第73話 ヴァンパイアの力

 〈アルン行き*3日目〉


「クルンは1度戻りたいです。転移お願いします。みなさんも帰るです」


 クルンちゃんなりに雰囲気をよくしようと考えてくれてるんだね。新入りさんに気を遣わせちゃった。

 ボクが最初からクルンちゃんの忠告をちゃんと聴いていれば良かったんだ。仲間を信じなきゃダメだ。自分の力を過信してはダメだ。1度拠点に戻ろう。


「馬車の護衛が必要だから、2組に分かれて2時間交代にしよっか。本当はもっと長い時間がいいんだけど、ごめんね」


 みんなが賛成して頷いてくれた。

 結局、最初はボクとクルンちゃん、アユナちゃん、メルちゃんが戻り、レンちゃんとアイちゃんが留守番することになった。何だか、レンちゃんに避けられてるような気がする――。




「あっ、皆さんお帰りなさい!」


「マールさん、ただいま。アルン王国に入ったところでちょっと休憩です」


「お疲れ様です。リンネ様、ちょっとお話が……」


 何だろう?

 クルンちゃんは弟のクルス君とお喋り中だし、アユナちゃんとメルちゃんはお風呂に一直線。だから、今はマールさんと2人きり。



「マールさん、何かありました? もしかしたら、王都の奴隷解放がうまくいかないとか?」


「いえ、私たちは問題ありません。リンネ様ですよ。で、どうして泣いているんですか?」


「えっ?」


 本当だ。泣いてた。


 いつから? レンちゃんとケンカしたとき? ヴァンパイアを倒したとき?

 ミルフェちゃんに弱虫って言われたけど、本当にそう。なぜ気づかなかったんだろう。


「リンネ様、何となく心は読めますが、何があったのか詳しく聞かせてもらえませんか?」


 マールさんは包容力があって頼りたくなる。お姉さん、いやお母さんみたいだ。ここを出てから経験したこと、思ったことを全部話そう。助けてほしい。



「そんな辛い戦いを続けているのですね。私たちはそうとも知らずに――」


「ううん、それぞれができることをすればいいと思います。ボクたちは戦うために必要な力を与えられたんだから、当たり前のことをしているだけですよ」


「それは違います! リンネ様が命を削って、涙を流してまで戦い続ける理由なんてありません! そんなの、残酷すぎます!!」


「大切な人たちを守りたい――それって、戦う十分な理由になっていると思います」


「皆様は何も得することがないじゃない! 私たちができないことを、無理矢理に押し付けてるだけで……そんなことするくらいなら、勇者なんて、いらないですよ……私たちが滅べばいいんだわ」


「いらないなんて、悲しいこと言わないでください。みんなの幸せな笑顔を見られるだけでも、ボクたちは十分に得をしていますから――」


「リンネ様のバカ!!」


「あはは……2日連続でバカって言われちゃった。もう本当にバカだよね。って……えぇっ!?」


 マールさん、何で抱き付いてるの。

 何であなたまで泣いてるの。


 ボクたちは、ずっとそのまま泣き続けた――。




「リンネちゃん、お風呂ど……えぇっ!?」


「あ、アユナちゃん……うん、入ってくるね。マールさん、ありがとう」



 せっかく相談に乗ってくれたのに、逆にマールさんを傷付けちゃったなぁ。最近やること全部が裏目に出ちゃう。誰かを傷付けてしまうなら、しばらく1人で戦う方がいいのかな――。


(リンネさん、いい加減にしてください。仲間を信じるって、力を合わせるって約束しましたよね!)


(あ……アイちゃん、聞こえてたんだ。ごめん)


(わたしたちは、リンネさんを支えるためにいるんですからね、もっと信じてください、もっと頼ってください!)


(ありがとう。わかってるの。みんなに支えられているって。ボクが間違えたから叱ってくれているのも。でもね、ボク自身、何と戦っているのかわからなくなっちゃった)


(リンネさんの行動は間違っていません。わたしたちは本当にそう思っています。レンちゃんに聞きましたよ、ケンカした理由を)


(ボクは間違えてばかりなの。あの時は、現実から目を背けて魔結晶を拾わなかったんだよ。それだけじゃない! クルンちゃんの忠告を聞かずに町長に会いに行った! 何にも考えずに王国の使者だと名乗った! ボクたちを殺そうとした町長を……レンちゃんに反対されたのに治癒した!! こんなの勇者なんかじゃない。ボクには勇者なんて、無理だよ!!)


(違う! 違う! リンネさんわかってない! レンさんがどうして怒っているのか、本当にわかってない!)


(だから……ボクは、そんなことすらわからないダメ人間なの。自分が1番わかってるもん、勇者失格だってことくらい)


(リンネさんのバカ!!)


(あははは……また言われた……ごめんね)


(わたしたちは――)



 ボクは心を閉ざした――。


 支えてくれるのはありがたいよ。けど、ボク自身には、支えてもらうほどの価値がない。自分に自信が持てない。もう何をすべきなのかわからなくなっちゃった。みんなを救いたい気持ちは、まだある。でも、誰が敵で誰が味方なのかがわからないよ――。


 今は、自分にできることを考え、精一杯やることしかできない。そうだ、そうすれば誰にもバカなんて言われない。そうすればいいんだ。


 はっきりわかっているのは、魔人グスカが敵だということ。

 なら、話は単純だ。グスカを倒せばいいんだ。一刻も早く倒さなきゃ、たくさん人が死んじゃう。そんなのは嫌だ。

 手紙を渡すのは誰にでもできる。ボクがやるより、アイちゃんやメルちゃんに任せる方が間違いないはずだし。


 ボクはグスカを討つ、みんなには手紙を届けてもらう――なんだ、凄く簡単なことだった! こんなことに気づかないから、バカバカ言われちゃうんだね。



 全員の休憩が終わると、馬車は順調すぎるくらいに進んだ。というのも、ボクが張り切って魔物を殺しまくったから。

 気持ちの切り替えができたのもある。でも、1番の理由はみんなと話すのが辛かったから――。


 その後、アユナちゃんの結界の中で夜営をした。

 1人、隅っこで丸くなって寝た。目を閉じても眠ることはできなかった。

 召喚から39日目の夜は、静かで、永く寂しい夜だった――。




 〈アルン行き*4日目〉


 夜明け前、ボクはこっそりスカイを召喚して、アルン王国にあるグスカの居城を目指している。場所はあらかじめウィズから聞いていた。スカイなら5時間で行ける。

 グスカを倒してボクがアルン王都に着く頃には、みんなは王都で所用を済ませているはず。


 夜中のうちに置き手紙を書いた。

 グスカを倒しに行くこと、手紙を届けてもらいたいということ、アルン王都で待ち合わせすることを伝える手紙を書いて、クピィに渡してきた。




 ★☆★




 そして今、ボクはスカイの背に跨がりグスカの居城の上を飛んでいる。


 太陽が燦々と輝きを放っている。

 心なしか眼下に聳える城が太陽の聖なる光で溶けているように見える。

 ヴァンパイアに対して有利な条件は整った。しかも、相手は魔人序列第4位。3位のカイゼルよりも弱い。マジックポーションも2本ある。負ける要素は1つも見当たらない、万全だ!


 ふと思った。城ごと魔法で潰してしまったらどうだろう。そうすれば直接血を見たり悲鳴を聞かずに済むかもしれない分、気楽だよね。


「降りよう。スカイ、ありがとう」


 ボクは地上に降り立つと、スカイの首や翼を優しく撫でて労った。

 スカイもボクに甘えたいのか心配してくれているのか、鼻面を寄せてくる。それを抱き締めてあげると、至近で目が合った。

 金色の瞳が心を見透かすかのように見つめている。綺麗な色――アユナちゃんの髪と同じ色。仲間を守りたい。守らなきゃ。絶対に負けられない!

 スカイの瞳はボクに力をくれた。


 城門の前に立つ。

 ここは、人が住んでいた城だろうか。魔界にあったガルクの城とも、カイゼルの要塞とも趣が異なる。

 その禍々しい色を除けば、シンデレラが住んでいそうな可憐で繊細で神秘的な佇まいをしている。


 この中にグスカが居る――。

 恐怖心がないわけがない。眷属のヴァンパイアがどれだけいるとも知れない。次第に不安だけが募っていく。


 高鳴る鼓動を震える手で押さえ、1発で終わらせるためにボクの魂を奮い立たせる。


「世界の意志とか関係ない。大好きなみんなを守るために、ボクはここに居る。お父さん、お母さん、エリザベート様――ボクに力を貸してください!《雷魔法/中級サンダーストーム》!!」


 ゴロゴロドガーンッ!!


 残りの全魔力を込めた、半径20mにも及ぶ巨大な雷が城の尖塔に落ちる!!

 激しく飛散する雷撃が、辺り一面に砂埃舞う白い世界を創り出す!!


 どう、だ!


 ……


 なんで?


 ボクの目に映るのは、何事も無かったかのように威容を見せる城。


 結界――。

 アリスさんの言葉が頭を過る。


 ヴェローナの居城のそれを遥かに凌ぐ闇の結界――ボクの全力全開の魔法は完璧に防がれてしまった。


 諦めるものか!


 外からの奇襲で終わるなんて、最初から期待してなかったはず!

 まだ時間はある、予定どおりに直接この手で殺してやる!

 ボクはマジックポーションを一気飲みし、城の庭を進んだ。



 巨大な門扉を前に、ほっぺたをペシペシ叩いて気合いを入れる。


 触れようとした瞬間、内側に勝手に開いていく扉――まるでボクを闇に吸い込むかのよう。ぞっとする。でも、びびってなんかいられない!


 中を覗き込むと、薄暗い闇の世界が待っている。足を踏み入れると扉が閉まるんでしょ? ワンパターンだよね。

 闇を畏れるな、勇気を振り絞れ!

 ボクはなけなしの勇気を味方に、グスカの居城へと踏み込んだ――。


 予想に違わず、扉は閉まった。天窓から射し込む光は深い闇に敗れて床まで届いていない。


 1つ、2つ……闇の中に紅い光が灯る。

 2対の紅い光は次第に数を増していき、ボクを取り囲んだ。


 既に魔力は練り終えている。来るなら来い!

 一瞬で焼き尽くす魔法サンダーウェーブの準備はできている。あとは心の準備だけだ。


 数体のヴァンパイアが動く。

 恐らくは元アルン王国軍の兵士。人であったときの記憶を持ち合わせているのだろうか、静かに迫ってくる。背後から噛まれたら厄介だ。雷のバリアを張っておこう。


「我を守りし光の壁!《雷魔法/中級サンダーバリア》!」


 ……


 あれ?


 魔法が発動しない!?


 これは、あの落とし穴と同じ魔法結界!!


「《雷魔法/中級サンダーバリア》!!」


 ……


 ダメだ!!


 フリーバレイはグスカの軍門に下ったし、外からの魔法も通じなかった。

 城内にも魔法結界があるのは予想できたはず。油断した! 自分の力を過信した!!


 ヴァンパイアにされて守るべき大切な仲間を襲うなんて、絶対に嫌だ! 絶対に諦めない! 絶対に生き残るんだ!


 どうする、どうする、どうする!!


 ボクは左手のマジックポーション、右手のフェアリーワンドをしまい、オオグモの脚を両手で握る。温い汗で手が滑る――。


 ボクを取り囲むヴァンパイアとの距離は僅かに5m――。

時間停止クロノス》も《攻撃反射カウンター》も《棒術ケンドウ》でさえも封じられた今、頼れるのは日本で鍛えてきた剣道の技と精神力のみ!


 左右から同時に飛び掛かってきた!

 喉への突きをしゃがんで躱す。大丈夫、目が薄闇に慣れてきた。

 前後が入れ替わる。他のヴァンパイアは様子を見ているのか、紅い光は動かない――。


 さっきの2体がタイミングをずらして襲い掛かってきた!

 ボク的には大歓迎だ。左に避けざまに顔面に打ち込み、味方と重なって動きを止めたもう1体の頭を叩き割る!

 魔力値で優位に立つからか、頭を狙えば1撃で倒せた。冷静に戦えば勝てる!


 様子を見ていたヴァンパイアたちが、敵討ちのつもりか一斉に動く!

 右に、左に避けては頭を潰していく。何も考えるな、これは単純作業なんだ! 身体が勝手に動いているかのように、立て続けに3体を葬る。

 身体能力が高いとはいえ、素手の相手になら負けはしない!


 紅い光がボクを容赦なく取り囲む。何体が同時に襲いかかってきたのかさえわからない乱戦になる。

 まずい、低い姿勢で壁際まで逃れる。壁を背にして迎え撃つ。背後から襲われることはないが、もう背後に逃げることもできない。


 上等だ! 掛かって来い!!


 右に左に打ち抜く! 壁を使っての三角飛びで背後を取って後頭部を叩く。

 奴等はボクの喉しか狙ってこない。勇者の血を吸うと不死身になれるとでも妄想しているの?


 既に100体は倒したはず。目に見えて数が減ってきた。昨日みたいにどこかを攻めているのか、他にも拠点があるのかはわからないけど、先が見えてきた!


 ボクの体力は既に限界を超えている。心臓が飛び出るくらいに脈拍が上がり、手足は鉛のように重い。

 でも、生への執着で気力を保ち続けている。まだまだいける! 掛かって来い!!



 城に入ってから3時間は経っただろう。1階に居たヴァンパイアは全て倒しきった。

 時間を気にしなければいけない。日が沈むまでの残り5時間が勝負だ。奴等は夜の狩人――日没後は力関係が逆転してしまう。


 2階への階段を上る。嫌がらせのように窓と壁を叩き割る。光が少しでも味方してくれるようにと。

 でも、2階にグスカは居なかった。燕尾服を着たヴァンパイアや、元メイドっぽいヴァンパイアを倒し続けた――。


 3階に駆け上がる。やはりグスカは居ない。遠慮なく壁を壊していく。マリ○になったみたいな爽快感がある。これならいつでも城の外に出られそうだ。


 ボクは窓から身体を乗り出し魔法を試みる。《治癒魔法ヒール》が使えた!


「スノー、スカイ! 力を貸して!」


『ギュル!』

『シュルル!』


 スカイは窓を壊して城に入って来た。

 スノーは……ごめん、いきなりだったから地面に落下してしまった。痛かったよね。扉を壊して中に入って来てくれた。

 お陰で1階はだいぶ明るくなった。


 しばらくの間、ボクたちは城を内部から壊し続けた。

 ドラゴンたちはボクの意図を理解しているのか、ただ破壊を楽しんでいるのかわからないけど、半壊と言っても過言ではないくらいに壊させてもらった。

 損害賠償請求されても払いませんから!


 グスカは居ないのか?

 悔しそうな顔を作る自分の中に、ひたすらほっとしている自分がいる。弱気な自分に苦笑いが零れる。


 そんな時、地下室を見つけた。

 目に見えるのは、一方的で絶対的な闇。


「スノー、スカイ! 地下にブレスをお願い!」


 我ながらセコいとは思うけど、打てる手は全て使わせてもらうよ!


「!!」


 何かが地下から飛び出して来た!!


『『ギャオー!!』』


 スノーとスカイの首が、一瞬で引き千切られた!!


「キャアアアア!!」


『騒がしい! 実に騒がしいぞ! わらわの眠りを妨げるのは誰じゃ!』


「お前がグスカ――」


『女、如何にも妾こそ、魔王が配下、魔人序列第4位、真祖吸血女王ヴァンパイアクイーングスカじゃ』


 子ども!?


 オレンジの長い髪をツインテールに結び、燃えるように紅く輝く大きな瞳でボクをいる。凄く可愛い子どもだけど――。


「お前は、絶対に、殺す!!」


『なるほど、お主が勇者か。魔力88だと? 塵芥よのぅ。選ぶが良い。尻尾を巻いて逃げ出すか、妾の下僕として尽くすか!』


 今、瞳が一瞬煌めいた?

 恐らくは《鑑定魔法》に類する力。こっちのステータスはお見通しか。


「グスカ! ボクはお前を殺しに来た! 選ばせてあげる。大人しく殺されるか、無惨に殺されるか!!」


『ウフフッ! 妾を前に恐怖せぬか。面白い奴め。今なら全ての無礼を水に流そう! 妾の下僕に堕ちよ!!』


「お前こそ、顔だけは合格だ。改心してボクたちのクラン『エンジェル・ウィング』に入れ!」


『お主、死ぬのが怖くないのかぇ?』


「3位のカイゼルも倒したんだ! お前なんかに負けるわけが無い!!」


『ふん、どうせ人間特有の卑怯な手を使ったのじゃろ。爺め、妾の下僕にしてやろうと思っておったんだがのぅ』


 グスカのペースに呑まれたらダメだ!

 いざとなれば隙を見つけて外に逃げるとして、戦うなら先手必勝、奇襲を掛ける!!


「足元に銀貨が!!」


『なぬ?』


 ガツンッ!!


『何も見当たらないが?』


 えっ!?

 全力の面打ちでも、ノーダメージ!!


 ボクは下がって距離を取る。


 卑怯すぎるけど、奴が下を向いた瞬間、両手を思いっきり振り下ろしたのに。

 アイちゃんが言ってた推定魔力値500というのは本当だ。強さの桁が違う!


『お主、銀貨はなかったぞ? 目が悪いのか?』


 天然? 嫌味? それとも、馬鹿?


 こいつのペースに惑わされるな!

 殺すことだけ考えるんだ!


「後ろに裸のお兄さんが!」


『へ?』


 ガツンッ!!


『何処じゃ? 何処じゃ?』


 さっきより強く殴った。手応えはあったのに全く効いていない――。

 魔法さえ使えれば!!


『お主、まさか、妾をたばかってはおるまいな?』


「今さら気づいたんだね。頭が悪そうな子どもだと思ったけど、予想以上だったよ!!」


 呆然と立ち尽くすグスカに向け、あっかんべーをして全力で逃げる!!


 振り向かない!

 これだけ挑発すれば追い掛けてくるのは必然! 外におびき出す!!


『貴様ぁ! 妾から逃げ切れると思うなよ!!』


 走りながら背後に聖水をばら撒く!

 エリ婆さんに最初に貰ったやつだ! エリ婆さん、力を貸して!!



 外に出た!


 まだ日は高い、勝機はある!



 グスカは!?


『妾が日光を恐れると思うたか! 痴れ者しれものが!!』


 来た!!


 杖とマジックポーションに持ち換える!


 魔力を練り上げる!!


 あの虎男ガルクほふった貫通型の雷撃を、至近距離からカウンターで撃ち込んでやる!


 魔力の残りを全部練り込む!


 くっ、速すぎる!!


「じ、時間クロ――」


 ドンッ!!


「キャアア!!」


 グスカの蹴りで吹っ飛ばされた!

攻撃反射カウンター》どころか《時間停止クロノス》すら間に合わない!


「全開回復、《治癒魔法ヒール》!!」


 骨折の痛みが瞬時に消える。せっかく練り上げた魔力をヒールに回された――。


 魔力は残り6割強。集中して魔力を練り直す! 今度こそ!!


『なるほどのぅ。竜と女神の力か。眷属共が狩られる訳よのぅ』


 そう言うや否や、両手を掲げて魔法の詠唱に入るグスカ。その頭上には途轍も無く強大な闇の魔力が凝縮していく。これを撃たせたらダメだ!!


「お前の母ちゃん、出べそ!!」


 叫んだ後、ボクは武器を換え低い姿勢で突っ込む!


 予想に違わず、グスカは顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている! 詠唱は中断した!!


 至近から迫るグスカの右腕――爪がボクの首を切断しようと迫る!

 このヴァンパイア独特の本能的な攻撃は読んでいた!!


「《時間停止クロノス》!!」


 88秒!


「全てを切り裂く雷の刃!《雷魔法/下級サンダーカッター》!!」


攻撃反射カウンター》が発動する!

 残り魔力の大半を注ぎ込んだ雷電が、オオグモの脚を纏う!


「やーっ!!」


 ガキンッ!


 気合い一閃、無防備な首を切断するボクの一撃が甲高い音を立てる!


 脚が、オオグモの脚が砕けた!?

 雷に弱い武器だけど――くっ、ならば!


異空間収納の腕輪アイテムボックス》から取り出した最後のマジックポーションを飲み干し、杖を両手に握る。


 残り50秒!


 時間ギリギリまで魔力を練り込む! これが最後のチャンス。絶対に勝つ!


 フェアリーワンドの先を、叫び声を上げたまま固まっているグスカの口に突き刺し、全魔力を込めた雷撃を放つ!!


「全てを貫く雷の槍!《雷魔法/中級サンダースピア》!!」


 ドーンッ!!


 朦朧とする意識の中、グスカの背後にある城壁に30cmほどの穴が開くのが見えた――貫いた!!



 再び時間が流れ出す――。


『でべ……』


 グスカの口から声の代わりに出るのは、黒い霧。魔素が溢れ出している? 勝った!


 黒い霧は、直立したままのグスカの全身から湧き始める。


 なぜ、倒れない?


 嫌な予感が止まらない――。


『小娘如きが!!』


 吼えるグスカ、杖を頼りに身体を支えるだけのボク――。


 勝てなかった! 頭を貫通させても死なないなんて! もう、魔力も武器も無い――。


『楽には逝かせぬぞ!』


 バーンッ!


「ぐわっ!!」


 グスカに蹴られ、地面をひたすら転がったあと、壁に激突して止まる。



 痛い、痛いよ――メルちゃん、アユナちゃん、レンちゃんごめんね。もうダメだ。


 ゆっくりと、傷を回復させながら歩み寄るグスカ――。


 怖いよ、助けて――お父さん、お母さん!

 辛うじて動く右手を胸に手を当てる。


 日本での思い出と、こっちでの思い出がごちゃ混ぜに甦る。

 その全てに笑顔が溢れている。楽しかったこと、幸せに満たされた日々――。


 ボクはここで何をしているんだろう。


 信じてくれている仲間を捨てて、全てを諦めたのかな。


 大好きなミルフェちゃんの顔が目に浮かぶ。


「諦めない強い意志があれば、不可能なことなんて絶対に無い――リンネちゃんはいつもそう言ってたじゃない!」


 でも、勝てないよ。ボクはみんなが言っていたとおり、本当にバカだったよ――。


「相手の長所を潰し、弱点を攻めなさい――」


 先生はそう言うけど、強さの桁が違うんだ。何をしても無理だよ――。


「リンネ、そなたは強さは優しさと言っておったな。優しさを失わぬ限り、勝利は消えぬ。己の道を信じて生きるのじゃぞ――」


 エリ婆さん!?

 幻だとわかっている。でも、ボクは独りじゃないんだって思うと、強い気持ちが湧き出してくる。


 勝つための方法はきっとある!


『どうじゃ? 蹂躙される悦びは!』


「グスカ……ボクは、絶対負けない!」


『戯言を!』


 この短時間で回復した魔力は2割弱――この一瞬に全てを出し切る!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る