第83話 魔の巣窟
「リンネ様、久しぶりだっぺ! フリーバレイ解放拠点の視察に来られたっぺ?」
「えっと……あなたは誰だっぺ?」
「それはひどすぎるっぺ……同志クルン殿、助けてほしいっぺ!」
「クルンも知らないですっぺ」
「もうっ! リンネちゃんもクルンちゃんも、アドーバさんを
アドーバさん? アドーバ……アドーバ……そういえば、ティルスの元奴隷で土魔法使いがいたよ、いたいた!
やばっ、
「ごめんなさいっぺ! 凄く立派になってたから、ボクなりに驚いたフリをしたくなって」
「クルンもリンネ様のマネしてみたです」
「安心したっぺ! おいら、かなりレベルアップしたっぺ! 《土魔法》も今や中級だっぺ! さぁ、今からリンネ様の歓迎会をするっぺ!』
「あっ……お気持ちはとっても嬉しいんだけど、ボクたちは急いで地境に向かわないといけないの」
小さな身体で一生懸命にボクを引っ張るアドーべさんの、ゴツゴツした手——みんな、生きることに必死になんだね。
「いくらリンネ様でも地境は危険だっぺ! 本当に行くっぺ?」
「うん、危なくなったら《
「なら、この
「アドーバさん、ありがとう! 行ってきますね!」
マジックポーションは貴重品だよね。アドーバさん、助かります!
昨晩慌てて王都を飛び出したボクたちだけど、馬車の中でごろ寝して、朝早くに飛んできた。
真夜中になってやっと、フリーバレイなら《転移》できるじゃん!ってことに気づいたんだよね。ちょっと焦りすぎていた。
かつては魔人グスカの策略で毎日犠牲者が出ていたフリーバレイの町も、今は活気に満ちている。
ボクたちを罠に嵌めた町長は既に亡くなったそうだ。振り返ると、助けられなかった人の顔が浮かんでくる。泣きたいよ!
もしメルちゃんがいたら、今できることを精一杯やればいいんです!って言いそうだね。よし、頑張ろう。
この町からリーンがいる地境までは馬車で5日間も掛かる。道が悪いうえに高低差が激しく、迂回路が複雑なんだとか。急がねば!
ボクは左手中指の指環に魔力を流し、スノーを召喚した。
「スノー、出ておいで!」
『ギュルルッ!』
珍しく甘えてくるスノーを、ボクは優しく撫でてあげた。この先に進むのに不安があるのかもしれない。
ん?
クルンちゃんがスノーと楽しそうに話している。ちょっとヤキモチ妬いちゃう。
「リンネ様、途中でスカイに手伝ってもらえるです。そしたら、2日で着くらしいです」
「2日!? それは助かる! スノー様、途中までお願いします!」
ボクだけスカイに乗って先に地境に行き、《転移》で2人を迎えに来てから、今度は3人で……という手もあるにはあるけど、今回はスノーに頼ることにした。
「よし、出発しよう!」
★☆★
ボクたちは今、大草原を走っている。
3人の小さな背中を押すように、強い風が草原を吹き抜けていく。その度に草原の白い穂が揺れてウェーブが流れ、大地がそれを優しく抱き締めて茜色に染め上げていく。
とても綺麗な光景だ。
しかし、そんな神秘的な風景にばかりに目を奪われてはいけない。
ボクたちが向かっているのは魔の巣窟なんだ。それを実感させるように、頻繁に巨大な魔物に遭遇した。
「ベヒモス! 魔力90以上!」
「でかっ!」
「前に戦ったのより大きいです……」
300m前方で、二足歩行をする巨象がボクたちの行く手を塞ぐ。いくらスノードラゴンでも、まともに攻撃を受けたらまずい。
「ボクに任せて!」
新しい武器、リンネの杖のお披露目だ!
杖に込められている《
《水魔法》を使ううえで最も大切なのは形状イメージだと思う。
下級だと、水の矢やレーザー、刃、盾、弾とかだね。中級なら、水の竜巻や、檻、水流放出系も可能になる。上級までいけば、スコールなどの大量の水の召喚、操作が格段に上がる!
魔法というのは、自然界に満ちる力を借りてそれを具現化する、いわばイメージの産物だ。
北の大迷宮では
25階層のボスなんだから、
イメージするのは、みんなで遊んだ25階層の湖。澄んだ綺麗な水を召喚し、それを竜の形にする!
身体に纏う膨大な魔力を新しい杖が吸い上げていく。今なら3割くらい使えば巨大水竜が作れそう。
形を正確にイメージする。確か女性だったよね。透き通る身体に、戦闘力には関係ないけど……乳首を付けてっと。眼は金色で、赤いアイラインを引いて、角は銀色でいっか……よし、完成!
「魔を打ち払え、
杖は一瞬にして大量の水を召喚し、竜の姿を作り上げる!
竜の
『リンネ様の力により顕現した我が身、魔を滅するための勇者の聖剣となりましょう!』
えっ、本物!?
一瞬で呆気なくベヒモスの意識を刈り取った。
『
そう言うや否や、上空で大量の霧となって消えてしまった。そのあとには、夕闇に映える虹のみが残されていた——。
「ま……、まぁまぁかな……」
使う場面は限られそうだけど、
ボクは杖を軽く振って仲間たちを振り返る。
アユナちゃんもクルンちゃんも、スノーの背中でひっくり返っている。スノーですら、両脚を畳んでぶるぶると震えていた。
『リンネちゃん……
「ク……クルンもシャワーです……着替えます……」
あらま……ボクの責任だね、ごめんなさい。
「魔物がいないうちにシャワーと食事を済ませちゃおう!」
スノーの背中に乗ったまま、ボクは《
キャッキャ叫びながら気持ち良さそうに水浴びをしている2人と1匹を見ると、このまま時が止まれば良いのにと考えてしまう。
でも、《
ティルスで貰った干し肉を解して配る。
ボクの
1時間ほど休憩してからスノーは再び走り始めた。
既に日は沈み、星々の光が辛うじてボクたちが草原の闇を走っているという事実を教えてくれる。
地下室に比べれば明るいのだけど、不気味さは格段にこっちが上だね。
メルちゃんもクピィもいないので、いつ魔族の襲撃に遭うのかという不安が常に付き纏う。
暗いトンネルの中を進んでいるときに感じる、あの背後に迫る闇の恐怖——背中を何度も悪寒が走る抜ける。
勿論、恐怖を感じているのはボクだけじゃない。ボクの胸に収まる2つの頭が何よりの証拠。
なでなでしたい気持ちをぐっと堪えていると、ふと1人の少女を思い出した。
「そう言えば、アユナちゃんの所にフェニックスさんが来なかった?」
「ひゃあっ! 羽を燃やさないで!」
「クルンも、フェニックス怖いです!」
「えぇ~? 可愛い女の子じゃん」
「まず眼が怖い! あとは魔力も怖い! 顔も怖い! 翼も怖い! 爪も怖い! 匂いも声も、全部怖い! あり得ないくらいに怖い怖い!!」
「アユナちゃん、落ち着いてって。仲間なんだから仲良くしないとだよ。絶っ対に、苛めないように言ってあげるから、召喚してみて?」
「リンネ様! いじめっ子にそんなこと言わないでくださいです。報復されてもっと苛められるです」
小6のとき、ボクもそう思って苛めを見て見ぬふりしていた。
違う……次は自分が標的になるかもしれないと考えちゃったんだ。注意する勇気が無かった。弱かった。でも、今は違う!
「そうやって逃げてばかりじゃダメだよ。ちゃんと話し合わないと、相手だって痛みに気づかないんだから。苛める側だって、誰かが注意してくれるのを待ってる場合もあるんだから」
「本当に大丈夫?」
「任せて!」
「本当に本当?」
「た、多分」
「いや~っ!」
「大丈夫だって! ボクを信じて!」
「うっ……わかった……『最高の美少女にして最強の大精霊いらっしゃる
まさか、フェニックスがこの召喚長文をアユナちゃんに暗記させたってことはないよね……。
スノーの上空、アユナちゃんを真上から見下ろすように、灼熱の炎を纏う巨大な不死鳥が現れた。
でも、全く熱くない。魔法で制御されている炎みたい。
『やっと出られたぞい! 天使の童よ、汝は我を何だと心得ている? いつでも喰らうことが——』
「コホン……」
『ん? あっ、ゆ……勇者リンネ様!? 御無沙汰しておりました! もしや、勇者様が我をお呼びですか? 光栄でございます!』
「フェニックスさん、ボクの大切なアユナちゃんを苛めないでね」
『これは……あれです、精霊使いの試練というか、修行みたいなもので……そう、我なりの愛情表現です』
「そういうのはいらないから。アユナちゃんを……というか、世界を救うのが最優先なんだから。魔王が復活したら精霊も困るでしょ?」
『ご
ボクはアユナちゃんに目で合図を送る。召喚主なんだから、アユナちゃんが命令すべきだもん。
アユナちゃんも、彼女なりに威厳を保とうと、精一杯の努力で口を開く。下を向いたままだけど。
「暗くて……怖くて、進めないの……です。お願いできますか?」
『我は
ボクは、アユナちゃんに見えないようにフェニックスに杖を向ける。
『そうじゃ、灯りではないのじゃが……汝の未来を照らす灯りになるよう……全力で光るぞ! アユナ様の行く手を遮る下等な魔物共に、制裁の業火を!』
「あ、でも……殺さないでくださいね」
『魔物を殺さない?』
「はい。生き残るために殺さなきゃならないのなら仕方がないけど、必要がないのに命を奪うことは邪悪なことだから」
ちょっとぎごちないけど、アユナちゃんがボクの想いをちゃんと理解してくれていることが嬉しい。
『なるほど、流石は我が認めた主じゃの!
捻じ曲がってはいるけど、こういう子には強者の論理の方が理解しやすいのかもね。
高々と舞い上がった
昼間のようにとまでは言えないけど、周囲500mくらいの視界はバッチリ。もう大丈夫そうだ!
「リンネちゃん、ありがと! 初めてフェニックスさんが私の言うことを聞いてくれたよ!」
「クルンもう怖くないです!」
ちびっこ2人が抱き合って感動を分かち合っている。
疲れ果てた
しつこく追いかけてくるゴーレムの脚に《
フリーバレイを発ってはや2日——既に地境の端にまで到達していたことに。
「リンネ様、この先にある地境の段差を越えればずっと近道になると、スノーが言ってますです」
「そっか、それでスカイの協力ってことか!」
その後、クルンちゃんが言っていた地境の段差に到着した。
段差というからちょこっと高くなるのかと思いきや、幅300m、深さは100mくらいの崖が広がっている。
なるほど、これを迂回するなると——北側をぐるっと回る必要があるってことか。
「スノー、ありがとう! ゆっくり休んでね。スカイ、お願い。ボクたちを向こうまで運んで!」
『ギュルッ!』
『シュルルルッ!』
ドラゴンたちは、バトンタッチするかのようにお互いに触れ合っている。もしかして、カップル?
クルンちゃんをボクとアユナちゃんで挟むように、3人まとめてスカイに乗る。
下に滑空するだけなら3人乗っても大丈夫!ってクルンちゃんが言ってたけど、そういう問題じゃない。100mの高さから飛び降りるのって、かなりの恐怖だよ!!
スカイは力強く羽ばたくと、グライダーのように高速で滑り落ちていく。
「「キャァー!!!」」
「ヤッホー!! アハハハッ!! アハハハハッ!!」
スカイの首根っこにしがみ付き、声にならない声を上げる。
誰か1人、気持ち良すぎて笑いが止まらない病にかかっている人がいる。
ボクの腰をがっちりホールドしてくるクルンちゃんは無罪確定なので、アホなエルフっ娘が笑い犯だ!
チラッと薄目を開ける。
向こう岸に飛び移るのかと思いきや、様子がおかしいよ!
徐々に高度が下がっていくスカイ。
向こう岸と水平になり、さらに、さらに高度を下げていく……。
やばい!
岸壁にぶつかる!!
★☆★
「ふぅ、死ぬかと思った!」
「クルンもです!」
「2人とも何言ってるの? 楽しかったでしょ? またやろうね!」
「「絶対イヤ!」」
『シュルル……シュルルルルルゥ』
「えと……スカイがごめんなさいと言ってるです。向こう岸まで飛ぼうと思ったけど、岸壁に洞窟が見えたから入りました、と言ってるです」
そういうことね。
周囲は見渡す限りの岩石砂漠だから、この洞窟にリーンが住んでいる可能性は高いかもね。
「スカイ、ありがとうね! ちょっと怖かったけど、お陰様でかなりショートカットできたかも。ゆっくり休んでて!」
『シュルルルルっ!』
幅も高さも3mくらいしかないような洞窟の入り口に、ぺたりと張り付くボクたち。
この洞窟、入口の僅かに上部が突き出ている形状のせいで高い所からは見つけにくくなっていたようだ。スカイが咄嗟に高度を下げたのも頷ける。
さらに、その
暗い洞窟の中を、アユナちゃんが召喚した
魔物は、いない。
ただし、凄まじい魔力が肌に突き刺さるような感覚がある。
クルンちゃんだけでなく鈍感なアユナちゃんでさえも、強烈なプレッシャーを感じるのか、ボクの両腕にしがみついたまま。
そんな2人を引きずるように奥へと向かう。
小一時間ほど歩くと、前方から別の光が漏れ出してくるのが見えた。
「キャァー!!」
「「!?」」
洞窟の岩壁に張り付いたクモを視認できるくらいには明るくなったのはいいけど、お陰で無駄に悲鳴をあげてしまい、ボクのクモ嫌いがバレてしまった。
竜でも不死鳥でもスカイジェットコースターでも越えられない壁――それを、今このクモが越えた。
はい、少し粗相しました……。
下着チェンジから10分くらいは歩いただろうか、ある程度広めの空間に出たボクたち3人。
高さはざっと4m、広さは……う~ん、学校の教室くらいあるかな?
明かりはこの先の小部屋から漏れているようだ。
聴覚は、水の音を捉えている――滝かな?
嗅覚は、花の香りを捉えている――花畑がある?
そして、視覚は――ボクは、とうとう見てしまった。
そう、秩序神にして、魔人序列第2位。
光と闇の翼を有する最強の存在。
召喚石を8つ揃えることで天より現れ、魔王を滅っしたという伝説の創造神、リーンの……入浴シーンを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます