第75話 南へ!

「レオン皇子。貴方には3つの道がある。アルン国王として国を纏めるか、フリージア王国へ亡命するか、もしくは一市民として生きていくか。よくお考えください」


「俺が選ぶのは第4の道、勇者リンネと歩むラブラブ新婚生活の道だ!」


 貴方の今後についてぜひ2人きりで話したい!なんて真顔で言っちゃったからか、メルちゃんたちが出て行くとすぐ、ハートに着火してしまうレオン皇子。


「そんな選択肢はありません。絶対に嫌です!」


「ならば、強引に既成事実を作るまでさ!」


 両手をわさわさしながら近づくレオン――。

 既成事実って、もしかしてオトナへの登竜門的な!?


「無理っ! まだ早いから!!」


「大丈夫だ、俺が一から教えてやる――」


 ソファーに強引に押し倒され、両手を抑え込まれたボクの顔に、だんだんとレオンの青い瞳が迫ってくる!


「やめてぇぇぇ!!」


 ドンッ!!


「未成年の女の子に手を出しましたね、現行犯です!」


 扉を開けて入ってきたメルちゃんに、レオン皇子が運ばれて行った――。


 これが彼の本性なのか、ヴェローナに調教されて目覚めたのかは知らないし、興味も湧かない。けど、こんな危険人物は国王になってほしくないね。


 耳を澄まさなくても、廊下から殴打音と悲鳴が聞こえてくる。彼は痛みを知るところからやり直すべきでしょ。生きてさえいればだけど――。


「本当にこれで良かったの?」


「はい、迫真の演技でしたよ」


 これも全てアイちゃんの作戦――。

 合法的に皇子を引きずり下ろす(というか、殴る?)ために仕組んだ罠だった。


「少し殴り足りないですが」


「あたしもだよ! 服をひん剥いて城門に吊るすくらいしなきゃ!」


「私も皇子の裸――」


「リンネさん、みなさん。一旦フリージア王都に戻りましょう」


 アイちゃんの一言で我に返ったボクたちは、を市長さんに任せて《転移》で帰還した。

 危うく、アユナちゃんに変な性癖が芽生えるところだったよ。


 そんなこんなのドタバタ劇で、ボクの43日目は終わりを告げた――。




 ★☆★




 朝早く、ボクは1人で王宮に行った。親友のミルフェちゃんに会うために。


「リンネちゃん! お帰りなさい!!」


「ミルフェちゃ……国王、ただいま戻りました。レオン皇子にお手紙を――」


「うん、使い魔の目を通して全部見てたから大丈夫よ! グスカのことも、アルン王都の惨状も、ニューアルンの暴動も。本当にお疲れ様でした!」


「以前も聞いたけど、使い魔って?」


「うふふっ、やっぱり気づいていないのね! メルちゃんはとっくに気づいていたけど。ミール、おいで!」


 あれ?

 ボクの髪がバサッとほどけて肩に掛かる。

 せっかくメルちゃんに結んでもらったポニテが――。


 ラピスラズリを彷彿とさせる色のゴム紐が宙を舞う。

 やがてそれは目の覚めるような鮮やかな青色の蝶の姿となり、ミルフェちゃんの手のひらに止まる。


「あっ!」


 そうか――。

 あれはボクがミルフェちゃんに初めて会った日、馬車の中で結んでもらったときの紐。お気に入りだったから、髪を結んでいないときも手首に巻いていた。油断も隙もないね!


「隠しててごめんなさい。でも、リンネちゃんが心配だったから」


「ううん、大丈夫! でも、それ返してね! 凄く気に入ってるんだからね!」


「うん! リンネちゃん、大好きっ!!」



 その後、仲間たちのことを話しているうちに、自然と召喚石の話題に移っていった。


 つい最近、ミルフェちゃんは南の新興国に召喚石があるという情報を入手したそうだ。

 そうすると、残り2個はアルン国内にある公算が高い。アルン王国の統治も心配だけど、まずは召喚石探しが最優先ということになった。

 魔王復活まであと56日。刻一刻と迫り来る世界の終焉を前に、余裕なんてない!




 ★☆★




 朝9時、食事を済ませたボクたちは、エンジェル・ウィング本部の会議室に集まった。

 アイちゃんの《念話》で各班の状況を確認していく。


 1班のマールさんたちは、既に王都の奴隷解放を終えたそうだ。

 今は、ギルドを通じてティルス支部とも連携をとりながら、エンジェル・ウィングの組織作りを始めているとのこと。


 ランディールに向かったエルフのアディさんたち2班も順調らしい。

 ウィズがアディさんやリリィちゃんに手を出さないかが心配だったけど、杞憂だった。


 ギベリンさんの4班も、拠点防衛から王都の治安維持、貧民街への援助など、徐々に活動の幅を広げつつあるようだ。

 ボクたちの名前を使ってメンバーを集めているという噂もあるけど、まぁ大丈夫でしょう。


 そして、3班のダフさんは《鍛冶》魔法が上級になったらしい。

 ボクが持っていた各鉱石の塊インゴットにドラゴンの魂シリーズを込めて装備を作ってくれるというので、拠点にある工房へと1人で向かった。



「黒鋼鉄×2、純金×2、聖銀×1と、木火土金のドラゴンの魂であるか!  どんな武器でも、魂を込めて御作り申す!」


「ありがとうございます! メルちゃん用のメイス、レンちゃん用の剣、アイちゃんとクルンちゃん用の短剣、アユナちゃん用の杖、あとはボク用の棒をお願いしてもいいですか?」


 長く愛用していたオオグモの脚が溶けちゃったからね。


「承り申す。あとは防具類でありますな。皆様のお身体のサイズを御測り申す――」


 採寸なんて、必要ありません!

 ボクは、目と手が把握している彼女たちの全データを、包み隠さず提出した。


 その後、武器の重さを相談された。

 ボクの棒は竹刀より少し重いくらいでお願いした。片手で振り回せるくらいの慣れた重さがちょうどいいもん。

 工房に、サンプルとして置かれていた武器の重さに驚愕。メイスはボクが両手でやっと動かせるくらい重かったし、最も軽量な細剣レイピアでも金属バットくらいの重さがあった。両手でやっと振り回せるくらいだった。

 上がった筋力のほとんどは脚力だったみたい。


 ダフさんによると、武器の完成は早くても10日後らしい。楽しみにしています!



 拠点に戻ったボクは、みんなと今後のことを話し合った。


 結論から言うと、最優先事項は召喚石の探索ということになった。


「エンジェル・ウィングの1~4班は、引き続き今までの任務に就いてもらいます。ボクたち6人は、再びニューアルンへと向かいます。その後、ボクはクルンちゃんと南の新興国へ、メルちゃんとアユナちゃんは北方を、アイちゃんとレンちゃんでアルン王国の立て直しをするということで、いいかな?」


「「はい!!」」


 そう、ボクたちは2人ずつ3チームに分かれて行動することになったの。


 アイちゃんは、念話による情報提供と共有を図りながら、密かに大陸統一を見据えた統治システムの構築に動くらしい。

 護衛兼サポート役として、日本出身のレンちゃんがニューアルンに残ることになった。


 他の4人は戦力や移動能力を考慮して、ボクとクルンちゃん、メルちゃんとアユナちゃんに分けられた。

 嬉しいことに、みんながボクと組みたがって争ってくれた。でも、アイちゃんが合理的に判断した結果なので我慢してね。


 最後に、アイちゃんが改めてボクたちの目標を纏めてくれた。


「召喚石は残り3つ――アルン国内に2つと、南の新興国に1つあると考えられます。リンネさんとクルンさんは南の新興国へスカイに乗って向かってください。戦争の停止と召喚石の探索をお願いします。メルさんたちは、ニューアルンに置いてきた馬車で、北にある祠と塔、及び森林内の探索をお願いします。決して無理はなさらないでくださいね! 目標は10日以内に全てを揃えること。大変だと思いますが、諦めずに頑張りましょう!」


「「はいっ!!」」




 ★☆★




 ボクたちは、《転移》でニューアルンまで飛んだ。やっとみんなに会えたのに、またバラバラに分かれて行動することになる。


 勿論、寂しさはある。でも、目的も気持ちも一緒だと思うと、寂しさよりも責任だとか信頼という感情の方が強く湧いてくる。



「スカイ! またよろしく!!」


 ボクはスカイを召喚し、その背にクルンちゃんと一緒に跨がる。

 南の新興国――確か、3年前に建国されたという宗教国家。まさか、邪神教とかじゃないよね? 実はちょっと怖かったりする。


「リンネさん、あの山の方向に1日飛べば着くと思います。召喚石を入手できたらすぐに戻ってくださいね!」


 アイちゃんが指差す方角には、頂に雪を纏った高い山が見える。

 富士山よりずっと高くて険しい。みんなが竜の山と呼ぶ、霊峰ヴァルムホルンだ。


 あれを越えるのは危険だし、無理でしょ。まさかあそこに召喚石は無いよね――今回は迂回しよう、そうしよう。


「それでは、行ってきます!」


「「行ってらっしゃい!」」




 ★☆★




 アイちゃんの《情報収集ギャザリング》によると、まだ正式国名すらないらしいその国の国土は、フリージア王国のおよそ10分の1。

 建国時の人口は3000人で、そのほぼ全てが、首都機能を有する聖都に集中しているそうだ。


 スカイは霊峰ヴァルムホルンを避けて飛んだ。

 ボクの指示どおりなんだけど、あからさまに怯えた表情を見せていたのも原因。

 あの山には何かありそうだ。竜の山といっても、ドラゴンたちの故郷のような、穏やかな場所ではないと思う。



 ボクたちは、翌日の昼過ぎに目的地へと到着した。

 南の新興国の聖都ムーンライトだ。

 月光ではなく陽光が降り注ぐ中、白亜の神殿は負けず劣らず淡い光に包まれていた。何かの結界だろうか、それとも宗教的な加護だろうか――。


 聖都から離れた郊外の森の中にスカイを着地させてから、ボクたちは徒歩で門を目指す。余計な警戒を抱かせたくはないからね。


 城門には衛兵たちが、いや神官たちが居た。ボクたちを見る目が驚きに満ちている。


 もしかして、スカイを見られた?

 しばらく形式的な身元調査が行われたが、一切身体に触れられることは無かった。


「意外と厚待遇なのかな?」


「リンネちゃん様がいるからです。オーラが違うです。可愛いです」


「いや、クルンちゃんの方が可愛いから。あっ、誰か来たよ!」


 四角いゴミ箱を被った人が走り寄ってくる。あれ、ゴミ箱じゃなくて帽子かも。いわゆる枢機卿的な偉い人が被る帽子に見える。


 案内役である彼の後ろを、ボクたちはきょろきょろ辺りを見渡しながら付いていく。


 建物も、石畳も、服も、馬さえも白い。

 あまりにも単色すぎるからか、遠近感すらつかめなくなる程の違和感がある。


 やがて、神殿の礼拝堂らしき場所に通された。


 そこには、純白の法衣を纏った人々が大勢並んでいた。

 そして、その中でも一際ひらひらな刺繍が施された法衣を纏う男性が近づいて来る。


 ボクたちの、正確にはクルンちゃんの前に立ち、静かに両膝をつく。

 涙と鼻水を惜しげもなく垂らしながら、男性は床に平伏して叫んだ。


『貴女様がお見えになるのを、今か今かと待ちわびておりました――どうか我らを御導きください! そして、我らが悲願、ロンダルシア大陸統一に御力を御貸しください、白神様!』

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