やりたいことはなんですか?

「いやー、酒はあんま好きじゃないしさ! だからいつもここの喫茶店にばっか来ちまうんだよな! ここが日本で一番の喫茶店だぜ? 何せ隣にCDショップがあるしライブも見れる!」


先ほどの喧騒も喉元過ぎて、いつもの吉祥寺の日常が訪れる。


CDショップと併設されている喫茶店で、南森はカフェオレを、女性はコーラを飲んでいた。


「ほんと、すいません。おごってもらっちゃったし……」

「あぁん? コーコーセーなんだから先輩の顔立てろってもんよ。泣いてたやつがなにいっちょ前に」


「うぐぅ……返す言葉があれば……」


「んで、ここには何目当てで来たんだ? あ、もしかしてさっきのバンドの知り合いか?」


「いえ、たまたま演奏が聞こえて……。CDショップには、何かいい曲ないかなーって思って、ふらっと」


「お? おぉ?」


女性の目が輝く。


「やっぱあれか、『ONE OK ROCK』とかか? それともお前の年だと『Aqua Timez』とか『アジカン』?」


「うーん、クラスの友達は『MY FIRST STORY』とか好きですし、『ヨルシカ』とか『WANIMA』ですかねぇ。あ、でも最近なら『Mrs.GREEN APPLE』とか好きです私!」


「おぉおお! ほ、ほかは? やっぱ『〔Alexandros〕』とか強いのか?」


「いいですよね『ワタリドリ』! あ、でも割と私的には『ベガス』とか『ヤバT』とかも好きなんですよねぇ」


「おぉ、ぉおおおお!! 語れるなぁお前!!!」


「え、そ、そうですか……てへへ……」


「いやー、最近そういう話してなかったからさぁ! すいませーん店員さーん。この子にカフェオレー!」


「えぇ!? そ、そんな!」


「いやいや、ちょっと語りたいんだって! 頼むよ、ちょっと話付き合ってくれって!」


「わ、分かりました。えーと、……」


「あぁ、私は不動 瀬都那(ふどう せつな)。しがない……あー……ミュージシャン崩れだって思ってくれ」


(そっか! Vtuberって言えないもんね! 言ったら身バレにつながるし! すごいなぁ、プロの人が目の前にいる……!)


不動の正体は、南森にはお見通しだった。


彼女の正体は、間違いなく今人気絶頂のVtuberグループの一人、「アイギス・レオ」の歌担当、「ギリー」だ。


今のところ、アイギス・レオの中でも最も歌が上手いと言われている、新生の歌姫。


(でも、中の人は赤のツートーンなんだね。ギリーは、青い髪がきれいなアバターだからちょっと印象変わるかも?)


(あぁ、思い出すなぁ。ネットでVRライブ見たんだぁ私。本当に、キラキラしてて、【バーチャルだけど生きてる】って実感したんだよね)


会話も弾むなか、思わず、南森は悩みを口に出してしまった。


「実は、人前で歌うことになっちゃって、半年後に。それで何かいい曲ないかなーって」


「おーいいねぇ。何歌うつもりだったんだ?」


「うーん、みんなボカロとか歌うと思うんですよね、あとはアニソンとか」


「はぁー、それは大変だ。歌うの難しいだろ。でも、上手くいけば最高な音楽ができると思うんだよな」


「ふふ。……私、不動さんみたいに、歌上手くないから、不安でいっぱいで」


「ばっきゃろう!! 歌はハートだ! 技術なんて歌いながら身に着けりゃいいのよ!! やりたいことやんな。ロックなら何でもいいんだよ!!」


「ろ、ロックですか? じゃあやっぱり『ワンオク』とか……」


「そうじゃねぇ。生き様の問題だぜ! 歌ってのは、感情を訴えるもんだ。思いのまま、叫び散らせばいいんだって!!! 少なくとも、私はそう思うね。ロックに歌えよ、南森ちゃん。やりたいことを偽らずに、ほんとの自分でぶつけてくんだよ!!」


「やりたいことを、偽らず。ほんとの自分で……」


「あぁ。南森ちゃんは、どんな歌うたいたいんだ?」


「……私は……」















夜。

家に帰った南森が最初にやったことは、動画サイトを開くことだった。


マイリストには、既に削除された動画が残っている。

それでも、目を瞑ればなんとなく思い出せる彼女の姿。


中学の頃だった。

運動部に入ったら、何か変わると思って入った。

でも、失敗ばかりで迷惑をかけ続ける自分が、嫌いになっていた。


だけど、どうすればいいのかわからなかった。


だからたまたま自動再生で流れた動画に、心を奪われた。


「みなさんこんにちは! 私の名前は依白 海月(よりしろ くらげ)です!!」


3Dの少女が喋っていた。それだけでも、当時の価値観からしても異常事態だった。


アニメのように台本があるようにも思えず、かといって生主のように顔を出しているわけでもない。


カルチャーショックだった。


ぼうっとした目で様子を見ていると、面白い。


彼女の動画は、本当に面白かった。


見ているだけで、元気が湧いてきた。


笑顔になれた。


そして、彼女は人一倍誰かとつながっていた。


他のVtuberが続々と彼女のもとに集まる。


彼女の周りは、笑顔であふれていた。


企業でVtuberをしている人も、個人でVtuberをしている人もいた。


「輪になって踊る」なんて言葉がよく似合う女の子が、南森のヒーローだった。


本当に、笑顔で、楽しそうで、嬉しそうで……。

その中に、自分もいたらよかったのに。そう切に願った。


「……」


だが、その笑顔はもう見ることができない。


誰よりも愛したVtuber「依白 海月(よりしろ くらげ)」はもうこの世にいない。


別に亡くなったわけではない。


ただ、彼女をこの世から消したのは、皮肉にも身内の人間関係が原因だった。


運営と対立した彼女は、誰に言葉を向けることもできず、ひっそりと引退させられたのだった。


「……」


Youtubeには違法アップロードされた動画も存在する。


だから、彼女が引退して、削除された動画は、他のだれかが勝手に上げている。


いけないことだと思う。けれど、悪意がないような気もするのだ。


ただ、忘れないように存在する墓標のようなものだと南森は思うのだ。


しかし……。


南森が適当な動画を見始める。


すると、動画に映る人間やイラストの胸元に感情の色が浮かび上がる。


苦しそうな色で、笑顔で活動している人がいた。


涙が出そうになるくらいどんよりと沈んだ色をしているのに、馬鹿みたいに騒いでいる人がいた。


アニメには浮かび上がらない。でも、Vtuberはイラストと心が強くつながっているからだろうか、南森には感情がよく見えた。


汚い欲望とか、苦悩とか、でもそんな中で楽しさを求める人とか。

それしか目に映らない。


だから。


かつて愛した人の、誰かが勝手に上げた動画を、まだ見ることができなかった。


思い出だけは強く残ってる。


でも。彼女が笑顔の裏で苦しみとか悲しみとかを抱えていたとしたら……。


そう思うと、見る気が起きなかった。


「……。私は、あの人がいた世界にあこがれてたんだ」


(だから、あの人と同じ世界に飛び込めば、あの輪の中に入れると思った)


(また、楽しかった動画を見ることができるって思ったんだ)


「……そうだ。私は、あの人みたいに、いろんな人と手をつなげるようなVtuberにあこがれたんだっけ」


企業で活動している人も、個人で活動している人も関係ない。


みんなと一緒に笑顔になってるVtuberに。


「できないよねぇ。素人だし……」


「ふふっ、この動画面白いなぁ……。……。……?」


隣が騒がしい。


隣の家の二階に住んでいる人は、いつでも明かりがついていて、いつ寝ているんだろうと思うくらい電気をつけっぱなしだ。


「んー、んー? でも、何だろうこの違和感」


彼女には奇妙な叫び声に聞こえていた。


別に誰かに襲われているわけでもないし、痴情のもつれにも聞こえない。


ただ、どこか説明口調というか、逐一誰かに話しかけているような叫び声だったのだ。


「ふふ、まるでゲームの実況動画みたい。あ、案外大音量で見てたりして」


そう思って南森は普段夜には開けないカーテンを手で払い、窓を開けた。


向かいに住んでいる人のことは、カーテンを閉めていたから見えなかった。


部屋の光が、人影をカーテンに移す。


オーバーなリアクションで、画面にかじりついているようだった。


動画を見るだけにしては、のめりこみ過ぎなくらい。


だけれど、すごく楽しそうだった。


おそらくだけれど、ゲーム実況を大音量で流しているに違いない。


「…………、いいなぁ、そういうの」


楽しそう、隣に住んでいる人は、まぁ近所迷惑かもしれないけれど、楽しそうだった。


「……そっか。そういうのでもいいのかな」


プロのように湧かせる事はできないだろう。


面白い人のように盛り上げる事は難しいだろう。


でも、と。ひっそりと、瞳の奥に灯がともった気がした。


「できるなら……みんなと一緒に楽しめるような……!」








「やろう」

次の日。

そう言ってくれたのは、繭崎だった。

サーシャの家で作戦会議をするのも、もう何回目だったろうか。

そんな中で、サーシャは頭を抱えている。


「貴方ね、即断即決はいいことだけど、冷静に考えなさい。「企業個人関係なく一緒に笑顔で活動する」っていうのはね、年季と信頼があって実力のある人がやることであって……」


「そうだな。だけど、やろう」

「い、良いんですか?」


南森が不安げに繭崎に尋ねる。


繭崎は濃い眉毛を少しだけたれ下げた。


「責任を取るのは、大人の仕事だ。それを軸に、やってみるぞ」


「はぁ……。わかった、付き合う。それじゃ。南森ちゃん、一緒にどんなデザインがいいか考えましょう」


「は、はい!!」


南森のアイデアは、彼女の大切なものだった。


だから、繭崎は非常に難しいと思っても採用することにしたのだ。


「ま、なんとかなるだろ」


南森が真剣なまなざしで、サーシャとキャラクターを創っていくそんな様子を見て、自分も戦略を練ろうと歯をむき出して笑った。

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