第4章 求められし力

第80話 リーン

 静止を呼び掛ける怒号が交互に続いている。


 急ぎ通路に走り出たボクたちの前に、半径5mほどに膨らんだ人集ひとだかりが、ゆっくりと近づいてくる。


 石を投げれば届くほどの距離で、衛兵たちの弧が綻び始め、ただならぬ気配を放つ3人組が見えた。


 腰まで伸びる銀髪を靡かせて歩く女性。甲冑やら法衣的なものは身に纏っていないけど、空気がバチバチしている感じが凄い。彼女が魔人序列第2位のリーンだろう。左右の仮面人間は護衛かな。


 勝機がないタイミングで強襲されたボクたち。《時間停止クロノス》が使えない今のボクでは、あの護衛の仮面にすら勝てる気がしない。


 アイちゃんとクルンちゃんをギュッと抱きしめる。守るべき者たちを見捨てて逃げることだけはしたくない。日付が変わるまでのあと4時間、何とか粘れる方法を探そう。


(リンネさん、大丈夫です。あちらはどうやら戦う気は無さそうですよ)


(はい?)




 突然ニューアルンに現れたリーンは、意外にもボクたちとの話し合いを求めてきた。


 そして今、ボクは、その銀髪の女性と向かい合って座っている。

 ボクの右側にクルンちゃん、その正面には白い仮面の生物。ボクの左側にはアイちゃん、その正面には黒い仮面の生物――そう、ちょうど黒・銀・白が向かい合う構図。

 それはまるで鏡を見ているかのような色彩の対称だった。


 しばらく観察合戦のような沈黙が続く。

 リーンは話し合いに来たはずなのに何も話さない。だからという訳ではないけど、おしゃべりなボクが先手を取ることになった。


「あなたは本当に魔人リーンですか?」


『どういう意味だ』


「あ、見た目が魔人っぽくなかったので……」


 リーンの両肩から左右に広がるそれは、アユナちゃんと同じ羽。違いは、白鳥と鴉の羽を片方ずつ並べたような色。

 色白で整った顔には、彼女のセリフ同様に気の強そうなパーツが並んでいる。天使が見た目通りの年齢ならば17~20歳くらいか。女子高生か女子大生くらいの可愛い女の子に見える。


『お主らだって、勇者には見えぬが?』


 確かに。誰一人としてイカつい鎧を装備していないし、小中学生のコスプレ集団にしか見えないかも。


「見た目で判断してすみませんでした。ところで、お話というのは?」


『ふむ。勇者がどんな奴らか、気になって見に来ただけだ』


 どうせ私に勝てるわけないさ!って言葉が続きそうな表情――。


(アイちゃん、ボクはこういうタイプ苦手だよ。クルンちゃんもしっぽが下がっちゃってるし、代わりに話してくれない?)


(リンネさん……わたしの念話は直通のはずなのに、魔力による干渉を受けています。もしかすると、念話が盗まれています)


(えっ? もし聞こえてるなら咳払いして?)


『ご、ゴホン……』


(リンネさんの思考は全て読まれてしまいます! 何も考えないでください!)


(そんな無茶苦茶なぁ)


(無茶苦茶でも、今は敵対すべきではありません)


『子供たち、賢明な判断だ。まずは自己紹介だ』



「……」

『……』


 ドンッ!!


「「!!」」


 リーンの右手が分厚いテーブル板を真っ二つにした瞬間、ボクたちは椅子ごと後ろに転がった。


『す、すまぬ。軽く叩いたつもりが……さっさと自己紹介を始めないお主らが悪い』


 パチンッ!


「「!?」」


 リーンが指を鳴らすと、潰れたテーブルが生き物のようにくねくね動いて元通りになった。この人、やっぱり只者じゃない!


 内心の動揺を悟られないよう、自然な流れで床に正座したボクに、アイちゃんとクルンちゃんの視線が刺さる。


「えっ、ボクからなの!?」


 仮面の人以外、全員が同じタイミングで頷く。


「えっと、伏……リンネです。いろいろ事情があって、今は……人と魔族の共存を目指して頑張っています」


『勇者が魔族と共存だと? バカなのか?』


「バカって言う方が――」


「わたしはアイです! リンネさんに召喚されてこの世界に来ました。リンネさんは多少抜けていますが、バカではありません」


「クルンもそう思うです! クルンは占いが得意なキツネさんです」


 2人はそう言うけど、ボクはバカだよ。


『ふんっ、子供は自己紹介が浅いな。私はリーン、とんでもなく強い!』


「それが深い自己紹介です?」


『まだ途中だ。自己紹介は苦手なんだよ。そうだな、この世界に来て46日目になる』


「「えっ!」」


『途中だと言ったろう!』


(リンネさん! もしかして、リンネさんと何か関係が?)


(ボクと同じ46日目、偶然とは思えない――)


『何だと!』


「お2人の召喚は、邪悪なる者の企みである可能性が高いと考えます!」


 椅子ごと後方にひっくり返ったボクとクルンちゃんに代わり、アイちゃんがフォローしてくれた。


 白い顔を真っ赤に染め、興奮しきったリーン――彼女が邪神の仲間かもというボクの予想は的外れだったみたい。


『そこで正座している小さき勇者よ。君が知っていることを全て、詳しく聞かせてもらおうか』



 ボクはリーンにこの場に至るまでの一部始終を語った。

 元いた世界での両親の死とボクの愚行、不思議な光に会い邪神の存在を知らされたこと、邪神が支配するこの世界に両親の魂と共に飛ばされたこと。

 そして、エリ村での出逢いと別れ。アユナちゃん、ミルフェちゃん、メルちゃん、レンちゃん、アイちゃん、クルンちゃんのこと。アリスさん始め、たくさんの仲間たちのこと――さらに召喚石のことまでも。


 いつの間にか空が明るくなっていた。


 クルンちゃんだけでなく、アイちゃんまでもボクにもたれかかってすやすやと眠っている。


 魔人序列第2位という危険な相手だけど、話せば話すほど親近感が湧くというか、敵ではないという思いが強くなっていった。



『なるほどね。もしかしてだが、君のいた世界は地球という惑星の、日本という国じゃないか?』


「えっ、そうですけど。まさか、リーンさんも!?」


『そうだよ。あ、ちなみに西暦何年だったか覚えているか?』


「はい。2019年の春ですよね?」


『なに? 間違いなく?』


「間違えるわけないじゃないですか。小学生じゃないんだから――」


『私がいた世界は2046年なんだが』


「えっ?」


 27年も先の日本から来たというリーン。未来のことを聞くのは良くないと言う人もいるけど、歴史がどう進むのか、世界はどう変わるのか気になり、聞いてしまった。


『令和は知っているのね。その次は……ケ〇〇〇だよ。大きな戦争も大震災も無く、平和な時代が続くの。おめでとう……はちょっと変か』


「ケ……ま、いいや。平和と聞いて安心しました。でも、さすがに生活はかなり変わりますよね」


『私、30年前を知らないからなぁ。映像で見た知識だと、令和の人はいつでも四角い板を覗いているわよね。スマホっていうんだっけ? あと、365日マスクしてたとか。ふふッ、アレはさすがにないわぁ』


「マスク? どうしてでしょう」


『私も理由はわかんな~い』


 これが彼女の素の話し方なんだ。わざわざ偉そうにロールプレイする必要ないのに。



 今度はリーンが長々と自分の過去を話してくれた。

 

 彼女は母との2人暮らしだったそうだ。かといって、特に貧しかったわけでもなく、どこにでもいるような普通の女子高生をしていたらしい。


 朝、いつもどおりに目覚めたら、そこは異世界だった――突然襲った非現実的な出来事に、彼女は10日間も見知らぬ部屋に籠り続けたそうだ。


 ようやく現状を受け入れた彼女は、自分が何者で、何のためにここに来たのか、何をすべきなのかを調べ始めた。


『なんと、私は天界から地上に降り立った神だったのだッ!』


 ドヤ顔で立ち上がるリーン。それを無表情な仮面が見つめている。


「神様に転生ですか。ボクとは真逆の高待遇ですね」


『最初は私もそう感じたよ。でもね、そうとも言えない事情があってね――』


 彼女が目にした書物には、“天地創造の神であるリーン・ルナマリアは、天界から地上に放逐された”と書かれていた。

 それから時が流れることおよそ千年、現在のリーンは、魔王復活を企てる黒幕的存在として魔人序列の上位に立っている――。


 その経緯と真実を調べるため、彼女は神様ロールプレイを満喫しながら世界中を飛び回ったそうだ。


『過去は過去、今は今――それが、私が辿り着いた答えなの。過去に縛られて今の自分を見失うのは本末大転倒! 私がリーン・ルナマリアに転生した意味を考えたらね、私らしく生きることが求められているんだって思ったんだッ!』


 女神様ポーズをキメる彼女を見て、改めて思う。あぁ、この人はやっぱり中二病患者だ。


『あははッ! 中二病って言葉、昔からあったんだね。って、しょうがないでしょ。いきなりこの世界に飛ばされて、しかもチート級の強さ。やろうと思えば何でもできちゃう――』


「では、なぜ魔人を野放しにしていたのですか? 人間を見殺しにしたのですか?」


 リーンは無表情な黒仮面の頭をグリグリする手を止め、いつの間にか起きて会話に割り込んできたアイちゃんを睨む。


 そして、元通りの厳しい顔と声で呟いた。


『魔王を復活させないためだ』


 怪訝な顔のボクたちに、彼女は真剣な表情で淡々と語り出した。


 かつてのリーンが降り立った地上は、魔王に支配された地獄の世界だった。

 既に力の大半を失っていたリーンは、己の魂を代償に、魔王の魂を八つ裂きにした。


 8個の召喚石――それは、リーンの魂を封印した神石ホーリージェム。全てを集めたとき、リーン・ルナマリアがされる。

 永き時を竜族や精霊に護られつつ、本来の目的は失われ、召喚石という別称のみが伝えられて今に至る。


 対して、八つ裂きにされて大陸全土に散った魔王の魂はどうなったのか。

 魔王が強者を引き寄せたのか、強き魔族が魔王の力を引き寄せたのかはわからないが、魔王の魂は魔力の高い者の魂へと融合を果たし、魔人が誕生した。


「ちょ、ちょっと待って! おバカなボクじゃ理解が追いつきません! 間違えていたらごめんなさい! えっと……8つの召喚石の正体はリーンさんの魂で、貴女を蘇らせるための物だってことですか?」


『そういうことらしい』


「じゃあ、ボクは使い方を間違えたってこと?」


 リーンさんを蘇らせるためのアイテムなのに、ボクは仲間たちを召喚しちゃうとか、壮大なスケールのズッコケだよ!


「リンネさん。リンネさんは使い方を知らないのに、最初から知っているかのような感じだったんですよね?」


「あ、そうなの。覚えているというよりも、本能的に、いや、もっと根源的な……何か、魂に刻まれているというような感じで」


『興味深いな。もしかすると、私が転生したことで召喚石の性質が書き換えられた可能性もある』


「召喚石で召喚されるはずのリーンさんが、既に召喚(転生)されているんだもんね。ゲームなら完全にバグだよ」


 それとも、召喚石に宿る元々のリーンさんの意思が為した結果だったりして。


『バグか。バグついでに、もう2つバグを教えようか』


「本来8人しか存在しないはずの魔人が10人もいる――リーン様の言わんとすることの1つはこれですか?」


 アイちゃんが切り出さなくても、リーンさんの話の中で、ボクもずっと引っ掛かっていた。


『いかにも。間違い探しではないが、偽者が2人紛れ込んでしまったようだ……と、偽者の1人である私が言ってみる』


「偽者って……ウィズ? ヴェローナ?」


「問題はそこではありません。リーン様よりも上の存在、つまり、序列第1位がバグという可能性もありますよね」


 確かに、この世界の中で魔力が高い順に魔人に選ばれるとしたら、魔族ではないリーンさんも魔人に選ばれるのは理解できる。

 未だ存在すら確認できない序列第1位の存在――もしかして、邪神という名のバグだったり?


『まぁ、偽者が誰かとか、私より強いか弱いかなどは些細なことだ。最も大きなバグは、お前が魔王の最有力候補であるということだ、勇者リンネ!』


「「え!?」」



 魔人それぞれが持つ魔王の魂を8つ集めた者、その身は魔王の依り代となる資格を得る。

 現在、それに最も近い存在がボクらしい。そして、ボクは既に7つの魂を保有しているのだとか。

 つまり、あと1人倒すと期限を待つことなく8つの魂が集い、ボクの身体を依り代として魔王が復活を遂げることになる。


 彼女が辿り着いたその真実に、ボクとアイちゃんは顔面蒼白、無言で見つめ合うしかなかった――。


『一刻の猶予も許されない状況だということが理解できたか?』


「ちょっと待ってください! ボクが倒したのは……カイゼル、グスカ、ガルクだけのはずです! どうして7つも――」


『だからバグだと言っているだろう。恐らくは君自身の魂がカウントされている。そして、君の中に眠る他の2つの魂もな!』


 お父さんとお母さんの魂が?

 魔人の力を失ったギャラントも含めたら……4、5、6、7……ホントだ!


「ひ、百歩譲ってそれが真実だとして、ボクが魔人を倒さない限りは魔王復活はない、そういうことになりませんか?」


(リンネさん、リンネさんが他の魔人に殺された場合も魔王が復活します。リーン様はそれを伝えに来たのでは)


(え……)


『勘が鋭い子供は苦手なんだが。まぁ、今の状況を分析すると、ミッションが2つあると考えるべきか。期日まで君を護り続けること、あとは、君以外の誰かが残りの魔人を倒すことだ。ただし、これらはどちらも難しいだろう』


(相手が1人とは限らないし、まして、リーンさんより強い魔人がいるとなると、不可能に近いよ!)


『そういうことだ。そうなると、残る方法は1つしか無い。君の中に眠る2つの魂を君から引き剥がすことだ――』


「嫌だっ!」


「リンネさん……」


「ボクは、絶対に、お父さんお母さんと離れない!!」


『この世界よりもそれは大切なことか?』


「……」


 当たり前だ!と言いたい。

 でも、この世界で出逢った、幸せを願いながら死んでいった沢山の顔が浮かんでくる。


 結局、ボクには唇を噛み締めるしかできなかった――。


『相手が魔人である以上、あらゆる手段を講じて魔王の完全復活を目指すはずだ。ガルクが姫を人質にしたようにな。既に亡くなった両親よりも、今を生きる者にこそ目を向けるべきだと思うが』


「……」


「リンネさん……まずは一刻も早く仲間を集めましょう。戦力があれば選択肢も広がるはずです」


「クルンも賛成です。石を探すです!」


「おはよう……クルンちゃん」


『そうだな、君が今すべきは仲間を集めること。それまでに覚悟を決めておくことだ。私は引き続きグレートデスモス地境にて魔王の肉体を見張るとしよう。アレこそが最後のカードなのだから――』


 その言葉と共に、リーンとその左右に居た仮面の生物の姿は歪んでいき、やがて消えてしまった。



 ★☆★



「リンネさん、リーンという名はこの世界の古代神話に出てきます。天魔界に住まう三柱のうちの1人、秩序神リーン・ルナマリアだと考えられます。世界創造の3人の神とはすなわち、天神と魔神、そして秩序神ですね。天魔界は千年前に天界と魔界に分かれ、それぞれ天神と魔神が統べる異世界になったようです。その出来事と魔王の出現には何か関係がありそうです」


 リーンさんの顔が目に浮かぶ。

 女子高生っぽく無邪気に笑う顔と、神としての威厳を放ち、有無を言わさず命じる顔――。


「はぁ。やっぱり本当に神様なんだね。それならさっさと魔王も邪神も倒してくれたらいいのに」


「自己紹介の冒頭から自分を“とんでもなく強い”なんて言う彼女がですよ、あれほど真剣な表情で訴えるくらいですから……本当に手に負えない相手なのでしょうね、魔王とやらは」


「クルン占ったです。リーン様は味方です。言うこと聞くです。他の魔人には要注意です!」


「そっか……でも、ヴェローナがボクを助けてくれたのが演技だったとは思えないんだけど」


「リンネさんの言うこともわかりますが、ウィズには警戒しましょう。あと、南海の魔人ギルにも」


「アイちゃん、クルンちゃんが言うならそうなのかもね」


「そうなのです! とにかく仲間を集めるです! 占いだと仲間が集まれば勝てるです!」


「え? 勝っちゃダメなんじゃなかったっけ? どうすればいいのよ。勝つのも負けるのもダメとか――」


「時が来るまで戦いを避ければ良いのです。メルさんが向かった北には必ず召喚石があるはずです。リンネさんは北へ向かってください。残る1つは、わたしが必ず探します」


「わかった! クルンちゃんも一緒に行ってくれる?」


「もちろん、はいです!」


 こうして、残る2つの召喚石を求め、ボクたちはニューアルンから飛び出した。

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