音楽って、難しいです
「あーいっちゃん! 今日加奈子とカラオケ……」
「ごめんなさい! 今日はもう帰る!!!」
「え、あ。おーい!!! ……いっちゃった……」
放課後は毎日、サーシャの家に寄ることにした南森。
学校は何も見ないで全力疾走で帰ることが増えてきた。
誰の心も気にしないで済んだ安心感もあったし、それ以上に……。
サーシャの家はもはや会議室になっていた。
キャラクターデザインや設定、今後どんな活動をするかをひたすら三人で話し合う。
やりたいことと、やれないこと。
理想と現実をぶつけ合うような、大人の会議だった。
「南森ちゃん。創作っていうのはね、論理的に説明できるデザインのことよ。出した物全て自分で意図を説明できるものでないといけないの」
「といいますと?」
「例えばアクセサリー一つとっても、音楽系なら音符とか楽器とかをモチーフにするべきだし、服の色も明るいキャラなのかミステリアス路線なのかで配色も変わってくるの。わかる?」
「は、はい!」
「今南森ちゃんの思うような絵を全部意図説明できるかって言われたら微妙じゃない?」
「う、は、はぃ……」
「さ、合計5度目の全没よ!! まだまだ貴方の創作の軸は確固たるものじゃない!!」
「うぐぅ……が、がんばります……」
「あ、南森。この後ボイトレな」
「くぅぅ……がんばりますぅ……」
「はぁ。息抜きタイム……」
吉祥寺のカフェ。隣にはCDショップがあるこの場所は、南森の憩いの場となっていた。
たまにここでカフェオレを飲んでいると、不動 瀬都那と会うことがあった。ラインはまだ交換できていないけれど、たまに会って話せる年上の女性の存在は、南森のなかではとても大きくなっていた。
「でも、最近不動さんに会ってないなぁ……」
大きくため息をはくも、現状は変わらない。
「うぬぬ、創作の軸……。活動の方針……だめだぁ、歌ってみたとかゲーム実況とか生放送とか動画とか、一個とってもこんなに難しいと思わなかったぁ……」
例えばゲーム実況。
今急にやるとなっても、何を見せたいかで視聴者は変わる。
プレイングを魅せたいならば、一個でもゲームを極める必要がある。
ネタや面白系のゲーム動画を見せたいなら、ネタの軸となるアイデアか、トークスキルが必要になってくる。
本当ならそんなこと考えず、ただみんながやっているように参戦すればいい。
だがそうすると、知り合いばかりで固まった遊び場が作られるだけで、「企業個人関係なく一緒に笑顔で活動する」という軸から離れる。
理想は、幅広くVtuberを味方につけるポジション。
「そんなの、思いつかないよぉ……。こんなの、思いつかないよぉ」
泣き言が涙声と一緒にぽろぽろこぼれてくる。
「はぁ……。ん?」
顔を少し上げると、男に向かって妙にぷんすか怒っている少女がいた。
「なんだよもー!! 一回騒ぎになっただけじゃんか。出禁ってなにさ、悪いのは私じゃなくてマイク投げたアイツ……ん?」
目が合った。
(え、え、え? いや、え? なんでこんなにじーっと見てるの?)
「ん、…………んー、にやり」
「ひぅっ!?」
「店長、私にすぐ出て行けって? いやーそれは困ったねぇ! ほら見てみ? あれ私の友達。友達とコーヒー飲みに待ち合わせしてたんだよねぇ!! まさか別系列の店の出入りまで禁止にするわけぇ~? はっはーいい気味だ~」
大きな声でCDショップの店長にアピールしてぐいぐいと南森の席に向かって歩いてくる熊フードの少女。
何の因果か、魚里隅子がここにいた。
「というわけでだ。ちょっと座らせてもらうよ~。いいだろぅ? 同じクラスの、えーと、あー……。あれだあれ。……ん……」
「……南森、一凛、です……?」
「そーそー南森一凛!! やーよかったよかった知り合いがいて。お陰で私を出禁にした店長に中指を立てれた。ざまぁみろってんだ!」
そう言って彼女はジンジャーエールを頼んだ。
「あーで、なんだっけ。そうそう事情を説明するとだな。ここでライブをやったんだけど下手っちゃってさぁ」
「……あ。見ました。ここでやってたライブ。すごいことになっちゃってたけど」
「あ、マジ? あちゃー……見てたかぁ。あ、い、言っておくけどネ、あれはマジで私は悪くないからね? ほんと。売り言葉に買い言葉っていうか、……なめられたから、ってか」
「? なめられた?」
「あー……私さ。DJの卵なんよ。DJわかる? ……わかんねぇよにゃぁ」
「あの。私が知ってるのって、この前世界一になった人がいるとかの話とか……あと『abemaTV』とかでやってるのやつとか」
「え!? 知ってるじゃん!!! へー……フェスとかクラブ行ったりする系?」
「いやぁ。もっぱら動画で見てて。あ、そういえば『フリースタイルダンジョン』とかも有名ですよね、DJ」
「わぁお!!! うそ―ん、学校でネタ通じるやつ初めてみた!!!」
「まぁ、私も動画で見る程度で詳しくないけど……」
「……っかぁああ~~~! 嬉しい! いや自分の好きなこと知ってるやついるってのは最高だな!! んだよ先に言ってくれりゃCDくらい貸したぞもぉ~~!」
「はは……でもほんと詳しくないんで」
「いいんだよぉ。ネタ伝わるってだけでもう気分上々だって!! あ、じゃあさ」
彼女は食い気味に南森に顔を近づける。
「ボカロとかDTMわかるか? 私あぁいうネットの音楽大好きでさ」
「!! 私も好き!!!」
「きゃあああ!!! マジぃ!?」
二人の音楽の趣味は、似たり寄ったりで、話が通じた。
南森としては、一生関わることのない人間だと思っていた分、意外性のある出会いだと考えていた。
「じゃあ、その……Vtuberって知ってますか?」
おずおずとVtuberを話題にしてみると、少し考えた様子で、魚里は人差し指をくるくる回した。
「あれだ。最近流行ってるやつ。なんだっけ。そうそう『アイギス・レオ』だ。あの音楽すごいよな。なんだっけ、アイドル事務所発のバーチャルユニット」
「っ!? …………~~~!!
声にならない絶叫だった。
初めて、あの学校の中で会話が通じる人を見つけた、そんな気分。
「わ、わわわわ私!!! Vtuberが大好きで、でも、ネタ通じる人少なくて!」
「あー……ごめん。でもアイギスレオの曲一個くらいしか聞いてなかった。あんま詳しくないんだよ」
「そ、そですか……で、でも! ネタが通じるって嬉しい!!」
「はは!! だよね!!」
人懐っこそうな笑顔でポンっと手のひらを叩く魚里。
「まぁ話を戻すとだね、なめられてたんよ。私のこと楽器で鳴らせない音を流す蓄音機みたいな役割しか渡さないの。幅広げるなら私にもある程度口出し音出しさせろってさぁ~。まぁ、きっと理解されないんだろうね」
「えーと、じゃあ本当にアドリブでバンド食っちゃったんですね…」
「ダメだと思う? でもさぁ、私って楽しく音楽したいんよ。自己満じゃなくてさ、こう、もっとお互いしのぎを削るくらいバリバリ戦う感じ? あぁいうの求めてるんだけど……やー、だめだ。私コミュ障だから音で戦う前に口と手が先に出る」
「それはひどい」
「だよねぇ。はぁ……ほんと、本気でやればやるほどねぇ、周りの環境って大事だなぁって思うよ。私よりすごい人に叩きのめされたいけど、同い年ですごい人ってもう大体プロだから、アマチュア相手に遊んでくんないんだろうし」
ちょっとなえ気味に熊フードを被る。
「あー、頑張りたい気持ちはあるけど、何から頑張ればいいのかわかんないからとりあえず音楽でやりたいことしかしてないけど。もうこの辺でプレイできそうにないしなぁ…」
「大変ですね……。あっ」
南森はふと思い立った。
たった今目の前にいるのは音楽という創作の先輩であり、同級生である。
もしかしたら創作の軸について話が聞けるかもしれない。
こわごわとしながら、丁寧に尋ねる。
「その……魚里さんって、普段どんなことを考えて音楽ってやってるんですか?」
「ん、なぁに急に」
「いやその、今私、創作の軸とか、そういうのについて聞いてみたくって」
「えっ、なんかやってんの?」
むしろ魚里の興味はそちらに移ってしまう。
「ちょ、ちょっとだけ……。それで、その、イラストレーターの方に、「出した物全て自分で意図を説明できるもの」を創んないといけないから、自分の創作の軸を作ろうって話になってて…」
「イラストレーター!? すごいじゃん!! 何々、もしかして絵について勉強中!?」
「いえ、歌について考えてて」
「歌! へー……、うた? ん? ……イラスト、なのに歌……?」
「それで! もし魚里さんから何かお聞きしたいなと!!」
「あ、うん、あれぇ……?」
熊の耳が思わず垂れてくるほど、腑に落ちない様子の彼女は、人差し指でこめかみを押した。
「うーん、その人さぁ。デザインの話してるっしょ?」
「あ、そう、そうです!」
「あーごめん。私そんなこと考えたこともなかったわー」
「へー! ……え、えぇえ!!? うそ!? だってその、創作の軸とか、全部説明できて当然とか、そうじゃないんですか!?」
「いやだって…。私耳と脳が気持ち良ければいいから。だって創作然りさ、人の感情を揺らせばいいじゃんか。感情を揺らすには、自分が最高と思ったことを全力で貫くだけじゃないかい?」
「はぇ……」
「いや、だって意図全部説明できるようなものなんて一々考えたってしょうがないじゃん。そんなンしてる間に他にすっごい人いっぱい出てきちゃう。自分さえよければいいんじゃない? 私はそうだよ」
にへら、と笑う魚里の表情は、南森の感情を揺さぶった。
「ほぇ……! 魚里さんすごいです!」
「んっふっふー。だしょー?」
「あ、でも……」
(サーシャさんと全く反対のことを教わってしまいました。あれぇ……? 人それぞれ、ってことなのかな? でも、うーん……?)
南森、息抜きに来たはずのカフェでさらに悩む羽目になる。
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