なぽちらん

エリー.ファー

なぽちらん

 悲壮感のないなぽちらんは味気ないのだ。

 だって、そうだろう。

 なぽちらんは貧乏人の食べ物だ。

 本当の味をしらない庶民のための食べ物なのだ。

 そのことに気づかず、まるで豪華な食べ物のように勘違いしている者たちをみると吐き気がする。

 そういうものを見抜く目を持たない人間たちが溢れかえることこそが最も恐ろしいことなのである。何故、そのことに気が付かない。何故、そのことを問題視しようとしない。

 余りにも。

 余りにも。

 そういう点で、この世界は遅れているのだ。

 いつまでもモラルや哲学が一歩も前に成長していかない。こんなことをしていてはいつか技術の発展に後れをとったときに取り返すことができなくなるのである。

 分かり切っていることではないか。

 だというのに。

 何故。

 何故なぽちらんについての教育を広めようとしないのか。それさえすれば大抵の問題は解決できるというのに、何故、なぽちらんについては皆、不問とするのか。

 まるで理解できない。

 腫れ物であり、腫瘍であり、癌である。

 そういう存在として見ているのだ。

 問題なのはなぽちらんというものを真剣に勉強しているひとたちだ。

 なぽちらんがどんなものであるかをとうとうと語ったところで、全くと言っていい程、誰も聞かない。皆、噂程度のなぽちらんをまるで神の啓示のごとく崇めた奉りそればかり聞いている。

 恐怖したいのである。

 怖がりたいのである。

 なんであるか分からない状況に戦々恐々としたいのである。

 なぽちらんが何であって。

 どんなものであって。

 どうであればよいのか、ということを皆が理解しないのだ。

 意味の分からない何かによって脅かされる自分たちの生活、というものに心から満足しているのだ。本当は不満などない。

 自分から勉強する苦労をするくらいなら。

 根拠のない情報を妄信することに必死になったほうがいい。

 実際、このなぽちらんだって唯のナポリタンの打ち間違えであるのだから、意味などないのだ。どうせ、誰かがこれに意味を持たせて、やれ、なぽちらんがどうの、やれ、なぽちらんがこうの、と説教をするのだろう。

 対して分かりもしないのに。

 声の大きさと権力の巨大さだけで語るのだ。

 それでも。

 なぽちらんは流行してしまう。

 店からトイレットペーパーはなくなり、ティッシュはなくなり、米までなくなった。

 なぽちらんは、パスタとトマトが必要であるというのに、そのパスタとトマトはスーパーやら八百屋やらからなくなったりはしないのである。そもそも、なぽちらんを知らないのに、不安がるからこういうことになる。

 家庭科を真剣に勉強してこなかったから、罰が当たったのだ。

 不憫である。

 中々に不憫である。

 無学というものがこれほど滑稽であるとは思いもよらなかった。

 自分に降りかかってこないところがなおもありがたく、またとても嬉しい。

 なぽちらんのことで母親から電話があったけれど、直ぐにそんなに慌てることはないと返しておいた。こういうことをしておかないと、色々と面倒なことが重なるものなのである。

 そんなことを思いながら、夕方、なぽちらんを作った。

 チーズをたっぷりとかけるととても美味しかった。

 そんな中、煙草を吸いながら夕日を見つめると懐かしくてなんだか泣けてきた。

 なぽちらん万歳。

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