私の隣人がVでした

家に帰った後、彼女はスマホでゲームをしていた。


最近流行りのVtuberが「クソだ」「クソだ」と言っていたスマホゲームだったのだが、興味のある人が取り上げてくれるゲームは少しばかり気になってしまって、そのあまりのクソっぷりを共感していたのだ。


「ふふっ、ここ動画で見た通り……。……。……?」


隣が騒がしい。


隣の家の二階に住んでいる人は、いつでも明かりがついていて、いつ寝ているんだろうと思うくらい電気をつけっぱなしだ。


「んー、んー? でも、何だろうこの違和感」


既視感がすごい。


以前もこんなことがあったが、そういうわけではない。


この叫び声、どこかで聞いたことがある声なのだ。


(いや、隣に住んでいる人は、私の幼馴染。知っている人なんだ)


思い出すのは、南森の教室。


南森の左側の、空いた席。


本来そこに座るべき人。


それが隣に住んでいる人なのだ。


しかし、南森が言いたいのは、隣に住んでいる人が幼馴染という事実でもなければ、不登校の幼馴染が毎日のように部屋の明かりをつけて大音量で動画を見ている疑惑でもない。


「……私、この声、youtubeで聴いたことある……?」


妙に絶叫が、生々しい?


まるで、「ゲーム実況を収録している」ような、そんなイメージも湧いてくる。


「え、と。なんだっけ。……あーっ、微妙に覚えてない……えーと」


「確か、そう、生放送をしてたVtuberさんに……似てる、ような、似てる、似て……え?」


そう、その動画は確か……。


「【悲報】新人Vtuber、生放送で親フラした挙句、親父がテンションが上がった末新人Vとマイムマイムを踊ってしまうハプニングを起こす……これだ!」


その生放送のアーカイブは伝説だった。


南森は直接見ていなかったが、新人で初デビューした個人Vtuberがいた。


名前は、ネル。Vtuber ネルだ。


最初にみんなが知っているようなオンラインゲームをプレイしていたらしい。


そこそこの腕前があり、ゲーム慣れしている女の子ということで50人ほど生放送に集めることに成功した。


問題はここからだった。


親フラ。つまり、親フラグという意味だ。


ネットでは、生放送中に自分のところに親がやってくることを親フラと言うのだ。


その新人はゲームをする際ヘッドホンを使っていたせいで、親が来たのに気付かなかったのだ。


その一部始終がこちらだ。


「おいネル! うるさいぞ! こんな時間までゲームをしなくてもいいだろう!」


「いやー、今回の素材集めはね、結構レアドロなんでしんどいんだよねぇ。ん? ワコツ? いやいや石器時代の言語チョイスで大草原なんですけど」


「おい、ネルやい。ヘッドホンを外しなさい!」


「ははは、……ん? コメントやけに荒れてない? 後ろ? 親? ……? ッッ!? ぎゃあああああパパ!?」


「な、なんだ! 急に大声出して!?」


インターネット考察班によれば、以下のような推測ができると話題になる。


・ネルという名前は本名に類したものである。

・ネルの父親の呼び方はパパ。かわいい。


しかし、ネルがかわいいという定説は今となっては薄い。

なぜなら、この父親が曲者だったのだ。


「ん? なんだこれは。何? 生放送? 画面の前に誰かいるのかい」


「ちょ、ちょっと、や、一旦部屋から出て、ねぇパパ! 一回出よ? ね?」


「あぁ、みなさん申し訳ございません、私はこの子の父親でございます。娘が非常にご迷惑をおかけして申し訳ございません……」


「やめてよパパ! やめてって!?」


「ん? おー返事が届いたぞネル。はっはっは、なんだいこれは、面白いじゃないか」


「ちょ、ちょっと、って臭い!? パパお酒飲んだでしょ!? 仕事で飲んだの? パパお酒弱いの自分で分かってんじゃん!? ダメだって!!」


「はっはっは! ネル、今日はパパ仕事頑張ったんだぞぉ。画面の前の皆さん、私は、頑張ったんですよ^^」


「やめよ!? ねぇこれシャレにならない可能性あるから!? 放送事故とかそういうレベルじゃんやめようって!! 私今日初デビューなんだよ! もう滅茶苦茶だよ!!?」


「なにぃ? みなさん聞きましたか!? 娘が、初デビューしたんですよ! いやー目出度い! やったなネル! 初デビューだ! お祝いだぁお祝いだぁ!!!」


「ちょ、腕引っ張らないでって、ひぃん!?」


「ミュージックスタート!! ちゃーらーら~らら~! マイムマイムマイムマイム、はっはっは!!!!」


「やだぁ!!! こんな初デビュー嫌だぁ!!! やだぁ!!!!!」



こうして、前代未聞の新人デビューは、あらゆる動画サイトで転載された。


企業に所属せず、個人でVtuberをやるとなると、広報が課題となる。


誰にも知られずに活動する個人勢は非常に多い。


しかし、このVtuber ネルはシンデレラストーリーと言うべきほどの破竹の勢いで話題になったのだ。


そしてついたあだ名は以下の通りである。

・父親に親フラされてマイムマイムした新人

・初手身バレ

・運と流れだけで笑いの神を君臨させる女



「そんな有名なVtuber、のはずなのに?」


気のせいか。南森の耳には、二つの音が聞こえる。


一つは親フラの転載動画。


そしてもう一つは隣の家から聞こえてくる声。


そう、まるで同じ声の悲鳴が聞こえてくるのだ。


「う、うそぉ? あの子が、えぇ?」


カーテンを開ける。


隣の部屋は例によって、カーテンがかかっている。


が、今日に限って窓が開いていた。


「やばいって! 今日のイベクエボスマジでホラーだって!? 私ホントそういうの無理だって、無理無理無理、ぎゃ、ひぃいいいいいんっっ!?」


どんがらがっしゃーん。


大きな物音を立てて、何故か、何故かカーテンから女の子が背中から飛び出してきた。


「え、えぇえええ!?」


南森は動揺のあまり窓から身を乗り出す。


「ひぃん、だずげで、じぬにばまだばやいよぉ。ひぃんっ」


涙目で、足を窓枠に引っ掛けたまま、頭を下にしてぶらぶらと揺れている少女が、鼻水を地面まで垂らした。目に入りそうだった。


「ね、寝(ねる)ちゃん!?」


思い当たらなかった。


まさか本当に、本名に即した名前を生放送に使うとも思わなかったし、なんなら声も加工されていたのではなかろうか。


全く想像したくなかったが、南森の視界には、あるものが移っていた。


少女の頭には、VR機材が。


そしてカーテンが破れたのだろうか。部屋の中がよく見える。


PCの画面が見えた。そこには、youtubeの生放送画面と、動かない3Dの少女がいたのだった。


「え、えぇええ!? 嘘だぁ!?」


「え、なになに!? 誰? 誰かいるの!? たしゅけて、おしっこ漏れる、しにだぐないよぉああぁあああああああ」


「え、えぇと、つ、掴んで!」


南森は部屋にあった物干しざおを、少女の手に向かって伸ばす。


「掴む、つかむ! ぐぬぬぬぬぬ、あ、あ、たしゅけて……うんどうしなさすぎて…………ふっきんで、体起こせない……」


「掴んで、そのままゆっくり体を起こすの! そうだ、テコの原理! 私の窓枠を軸にして引っ張り上げれば!」


「ぐ、ぬぬぬ!!」


あほみたいな光景だった。


隣の家で、一人が物干しざお、そしてもう一人はそれをつかんで状態を起こそうとしている。


だが絶えずイナバウワーのような反り方をしているため、若干少女は諦めつつあった。あまりにも筋肉がなかったのだ。


南森は釣り人のような動きでゆっくりと物干しざおを持ち上げる。


少女はナマケモノのように木にぶら下がっているような姿勢で、息を荒げている。


「ふぁ、ふぁいとー!」


「いっぱー……てないぃ!」


あまりの痛さに、少女は窓から足が外れてしまった。


「あぁ!?」


南森の持つ物干しざおに急激な重さが加わる。


しかし、奇跡が起きたのだ。


南森はテコの原理を用いるため、物干しざおの半分の長さの位置に窓枠が触れていたのだ。


そして、その物干しざおは奇跡的にしなやか過ぎた。


何故か足も腹筋もダメダメだった少女だったが、本気で物干しざおを握っていた。


物干しざおはしなって、しなって、爆ぜた。


反動をつけて、少女を上空に放り投げたのであった。


「ぎ、ぎょええええええ!?」

「きゃあああああああ!?」


そして、奇跡的に、少女は南森の部屋にホールインワンしたのであった。



「はっ!? だ、大丈夫!? 寝(ねる)ちゃん!?」


「エ、ト、ド、ドモ、オヒサシブリ……デス」


「声がすごいことに……」


「チョ、チョットハナレヨ、ハズカシイ、ユカドンハハズカシイ」


「ゆかどん? ……床ドン?」


南森は改めて状況を確認する。


何故か、南森のベッドの上に、寝(ねる)という少女が横たわっており、南森は彼女に覆いかぶさるように四つん這いになっていたのであった。


「すごい、奇跡的に床ドンになってる」


「デ、デショ、ダカライッカイハナレヨ、ウン」


「そんなことより、大丈夫!? ケガしてない!?」


「完全無視するのそこ!?」




少女の名前は、君島 寝(きみしま ねる)。

南森の幼馴染であり。

不登校の少女。そして……。


「あ、いけない、リスナーいるんだった!?」


南森の部屋の窓から君島が体を出す。


君島の部屋のPC画面は、コメントが加速度的に流れていくのが見えている。


「う、うぐぅ。またこんなことに……」


「……ねぇ。寝(ねる)ちゃん」


「うひっ!? な、ナニ……? ゴメン人と話すのヒサシブリスギテちょっと」


「……寝(ねる)ちゃんって、Vtuberのネルちゃんなの?」


南森が見たのは、君島の胸元。


自然と目線が移ってしまった。


胸が想像以上に大きくて、意識がそれた。


「ぎゅぴぃ」


君島が奇声を発した。この世ならざる者の声だった。


「な、ナンデワカッタノ?」


発言自体は、非常に素直なものだった。

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