第82話 最後の召喚石
サッカー場くらいに開拓された針葉樹林帯は、比べるまでもなくエリ村よりも広い。
月明かりに
未だに
「リンネちゃん! 魔物の気配が複数あります!」
魔物——怒りをぶつけられる対象。
ボクはフェアリーワンドを握りしめ、メルちゃんの制止を振り切って駆け出した。
見つけた!
ナーガ3体、レッサーデーモン2体。
思考も身体も、全てを怒りに委ねる。
完全に、
武器に雷撃を
もしも感情が視認できるのなら、この荒れ狂う紅い雷撃は、ボクの燃え
音を立てず《
『グギャ!?』
両脚を斬られて地に崩れ落ちるところを、すぐさま上から、そして下から斬りつける。
『ギャアー!!』
四肢を失ったレッサーデーモンは、泡を吹いて痙攣している。いい気味だ!
心身を満たす殺気が、ボクの反射神経を極限まで研ぎ澄ます。
掴みかかろうとするナーガの、レッサーデーモンの腕を、次々に斬り落とす。
魔物の悲鳴が心地よく聞こえる。
なに?
この力は、この心は、魔王の器に相応しいって? 美貌も、この魂さえもが、実は邪神によって用意された器だって?
ははっ!
そうかもしれない。いや、きっとそうなる運命なんだよ!
数分後、全ての魔物はダルマのように地に伏している。呆気ない。弱すぎだ。しかし、なんという生命力……ボクは表情を変えずに、地に這う
黒い魔素が風と共に散っていく——。
(リンネさん!)
「リンネちゃん!」
「リンネさま!」
「隊長さん!」
「リンネちゃん、しっかりしてよ!!」
「あ? え?」
アユナちゃんがボクを抱き締めている。その強い圧力で、ボクは我に返る。
さっき惨殺したはずの魔物たちが見える——あぁ、そうか。
短い夢から覚めて振り向くと、クルンちゃんとエクルちゃんの震える姿が目に入った。そして、厳しい表情で腕を組むメルちゃんと目が合う。
「命の奪い合いは何も生まない、そうですよね?」
全員が無言で頷き合う。
魔物たちが去った後、村の広場にあたるところにメルちゃんが大きな穴を掘り始めた。
ボクたちは廃墟と化した村を
月に代わり、朝日が村を照らす頃には、全ての遺体が穴の中に納められた。
アユナちゃんが魂に安寧を捧げる。
「勇敢なる森の民よ。
まだ何か言おうとしていたアユナちゃんは、途中で泣き崩れてしまった。
皆が同じ気持ちだと思うよ。アユナちゃん、ありがとう。
村中に森の精霊たちが集ってくる。
かりそめの墓地は、聖なる光で溢れる。
ボクの目には、天に昇る魂たちが見えたような気がした——。
★☆★
埋葬を終えたボクとメルちゃんは、改めて村の探索を行った。エリ村のように地下施設に逃げ込んでいる人がいるかもしれないからだ。メルちゃんの気配察知は地下の捜索にも役立つのは実証済みだからね。
アユナちゃんたちは、精神的なショックで動けないみたい。馬車で留守番をしてもらうことにした。
ぼんやり朝日を眺めていると、メルちゃんがボクを手招きしているのに気がついた。
村の中で1番大きな瓦礫——元教会のそばだ。
「もしかして……」
いてもたってもいられず、全力で走り寄る。
しかし、メルちゃんの目は希望を映していない。
「教会の下に空洞があるようです。地下室でしょうか。しかし……気配はありません」
「そっか。他を先に確認してからにしよう」
その後、村を3周ほど回り、生存者を探したが徒労に終わった。きっと、別の何処かに逃げたんだろうと頭を切り替えることにした。
「これから教会の瓦礫を
ボクたちは終始無言で作業を行った。
本当に心が強い人なら、そうだ……勇者なら、みんなを励まして勇気づけることができるかもしれないね。
でも、ボクには絶対に無理だ。情けないけど、怒りや悲しみに負けてしまうくらい弱いんだから。
太陽が南中しかける頃、ようやく地下へと繋がる階段を探しだした。
みんなが、空腹を我慢して、腕や指の痛みを、心の悼みを耐えて掘り当てた希望だ。
ボクはさりげなくメルちゃんを見る。
生存者がいるかもしれないという
「倒壊の危険がある。いざというときには転移を使うから、ボクだけで行くよ」
みんながボクに付いて来たがったけど、休ませてあげたいので無理矢理に断った。それに、もしまた遺体があったら精神的にもたないだろうからね。
階段は螺旋状に30段くらいあった。
階段の終着点には木の扉がある。エリ村みたいだ。教会の建築基準でもあるのかな。
扉を押すか引くかスライドさせるか——小さな運試しをしたい気持ちもあったけど、蹴り破られた扉では何も試せない。嫌な予感しかない。意を決して扉を潜る。
地下室は、地下室らしく真っ暗だ。
アユナちゃんを連れて来れば良かったと後悔しかけたとき、ボクの後ろから光の精霊ウィルオーウィスプが飛んでくるのが見えた。ありがたい!
光の中で見えたもの——。
それは、今1番見たくなかったものだった。
ボクは、込み上げる吐き気を、口を閉じて両手を添えて無理矢理抑えつける。人数を数えることさえ不可能な肉塊を避け、最奥に設けられた祭壇に向かう。
「竜神の像……」
そこには、何度も見てきた召喚石を納める竜神の像があった。祭壇を守る結界は……見当たらない。
「……」
竜神の眼や、爪にあるべき召喚石が見当たらない。
あれはボクにしか触れないはずじゃ?
それとも、ここには最初から無かった?
竜神の像を丁寧に調べた結果、竜神の左目にはつい最近まで召喚石が嵌められていたという確信を得た。
いったい、誰が?
こんな残酷なことをするのは魔族、魔人しかいないでしょ! まさか、ウィズ? ヴェローナ? でも……信じられない……信じたくない!
でも、どうやって召喚石を?
魔族や魔人には竜神の結界は破れないはず。なら、神であるリーンしかいない! 彼女は……あいつは……邪神の手先だ!
だとしたら、邪神の目的は何だろう?
ボクたちの邪魔をするとしたら、召喚石を——。
その後、転移魔法で馬車に戻ったボクは、見たもの、考えたことを全て話した。
アユナちゃんが泣きながら地下室に走り出した。クルンちゃんもその後に続く。
エクルちゃんはじっと足元を見て考えこんでいる。そして、メルちゃんはボクを優しく抱き締めてくれた。
しばらくして、アユナちゃんとクルンちゃんが戻ってきた。
目からは大粒の涙が滴り落ちている。あの地獄のような光景を目にしたんだ、仕方がない。
でも、この子たちは彼らを弔ってくれたんだね。強いね。ボクは逃げ出すように転移魔法を使ったのに——。
★☆★
「黒の使者、アイです。エクルさん、力をお貸しください」
「あ、あぁ。僕は緑のエクル。この世界のために、僕にできることは何でもする覚悟を決めた」
ニューアルンに転移した途端、全身が口になったような様子で突っ込んできたアイちゃん——ボクはエクルちゃんを盾にしてガードする。
怒りに支配されて見た最悪の白昼夢——たくさん叱られるのはわかってるから。
でも、今は召喚早々に辛い思いをさせちゃったエクルちゃんを癒すことが最優先。こういうときこそ、みんなでゆっくりご飯を食べて一緒にお風呂に入ろう!
心身共に癒された後、ボクたちは今後の方針を話し合っている。
「絶対の絶対に、リーンを許さない!」
「リンネさん、落ち着きましょう。確証はありませんし、リーン様から何も言ってこないうちは……わたしは、信じて待つべきだと思います」
「でも、ボクにしか越えられない結界を破ったり、召喚石に触れられるのは、あいつしかいないでしょ!」
「アユナはアイちゃんに賛成だよ。天使の羽を持つ人に悪い人はいない」
「私はリンネちゃんが正しいと思います。でも、戦うのではなく話し合いに行くべきでしょう」
「クルン占ったです。リーン様が会いたがっているです。でも、3人で行くです」
「3人? どの3人?」
「それも占ったです……リンネ様と、アユナちゃんと、クルンです……」
アユナちゃんが羽をパタパタさせながら空中でガッツポーズを決めている。
でも、この人選は多分、体重だ。今のところボクの転移魔法は1日に360kgしか運べないからね。今朝の転移でざっくり200kg、残りは160kg……まぁ、言わないでおくかな。
「危険です! 私も行きます!」
「私も!」
「メルちゃん、レンちゃんありがとう。でもね、クルンちゃんは導く者。占いには必ず世界の意思が表れている気がする。だから、ボクたちを信じて任せてほしい」
「わ、わかりました……」
「うぅ……」
「僕も役に立てるように頑張るよ!」
「レンちゃん、ごめんね。エクルちゃんもありがとう!」
「戦力的に不安ということでしたら、わたしから提案があります」
アイちゃんの提案というのは、
どうやらドワーフのダフさんに依頼していた装備が完成したらしい!
★☆★
「マールさん、お久しぶりです!」
「あ、リンネ様お帰りなさい! アユナ様とクルンちゃんも!」
「アディさん、リリィちゃんもお久しぶり!」
「「こんにちは!」」
転移して早々、明るい笑顔で迎えられた。
エンジェル・ウィングの本部初期メンバーの笑顔が見られたことが最高に嬉しい!
特に、ウィズと一緒に北のランディールに向かったアディさんとリリィちゃんが心配だった。本当に良かった!
「アディさん、ウィズは?」
「ランディールの手前で別れましたよ? 用事があるとかなんとか。忙しそうでした」
北……用事……もしかして、エルフの村を襲撃したのは、リーンじゃなくてウィズ?
でも、結界は? 召喚石は? わからないことだらけだよ。もう、リーンに聞くしかない。神様ならわかるよね!
ふと、身体中に
「あ、ダフさん!」
ボクを見つけた途端、永年の憑き物が晴れたような最高の笑顔を向けてくる。
「わしの鍛冶技術と魂の全てを注いだ。こんな機会を与えられたことに感謝申す。是非とも、世界に平和を!」
「ダフさん、みなさん、ありがとう! その思い、絶対に無駄にしないからね!」
ボクたちは、ダフさんに説明を受けながら、それぞれの新装備を手にした。古い装備は予備ということでボクのアイテムボックスに保管だ。
誰かに預けると匂いフェチの餌食になる。その点、ボクなら大丈夫。多分ね。
(リンネ用)
[リンネの杖:魔力消費-20%、魔法効果+10%、《
青白く光る半透明の短杖は、氷細工のようで凄く綺麗。魔力消費が20%も抑えられるし、《水魔法上級》まで使えるらしい!
でも、名前はどうにかならないかな。
[リンネの棒:破壊不可、《
重さといい、長さといい、まるで愛用してきた竹刀のように手に馴染む。完璧だ。
複雑な合金らしくとにかく頑丈で、魔力を込めると電撃を帯びるらしい。スタンガン機能付きの警棒みたいで便利かも!
[大賢者のローブ:状態異常無効、魔法防御+20%]
ボロボロになった賢者ローブのデザインと状態異常無効はそのままで、魔法防御を上げた感じらしい。嬉しい心遣いだね!
ちなみに、みんなの装備はこんな感じ。
(メルちゃん用)
[鬼神のメイス:重撃+50%、《浮遊魔法》]
最高レベルの攻撃力が付与された鈍器。ダフさんの自信作らしい。しかも、《浮遊魔法》が付与されていて、ちょっとだけ飛べるらしい。
[天使の衣:物理防御+20%、魔法防御+30%]
ミスリルとオリハルコンの合成糸で編み込んだパーティ共通の防具で、それぞれの胸囲を把握して作られている。ちなみにメルちゃん用はCバージョン。
(アユナちゃん用)
[アユナの杖:魔力消費-20%、魔法効果+10%、《
ボクとお揃いだけど、付与された魔法効果が違う。念じるだけで2m四方の木製の盾を召喚できるらしい。
[天使の衣/特注:物理防御+20%、魔法防御+30%]
共通衣装aサイズバージョン。特注とは、羽をパタパタできる穴が開けられていることと、軽量化されていること。
(レンちゃん用)
[剣王の双剣×2:斬れ味+30%、敏捷+30%]
魔法効果を込めない代わりに斬れ味と敏捷増加を極限まで上げたらしい。2本はそれぞれ長さや形状が異なり、真に二刀流に適したセットなんだって。
[天使の衣:物理防御+20%、魔法防御+30%]
B-バージョン。Bまでもう一歩努力してください。
レンちゃんは本当は黒系統の色が好きらしいし似合うんだけど、協調性という名の強制力で白銀色になりました。
(アイちゃん用)
[賢王の杖:魔力+10、《魅了魔法》]
なんと、特殊効果で《魅了魔法》が付与されている。元々可愛いんだけど、反則的に可愛くなるね!
[天使の衣:物理防御+20%、魔法防御+30%]
a+バージョン。大丈夫、アユナちゃんには負けてないよ。
(クルンちゃん用)
[銀狐の短剣:魔法効果+10、敏捷+20]
まさにマルチに活躍する短剣。長さは50cmくらいだけど、魔力により20~100cmで伸縮可能なんだとか。便利だね。
[天使の衣/特注:物理防御+20%、魔法防御+30%]
a+バージョン。材料費をケチっているのか、何だかaが多いよね。え……ボクはAだから一緒にされては困ります。
特注とは、尻尾が出せるようになっていることと、フードが付いていること。まさにもふ専用装備だ。
(エクルちゃん用)
[緑犬の短剣×2:魔力効果+10、敏捷+10]
クルンちゃん用の失敗作を、急遽緑色に塗装して渡すことになりました。バレなきゃ全てが許される。
[天使の衣/特注:物理防御+20%、魔法防御+30%]
これもクルンちゃん用の予備装備らしい。a+はさすがにパツパツだと思うけど、もふ専用の尻尾穴とフードが付いているから許して。
[《光魔法下級》]
その代わりと言ってはアレだけど、珍しい《光魔法》が手に入ったので、エクルちゃん用に。
で、ボクたち3人のステータスも確認しておきましょう。ちなみに、魔力以外が偏差値表記というのは相変わらず。
◆名前:リンネ
種族:人族/女性/12歳
称号:孝の者・銀の使者・ゴブリンキングの友・フィーネ迷宮攻略者・ドラゴン討伐者・女神の加護・魔人討伐者・北の大迷宮攻略者・特別捜査官・ティルス市長
魔法:
魔力:90
体力:39
知力:42
魅力:83
重力:80
◆名前:アユナ・メリエル
種族:エルフ族(自称天使)/女性/11歳
称号:忠の者・金の使者・森の放浪者・女神の加護・魔人討伐者・北の大迷宮攻略者・森に愛されし者・特別捜査官
魔法:
魔力:77
体力:35
知力:38
魅力:79
重力:70
◆名前:クルン
種族:狐人族/女性/12歳
称号:悌の者・白の使者・クルス光国初代教皇
魔法:
魔力:45
体力:36
知力:36
魅力:77
重力:70
装備の件が一段落すると、主要メンバーを集めて今後の予定を伝えた。
「みなさん、初期任務お疲れ様でした! 本日より次のステップへと移行します。まず、第1
第3
「「はい!」」
ふぅ、疲れた。
アイちゃんから《
「よし! ボクたちはリーンの所へ向かおうか。あの人はまだ何かを隠している気がする。ちゃんと説明してもらおうね!」
「クルン頑張るです!」
「アユナも頑張るです!」
[アユナがパーティに加わった]
[クルンがパーティに加わった]
移動は、スノーに馬車を牽いてもらうつもり。可哀想な、申し訳ないような気がするけど、クルンちゃんなら上手くスノーを説得してくれるはず——。
もう夕方だけど、今すぐに出発しなきゃいけない。
一刻も早く最後の召喚石を手に入れなければという焦りが、血の池に沈みゆく不気味な太陽が、ボクの心を激しく駆り立てていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます