛みが、体中に襲い掛かる。


酔った頭が、サーっと冷めていく。


息が、ゆっくりと乱れていく。


目に映った光景は、壁にぶつかって、車がひしゃげて、エアバックに体を叩きつけられた男と。


血を流している、小さい男の子だった。


「い、いやぁああああああああ!!!?!!? まーくん! まーくん!!!」


母親らしき女性が、男の子に駆け寄った。


後で聞いた話だが、男の子は小学生で、その日は嫌な夢を見てずっと目を覚ましていた。


母親は面倒くさがりながらも、コンビニまで散歩に一緒に向かっていた。アイスを食べたら寝るという条件を付けて。


信号は、青で渡っていた。


「ぁ、ぁぁ」


声が出ない。立てない。


体を起こした後、下半身がまるで動かない。


現実が襲い掛かる。


血の気が引いて、引いて、引いて。


「……、ご、ごめ、んなさい……ごめん、なさい……」


訳も分からず、涙がこぼれていた。





「ふざけるんじゃねぇ!! 契約打ち切りだと!?」


店長が電話越しに吠える。


不動のバンドは、メジャーデビュー前に契約を打ち切られたと宣告された。


『新聞見たでしょ! 全国区のニュースにもなってる。ウチじゃもうあのバンドは扱えない!』


「あぁそうだなぁ! 女性歌手が飲酒運転って報道しといて、お前ら責任取らずに!」


『――メジャーデビューしていないバンドなんです、歌手変えればいくらでも再生効くでしょ!!』


ガチャッ!


「おい、おいテメェ!! ……くそがぁ。くそったれぇ!!!」


店長は、スマホを投げ飛ばした。ひび割れたスマホに、目を向けず、一目で気に入っていたバイクを乗って病院に向かう。


病室では、ただただ魂の抜けた女が一人、窓の外を眺めていた。


店長が病室に入ろうとすると、先に誰かが中に入っていたらしい。


「おい、瀬都那」


それが、神宮司だった。


「お前のせいでさ、メジャー消えたんだぞ。分かってるんだろ」


それは、ひどい暴言だった。店長は聞き捨てならないと近寄ろうとしたその時。


「……そうだな」


肯定する声が、不動の口からこぼれた。


神宮司は怒りの形相で、話を続ける。


「バンドも、もうできねぇぞ。なぁ、あぁそうだ、ボーカル変えてよ、またメジャーデビュー目指すってのもありだよなぁ!」


「……そうだな」


「ッ! ふざけてんじゃねぇぞアンタよぉ!!!」


ガシャンと病室の椅子を倒し、胸ぐらをつかむ神宮司。


「神宮司!」


店長が神宮司を羽交い絞めにして不動から離す。


「放せ店長! おいふざけるなよ瀬都那!! 飲酒運転で後ろに座っただけのやつがいっちょ前に被害者面しやがって!! なんでだよぉ!! 被害者の子どもも無事だったろ!! なんなら、お見舞いの品まで頂いてよぉ!! お前、お前ロックシンガーだろうが!! 歌えよ!! 歌わなきゃ、歌わなきゃダメだろ!!」


「止せ神宮司、止せ……ッ!」


「アンタ悪くないだろぉ!! 悪くないんだって、そうだろ店長!!! なんで、なんでだよ、何でこいつだけ悪者扱いされてんだよぉ!!! お、俺らの知ってる不動 瀬都那ってやつは……おちゃらけてて、酒好きで、誰よりも歌が好きなやつなんだよ……ッ!! 飲酒運転して、子どもを轢いて、……画面の前の向こうのやつらから中指立てられるようなこと、してないんだよぉ!!!」


「……止せ……ッ、分かってる、分かってるッ……」


「そうだ、インスタで瀬都那の過去暴露しやがったりしてるやつもいたよな、あいつらボコボコにしてさ、白状させて……ッ!」


「……もういい」


不動の呟きが、病室に沈んだ。


「もう、……歌っちゃダメなんだ……私」


「オイそれは!!」


「歌えない……歌おうと、お、思うと……あの、あの子の顔が、血、血が、血がいっぱい出てて、車も、ひっ、ひしゃげて……うたえない……だめ、だめなんだもう、わたしが、わたしが……っ」


不動がぽろりと涙をこぼして、初めて、店長と神宮司の目を見た。


「音楽なんかしてるから……こんなことに……」







それから、悪評が流れて、流れて。


3ヵ月、誰も来なくなったライブハウスはなくなった。


伝手を使って、新しい環境に店長は転職した。ついでに、あのバンドメンバーも。


「いいのかよ、プロの夢は」


「いいんすよいいんすよ。やっぱ、あのメンバーじゃなきゃやる気になれなかったっす」


「それに、俺らだけじゃやっぱダメなんすよ。才能って、やっぱあるんすよ店長」


ふくよかな男と、細身の男は就職した。現実という大きな壁を目の当たりにして。




そして神宮司は、気付けばプロになっていた。彼のギターテクニックは、どこの会社も欲しがっていた。だが、彼の心は満たされていなかった。

自然と、不動にも会おうとしなかった。




不動は部屋で眠っていた。


何をする気にもなれなくて、一人部屋で孤独に布団をかぶっていた。


インターホンが鳴る。


不動は扉を開けた。


「……よ。陰気なもんだな、不良娘」


「……何の用だよ」


「へん、ネットで最近下手くそな歌を知ってよ。ありゃ酷いもんだ。歌を加工しすぎて誰が歌ってんだか分からんかった。……たまたま、スタジオに収録行ってたバカ女を見るまでな。しかも痛々しいもんでよ、無理やり歌おうとし過ぎて、聞いてたら喉潰しそうだったぜ。……だが、無理にでも歌おうとしてる馬鹿を、放っておけなくてな」


「!?」


「歌がお前を待ってる。……ちょうど、こんなの紹介されてよ。どうだ、応募してみないか? お前ならデビューさせてやるって、岩波芸能事務所の社長に言われたよ」


店長から1枚の紙を渡される。


そこには、新しい不動 瀬都那の道が示されていた。



「……V、tuber?」

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