第78話 証明
「好きな動物は何?」
なんて訊かれたら、こう即答するね。
「キツネ!」
キュッと細く引き締まった付け根から、まるでアマゾンの支流のように広がるふさふさのしっぽ。触れる者の解き放たれし欲望を尽く迎え撃つ柔らかな毛並み。
しっぽの先っちょを掴んで自分の頬を叩く。札束ビンタ以上の優しい快感に酔いしれた数秒後、太陽の香りが鼻腔をくすぐる。
ツンと頭上に佇む上品な耳もいい。さらさらな毛に包まれた薄い皮膚は、楽園へ誘う扉となってボクの心を惑わせる。
日向ぼっこの匂いに誘われて、思わず先っちょを口に加えて舐めてしまった。期待以上の舌触りと甘味が溢れてきて――。
「んんっ!」
何だかイケナイ遊びをしている罪悪感が溢れてきて、ボクは勢いよく立ち上がった。
足元には、茹で上がったままダラしない格好で倒れているクルス君と、真っ赤な顔を押さえて女の子座りしているクルンちゃんがいる。
「あっ、きょ、今日はここまでね! 続きは……頑張ってくれたらしてあげる」
そうそう、神殿に戻るや否や、2人にもふもふをねだられたんだ。
ちょっとやり過ぎちゃったけど、キツネさんは耳を触られるのがそんなに気持ちいいのかな。2人とも放心状態になっちゃって、ボクの方も恥ずかしくなってしまった。
「リンネ様、何ハンバーグにしますです?」
お目目をパチクリさせて再起動したクルンちゃんが、咄嗟に話題を変えてきた。
「どんなのがあるの?」
「肉が10種類、ソースも10種類、焼き方も10種類だってコックさんが言ってました!」
ふらふら起き上がったクルス君が、そう言いながらメニュー表を持ってきてくれた。
全部で10×10×10=1000、1000通りもハンバーグが楽しめるってこと? ボクも教皇目指そうかな。
「せっかくなので、聞いたことの無いメニューを攻めてみようかな! “スフィンクスの肉×ラミパスソース×ヘルファイア焼き”でお願いします!」
「僕もリンネ様と一緒にしますね!」
「クルンもリンネ様と一緒です!」
普通、こういう時は違うメニューを注文して一口ずつ食べっこするんじゃないの? でも、同じのを食べるのも仲良しっぽくてすっごくありかな!
★☆★
1時間後、例の真っ白な部屋にハンバーグ定食が3人分運ばれてきた。さすがに、ハンバーグは白くなかった。実は猛烈に心配してたんだよね!
「桃色ですね」
「ピンクのハンバーグ、初めて見るです」
「食べ……られるよ……ね? ボクは毒に耐性あるから先に食べてみるね?」
「うらや……お願いしますです!」
「どうぞどうぞ、リンネ様の食べ残しは僕が頂きますから!」
このハンバーグ、見た目は可愛い。
でも、纏う雰囲気は只物ではない。装備が持つ毒耐性といっても限界はあると思う。
よく見ると、ハンバーグの回りの空間が歪んでいるようにも感じられる。もしくは毒を凌駕して呪いの食べ物かもしれない。
ボクは曲がりにも勇者だ。
勇気を振り絞れ。勇者に食べられないハンバーグはない! これは魔王からの挑戦状だ。今こそ、勇気を証明するときなんだ!
「いくよ……」
双子ちゃんは、ボクの勇姿を一瞬でも見逃すまいと、一挙手一投足に全神経を傾けている。
もう逃げられない!
決意を固める!
「ほんっとに、いくよ?」
クルンちゃんの目が大きく開く。
クルス君の口からヨダレが垂れる。
ボクは、1口食べた。
「・・・・・・」
「「・・・・・・」」
「ん?」
「「??」」
「ん!!」
「「!?」」
最初は違和感があった。
だって、微妙にストロベリー味なんだもん。
しかし、徐々に湧き出る肉汁、蕩ける食感、えもいわれぬ後味……これは、間違いなく美味しい!
これが、これこそが異世界クオリティ!
日本語なんかじゃ言い表せない。
甘い? 脳に直接干渉する味? 麻薬じゃないよ?
まさに、魔法の力が加わってるかのような味!
チャイルドドラゴンのハンバーグも美味しかったけど、このハンバーグは凄まじい!
ボクの反応を見て、双子ちゃんも食べ始めた。
無言で夢中で食べている。やっぱり、美味しいは世界共通なんだね!
「ハンバーグ美味しかったです!」
「うん、うん、また食べたいね! でも、本当はかなり値段が高いんじゃないかな。国民の税金で贅沢するのは良くないよね?」
「その通りだと思うです。でも、お仕事頑張れば食べてもいいです?」
「そだね! ご褒美なら、またオカワリしてもいいよね!」
★☆★
ハンバーグの余韻から未だ目覚めぬまま、ボクたちは再びスカイの背に跨がり北へ飛んでいる。
ちょうどお昼くらいなので、高度を保っていても寒さはそれほど厳しくはない。
「本当に召喚石あるです? クルンはあの山にあまり行きたくないです。野生の勘です」
どうしてもついてくるって言ったから連れてきたのに。クルンちゃんって、ほんっと可愛い子!
というか、クルンちゃんは自称野生なんだ?
「アイちゃんも自信がないみたいだよ? 人が入れない領域というか、人が入らない領域があるって言ってたから」
スカイもかなり愚図ってた。
ということは、何かが必ずあるはず!
魔王がいるか、魔神がいるのか、それとも竜が、神がいるかはわからないけど、何かが必ずいる!
ボクはクルンちゃんに嫌がるスカイを説得してもらいながら、なるべく山頂付近まで飛んでもらった。
確かに、不気味な気配がする。
恐らく、それは山頂にいる!
スカイは指環に戻す。
今度はひたすら歩く。
足元はとっくに雪に変わっている。
勿論、寒い。厚着してきて良かった。
やがて、ボクとクルンちゃんは山頂に到達した。
よく見ると、山頂にはぽっかり穴が開いている。活火山の火口――。
おそるおそる近づく。
火口を覗き込むと、10m下にはグツグツと煮えたぎるマグマが見える。
さすがは大陸最高峰の活火山だ。北の大迷宮で見たよりもずっと迫力がある!
海辺で波を飽きずに見続けられるのと同じく、ボクは自然の神秘に魅せられていた。
噴き出す熱気、肌を刺す冷気――熱いのか寒いのかわからなくなるけど、ここは長居できる場所ではない。
「クルンちゃん、大丈夫?」
ボクが振り返った瞬間、背筋に悪寒が走る!
クルンちゃんも青ざめた表情で耳を畳んで口をぱくぱくさせている。
咄嗟に火口から離れて背後を確認する。
「
「伝説の不死鳥様です? 怖いです! 怖いです!」
「クルンちゃん下がっててね、スカイ! クルンちゃんをお願い!」
『シュルル……』
再召喚に応じてくれたスカイが、クルンちゃんの襟元を咥えて後方へと飛び
中級竜種であるスカイドラゴンでさえも
『汝、我の試練を受ける者か?』
魂に響く声!
一瞬で焼き尽くされるかのような恐怖感が喉を縮ませる。声が出せない……。
「ち、ち、ちがいます……召喚……石を……探しに……来ました……」
『召喚石、古の
「な、なな、ら……か、かえり……ます」
『生きては帰さぬ、と言ったら何とする?』
こんな所で、みんなを見捨てて死ねるわけないよ!
けど、さっき確かに試練って聴こえたんだけど。
「し……しれんを……うけ……受けます」
『面白い! 不死の我を倒すとぬかしたか!』
試練って、やっぱり倒さなきゃいけないやつか!
それにしても、凄い威圧感――空気がビリビリと悲鳴をあげてる。
ボクは魔力をゆっくり練り上げて、水魔法で膜を作り身に纏う。
魔力が自信を、自信が恐怖をぬぐい去る。よし、声は出る!
「リンネ様、ダメですっ!」
背中から悲痛な叫び声が飛んでくる。
「スカイ! クルンちゃんを乗せて山から離れて!」
『シュルル!』
相手は炎、水魔法なら勝機はある!
ただし、相手は不死――持久戦になれば絶対に勝てない。それでも、何とかボクの力を認めさせることができれば!
『800年ぶりの客人よ、汝が力を証明してみせよ!』
さすがに、カードゲームで証明するってのはダメだよね。あの魔人は何だったんだろう。
「ボクは無意味な戦いをしたくないの! 特に竜や精霊たちは、魔王と戦う仲間だと信じているから! だから、戦うのは1度だけ。ボクが勝ったら、ボクたちの仲間になってほしい!」
『そうか、魔王が復活するのか……然らば、カイゼル卿やグスカ姫も既に目覚めておるのか』
魔人の名を知っている?
もしかして、
どうしよう――。
逃げるなら今しかないけど!
(リンネさん、フェニックスは魔人ではありません!)
(アイちゃん! それ、ほんとにホント?)
(はい。わたしが調べた伝承には、フェニックスは魔人と戦い、敗れたと記されていました)
(敵の敵は味方って可能性もあるか……なら、負けても殺されないよね!)
(それは――)
(アイちゃん、ありがとう! 頑張ってみるよ!)
「カイゼルもグスカも、もう倒したよ!」
『最強を誇った彼の魔人たちを倒しただと? 我を
「嘘じゃない。でも、まだ序列第2位のリーンもいるし――」
『リーン……様? まさか……そんな……』
「リーンを知ってるの?」
『我が知る御方ではないだろう……だが、名を
リーンはそれほど強いのか。なら、尚更のこと、何とかしてフェニックスを味方に引き込まないとね!
なら、すべきことは単純明快で、アユナちゃんの嘘泣きを見破るくらい簡単だよ!
ボクは自分の力を、可能性を信じて全力を尽くすだけ――求められるのは、敗北でも辛勝でもない、圧勝なんだから!
「では、力比べといきましょうか! 銀の勇者リンネ、力を証明します!」
『銀の勇者だと? なるほど、名を騙るのが当世の流行りか。くわっは! 見せてもらおうか、汝の実力とやらを!』
「うわっ!」
フェニックスの羽ばたきに霊峰が呼応するかのように、山肌から火柱が上がる!
強烈な熱風に、思わず戦意が遠のきかける。
でも!
北の大迷宮産の深海水の羽衣を2枚重ねて着れば、こんな炎は大丈夫――なんて、世の中うまくはいかないもんだ。アユナちゃんとレンちゃんから没収すれば良かった!
『全てを無に還す
フェニックスの周囲に一際明るい炎が渦を巻いている――ヤバいっ!
「《
あんなの防ぎようがないって!
とりあえず、十分な魔力は練り終わっている。中級魔法を95%で撃ち込むとどうなるか想像はつかないけど、相手が不死なら気兼ねなく実験できるね!
フェアリーワンドを握る手に力がこもる。
大量の水……プール1つ分……もっともっとだ……今の魔力ならいけるはず、湖1つ分の水を作る!
それを半径3mの球体にまで圧縮して……圧縮して……フェニックスを包み込む!
そして、フェニックスの炎ごと、圧し潰す!
「不死鳥をも消し去る水の檻、ウォータープリズン!」
急速に収束する水圧で、激しく水と炎がせめぎ合う!
水は瞬時に蒸発し、超高圧の水蒸気がフェニックスの炎を蹂躙していく――。
ただ、この球体をどう処分しよう……とんでもない高温高圧になっているはず。《
ボクだけなら、いざとなったらさっさと逃げられるけど、上空で待機しているクルンちゃんとスカイが――。
★☆★
その後、ボクは想像を絶する水蒸気爆発を目の当たりにした。
霊峰ヴァルムホルンはその頂を吹き飛ばされ、巨大なカルデラ湖へと変貌した。後に伝え聞いたところによると、標高が2000mも低くなったらしい。
「あわわわ……山が消えたです……」
ボクの腕の中でお姫様抱っこされているクルンちゃんが、目を回している。
「ふぅ、何とか生き残れたね」
スカイが待機していた位置が、たまたま来るときに通った場所じゃなかったから、本当に危なかった。
《転移》でスカイが居る所まで行き、スカイを指輪に戻してから、クルンちゃんを連れてもう一度、《転移 》をした。ボクの魔力量じゃ、スカイを一緒に運べないもの。
何とか安全圏まで逃れた後に《
それにしても、この魔法は炎系の相手には危険すぎる。
理科で習った太陽理論を思い出す。
太陽の炎は何かが燃えているわけじゃなく、1億度で1千気圧くらいの超高温高圧下では、水素の核融合爆発が起きる……という考えだけど、今回の爆発はそれに近いかもしれない。
で、吹き飛んだ山を見るに、やり過ぎたかな。フェニックスは……死んでないよね?
仲間に誘いたいのに、こんなことしたら怒られちゃう。
『ギャア!』
「キャア!」
びっくりした!
平らな山腹に降りたったボクたちの目の前に、いきなり裸の女の子が現れたよ!
『何という魔法! これぞ勇者の力!』
「まさか、フェニックス……さん?」
『いかにも! 勇者リンネ様、我は喜んで貴女の軍門に下りましょう。我が力の一部を受け取ってくださいますよう!』
そう言って、女の子はお尻を擦り始めた。
どこから出てきたのか考えたくないけど、紅く煌めく羽根を手に持ち、ボクに捧げてきた。
触りたくないけど、魂が惹き付けられるような神秘的な羽根に、思わず両手を差し出してしまう。
「確かに、受け取りました。で、これは?」
『フェニックスの尾。不死を司る伝説級のアイテムです。1度だけ、持ち主の命を救うでしょう』
死者は生き返らないけど、1回きり不死身になれるってこと? これは最高の保険アイテムだね! でも、もう一声!
「ありがとう。大切に使います。それと、あなたと契約してほしい精霊魔法使いがいるんだけど……」
ボクは、フェニックスにアユナちゃんとの契約を約束させた。今から急いでアルン王国に行ってくれるらしい。
アユナちゃん、びっくりするだろうな! 素敵なお土産ができたよ! たぶん。
それから、ボクはスカイを再び呼び、クルンちゃんと共に再びクルス光国の聖都ムーンライトへと戻った。
ハンバーグのオカワリを求めて。
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