第77話 南海の魔人

(戦争を始める気なの? クルンちゃんがそんなノリなんだけど)


(気のせいですよ。事後報告ですみませんが、わたしもアルン王国の国王になりました。これで大陸全土の意思決定権――)


(アイちゃんが国王!?)


(はい。レオンの更生は諦めました。あれからレンさんにしつこく言い寄ってばかり。いっそのこと、ヴェローナに返しましょうか)


(ん~、レオン皇子は任せるよ。でも、アイちゃんて凄いよね。王様なんて――)


(臨時ですよ? 魔王を退けたらミルフェ様に全部丸投げするつもりです)


(軍師様は随分と簡単に仰いますねぇ)


(茶化さないでくださいリンネさん。わたしたちには時間がありませんから。やる前から諦めたり、臆して逃げた後に後悔するのだけは嫌なのです。あの大人しいクルンさんだって、リンネさんの力になりたいからと決断したんですよ)


(そうなんだ……)


(そうなんです。今後のことですが、大陸連合軍による“おへそにGO”作戦を実行します!)


(おへそって――)


「リンネ様見つけましたです!」


「あっ、クルンち……様。どうしました?」


「クルン泣くです! 様なんて付けないでくださいです! 今から2人でエンジェル・ウィングの本部に行くです!」




 ★☆★




「ちょっと、クルン姉様! いきなり来て、この重たいのはなんなんですか!?」


「よく似合ってるですよ。クルスは何を着ても似合うです。リンネ様が褒めてたです」


「えっ? リンネ様が!?」


 いや、褒めた記憶は無いけどね。

 クルンちゃんは弟の扱いが雑すぎる。さすがのクルス君も、怒ってるのか顔が真っ赤っか。



 ボクたちは今、イケナイ遊びをしている。

 その名も、替え玉クルクル大作戦。

 双子だしクルンちゃんはちっパイだから、法衣を着せれば区別が付かない。でも、クルス君には魅了スキルがないし、バレたら殺されちゃうんじゃないかと心配。



「完璧です。クルスは今日からクル光国の教皇様です!」


「エェェェ~!? 無理です! 絶対に無理です! 僕なんか可愛いだけですよ?」


 確かに可愛いけど、自分で言えちゃうところが凄い!


「それでいいです。立派な教皇様になるです。そしたらリンネ様がチュウしてくれるです。頑張るです」


「姉様、わかったです! 全力で頑張るです!」


 あっ、しゃべり方まで変わった!

 アイちゃんとクルンちゃんは、最初からこれを狙ってたね。


 さらっと聞いたところによると、シラヌイさんとも既に話がついてるっぽい。クルス君には悪いけど、クルンちゃんはボクが貰っていくね!




 ★☆★




『後悔は無いかな?』


「負けるつもりはありません!」


「『1枚目!』」


 流紋岩っぽい台座を挟んでボクと向き合っているのは、魔人序列の魔人ギル。

 お互いに9枚の手札の中から1枚を選び、裏向きのまま台座に置いて睨み合う。


 どうしてこんな状況になっているのかというと、正直ボクにもわからない――。




 ボクとクルンちゃんは昼過ぎ、聖都から抜け出してスカイの背に跨がっていた。


 クルン光国改めクルス光国は、ロンダルシア大陸の最南端に位置する。

 聖都から真っ直ぐ3kmほど南下すると、砂浜を抱くかのようにクワガタのハサミ状の半島が伸び、さらに飛んでいくと奇妙な岩が見えてきた。


 天に突き出た2つの尖り、中央に開いたギザギザの口――魔人が好みそうな、まさに奇巌と呼ぶべきその威容。

 そこが、アイちゃんの《情報収集ギャザリング》によって掴んだ魔人ギルの拠点だった。



「スカイ、降りるよ」


 地に足を着けると、見た目以上の不気味さに心臓が鷲掴みにされた。

 岩石でできた島の至る所に骨が大量に積み上げられている。歩くたびにそれが砕ける感覚が足裏を通じて伝わってきた。


 ボクたちの目の前で口を開けている洞窟の中は深い闇の世界で、まるで悪魔がボクたちを飲み込みたがっているようにしか見えなかった。


 恐怖で立ち竦むクルンちゃん。

 ボクの腕にしがみ付きながらここまでついてきたけど、耳も尻尾も垂れ下がっていて、薄い胸を伝って彼女のドキドキがよくわかった。


 もちろん、ボクだって怖い。

 溶けちゃった大グモの脚の代わりに、ちょっと奮発してお高いミスリル製の棒を買ってはみたけど、あまり安心材料にならなかった。


「危なくなったら逃げるからね。さぁ、入るよ!」


[クルンがパーティに加わった]




 洞窟の中は意外と狭かった。

 幅も高さも5mもなく、足元は相も変わらず骨の道。


[魔物の骨:魔素を吸い取られた魔物が残した骨]


「リンネ様! 何で骨を拾うんですか!」


「売れそうだから?」


「誰も買わないです!」


 何かの秘薬が作れそうなんだけどね。まぁ、いっか。


「それにしても、魔物がいないね」


「誰かが倒したです? 魔人もいないと嬉しいです」


「でもさ、クルンちゃんの占いだとボクたちは魔人に勝てるんだよね?」


「明日一緒にハンバーグを食べる占いが出たです」


「だから、それって魔人に勝ったってことだよね?」


「ハンバーグは美味しかったです」



 進むこと30分。やがて広いドームに出た。

 さっきまでの通路とは違い、ヒカリゴケが壁一面に生育しているようでかなり明るい。


 ドームの最奥に、椅子に座る何かが見える。

 ガスバーナーの外炎のように、黒い魔力が立ち上っている。真っ白い身体だから余計に目立つ。


「クルンちゃんはここで待機ね!」


「行くです」


「待機! 絶対に来ちゃダメだよ!」


「うっ、わかりましたです……」



 うん、これでいい。

 仲間はもう絶対に死なせない、絶対に!



 10mの距離まで近づくと、魔人がゆっくりと目を開いた。

 相変わらず凄い魔力を放っているけど、ボクは魔人を刺激しないように近づく。もちろん、攻撃してくるようなら《時間停止クロノス》で対応する準備を忘れずにね。


 頭がT字になっていて、両目が離れてるこのでっかい白魚――これ、何て言ったかな。ハンマーヘッドシャーク? シュモクザメ? 小学校の修学旅行で行った東京の水族館で見たことがある。

 確か、肉食だけど大人しいサメだったような。ウィズやヴェローナみたいに味方になる可能性もあるよね。


「貴方が魔人ギルですか?」


『いかにも』


「ボクはリンネと申します。魔王の復活を阻止するために、ここへ来ました」


『宿敵に対し、随分と礼儀正しいな』


 無駄に敵対したくないからね。話し合いで解決できたらそれが一番だから。


「争うためではなく、話し合うために来ましたので」


『話し合う、とは?』


「はい。魔族と人が共存できれば、命の奪い合いは無くなりますよね」


『人間とは随分と頭が悪い生き物よ。強者が弱者と共存する価値を問いたくなる』


 バカにされても、ボクはめげない!


「人間は確かに弱いですが、弱いなりに知恵を尽くして生きています。だから、共存する価値はあると思います」


『人間は吾輩より賢いと?』


「賢い人もいるかもしれません」


『ふむ。ならば吾輩と知恵比べといこうじゃないか。吾輩が勝てば、汝の魂ごと喰らうが構わないな?』



 ★☆★



『後悔は無いかな?』


「負けるつもりはありません!」


「『1枚目!』」



① リンネ 5ー6 ギル



 うっ、いきなり負けた!


 このゲーム、お互いに1~9までのカードを1枚ずつ出し合い、大きい数が出れば勝ちという単純なもの。

 アイちゃんなら必勝法を見つけちゃうかもしれないけど、まさかの結界で遮断されて、《時間停止クロノス》どころか《念話テレパシー》も使えないんだ。お互いに正々堂々とカード勝負するしかない(負けたら逃げるけどね)。


 ボクは単細胞なりに「9戦で5勝すれば良いなら、強い方から数えて5枚だけ使えば良いじゃん?」と考えて5を出したんだけど、完全に見透かされたかのような負け方。


「まだまだ! 次!」


 2連敗は避けなきゃ。

 ギルがもしボクみたいに考えているなら、次は8や9を温存して5か7で探ってくるはず。それを逆手に取る!


『2枚目』


「勝負!」



② リンネ 8ー1 ギル



「よし!」


 嬉しくて叫んじゃったけど、とんでもなく勿体ない勝ち方だよね。

 1勝1敗とはいえ、どう見ても明らかに劣勢――。


 ボクの残りは9、7、6、4……。

 対するギルは、9、8、7、5……。


 相手の立場から考えると、7を出しておけばほぼ安全。なら、ボクも7を出して引き分けを狙う。ギルが5を出してくれたら儲けものだし。


「3戦目!」



③ リンネ 7ー3 ギル



「やった! 2連勝!」


 勝っても素直に喜べない。

 だって、ボクの手元にある強いカードは9と6だけなのに、ギルは9、8、7、5……と残している恐るべき現実。

 でも、こんな時こそ心理戦ならではのハッタリを言っておく。


「さて、次も確実に勝っておくかな!」


『始まったばかりなのに騒がしい人間だ』


 ボクがいかにも9を出すようなセリフを言ったから、相手は無理をせずに小さな数でくるはず。だから、ボクは4で迎え撃って……って、そんなに甘い相手じゃない!


 きっと、ボクが4か6を出すことまで読み切っていて、確実に勝てる8を出してくるはず。


 それなら、その読みの上をいくしかない!


「4枚目! オープン!」



④ リンネ 9ー9 ギル



「引き分け……」


 うん、これは悪くは無い。相手の最強カードを封じたんだからね。


 でも――。


 残りは、6、4、3、2、1?

 ギルは、8、7、5、4、2?


 絶対無理だって!


「はい、練習試合終わりです。さぁ、時間がもったいないので、そろそろ本番行きましょう笑」


『何を言ってる? さぁ、5枚目だ!』



⑤ リンネ 1ー8 ギル



『顔色が悪いようだが、もう降参するか?』


 まだ2勝2敗1分、負けてるわけじゃない! 勝負は下駄を履くまでわからないよ!

 なんて、強気に言い返したいけど、自分の手札を見ちゃうと泣けてくる。


 でも、5戦目の負け方が最高だったからか、よく考えたらチャンスもあるような?


 ボクの手持ちは、6、4、3、2

 ギルはというと、7、5、4、2


 残り4戦を2勝1敗1分で勝ち越せば、トータル4勝3敗2分だもんね!


 勝つための組み合わせは――


 ○6ー5

 ○3ー2

 △4ー4

 ✕2ー7


 そして、出す順番は――何も考えずにシャッフルする!!



⑥ リンネ 4ー4 ギル



「あぁ~」



⑦ リンネ 6ー5 ギル



「おぉ~」


 ヤバいっ!

 奇跡が起きそう!


 次で勝負がつくね……。


『8枚目――』


「オープン!」


 大理石調の台座から、カードの端っこがゆっくりと離れていく――。


 多分、ボクのだと思うけど、心臓の鼓動と息遣いが聴こえてくる。



⑧ リンネ 2ー2 ギル



「あっ……」


 残りは3と7でボクの負け――これって、3勝3敗3分で、引き分けるパターンじゃない?

 勝ち負けに拘りすぎて、引き分ける可能性を考えなかった!


 引き分けの場合、どうするんだろう?

 もう1度やるのか、戦うことになるのか。それとも――。


「結果はわかっているけど、9戦目!」



⑨ リンネ 3ー7 ギル



『ふむ、頃合か。いずれ何処で相見えよう。それまでに吾輩を楽しませられるよう――』


 強烈な殺気に、ボクの背筋が一瞬にして凍りつく!


 いざとなったら逃げればいいなんて考え、甘すぎた!

 ここに至るまでの骨の山――魔人ギルは、周囲の魔物の魂を尽く食べ尽くしてきたんだ。もしかしたら、序列第4位のグスカ、いや、第3位のカイゼル以上かもしれない。



「リンネ様、危ないです!」


「あ、ありがとう」


 膨大な冷気を残して忽然と姿を消したギル――緊張から解き放たれたボクが仰向けに倒れる瞬間、待機していたクルンが抱き止めてくれた。


 強敵だった――。


 残りの魔人は1位と2位だけ。

 アイちゃん情報だと魔人序列第2位のリーンは、3~10位の全魔人を同時に相手にできるくらいに強いらしい。それに、第1位の情報が全く無いのも不気味だよね。

 正直、今のボクたちでは敵わない。残り2人の仲間を早く召喚しないと!




 ★☆★




 洞窟を出ると、既に夜は明けていた。


 東の水平線から昇る日の光は、蒼い海をきらきらと白く輝かせている。

 全てを白く塗り潰すというシラヌイさんの言葉が頭に浮かぶ。


 この世界が地球と同じように球体ならば、必ず影はできるし、夜だってやってくる。

 そう考えると、人の心に形があるのなら、地球と同じように球体なのかもしれないね。



 その後、ボクたちは聖都に帰還した。


 夜明けと共に、既にクルス光国の魔物討伐軍は聖都を発ったそうで、心なしか街が寂しそうに見える。


 さぁ、ボクたちの次の目的地は霊峰ヴァルムホルンだ。

 行きたくないけど――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る