微妙な時期の祭り

水瀬 由良

微妙な時期の祭り

 今日は豊神祭ほうじんまつりの前夜である。前夜祭である。

 特に何もない。


 今日が12月24日だろうが、町には赤い服着て、白いひげのコスプレをした人が大量に宣伝を行っていようが、ケーキが売られていようが、色とりどりのイルミネーションが街路樹を飾ってようが、今まさに俺が赤い服着て、子どもたちにプレゼントを配ってようが、誰がなんといっても、豊神祭の前夜なのである。


 決して、クリスマス・イブなどという恋人達の日ではないのである。


「毎年ごめんね。冬騎君、どうしても君に頼ってしまって」

 子どもたちが帰って、サンタ姿のままで一休みしていると、神官服を着た田中さんが声をかけてきた。本当は神官服というのは水干やら狩衣やら言うのかもしれないが、詳しいことは知らない。

「いや、いいですよ。俺も昔、世話になったんだから」

 神官服の人間とサンタ姿の人間が話すとはなんだか不思議な光景だが、毎年恒例の光景である。ここは神社の境内の中にある児童部屋だ。本殿の横の社務所の一角が子どもを預かる場所になっている。

 

「ほんとに助かるよ。この時期はどうしても祭りの準備やらで忙しいし、子どもたちはクリスマスを楽しみしているからね。来年はどうしようかな、君は都内の大学に行くんだよね?」

「そうですね。来年は少し来るのは難しいですね」

 現在、高校三年生。受験生なのにサンタのまねごとをしていていいのかという話もあるが、俺はすでに推薦で都内の大学に進学することが決まっている。


「とりあえず、明日もお願いするよ。夜は思い切り楽しみなさい」

「分かってますよ」

 そう言って、俺はサンタ服を脱いで、家路に着く。


 神社というのは何故か階段を登ったところにあり、階段を下りる。その途中で、階段に座っているおばあさんがいた。

 こんな時間にお参り?


「ばあさん、こんなところでどうしたんだい? 登っていく途中で休憩か? それとも気分が悪くなったって言うなら、神社の人でも呼ぼうか?」

 もしかしたら、昼間に神社に来て落とし物でもしたのかもしれないな。どちらにせよ、寒いのにこのままにしていたら、明日はお祭りどころじゃなくなるかもしれない。


「いやいや、かまわないよ。親切にありがとう」

 おばあさんがにこやかな笑顔で答える。

 なんだ、よかった。少なくとも気分が悪いわけじゃなさそうだ。

「どうしたんだ? こんなところにいたら風邪ひくよ」


「そうさねぇ。はよ、戻らないとね。ちょっとな昔のことを思い出していたんじゃ。ここから町の明かりが見えるじゃろ? 昔はね、ここの祭りはもっと盛大だったんじゃよ。町の至る所に提灯がついてね。皆、お祭りを楽しみにしていたのさ。夜店もすごかったもんだ。それが懐かしくてね。あんた、ここの祭りの由来を知っているかい?」


「ああ。知っている。何でも冬至にあわせたんだろ?」


「よく知っているね。そうさ、冬至は1年で一番日が短い日。それは裏を返せば、翌日からは日がだんだん長くなっていく。再生の日なんじゃ。だからこそ、皆で祝い、五穀豊穣を祈ったのさ。それが今じゃ、なんかねぇ」


「そうは言っても祭りだろ? ばあさん。祭りってのはやっぱりいつの時期でもいいもんだと俺は思うよ。ばあさん、明日の祭りは楽しみじゃないのか?」

「楽しみじゃないのかって聞かれたら、楽しみたいけどね」

「じゃあ、楽しみなよ。旦那さんでも連れてきてさ」


「旦那なんて、いやしないよ。お前さんこそ、彼女ってのを連れてきたらどうだい?」

「ばあさん、すまない。けど、痛いところ突いてくるな。今日は街中じゃクリスマス・イブだぜ。彼女がいて、こんなところにクリスマス・イブにいるやつなんかいないぜ」

「あはっはっはっ、こりゃすまないね。わたしは、クリスマス・イブなんてどうでもいいからね。でも、あんたの言うとおりに昔みたいに明日を楽しんでみるとしようかの」

「その意気だぜ。祭りなんて楽しんだもん勝ちだって。若くもなれるさ。ばあさん。じゃあ、俺は行くぜ」

「気のもちようじゃな。あんたも明日、楽しむんだよ」


 そう言って俺は階段を下りた。


――――――

 翌朝、神社の仕事を手伝って、夜は夜店を見て回る。

 寒いが、活気はある。同級生達の多くは今頃は勉強中だろう。

 知り合いは神社の中で仕事中だから、一人でブラブラすることになる。


(今年も会えないよなぁ……)


 毎年、この微妙な時期にある祭りに欠かさずに来ているのは、どうしても会いたい人がいるからだ。

 もう10年前になるか。1回だけ会って、それ以来会っていない。この祭りにきているのだから近所の人だとは思うのだけど、全然会えていない。


「ねぇねぇ、あなた、一人よね?」

 不意に声をかけられて、振り向いた。

 和風美女がそこにいた。


 心臓がキュッとなった。え?

 あの人にうり二つ。でも、それはありえない。だって、あの人は10年前も同じ顔をしていた。


「うん。一人だよね? 私も一人だし、折角だから一緒に祭りを見て回らない?」

 そう言って彼女は俺の手を取って、引っ張った。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

「待つなんてしない。だって、祭りの時間なんて一瞬だもの」

 

 そう一瞬だった。

 彼女と見て回る時間はまるで夢のようだった。ここの祭りは昔ながらの遊びもよくある。神社の倉庫に眠っている遊具をここぞとばかりに引っ張り出してくる。子どもたちも長く遊べるように工夫がされているのだが、彼女は子どもに交じってコマやら射的やらを実に楽しそうにやっていた。


 時代にあわせて、イルミネーションやサンタのプレゼントがあって、神社とはなんだとは思わなくもないが、彼女はそれらも『きれいだね~』とか『贈り物ってやっぱりいいね』とか言いながら楽しんでいた。


 その笑顔を見ているだけで、時間を忘れてしまっていた。


「目一杯楽しんだ……かな?」

「……楽しみすぎじゃないか?」

「そんなことない。祭りは楽しむもんでしょ?」

「そりゃその通り。同じ祭りなら楽しまなきゃ損ってもんだ」

「そうそう」

「……なぁ、昔、会ったことないかな?」

 気になっていたことを聞く。正直、初恋といっていい。優しそうなお姉さん。


「そうね。きっと会ったことあるよ」

「でも、どうしてだ? 俺の知っている人は10年前も同じだった」

「……そりゃね。わたしゃ、ここの神だからね」

 そう言った彼女は、昨日のおばあさんになっていた。


「いやぁ、楽しんだ。楽しんだ。こんなに楽しかったのは、10年ぶりじゃよ」

 俺は言葉を失っていた。そして……


「……俺の純情を返せーーーーっ!!!!!」


 思いっきり叫んだ。


「あはっはっ! ごめんごめん。この姿になるもの久しぶりだったから」

 そう言って老婆はまた、彼女に戻っていた。

「若くもなれるって言ってくれたからね。久しぶりに楽しんだよ。あなたはどうだった?」

「……ありがとう」

 そう言うしかなかった。

「そうでしょ? また、遊びに来てね」

「分かった」

「じゃあね」


 俺の初恋はあえなく散ったのだった。


――――――

 

 あれからもう随分たった。

 季節は巡り、時代は流れ、それでも、ここの神社ではクリスマス前後という微妙な時期に祭りをやっている。


「あら? ここに来るの? 何年ぶり?」

「今回は5年ぶりかな」

「昔に会ってからはどのくらいかな?」

「もう分からない。ここに来るのもかなりしんどくなってきた。あの階段もあの時の君のように休憩しながらでないと登れない」

 俺はもう年をとっていた。それでも彼女は変わらない。


 彼女に正体を明かされた時は、随分ショックだったが、今ではそれも良かったと思っている。


「今日は楽しんでいる?」

「もちろん」


 何歳になっても、初恋の人に会えるっていうのは贅沢だと思う。いくつになっても、色あせない思い出がこの祭りには詰まっている。


 これからもきっと、微妙な時期の祭りは続いていく。

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