第81話 緑の召喚者

(魔王の身体があるの? それをメラメラ燃やしちゃえばいいんじゃない?)


(その場合、依り代が魔王になるかと。魔王の身体があっても、依り代は魂を抜かれて抜け殻状態になる感じでしょうか)


(うわっ!)


(どうしました!?)


(ちょっと悪寒がしただけだよ……)


 でも、魔王の復活を阻止できるなら、いっそのこと自らの――。


(リンネさん、また良からぬ考えを抱いていませんか? 今は仲間を集めることに集中しましょうね)


(あは。ごめんなさい!)


(北に向かったメルさんとアユナちゃんからの報告によると、残念ながらほこらにはそれらしき結界は無かったそうです。現在、次の目的地である塔を上っているそうですよ)


(そっか。大変な役割をお願いしちゃったね)



 スカイはボクとクルンちゃんをその背に乗せて、朝早くに小雨の降る中を飛び立った。


 クルンちゃんはボクの腰にぎゅっと掴まったままぶるぶる震えている。それもそのはず、雨を避けるために雲の上を飛んでいるのだから。

 というわけで、話し相手になれないクルンちゃんの代わりに、ボクはアイちゃんと《念話》していたんだ。



「塔って、アレかな?」


 昼を過ぎた頃、高く聳える1本の鉛筆のような物が、ボクの視界に飛び込んできた。


 近づくほどに、蔓が覆い尽くすその細長い建造物に目を奪われていく。

 高さはその辺の山をも軽く凌駕し、風が吹いても全く揺れる気配が無い。まるで地軸神が顕現したかのように、堂々たるお姿で地面に刺さっていた。


(アイちゃん、塔に着いたよ!)


(ちょうど良かった! メルさんから今、最上階で結界を見つけたと報告がきました!)


(ホント? 今すぐ最上階に向かうよ!)


 そう答えたものの、この塔には窓っぽいものが全く見当たらない。穴を開けるわけにもいかないし、地上から登っていくしかないらしい。


「スカイ、ありがとう! 下に降りよう」


『シュルルッ!』




 ★☆★




 塔の入口はすぐに見つかった。

 そこには戦闘の痕跡が残されていた。メルちゃんたちが門番的な何かを撃退したらしい。


 大きく開かれた石の扉から、ボクたちは塔の中へと足を踏み入れた。


 どこから採光しているのか、中は意外と明るい。

 外から見たとおりの直径10mにも満たない円柱状で、灰色の無機質な壁で造られた螺旋階が延々と連なり、圧迫感さえ感じる造り。

 でも、次元魔法で空間が拡張されていて巨大生物がわんさか出る――そんな場所じゃなくて一安心。


「走るよ!」

「ハイです!」


 円柱に沿って階段の内側を2段跳びで走る。好きな音楽を頭の中で奏でながらリズムよく、ポンポンポンッとね。


 ゴールが明確なほど勇気も元気も湧いてきて、人は強くなると思う。

 ここを上りきれば、メルちゃんとアユナちゃんに会える、そして新しい仲間にも!

 そう思うと、辛いはずの上り階段が巨大な誕生日ケーキにしか見えなくなるから不思議だよね。



「リンネさま~」


 元気の良い返事から僅か3分後――背後から切ない声が聞こえてきた。


「クルンはもうダメです。脚が上がらないです」


「ダメって、思ったときが、(ハァハァ)……スタート地点、なんだよ!」


「そういうのイラナイです。少し休むです」


「うぐぐっ、さすがは同級生! どこぞの小学生エルフみたいには騙せないか」


 正直、休んでいる時間が惜しいんだよね。この狭い中じゃ、スカイもスノーも呼べないし……あ、イイコト思いついた!



「クルンちゃん、いくよ!《水魔法上級ウォーターゲスイカン》!」


「嫌な予感するです」


 足元に置いた予備の盾がブルブル震えだす。失敗かな?と思った瞬間、急激に上方に吹き飛ばされ――。


 ゴンッ


「い、痛いです」


 ゴンッ!


「痛いです!」


 ゴンッ!!


「痛い!!」


 ゴンッ!!!


「下ろして!!!」


 あぁ、やっぱり大失敗!

 ボクの背におんぶされたクルンちゃんの頭が、階段の天井にゴツゴツぶつかった。

 破裂した下水管から噴き出す水に乗るイメージで、一気に上に行けるかと思ったのに。


「ごめんね!」


「たんこぶたくさんです……」


「(魔力が余っていたら)後で《治癒魔法ヒール》するから許して。それより急ごう」


 小声で説得しつつ、ボクの背中で暴れるクルンちゃんを、有無を言わせずロープで縛る。少女誘拐犯みたいで少しだけ興奮のスイッチが入っちゃう。


「今度は飛ぶよ! しっかり掴まっていてね!」


「ハイです……」


浮遊フライ》!


 塔の中心を貫く灰色の柱に張り付き、浮遊の力を借りたボクは、Gさながらに壁際を翔ける。


 今までの苦労はなんだったの?

 カサカサっと勢いよく螺旋階段をクリアしていくボクたち。この調子なら、1時間も掛からず最上階まで行ける!



 塔には高度100mおきくらいにフロアがあり、戦闘の痕跡が残されていた。メルちゃんたちは何かを倒しながら進んだようだ。


 ボクは、クルンちゃんを(正確には、クルンちゃんを縛るロープを)しっかりと抱き締めながら、ぐんぐん上っていく。


 フロアの数が30を超えたくらいで、壁の様子に変化が見られた。

 灰色の壁は緑色の光を帯び、森の中を進んでいるかのような神秘的な空間に変わっていく。


 更に10以上のフロアを数えた頃、聞き慣れた声が耳に届いてきた。


 思わず嬉し涙が零れ落ちる。

 ニューアルンで分かれてから色々あったし、不安と心配ばかりだったからね。感極まるって、こういうことなのかもしれない。



「メルちゃん! アユナちゃん!!」


「「リンネちゃん!!」」


「ゲホッ、後ろにこっそりクルンもいるです……ゲホ」


「クルンちゃん、抱っこはずるいよ! この階段、ホント凄く大変だったんだから!」


「クルンも大変でしたです! 頭は痛いし、お目目がクルクルで気持ち悪くてちょっと吐――」


 ボクはクルンちゃんを急いで引き剥がし、メルちゃん、アユナちゃんを抱き締めて、3人はもみくちゃ状態になる。


「リンネちゃん、臭いです……後で洗ってあげますから、今はこちらを」


 メルちゃんが指し示す先には、竜の絵が描かれた扉が見える。

 そして、それを囲むようにキラキラと青白く光るこれは――十中八九、結界だろう。


「ありがとう! 確かに召喚石の結界だと思う。ちょっと行ってくるね!」


 ボクは結界の中へと進んでいく。まるで何の抵抗も感じさせない水の中を歩くように。


 手を伸ばし、そっと扉に触れると、扉は勝手に内側へと開いていった。


 扉の中は闇に包まれている。

 ボクは勇気を振り絞り、部屋の中へと足を踏み入れた。


 その瞬間、光が満ちてきて室内の様子があらわになる。


 公園の中に居るみたい。


 生い茂る花々や木々、その中央で堂々と佇む竜――竜神を象ったその金属製の像の口には、緑色に輝く召喚石が嵌め込まれている。


 そして、像の陰からそっと現れた女性――竜人だ!


 彼女はボクをじっと見つめてくる。ボクも彼女を見つめ返す。

 濃い緑色の髪、深い青の瞳……どことなく以前に会ったグランさんの面影がある。


『貴女が……銀の使者リンネ……私は竜神様の遣いフラン。おおよその話は既知。これで召喚石は7個獲得?』


 体言止め――というか、ラッパー竜人?


「ユーは正解。ミーは理解。残りの場所がわかれば本懐。ユーはミーに場所紹介?」


『1000年前、大陸西部のエルフに授与。現在の在処は無知』


 確か、アディさんは西のエルフの村の出身だったはず。聞いてみればわかるかも。


「ユーが解き放つ体臭。ミーは召喚石を回収、それでそれから絶対魔王に勝海舟!」


『ところで、銀の使者リンネ……召喚石の本来の使い途を知っていますか?』


「@★ω⇈*?」


 う、変な声が漏れちゃった。

 この人、バリバリ普通に話せるじゃん。頑張って会話したのに、これじゃこっちが変な人認定されちゃうよ。


 って、本来の使い途?

 リーンさんが言っていたあれかな。


「知ってます! 天界から秩序神リーン様を召喚するんですよね?」


『そうです。8の使いが揃いし時、天より創造神が舞い降りる。神は魔王を滅し、再びこの地に平穏をもたらすであろう――これは、我々に伝わる伝承の一節です』


 良かった!

 魔王は神様リーンさんが倒してくれるんだね!


「って、そんなわけあるかー!」


 ボクは、リーンさんから聞いた『秩序神リーンは既に地上界に降臨しているけど、諸事情により魔王を倒すのが難しい』ということを、かくかくしかじか懇切丁寧に教えてあげた。

 さすがに、中身が異世界の女子高生だとか、邪神の思惑があるのでは……ということは、うまくはぐらかしておく。


 ボクが説明を重ねるたび、座高が下がり地面にうずくまってしまう彼女だったけど、やっと蚊の鳴くような声を絞り出した。


『召喚されるべき神が……我々を見捨てた今……生きる価値など……』


 何世代も伝承を語り継ぎ、召喚石を護ってきたんだよね。彼女の気持ち、なんとなくわかる。


「生きる価値は決して消えません! 強い意志があれば、きっと幸せは手に入るはずです。そういえば、神様は3人いるんですよね。他の神様はダメなんですか?」


『……天神様と魔神様……どちらもこの地上界へは来られませんから』


「じゃあ、貴女たち竜人は? グランさんとか、とても強いでしょ?」


『竜人は……とうの昔に滅んでいます……』


「えっ?」


『貴女が見ているのは……残された使命を果たすのみの限られた命……この儚い力では……何のお役にも立てません』


「そんな――」


『お別れです。お仲間と共に、世界を救って!』


「でも……あっ……」


 まだ聞きたいことがたくさんあるのに、フランさんは光と共に消えてしまった。緑の召喚石をその眼に宿す竜神の像のみを残して。


 ふぅ……こんな難題、1人で考えても最善策は得られない。軍師のアイちゃんや賢いメルちゃん、あと、クルンちゃんの占いに頼るしかない。


 ボクは台座に上がり、像の左眼から緑に輝く召喚石を外した。

 すると、竜神の右目が一瞬ピカッと光り、その直後、突き上げるような振動がボクを襲う!


 地震!

 塔が倒れる!?


 召喚石を落とさないように両手で抱え込み、《浮遊魔法フライ》を発動して扉へ向かって跳んだ。



「リンネちゃん! 塔が沈みます! 早くこちらへ!」


 両手を広げるメルちゃんの胸に飛び込む。

 青い壁に囲まれたボクたち3人は、お互いの存在にすがるように抱きしめ合う。


 地震は激しさを増し、超絶EMS《低周波マッサージ》さながらに全身が掻き回される。


 振動が収まったのを感じ、薄目を開けて辺りを見渡す。


 さんさんと輝く太陽が見える。ボクたちは地面に座り込んでいる。瓦礫は見えない。まるで塔が大地にめり込んだかのようだった――。



 ★☆★



「リンネちゃん、早く召喚しようよ!」


「賛成です。早急に鍛える必要がありますからね」


「クルンも見たいです!」


「そうだね。できれば屋内がいいんだけど、天気もいいし……召喚しちゃうか!」



 ボクは地面にぺたんと女の子座りをして、淡い輝きを放つ緑の召喚石を見つめる。

 皆はボクを囲うように周囲に立っている。いじめ、カツアゲの生実況みたいだ。


 雑念を振り払う――。


 ちょっと整理しておくよ。

 思いやりの『仁』はメルちゃん、正義の『義』はレンちゃん、知恵の『智』はアイちゃんの専売特許。ボクはできなかった親孝行をしたいから『孝』。で、忠誠の『忠』と兄弟愛の『悌』はクルンちゃんとアユナちゃん。どっちがどっちなんて忘れた(笑)。どっちでも同じような感じだし(笑)。

 ということで、残るは礼節の『礼』と信じる『信』の2つだよね!


 朝の澄みきった森のように緑に輝く召喚石を見つめる。


 緑か……緑髪って不人気の代名詞だと聞いたことがある。でも、最近はツインテール歌姫を筆頭に、緑髪さんたちも頑張ってるんだよね。


 実は、緑の召喚石を見つけたら呼ぶと既に決めていた子がいるんだ。

 2刀流がレンちゃんと被っちゃうけど、垂れ耳犬っ娘な近衛隊長。魔法も使えるし、強くて可愛い。なにより、もふもふはクルンちゃんに匹敵する。近衛隊長さんだから『礼』の方が似合うよね!


 抱き締めた緑の召喚石にイメージを注ぎ込む。


 垂れ耳……2刀流……縞パン……おっと、雑念はダメだ。やり直そう。


 垂れ耳……2刀流……澄んだ森のようなエメラルドグリーン髪の……礼節しつけがしっかりできた、犬っ娘……よし!


「緑の力を持つものよ、我が召喚に応じよ!」


 召喚石がきらめきを増す。

 心臓の鼓動のように激しく点滅する。

 周囲が森の中のように緑の光に包まれる!



 やがて、ゆっくりと光は召喚石に吸い込まれ、収束していく――。



 全ての光が消え去ったとき、そこには、ボクから緑の召喚石を受け取って佇む1人の少女がいた。

 きょとんとした表情、つぶらな瞳、柔らかそうな耳……やっぱり犬っ娘はめっちゃ可愛い!!



「えっと……僕はどうしてここに?」


 まさかの、僕っ娘被りか!


 メルちゃんやアユナちゃんはボクをじっと見つめてくる。先にしゃべれと言いたいのかな?

 クルンちゃんは彼女の垂れ耳に注目している。獣人繋がりで親近感を持ってくれるといいな。


「ボク……リンネが、貴女を召喚しました」


「え~。任務中だったのに……って、あれ?記憶がない! 僕は誰なの!?」


 混乱しかけたところで、メルちゃんが懇切丁寧こんせつていねいに説明をしてくれた。

 この説明、ボクは何回やっても苦手。勝手に召喚しちゃった罪悪感があるから。絶対に元の世界に還すから、今は許してね。



「えっと……エクルちゃん、貴女の名前はエクルちゃんだよ。よろしくね!」


「エクル? そう、僕はエクルだ。みんな、よろしくな!」


[メルがパーティに加わった]

[アユナがパーティに加わった]

[クルンがパーティに加わった]

[エクルがパーティに加わった]



 こっそりステータスをチェックしておこうっと。って、狼さんだったのか!


◆名前:エクル

 種族:狼人族/女性/14歳

 称号:緑の使者

 魔法:闘気術・短剣術・暗視・魔力授受

 魔力:33

 体力:67

 知力:24

 魅力:71

 重力:70


[闘気術オーラ:武器や身体をオーラで纏うことにより、一時的に攻撃と敏捷を魔力値分だけ上昇させる。維持時間は総魔力量に依存する]


[魔力授受トランスファ:手を繋いだ相手へ魔力を送ったり、逆に吸収したりすることができる]




 ★☆★




「森に行くのか?」


「クルンは森が大好きです!」


「僕もだぞ!」



 竜人フランさんからの情報をみんなに伝えたところ、なるべく早く西の大森林に行くべきという話になった。

 エクルちゃんを先頭に全力ダッシュしているのは、そういう事情とは無関係だと思う。


 塔と大森林はそれほど離れていない。

そんな事情とは無関係に、まだ昼過ぎとはいえ、到着するのは夕方になりそうだ。


 エクルちゃんは……ちょっと男っぽいところもあるけど、凄く可愛くてもふもふだ。同級生のメルちゃんや、もふ仲間のクルンちゃんともすぐに仲良しになった。


 もふコンビと張り合っても勝てないので、馬車に逃げ込んでアユナちゃんとくつろぐ。

 もふもふも捨てがたいけど、天使の羽が1番気持ちいい。高級羽毛布団の肌触りで、エルフ……いや、天使のかおりがするんだよ? ついつい何時間も顔をうずめちゃった。


 途中に出てきた魔物は、魔力20前後だった。

 無駄な命の奪い合いをしないというボクたちの方針に、最初は反論していたエクルちゃんだけど、最後にはちゃんと理解してくれた。


 バリエーションが増してきたクルンちゃんの火魔法、そしてエクルちゃんの《闘気術オーラ》のお陰で、馬車は速度を緩めることなく突き進む。


 そんなこんなで、夕方5時頃には大森林の入口に到着し、馬車にアユナちゃんの安心安全結界を張ってから、全員で大森林に入る。

 これからエルフの村を見つけるのは一苦労だけど、森ではひと味違うアユナちゃんもいるし、何とかなるよね。



 しばらく歩くと、先頭を行くメルちゃんが立ち止まった。

 徐々に夜のとばりが訪れている森の奥をじっと見据えてささやく。


「強力な魔物の気配です。この先200m」



 ボクたちは慎重に距離を縮める。

 クピィはニューアルンで留守番中だけど、魔族……もしかしたら、魔人かもしれない。みんなの顔に緊張が走る。


 メルちゃんを先頭に、その後ろにボクとアユナちゃんが続き、最後尾にクルンちゃんとエクルちゃん——現状で最も安定した布陣で物陰に潜む。


 木々の隙間から蒼白いオーラを纏う巨体が見えてきた。

 紅い眼は終始こっちを向いている。ボクたちが居る方へと一直線に進む魔物——。


「気づかれてるよ! 《鑑定魔法ステータス》!」


◆種族:デュラハン

 称号:中級魔族

 ……

 ……

 ……

 ……

 ……


「馬に乗っていないけど、デュラハンだって! かなり強い中級魔族だよ!」


「リンネちゃん、ここは私たちに任せてくれませんか? いずれ魔人と戦うことになるのなら、どれだけ通用するか試したいのです」


 メルちゃんが有無を言わさず力強く言い切る。他のみんなも頷いている。


「わかった! でも、殺さないようにしてほしい」


 メルちゃんとエクルちゃんが綿密に作戦を練り始めた。アユナちゃんは珍しくしっかり聴いている。クルンちゃんは眠いのか、こっくりこっくり舟を漕いでいる。大丈夫かな。



「いきます!」


「トレンちゃん、アイツを縛って!」


 3mを超える木から伸びだした蔓が、デュラハンの足に巻き付いていく。アユナちゃん、いつの間にこんなの召喚できるようになったんだろう。


 デュラハンが纏う蒼白いオーラが大きく揺れ、蔓を軽々と引き裂く。闇の衣とは少し違うみたい。


 ヒャンヒャン奇声を上げてアユナちゃんに突っ込んでくるデュラハンを、頼れる2人が左右から迎え撃つ!


 ギーンッ!


 メイスが大剣に弾かれれ、耳障りな音が森に木霊する。


 バキンッ、バキンッ!


 エクルちゃんの短剣も、フルプレートの鎧に傷さえ付けられない。


「《聖なる光セイントアロー》!』

「《火魔法下級ファイアアロー》!」


 密度が凝縮された魔法の矢も、デュラハンの鎧に当たった瞬間に弾けて消えてしまう。


 それでも、メルちゃんは《鬼神降臨バーサーク》を使わずに戦うみたいで、メイスを振り続けている。エクルちゃんも《闘気術オーラ》を使う気は無いらしい。


 相手は防御に専念する中級魔族。全員が全力を出せば倒せるけど、戦意をくじくまでには至らない。


 このままでは埒が明かない——この場の誰もがそう思ったとき、アイちゃんから《念話テレパシー》が届いた。


(リンネさん、もしかしたらですが——)



 ★☆★



「まさに“塞翁さいおうが馬”だね」


 馬を貸してあげたら満足して帰っちゃうなんてね。


「リンネちゃん、それってどういう意味?」


 両手を後ろに組み、興味津々に上目遣いで聞いてくるエルフっ娘。ここはしっかり教えてあげないと。


「世紀末の英雄には黒王こくおうが、戦国乱世の英雄には赤兎馬せきとばという名馬がいました。つまり、名馬あっての英雄、英雄には馬が必要という意味ですね」


「へぇ~。お馬さんは凄いんだね! 私も自分の馬欲しいなぁ」


 ザ・小並感——私は既に卒業済み、のはず。

 本当は、逃げた馬が優秀な別の馬を連れて帰ってきたり、その馬から落馬したお陰で兵役を免れて命拾いするお話で、「人生は山あり谷ありで予測不能」という意味なんだけど。


「メルちゃん、戦ってみてどうだった?」


「はい、複数を相手にすることを想定して戦いましたが、長期戦になるとかえって厳しいですね」


「戦隊モノみたいに、多数で1人を囲って短期決戦するのが勝ちパターンってことか~」


 ボクたちの強みはチームワーク。単独行動中が最も危険だということは、身をもって体験したもんね!



 その後、低レベルの魔物を撃退しつつ、反省点や改善点を話しながら森を進む。


 そして——月が森を照らす中、アユナちゃんがエルフの村を見つけた。


 真夜中ようやくボクたちが足を踏み入れたエルフの村は——しかし、見るも無惨な廃墟と化していた。

 誰も何も言わず、ボクたちはずっとその場に立ち尽くしていた。

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