プラシーボ病棟の人間的な限界

ちびまるフォイ

知ったら治るものも治らない

「何でも診ます……ぷらせぼ外科内科? まあいいか」


病院内に入ると待たされることなく、診察室へと案内された。


「今日はどうしちゃいます? サッパリする感じ?」


「なんで聞き方が美容室の店員なんですか。

 ちがいますよ。体調が悪いんで診てもらいたいんです」


「ああそっち」

「他の選択肢はないでしょうに」


医者は聴診器を当てながらときおり難しい顔で「むむ」と言う。


「なるほど、これは風邪ですね。それっぽい薬出しておきます」


「……そ、それっぽい?」


「うちはプラシーボ医療を専門とする病院ですから。

 特に効能はないけれど薬は飲んでくださいね」


「ちょ、ちょっとまってください!

 そのプラシーボ医療ってなんなんですか!? めっちゃ不安なんですけど!!」


「体が弱ると心も弱気になりますよね、わかります」

「そうじゃなくて」


医者はフリップを取り出した。


「プラシーボ医療とは、それっぽい治療をし、治りそうな薬を出して

 患者さん本来の免疫力を自己暗示でもって高めて治す治療法です」


「治療って言えるんですか!?」


「信じる人は治るんです。病は気からって言うでしょう」


「医者がそれを言ったらおしまいな気がします……」


「それに、ちゃんとした医療行為をしないために

 うちは内科外科さらには呼吸器科からなにまでオールマイティーに対応できるんです!」


めちゃくちゃ早く診察室まで案内された理由がわかった。

ちゃんと調べる必要もないし、薬もワンパターンだから早かったんだ。


「もういいです、ちゃんとした医者にいきます……」


「まあ、待ちなさい。仮にちゃんとした薬で風邪を治したとして

 次に風邪を引いたときはどうするんですか? また薬に頼るんですか?」


「それは……」


「プラシーボ医療は思い込みで治療する方法ではありますが、

 患者さん本来の持つ抵抗力を養う治療法でもあるんですよ」


「……治るんですか?」

「あなたにその意志があるのなら。医師だけに」


医者をひっぱたいた後で薬を受け取った。

薬や書かれている処方箋も本物とまるで見分けがつかない。


効能がないので副作用も心配ない。

味は薬らしい苦々しい味が広がった。


「うえっ……でもこれは確かに効きそうだ……」


実際にはなんの効果もない薬を飲み続けていると、

本当に病気が治り始めたのでさすがに驚いた。


「本当に治っちゃった……」


途中から「偽薬と見せかけて、本当は効果のある薬だったのでは」などと

誰が得をするんだという陰謀説まで浮かんだほどに効果てきめんだった。


数日後、俺はふたたび病院を訪れた。


「今日はどうしたんですか? いつも以上に暗い顔をしていますが……」


「なんか人生に疲れてしまって……何もかも気力がわかないんです」


「そういうのはちゃんとした精神病棟に行ってもらわないと」


「看板に精神科も大丈夫って書いてあったじゃないか!」


「いや、書き足した一発目にそんな重めの治療依頼されても困ります。

 もっと軽く治りそうな精神病で実績を作りたかったんですよ」


「それでも医者か!?」

「イエス、アイアム」


医者はパソコンを開いてネットでなにやら検索をはじめた。


「まあ、とりあえず精神病診断しときますか。

 あなたは家に塀を作ることにしました。その高さはどれくらいですか?」


「それでなにがわかるんですか?」


「あなたの潜在的なプライドの高さ」


「診察しろや!」


胸ぐらを掴まれた医者はしたり顔で「ね?」と吹き出しを出した。


「元気になったでしょう?

 あなたは落ち込んでいる自分に絶望してさらに落ち込んでいたんですよ。

 薬なんか使わなくても、気の持ちようで病気は治るんです」


「本当ですかね……」


「まあ、心配ならそれっぽい薬出しておきます。

 飲んどけばなんか治りそうな気がしてきますよ」


「そういう言い方はプラシーボ医療的に逆効果なんじゃ……」


「安心してください。あの東大医科大学の○▲教授が「効く」と言っていましたし、

 有名人の×■さんも愛用しているという薬ですから!!!」


「それは効くに違いない!!!!」


俺は薬の入った紙袋を迷いなく受け取った。

著名な人がお墨付きしている薬なんだから効かないはずが無いだろう。


ウキウキ気分の帰り道だった。


耳をつんざくブレーキ音とともに車が眼前に迫っていた。


「えっ?」


次に意識を取り戻したのは救急車のサイレンだった。


「聞こえますかーー!? 佐藤さん、聞こえますかーー!?」


「う゛うう…………」


うまく声が出せない。

救急隊員は車の中で必死に搬送先の病院を探している。


「1丁目の病院は!?」

「ダメだ! いっぱいだ!」

「2丁目のは!?」

「こっちもたらい回しか!」


「おい! 空いてる病院があったぞ! ぷらせぼ病院へ急げ!!」


こともあろうに救急車はあの病院へと一目散に向かってしまった。

ストレッチャーで病院に運ばれると、あの医者が現れた。


「患者は?」


「車にはねられて重症です。至急治療をお願いします」


「お任せください」


「おま゛っ……」


俺は抗議の声をあげることもできずに集中治療室へと運ばれた。

そのまま意識はとぎれ、次に目を覚ましたときは病室のベットだった。


自分の体に巻かれている包帯やギプスを見て驚いた。


「ご加減いかがですか?」


「驚きました。プラシーボ効果でしか治せない病院かと思っていました」


「これでも医者ですよ。それに看板にも外科と書かれているでしょう?

 プラシーボ医療がメインですが、普通の医療行為だってできる医者なんですよ」


「なんか……今まで色々言ってしまってすみません。

 実際に風邪も精神病も、このケガも、あなたの治療で治っていましたね」


「そう。大事なのは心のあり方なんですよ」


医者はとんと胸を指差した。



「私もね、自分が医者だと思い続けてきたからこそ

 こうしてちゃんと本当に治療ができたんですから」

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