これが、私です!
「お風呂どうだったー?」
「すごい大人な良い香りが……!」
「気に入ってくれたなら何よりだわ~」
土曜日の夜。
南森は休日を利用してサーシャの家にお泊りをすることになった。
申し訳ないながらも、非常に楽しんで過ごすことができた。
その合間合間に、創作について話をする。
「確かに、その友達の言っていることは間違ってないわ」
「え。そうなんですか?」
「えぇ、でもそれって経験者向けの意見だと思うの。南森ちゃんは創作素人。むしろ基本を身に着けてから自由に動くべきだと思うわ。だから、ある程度基本ができたらその友達の意見をしっかり聞きなさい」
「は、はい……。でも、本当に創作って難しいんですね」
「……作ろうと思えば、クオリティさえ気にしなければ何でも出来るわ。だけど、プロはクオリティとクワンティティ。質も量も、期限以内に、よ。それが仕事の信用になる」
「信用……」
「この人なら、ここまでやってくれる、とか。こんな景色を見せてくれる、っていう指針よ。あなたも、今すぐはそうならないけれど、続けていればあなたを信用して仕事を任せてくれる人多くなるわ」
ゆっくりと、自分のキャラが創り上げられていくのを感じていた。
パジャマに着替えて、小さい明りだけつけて、二人はベッドに入った。
「……そういえば、どうしてイラストレーターになったんですか?」
「なぁに。気になる?」
「はい! やっぱり、絵がすごい好きだったんですか?」
「……そう、なのかしらね」
「?」
サーシャは寝返りを打った。顔はこちらから見れない。
「私、貧乏だったの。だから、絵を描ける職業に就きたいって思ったときは、すごく難しかった」
「……」
「大学を奨学金で入って……、そのままガールズバーで働き始めたんだよね」
「えっ……」
「軽蔑する? でも、手っ取り早くお金も稼げたし。やりたいことをやるためにお金は必要だった。全部絵のためだった……。でも……」
「……」
「大成しなかったんだぁ。卒業が近づいたときはもう泣きじゃくったわけよ。水商売までやって、何も成し得なかったって。……就活も力が入らなくて、ただ大学を漫然と過ごしてた人と同じような進路になるの。ほんと、私才能なかったんだなぁって……死ぬほど思った」
「そんなことは……」
「でもね、そんな時に繭崎たちと……、そっか知らないよね。繭崎と私の友達と馬鹿みたいに夢を追いかける話ばっかりしたの。ホントに楽しかった。みんな子どもかってくらい笑いあって……」
サーシャは息を漏らすように笑った。
「繭崎は、「人の夢を馬鹿にするやつは許さない」って言うようなやつだった。だから、貴方幸せよ。いろんな芸能界の事務所があるけど、そんなことを本気で実践するような人、いないんだから。だから、あなたは彼と事務所を信じて進めば……」
「……事務所は、ないんです。繭崎さん、仕事辞めちゃったから。繭崎さん個人で始めるプロダクションで、私活動するんです。だから、不安もいっぱいです」
「えっ?」
南森は決意に溢れた目をしている。
(絶対にサーシャさんがよかったと思えるものを作ろう。だけど、どうしたら……)
「ロックに歌えよ、南森ちゃん。やりたいことを偽らずに、ほんとの自分でぶつけてくんだよ!!」
(……ロックに、やりたいことを偽らない……)
サーシャが体を起こしてこちらを見ている、気がした。
南森は、自分のやりたいことは、かつて愛したあのVtuberの姿を追うこと。
そのために、どんなことをすればいいのか、真剣に考えて、考えて、意識が途切れて眠りについた。
サーシャの表情は、茫然と、何かを失ってしまったようなものだった。
それから、三浦サーシャと南森はお互いに話し合いをする。
もちろん、デザインの決定と実際に描くのはサーシャだ。彼女が最大限南森に譲歩をして描いているだけなのだ。
それでも南森は、真剣に、何もわからないなりに本気で考えてきたことをすべてサーシャにぶつけていく。
おそらく、南森の人生でここまで否定されたことはないだろうというほどに没を食らった。
それでもメンタルを保てたのは、サーシャの助言だった。
「没っていうのはね、人格を否定することではないの。あくまで、作品をより良くするための妥協しない選択肢の一つよ」
「うぅ……それでも凹みます」
「没を恐れて適当な作品を作るよりマシよ。多分、今のうちに具体的にしておけば後が楽よ」
「わかんないです……」
「なら、今は流されていなさい。流されて、私に従って導かれていなさい。気付くのは後ででも全く構わないんだから」
「……サーシャさん?」
「ん? どうかした? 一凛(いちか)ちゃん」
いつの間にか、サーシャは南森の下の名前を呼ぶようになっていた。
「なんで、その。ここまでしてくれるんですか?」
「……、ま、お金もらってるからさ。あなたのプロデューサーから、たんまりもらう予定があるのよ」
「……え、と」
(嘘)
南森は、何かを必死に隠そうとするような、焦りの色がサーシャの胸元に見えてしまった。
間違いなく、彼女は嘘をついている。
だが、気付いたところでどうしようもないことは南森にだって分かっている。
ただ、いつか本心を聞きたいな、と、少し心の隅に思考を残した。
そんな毎日を、二か月過ごした。
いつの間にか。
季節は10月を中盤に迎えていた。
「キャラクターデザイン、完成よ」
サーシャがパソコンの画面を見せてくれた。
そこに移っていた姿は、まぎれもなく、もう一人の南森だ。
「この子が、私……」
「えぇ。繭崎の依頼料で気合入れちゃった。本気の本気で描いてあげたんだから、大切にしてね」
繭崎が後頭部を掻く。
皮肉気味にサーシャが繭崎をにらみつける。
南森はぼーっとそのキャラを見つめていた。
「白銀(しろがね) くじら」
息が漏れだすように、徐々に熱を帯びていく。
「この子が、私!」
彼女の名前は、白銀 くじら。南森 一凛の分身。
何も進んでいない。キャラクターのデザインと、活動方針とテーマが決まっただけだ。
だけど、自信はないけれど、自信はあった。
「あ、いっちゃん! 今日どうする……」
「ごめん! 急ぎの用事!!」
「ま、またぁ?? はぁ。空回りしてる時って一気に同時に来るねぇ……」
「よしよーし里穂。今度の土日にセッティングしなよーいっちゃん誘うときは」
学校で、南森の行動は少しずつ変わっていった。
本人だけが気づいていなかった。
放課後になったらすぐに学校を飛び出して、笑顔でどこかに消えていく南森を見て、クラスメイトも南森の友達も、何が何だかわかっていない。
まるで学校以外のことに充実しているみたい。
そういえば、と。南森は交通事故が原因で部活にまだ所属していなかった。
学校以外で居場所を見つけたのだろうか。
そういう南森にちょっかいをかけたいな、と思ったのは、大野流星の取り巻きの女子だった。
「ねぇ大野君、さっき南森ちゃんが放課後大野君に用事があるってさ」
「え、なんでだろう。ホント? わかった、ちょっと後で行ってみるよ」
「ふふふ、良いね、いっちゃえいっちゃえ」
なんとなく、大野の取り巻きの女子は、南森が大野に話しかけられたら戸惑ったり、顔を赤らめたりするんだろうな、とか。
実は南森も大野に構ってもらいたいんだろうとか、そういうことばかり考えていた。
だから、放課後になって、
「あ、南森さん、僕に用事って――」
「ごめんなさい今日は用事がありますのでー!!!」
「え、あ、あれ!? おーい! …行っちゃった」
信じられないものを見たような気がしていた。
なんとなくやっぱりクラスカーストというものはどこにでもあるし、その上位の人間に話しかけられるというのは、緊張感がわずかに伴うと思っていた。
なのに、大野が振られたような錯覚すら覚える清々しい放課後ダッシュに、何も言えなくなっていた。
「……なにそれ。なんかむかつく」
誰かがそんな声を漏らした。
教室には、まだ多くの人が残っている。
空いている席は、二つ横並びにくっきりと浮かび上がっていた。
南森が繭崎とボイストレーニングを終え、車でサーシャの家に向かっている時だった。
「あっ!」
車の窓を開けると、反対車線の奥側の歩道に、不動がいた。
「不動さーん! ……あれ?」
南森の声が届かなかったのだろうか、不動はただじっと地面を見つめていた。
歩道にあったのはひしゃげたガードレール。
近くの電柱には花束やジュースが一か所に固められている。
「……不動、さん?」
誰も彼女に気づかないように、繭崎が運転する車や、反対車線の車が流れ出す。
まるで彼女だけが時間に置き去りにされているように、止まったままだった。
「……? 誰か友達でもいたのか?」
繭崎が声をかけるが、彼女は静かに窓を閉めて。
「気づかなかったみたいです。ボイトレしてるんですけどね」
「成果は出てる。今度は声くらい届くさ」
「うーん、だといいんですけど……声、聞こえなかったんですかね?」
「どんな様子だった?」
「なんだか、思い詰めてる様子で」
「あぁ、そりゃそうだ。悩んでる人には近づいて肩でも叩いて声をかけないと気づかないもんさ」
繭崎は鼻歌でも歌うようなテンションで話しかけてくるが、不動の様子を変だと感じてから、必死に思い出そうとする。
彼女の胸元の色が、どこか暗さを増したような気がしたのだ。
(……でも不動さんも、悩むことなんてあるんだなぁ)
またすぐにサーシャの家について3Dモデルの話をする。
不動はアイギスレオのメンバー。彼女とコラボなんて夢のまた夢。
(すぐに追いつければ、いいのにな)
そんな風に南森は希望した。
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