第7話

突然話し掛けてきた如何にも金持ちっぽい先輩三人組は、見下すような目で空野先輩を睨む。それに負けないくらいの威圧を隣から感じるけど、怖くてそっちを見れない。見てしまったら、確信してしまうから。空野先輩の、こと。


このまま逃げ去れば、僕は今まで通り何も知らずに空野先輩と接すれるのだろう。 だけど、だけど、意地悪そうな先輩は言った。退学だって。暴力は嫌いだ。万里を殴った空野なんか、大嫌いだ。だから僕も空野は退学になるべきだと思う。でもその空野が、今隣にいる空野先輩ならば。僕は。


「勝手なこと、言わないで下さい」


否定する前に、信じたい。


「空野先輩が犯人な証拠はないでしょう!?」


あー、やっちゃった。 先輩にタンカ切りましたよ僕。 しかも明らかに一般生徒。 終わったよ、地元の酪農系の高校に進学決定だよ、毎日牛乳と格闘する日々だよ。でも、いいや。空野先輩、僕の牛乳毎日飲んで下さいね。本当は農業高校が良かったけど空きが無かったはず。 農業ならばっちこいなんだけどな、あ、つまみ食いしちゃうか、ふむふむ。


「おい聞いてんのか!!」

「いいえ!?」


ついつい真剣に将来を悩んでしまった、今はまだ落命学園生なんだよ僕。あと数時間の余生、精一杯楽しみます。とりあえずニンジンを栽培しよう。


「それくらいにしてあげなや、まだひよっこな一年坊やないかい」


残り数時間でやっておきたいことを考えていると、突然美しき黒髪男児が目の前に現れた。長い髪を後ろで一本にまとめたその人は、長身で華奢な体で、空野先輩系の美しさを放ってる。ただ、空野先輩は西洋系な日本人離れをした美しさだけど、黒髪さんは和服が似合いそうな、大和男児な美しさだ。 むむ、また僕のボキャブラリーの無さが目立っている。


「ひよっこも、一般生の先輩に歯向かうなって入学前に学習しとかなきゃいけねぇことやで」

「だだ、だって、空野先輩が!」

「空野? あぁ、空野いたんか。 いつもの威圧がねぇもんだから気付かんかったわ」


黒髪さんが見下すようにこっちを見ると、隣からチクリとした威圧が微かに伝わってきた。恐らく空野先輩は黒髪さんと知り合いだ。


「しっかしまぁ、今回の事件は学校的にも空野をお釈迦にする絶好のチャンス、証拠はねぇが退学はほぼ決定やな」

「空野先輩は何もしていない! 退学なんてあんまりです!」

「えっらい可愛い下僕を見付けたなぁ。 いいかひよっこ。 この空野鷹は平気で人を殴れる男やで」

「だからなんだ! 僕は無傷だ!!」

暴力なんか、嫌いだ。でもそれ以上に、“やーいやーい、宇宙人ー”“近寄るな異星人のくせに”差別や偏見は、大嫌いだ。空野先輩が人を殺していたって、僕から見た空野先輩は焦がれるほど優しかった。 こんな僕に優しくしてくれた。そんな空野先輩が万里を殴るはずは無いし、罪のない人を傷付けるわけがない。もし空野先輩が万里を殴り、罪のない人を傷付けたんだとしたら。……理由を聞きたい。 責める前に。


「……ちっこいわりに強いちびっこやな。 気に入ったわ。 俺は生徒会の人間だ、空野んこと、無罪にすることくらい容易い」

「本当ですか!?」

「あぁ、ただちびーっと骨が折れる、タダじゃあ無理や」


黒髪さんが僕の肩を抱き、鼻先が触れ合うくらい顔を近付ける。


「お前が付き合ってくれんなら、空野を庇ってやんよ」


凄い、アップで見ても綺麗だな。 毛穴はどこですか。


じゃない。


「コンビニとかですか?」


僕今、黒髪さんにナンパされたんだ。 この人一人でコンビニも行けないんだな。


「それは遠回しなNOサイン? それともマジボケ?」

「え? だって付き合うって」

「高校生ならわかるやろう?」


黒髪さんの手が、僕の制服のボタンを外してく。


「恋人になれって言ってんの」


その時初めて、僕は現在措かれてる身の危険を一気に理解した。そう、どアップな黒髪さんの美しき顔に見とれてる場合じゃ、全くもって無かったみたいです。あー、あ、人参の特売間に合わない。あまりに突然な事に脳みそが軽く現実逃避を始めた瞬間、黒髪さんが勢いよく離れていきました。気付いた? もしかして黒髪さんも人参マニア?


「っぶなー、すげぇなぁ、その人を殺せそうな威圧感」

「……」

「俺とは口も聞きたくないってか」


唐突な事続きで、思わず空野先輩を見てしまった。今まで必死に目を背けて来たけど、悲しいことにその姿は一瞬で『空野先輩が噂の空野だ』と納得してしまうほど、冷たくて鋭利な物だ。目に、まるで光が無い。あぁ、でも僕は何処かであの闇を見つめたことがある気がする。


……ダメだ。 ごめんなさい。やっぱり僕、空野先輩を責めれそうにない。


「あの、黒髪さん」

「黒髪? あぁ、俺は烏田雅(カラスダ ミヤビ)。 お前は雅って呼んでいいぞ」

「あ、じゃあ烏田先輩」

少し後退りしながら空野先輩に近付くと、いつものあの美しい笑顔で“ありがとう”と口が動いた後、僕を背中に隠してくれた。


「烏田先輩と僕が付き合うと、なんで空野先輩の無実が証明されるんですか?」

「それもマジボケ?」

「空野先輩がどれだけ優しいか証明出来れば良いんですよね?」


ならば。

ならば僕が付き合う相手は烏田先輩じゃない。


「僕が空野先輩の恋人として幸せに暮らせれば、空野先輩の優しさは証明出来るんじゃないですか?」


そっと空野先輩の背中を掴む。 僕は今日物凄く恐れ多い事ばかりしてる。だから今さら怖くなんか、ないやい!


「僕は空野先輩と付き合います」


空野先輩の後ろ髪が微かに揺れて、そこからふんわり香った美しき匂いに、脳みそが軽く現実逃避を起こした。……いや。冷静に考えれば、僕の脳はもうずっと逃避行していたかもしれない。そんな逃避行に出掛けた脳みそを引き摺り戻したのは、烏田先輩の笑い声だった。思わず背中を掴む力を強めると、振り向いた美しい笑顔が“だいじょうぶ”と口を動かした。


「お前、そういえば名前は?」

「……宇佐見」

「宇佐見、か。 いいか、よう覚えとけ宇佐見。 空野がお前にどんな薬を盛ったか知らんが、コイツを信用すんな、泣くのはお前だ」


信用すんな、なんて。信用してない人に言われて「わかりました信用しません」ってなるほうが馬鹿じゃないか。大丈夫。 大丈夫だ。信用するのが馬鹿ならば、喜んで馬鹿になってやる。


「空野が恋人を大切に出来たら、そりゃあ大層なニュースになんぞ」

「だから、僕が」

「空野が何を企んどるか知らんが、すぐに化けの皮を剥がして、お前も八つ裂きにされんぞ」


少し、寒気がする。何だかんだ強がりを言っても「空野先輩が100%正しい」とは胸を張って言えない現状。 烏田先輩が必死に正論を説いてるとすれば、僕は空野先輩の演技に騙されているのだろう。退学から免れる為に僕を利用し……飽きたらボロボロにされる。それが有り得ないとは、言えない。


「空野先輩、ごめんなさい」

「宇佐見くん……」


言えないんだ。


「……疑いが晴れるまで、僕で我慢してください」


だから、胸を張って言えるようになりたい。 空野先輩のこと、ちゃんと知りたい。優しい人なんだ。 きっと間違いではない。


「わかった、じゃあちょっとでも宇佐見に何かあったら、空野は退学、宇佐見は俺と付き合うことな」

「望むところです!」


どうせ退学覚悟だったんだし。 今さらそんな条件、怖くもなんともないやい!


「空野はそれでいいんか?」


烏田先輩が首を傾げて、ようやく僕は空野先輩から何の了承も獲ていないのに気付いた。すっかり忘れてた! 退学以前に空野先輩が僕と付き合うわけない! だって僕なんか凡人で平凡で、


「珍しくお前に感謝してやるよ、烏田」

「へぇ、よーわからんが、まさかそのオチビちゃんにお熱とかじゃあねぇよな。 いつものように捨てゴマなんやろ?」

「……お前の好きに考えればいい。 ただ、宇佐見優兎はこれで僕のだ……わかってるな」

「そんな目すんなって、どーせすぐオジャンになって手に入るんだ、それまでは手出しなんかせんよ」

「その言葉、忘れるな」


空野先輩……僕の名誉のために無理に付き合ってくれたなんてやっぱり貴方は優しさの塊です! 信じたのは間違いじゃなかった。


「今日からよろしくね、宇佐見くん」


……って。なんかよく考えたら、よく考えなくても凄いことになってない? 気のせい?

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