第79話 ロンダルシア大戦

(リンネさん、霊峰ヴァルムホルンの4分の1が行方不明なのですが、どこに行ったのか知りませんか?)


(不死鳥フェニックスと一緒に消えたように見えたけど)


 原因と結果を無理やり繋げアポーペンて誤魔化すしかない。


(その火の上位精霊に、アユナちゃんが追いかけられていたという目撃情報も――)


(上位精霊を従える天才小学生爆誕! というか、主従関係がもはや逆転してるね)


(はぁ~、やはり全てリンネさんの仕業でしたか。それで、今はどこで何を?)


(あ、今はクルス君の部屋でハンバーグお昼ご飯を食べてるよ。《念話テレパシー》って便利だよね、食べながらお話ができるから)


(はぁ。いつもハンバーグを食べているというのが、最近定着しつつあるわたしのリンネさんへのイメージなんですが)


(ちょっと! それは誤解だよ! 今回は、ハンバーグの方から口の中に入ってきたんだから)


 フォークを動かしている手を無視して、口とハンバーグの関係だけを見れば真実のはず。あ、今回はその手の主がクルンちゃんなんだけどね。


(はいはい。リンネさん、魔王復活まで残り54日しかないこと、ちゃんと覚えています?)


(もちろん! 早くあと2人の仲間を集めて、残りの魔人をどうにかしないとね。そういえば、ギルのことも気掛かりなの。人間と共存する価値があると認めてくれたのなら、今後は少なくとも敵対することは無いはずだけど)


(彼がリンネさんと頭脳戦をしたのは、自分の頭脳を試したかったからでは? 魔人の考えはわかりませんが、貪欲に強さだけを求める者ほど危険な存在はありません)


「リンネちゃん様、ハンバーグ食べないです? クルン貰っても良いです?」


「ん~、戦う覚悟が必要ってことか」


「戦わないです! ゴメンナサイです!」


(間違えて声に出しちゃったよ。ギルとはいずれ戦う覚悟を決めないとダメかもね)


 クルンちゃんをなでなでしながら、既に半分になっているハンバーグを2等分して双子ちゃんのお皿に移す。


(その言葉を聞いて、ちょっとだけ安心しました。わたしはフリーバレイに駐屯基地を構築しながら、魔人や魔王の情報を集めてみますね)


(駐屯基地って、例の“おへそにGO”作戦の?)


(はい。クルス光国軍400人、フリージア王国軍800人、アルン共和国軍200人がフリーバレイを目指しています。15日後には総勢1400人が集結する予定です)


(1400人も!? もう、話し合うのは無理なのかな――)


(家族を、愛する者を奪われた兵士たちにそれを伝えたところで、納得すると思います? 先程の“戦う覚悟”はどこに消えたんですか!)


(ボクだって、復讐したい気持ちは理解してるつもりだよ? でも、戦争なんて――)


(だからこその、今回の作戦なんですよ。グレートデスモス地峡を封鎖し、これ以上の魔族侵攻を阻止するんです)


(なるほど。でも、そんなに大勢を動員しちゃうと、町の防衛が心配だよ)


(はい。知能の高い魔族であればこの機を逃さず攻めて来るでしょうね)


(ハンバーグを食べてる場合じゃないよね!)


 今回は、ハンバーグと一緒にエビの揚げ物が添えられている。さすがは海洋国家だね。でも、食べる時間が無いから《異空間収納の腕輪アイテムボックス》に入れておく。


(魔族の動きは把握しています。フィーネ南部と大陸西部のゴルディス、それからニューアルンを標的に魔族は動いています。リンネさん! お疲れだとは思いますが、犠牲を少しでも減らすため、必要なら戦って平和を勝ち取ってください)


(大丈夫! どうしても必要なら戦うから、安心して!)



 広いテーブル上の、3都市を模して配置した空のお皿3枚を眺め、そっと目を閉じる。


 うん、魔力は半分回復している。

 最短ルートは……フィーネからスカイに乗って3時間、そこからニューアルンへ転移して、大陸西部のゴルディスまで……だいたい4時間かな。ボクが行くまで何とか持ちこたえて!


「クルス君、ごめんね。もうボクは行かなきゃだから、もふもふはまた今度ね?」


「リンネ様はまだお疲れなのにですか!? 今日はゆっくりお休みした方が……」


「ありがと。でも、少しでも早く行かないと大変なことになりそうなの」


「クルン占ったです。リンネちゃん様とクルンが今から出発すれば間に合うです」


「姉様も行くです!? そうですか。僕もリンネ様のお役に立てれば良いのですが……」


「王様の仕事はね、国民を励ますことだよ。遠征に出た人たちは1ヶ月近く帰って来られないと思うから」


「うぅ……わかりました! 頑張るのでまたご褒美をくださいね!」


「クルンも頑張ってご褒美を貰うです!」


[クルンがパーティに加わった]




 ★☆★




 ボクとクルンちゃんは、スカイの背に乗りフィーネ南部まで来ている。まだ日が沈むまでにはだいぶ時間がある。


 眼下には、街道を我が物顔で歩く魔族と、魔族に率いられた多数の魔物が見える。

 その中でも一際目立つ存在は、べリアルとレッサーデーモン――魔力は70くらいだったはず。鑑定する必要なんて無いよね。


「クルンちゃん、ボクにしっかり掴まってて」


「ク……クルン……怖いです」


「大丈夫だから! スカイ、降りるよ!」


 10mを超える翼を羽ばたかせるスカイを見て、恐慌状態に陥った魔物たちが散り散りになる。

 ぽっかりと空いたベリアルの眼前に、スカイの背から堂々と飛び降りたボク。


『竜人カ!? イヤ、タダノ人間ダナ。魂ゴト喰イ千切ッテヤル!』


「待って! ボクは、人間と魔族の共存を提案しに来ました。話を聴いてください!」


『下等種ト共存ダト? 笑ワセルナ!』


 やっぱりこうなるよね。でも、諦めない!


「魔人から解放されたのでしょう? もう戦う意味だって無いと思いますが」


『確カニ、ガルク様ノ姿ハ見エナイガ――』


「ガルク? 魔人ガルクなら、ボクが倒したからもう大丈夫です」


『ナンダト!? 人間ゴトキ下等種ニ、ガルク様ガ負ケルワケガナカロウ! エビデンスハアルノカ?』


 え? 何で知ってるの!?

 というか、クルス光国とガルクは関係あるの?


「偶然って怖い。ほら、よく見て。エビで(ん)す」


 《異空間収納の腕輪アイテムボックス》から、プリプリのエビを摘み上げるボク。


『ガルク様?』


「ガルク?」


(リンネさん……エビデンスというのは、証拠のことですよ)


(えっ! ほんと?)


(はい。ベリアルは、リンネさんがガルクを倒したという証拠を見せろと言っているんですよ)


(うわぁ、結構恥ずかしいね。でも、あっちも勘違いしてるみたいだし、いっか)


「魔族が地上で悪さをすると、エビになるって、知らないのかな?」


『ガルク様! ガルク様!』


 泣き叫ぶレッサーデーモンを見ていると、冷や汗と一緒に罪悪感が湧き出してきた。


『本当ニ、我々ハ解放サレタノカ?』


 ベリアルでさえも、半信半疑から七信三疑くらいになっている。

 なら、もう一押しするっきゃない!


「そうです。クルンちゃん!」


「ふごごっ!? ほひひひへふおいしいです!」

 

 エビの揚げ物を、訳がわからないでいたクルンちゃんの口に突っ込む。


『ナンテ凶悪ナ狐ダ!』

『我モ喰イ千切ルツモリダナ!』


「エビにされたくなければ、グレートデスモス地峡を通って大人しく魔界に戻りなさい!」




 ★☆★




「リンネさん、魔力は大丈夫ですか?」


「うん、《転移》で少し減ったけど、まだ半分くらいあるよ」


「クルンも、悪魔を食べて元気もりもりです!」


 魔物が逃げていくのを確認した後、ニューアルンに飛んだボクたち。


 ここはアイちゃんの匂いがするから好きな場所。でも……戦わずに勝てたお陰で魔力は大丈夫なんだけど、騙し脅すのが正しいやり方だとは思えず、気分は良くない。


「アイちゃん、魔族はどの辺りまで来てるかわかる?」


 クルンちゃんの爆弾発言に、数歩吹き飛ばされていたアイちゃんを支えながら訊く。


「ここから南南西におよそ20km付近で、先ほど町が1つ消えました。魔族はそこからニューアルンへ侵攻するでしょう」


「ゆっくりはできないね。スカイ、ごめんなさい。もう1時間くらいお願いね」


 今回はボク1人で行く。

 アイちゃんの沈んだ声から、魔族がとても凶悪だと気づいたから。



 スカイの背で寝ること1時間。魔力は6割まで回復している。

 だんだんと日は西に沈みかかってきて、赤く染まった岩石砂漠が、血の海の中で苦しむ人々に見えてきて、思わず身震いした。


 ドスンドスンという音というか空気の振動を感じ、無意識から意識の領域に飛ぶ。

 遠く、遥か遠くの地平線を、掠るように眺めると――見えた! 大きい影が2つ!!


「《鑑定魔法ステータス》!」


◆名前:ベヒモス

 種族:中級魔族

 称号:破壊者・虐殺者

 魔法:―

 魔力:―

 体力:―

 知力:―

 魅力:―

 重力:―


◆名前:アザゼル

 種族:中級魔族

 称号:並び立つ者

 魔法:―

 魔力:―

 体力:―

 知力:―

 魅力:―

 重力:―


 どっちも、ボク94よりも魔力が高くて鑑定できない。


 この象みたいなのベヒモスはリザさんとエリ村を出たときに見た記憶がある。あのときは魔人が背中に乗っていたんだっけ。あれは、今思えばカイゼルだったのかも。


 もう1体――山羊の角と蛇の頭が付いてるのがアザゼル。称号がね、並び立つ者だとしたら厄介だ。《時間停止クロノス》はもう使えないし、全力で2発撃てる魔力もない――。


 嫌な推測はやめにして、まずは全力全開で交渉しなきゃ!!



 ボクは地上に降りて魔族に近づく。

 体高30mを軽く超える怪獣が、油断なくボクを見下ろしている。北の大迷宮で戦ったドラゴンの方が断然大きい。恐怖心はない。


「ボクは、人間と魔族の共存を提案しに来ました。話を聴いてください!」


『『ブォォォ!』』


「ま、待って! 戦うつもりは――」


『『ブォォォ!!』』


「わわっ!」


 無秩序に降ってくるスクールバスのような足をステップして躱し、一定間隔で吐き出される火炎球をしゃがんでやり過ごす!


 問答無用なの?

 まさか、カイゼルの仇討ちとか!?


(リンネさん、魔族の様子で何か気づくことはありませんか?)


(えっ? 気づくこと?)


(何かに操られているとか)


(操られてる!? 喋らないくらいしか……あっ、眼が!!)


 敵意を持つ魔物の眼は赤い。でも、この2体の魔族の眼は違う。まるでお化けみたいに真っ白――。


(やはり。討伐軍からも同様の報告が数件入っています。眼の白い魔物が暴れていると。恐らく、洗脳の類かと思われます)


(洗脳なら《雷魔法サンダー》で解けるかも。やってみるね!)


「目を覚ませ! 《雷魔法中級サンダーレイン》!」


 ザザザッ!!


 魔力を2割込めて放った得意の《雷魔法》。

 上空に湧いた黒雲から雷光が迸り、30本の竹刀くらいの矢となって2体に降り注ぐ!


『『ブォッ、ブォォォ!!』』


 全く効いてない。もう1発……は無理だね。全力で戦ってもキツそう。


 何か手は――。


「こっち!」


空中浮遊フライ》を使い、ミスリルの棒を振って挑発しながら、西へと飛ぶ。

 すごく嬉しくないけど、2体は必死にボクを捕まえようと追いかけてくる。


『『ブォォォ!?』』


 5mほどの崖から落ち、窪みにハマった2体。


「《水魔法下級ウォーター》!」


 その足元を水魔法でえぐる、えぐる。

 よし、これでちょっとした落とし穴のようになった! 簡単には抜け出せないでしょ!


「ごめんなさい! そこで大人しくしてて!」


(アイちゃん! もう1つ気づいたこと追加。知能もかなり下がってるかも)


(なるほど。ということは、彼女ヴェローナの洗脳魔法ではありませんね。あと、ゴルディス方面に向かっていた魔族が突如消えました)


(消えたって、誰かが倒したってこと?)


(それはわかりません。でも、その可能性が高いと思います)


(ウィズかな)


(どうでしょう? アレは、アディさんに同行して北に向かっているはずですが)


(そっか。じゃ、ボクもニューアルンに戻るね)


(はい、お待ちしています!)




 ★☆★




「リンネさん!」

「リンネ様!」


「あぁ、疲れたぁ。とりあえず、シャワーを浴びたいかな――」


 そのとき、ドタバタと廊下を走る数人の足音が聞こえたかと思うと、ノックもなく衛兵が部屋に乱入してきた。


「アイ様! 大変です! 魔人が、リーンと名乗る魔人が攻めてきました!!」

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