輝ける命に
水乃流
最高の祭りに
蓬莱村は、にわかに活気づいていた。
妊娠していた音川村長が突然倒れたという衝撃のニュースが流れ、半日過ぎたあとに女の子が生まれたという嬉しいニュースがもたらされたのだ。
ただの子供ではない。これまでにも、何人か村の中で生まれている。が、それは
夫のダニー(ダニエールの愛称)や桜、迫田といった近しい者たち、それに巳谷医師などの医療班は、院内で寝ずに待っていたため、子供が生まれた後はそれぞれに身体を休めている。村の運営を担うチームがほとんど休みに入ってしまったので、村の活動も休止中……とはならなかった。
「これは、祝うしかないんじゃないか?」
誰が言い出したのかは分からないが、新たな生命の誕生を祝って宴会が企画された。実を言えば、昨年秋の収穫祭は、帝国との和平交渉やその後の内乱騒ぎで規模が縮小され、その後も議員の視察団が起こしたドタバタで、宴会らしい宴会が開催できなかったのだ。要するに、どんなことでもいいから言い訳にして宴会をしたいという村人の、言葉には出さないけれど共通認識が成せるわざと言えるだろう。もはや
蓬莱村の宴会は、居酒屋でやる忘年会などとは趣が違う。狭い日本とは違い、ここには広大な土地がある。そこを利用して野外で料理したり、相撲をとったり、歌を歌ったり。一言で言えば、“祭り”なのだ。
眠い目を擦りながら桜が外に出てきたときには、宴会――いや、祭りの準備はちゃくちゃくと進んで、今更止めろと言っても引き返せない状況になっていた。桜はあきれたが、中止させるような野暮なことはしなかった。というか、それどころではなかった。子供の誕生を聞きつけてやってきたヴェルセン王国国王夫妻の相手をしなければならなかったのだ。
「陛下、いいんですか?
「ドーネリアスが一手に引き受けてくれておる。我は明日引退しても、国はちゃんと機能するぞ」
「それはそれは。ドーネリアス様も皇太子として立派になられたということですね」
「あぁ。後は妃じゃな。なかなか良い妃候補が見つからぬ。……時に、サクラ。お主――」
「あっ、すいません。呼ばれたので少し席を外します」
剣呑剣呑と、その場を逃げ出した桜は、コロコロと走り回る小さな機械を見つけた。
「ルート、あなたも来ていたの?」
「サクラ。テシュバートで連絡を受けてね、ついさっき到着したところだ。出産に立ち会うことができなかったのは残念だよ。
「あー、それはいささか面倒なことになるわ。
ルートは、機械生命体である。
「ふむ。プライバシーの侵害になりかねないということか? 生殖行動と同様に?」
「そこ! そういうところよ、ルート。人前では話しにくいこともあるのよ」
「ふむ。納得はしかねるが、理解はした」
「私もあなたたちがどんな風に増殖するのかは少し聞いてみたい気がするけれど、敢えて聞かないわ。それがマナー、エチケットってことだもの」
なかなかに難しい。そう言いながら、ルートは人混みに紛れるように走って行った。あの分では、別の人に聞きに行ったに違いない。たぶん迫田さんね。ご愁傷さま。
明け方から準備が始まった宴会、改め祭りは、なんとか日が暮れる前に大方の準備を終えたようだ。もう、あちらこちらで乾杯の音が聞こえる。桜は、ふと空を見上げた。沈みつつある太陽が、空を赤く染め上げ、東側からは夜を告げるかのような濃紺が広がりつつあった。もう、何度も見た風景。
詩の子は、この風景を見て育つのだ。どのような子に育つのだろう。そして、いつか自分も子供を産むのだろうか? 自分の事ながら想像もできないと、桜はひとり苦笑いする。詩の子供だけじゃない。村で生まれた子、これから生まれてくる子供のためにも、平和で安全な世界にしなくちゃいけない。桜は決意を新たにした。
――その前に。子供の誕生を祝うこの祭りを、ずっと語り継がれるような、最高の祭りにしないとね。桜は、確固たる決意とともに、新たな一歩を踏み出した。
輝ける命に 水乃流 @song_of_earth
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