第72話 アルン王国
「これは
「確かに、受け取りました」
ボクはミルフェ新国王からアルン王国への親書を2通受け取った。
そして、なぜ敬語を使ったのかというと、ボクたちがフリージア王国の正式な外交大使として派遣されるから。なので、着慣れた村人ファッションとは一時的にさよなら!
今回は、いつものメンバーに狐っ娘のクルンちゃんが加わっている。その際、実は一悶着が――。
双子の弟クルス君が大反対したんだよね。以前に馬車を分けたときにも泣かれちゃったんだけど、今回は自分も連れて行ってと大号泣。同級生男子の泣き顔なんて見たくないよ。
でも、クルンちゃんには今後大きな運命が待ち受けているはず。弟まで危険に巻き込むわけにもいかず、時々転移で戻るからってことで納得してもらいました。あとは、居残り先のダフさんに任せた!
たくさんのお見送りがいる中、笑顔で元気よく右腕を振り上げる。そして、かっこよくポーズを決めて叫ぶ。
「行ってきます!!」
[メルがパーティに加わった]
[アユナがパーティに加わった]
[レンがパーティに加わった]
[アイがパーティに加わった]
[クルンがパーティに加わった]
8人乗りの、豪華な2頭立て馬車に乗り込む。ボクたちは
さぁ、出発だだだだだ!
〈アルン行き*1日目〉
朝6時に旅立ったボクたちは、窓から放たれる色とりどりの魔法で魔物を撃退しつつ、順調に進んでいった。
魔力はイメージだからね。攻撃する以外の使い道を話し合い、練習しているところ。
ちなみに、王都で買った《火魔法/下級》と《風魔法/下級》、ウィズに貰った《風魔法/中級》の3つをクルンちゃんに習得してもらった。
本人は恐縮しまくっていたけど、今は彼女が最優先。自分の身を守れるくらいには強くなってもらわないと心配なんだよ。
現状、みんなが使える《属性魔法》をまとめるとこんな感じ。
・リンネ……雷/中、水/中
・メル……闇/下
・アユナ……精霊(土風光火水木)/中
・レン……雷/下
・アイ……火/下
・クルン……火/下、風/中
馬車の中はまるでピクニック気分。みんなで髪を結びあったり、歌を歌ったり、魔法の練習をしたり。
明るい雰囲気に託(かこ)つけて、思い切って気になっていることを聞いてみる。
「アユナちゃん、最近は精霊召喚しないよね?」
「えっ……そう……だっけ?」
「うん。もしかして――」
「大丈夫、できるよ。できるけど、みんなに迷惑掛けてお別れしたから……呼びにくいかな?」
「そういうことね。でも、召喚してあげたらみんな喜ぶと思うよ」
「あたしもそう思う!」
「クルンも、見たいです。精霊さん気になります」
メルちゃんもアイちゃんもにこにこ頷いている。
「わかった。頑張ってみる! 私の大好きな精霊たち……みんな、来て!」
アユナちゃんの肩にシルフとウィルオーウィスプが現れた。楽しそうに踊っている。
頭の上に現れたサラマンダーが、羽にぶら下がって遊び始めた。羽が焦げないか心配。
ウンディーネは、アユナちゃんの手のひらに乗ってアユナちゃんをうっとり眺めている。
そして、アユナちゃんを優しく抱き締めながら、ドライアードが現れた。凄く泣いている――。
『アユナ様! もう私たちをおいて逝かないで下さい! 悲しかった! とても悲しかったのですよ!』
「みんな、ごめんね。もうずっと一緒だから! ずっとずっと、ず~っとよろしくね!』
見ていたボクたちも貰い泣きしてしまった。もう誰も大切な仲間を死なせない。悲しいのは嫌だよ。
その後、お昼まで精霊たちと仲良く過ごした。
お昼が近づきマールさんお手製のお弁当を開いたとき、メルちゃんが異変に気づいた。
「リンネちゃん! 大変です!!」
「メルちゃん、どうしたの!?」
「スプーンを忘れてしまいました!!」
「……」
確かに、お弁当にシチューが入ってる。
完璧メイドからすれば、スプーンを忘れちゃうことは大失態なのかもしれない。しかし――。
「そんなことよりも、あれは何?」
みんなが馬車の窓辺に固まり、ボクの指差す方向に注目する。次第に全員の表情まで固まってくる。
数百m彼方の上空には、真っ黒な雨雲が蠢いていた。ううん、正確には大量の魔物が集結していた。
それは、南西から北東方向に移動しているように見える。
「この方角はフリージア王都です。このままでは、今日中に襲撃されます!」
アイちゃんの《
「ボクがスカイに乗って戦う!」
「あの数ですよ! リンネちゃんだけでは危険です!」
「メルちゃんはいつも過保護。心配し過ぎだって。あたしたちはリンネちゃんを信じてここまできたのに」
「レンちゃんの言うとおりだよ。でも、私ならスカイに乗れるもんね! 2人で行こうね!」
でもあの高度は、いくらスカイでもぎりぎりだよ。
アユナちゃんよりクルンちゃんの方が軽そうだけど、嫌な予感がするからアユナちゃんにお願いしよう。
「1番軽いのはクルンちゃんだけど、今回はアユナちゃんにお願いするね」
「わかりましたです。早くお役に立てるようにします。ドラゴンさんによろしくです」
体重の話をすると、赤い髪の子が険しい表情に変わるんだよね――。
ボクはスカイを召喚してその背に跨る。腰にはアユナちゃんの腕がガシッと巻きついてくる。
目指すは上空の魔物集団、数は1000以上いるかもしれない!
飛び立ってから僅か数分、魔物をはっきりと視界に捉える。
「《
◆名前:グスカの眷属
種族:ヴァンパイア族/男性/35歳
称号:
魔法:剣術・飛翔・闇魔法・暗視
魔力:45
体力:79
知力:12
魅力:34
重力:20
「ヴァンパイアだ! グスカの眷属!!」
「怖い! 噛まれたら死んじゃう!!」
こんなに強いのが1000体も!?
《闇魔法》もだけど、噛まれたらヤバいね。なら、ソーサラー戦みたいに雷のバリアで戦うしかない。そこから、バトルロワイヤルで使ったみたいな全方位放射魔法!
スカイを中心に半径5mのバリアを張り、群れの中心に到達するまで――10秒間保つ。そこから、一気に放射させる!
気絶するギリギリまで魔力を込めないと奴らは止められないと思う。アユナちゃんにはボクをしっかり支えてもらおう。
ボクたちは作戦を話し合いながら魔物の群れに突っ込んだ。
よく見ると、これは……人間……まさか、元アルン王国軍!? なんて酷いことを!
でも、ボクがここで進軍を止めなければ、もっと酷いことになる。ごめんなさい!
「我らを守れ鉄壁の……じゃなかった、雷の壁……じゃなかった、膜!《
集中してバリアを張る。
2秒……5秒……10秒……電流を留め、溜めていく――。
総魔力量の9割に達した瞬間、両手を広げて一気に解き放つ!!
「スパーク!!!」
電流が高温の熱を伴い、球体のバリアから放射状に拡散していく!
『『ギャアアアァァァ!!』』
意識が朦朧としたボクの耳に入ってくるのは、気が遠くなるほどの悲鳴だけ。黒焦げに焼け爛れて堕ちていくヴァンパイア。直視出来ない光景に胸が痛む。
放射は5秒間続いた。
1000体以上いたヴァンパイアは20体ほどが疎らに飛んでいるのみとなり、辺りにはプラスチックを焼いたような悪臭が漂う。
アユナちゃんが精霊たちを召喚し、残りを追い払ってくれた。その間、ボクはずっと嘔吐を繰り返していた。スカイ、ごめんなさい!
地面ではたくさんのヴァンパイアが苦しみ、もがき、助けを求めていた。
燃えるような瞳、黒く禍々しい翼、濃紺の肌――これが元人間たちなのか。この人たちにも大切な人がいるはず。複雑な感情が胸に去来する。
誰かを守るために誰かを傷付ける――ヴェルサス元国王の、あの陰惨な表情が脳裏に甦る。
相手は魔物……相手は魔物……自分を納得し続ける。でもダメだ、涙が止まらない。
ボクは何と戦っているの? なぜ戦わないといけないの? 苦しい。苦しいよ!
少し前まで人間だったはず。平和を求めて、家族を守るために命懸けで戦った仲間のはず。それを、ボクは焼き尽くした――。
エリクサーや浄化魔法があれば救えたんじゃないか? グスカを倒せば救えたんじゃないか? 今さら湧き上がる後悔の念に押し潰されそうになる。
(ヴァンパイアになった人は助けられません。既に死者だからです。死人は生き返りません。気持ちを強く持って下さい! リンネさんのお陰でたくさんの命が救われました。1人でも多く救うことが私たちの使命です。前を向いて!)
(アイちゃん……ありがと。わかってる。わかってるつもりだけど、辛い。もう戦いたくない。もう戦わない)
ボクたちは、地上で苦しむヴァンパイアを見捨てて馬車へと戻った。案の定、レンちゃんに叱られた。
ボクたちには奴隷解放という任務もある。組織の運営資金も必要だ。みんなを支えていくためには、どうしても魔結晶を回収し、お金を稼がないといけない――。
そんなこと、わかってる!
魔物は死んだとき、魔素に還る。
魂は魔結晶と呼ばれる高濃度の魔素となり、それは高値で売買される。
そんなこと、わかってるよ!!
今まで必死に無を背けてきた事実。
ボクの前にある逃げられない現実。
結局、馬車で魔結晶を回収しに向かった。ボクは疲れたから馬車の中で寝ると言って1人で留守番をした。寝る振りをしてずっと泣いてた。
魔法は、誰かを殺すためではなく、救うためにあるはず。そう信じていたのに、ボクが弱いばかりにみんなを傷つけるんだ。
1時間後、ボクたちは再び出発した。
その日は、誰も何も言わず、みんながボクの代わりに魔物を倒してくれた。
★☆★
〈アルン行き*2日目〉
途中の村で1泊した後、朝6時前に馬車は出発した。
昨日の戦いで、みんなの魔力も上がっていた。まるで、たくさんの人の魂を、生きる使命を受け継いだかのように――。
・リンネ……81
・メル……91
・アユナ……70
・レン……61
・アイ……34
・クルン……32
国境まであと半日というところで、フリージア王国最西端の町フリーバレイに到着した。
バレイというのは渓谷を意味する英単語。英語が使われているのはなぜだろう。だけど、今は何も考えたくない。
アイちゃんの話では、ここから5日間北上するとグレートデスモス地境に行き着くらしい。
つまり、ここは魔物に1番近い町ということになる。
こんな場所に住んでいて不安はないのだろうか。魔物の襲撃を防ぐ手立てがあるのだろうか。みんながそう疑問を抱いているはず。
だから、この町に寄ってみようというボクの提案に全員が賛同したのは必然だったのかもしれない。
「ギルドはやっぱり無いですね」
「奴隷商人もいないようです」
通りすがりの人にメルちゃんとアイちゃんが話し掛けて聞いてくれた。人見知りしないって素晴らしい。
「城壁もない、ギルド冒険者もいない、なのに魔物を退けられているのが不思議ね」
ボクもレンちゃんに激しく同意だ。
なら、凄く強い人がいるのだろうか。是非ともそんな人に力を借りたい。
「町長に話を聴きに行こう。アルン王国の情勢もわかるかもしれない」
「リンネ様! 不吉です。嫌な感じです」
クルンちゃんの占いはよく当たる。でも、危なくなったら転移もあるし大丈夫でしょ。
「馭者さんには留守番してもらうとして、何かあれば転移魔法を使うから大丈夫だと思うよ」
無理矢理にクルンちゃんを納得させて、ボクたちは町長の屋敷へと向かった。
馬車の護衛としてレンちゃんとクルンちゃんが残ることになった。ボクは、2人に嫌われちゃってるよね。
町長の屋敷は3階建ての立派な洋館だ。治安が良いのか、門に衛兵はいない。
広い庭を進み、まっすぐ玄関へと向かう。
ドアをノックしてみる。
すぐに品の良い初老の男性が笑顔で出迎えてくれた。見るからに執事さんだね!
ボクたち4人は、そのまま町長の執務室に通された。
「可愛いお嬢さんたち、旅の方かね? こんな辺境までよくいらした。歓迎するよ」
「初めまして。ボクたちはフリージア国王の使者としてアルン王国に向かうところです」
アイちゃんとメルちゃんが視線を送ってくる。名乗らない方が良かった!? ごめん。
「そうですか。でも、それは大変残念です」
「はい? どういう――」
ボクが質問をしようと口を開くや否や、床が口を開いた!
「「キャアア!!」」
★☆★
ボクたちは、5mほど落下して地面に叩きつけられた。
地面が比較的柔らかかったためか、誰も怪我はしていない。というか、ボクの上にアユナちゃんとアイちゃんが落ちてきたんだよね。メルちゃんは普通に着地してるし。
「ごめんなさい、《
「大丈夫です。以前にも魔人の罠で洞窟の落とし穴に落ちましたね。もう慣れっこです」
落ち慣れても着地は難しいよ。
「君たちには申し訳ないが、そこで死んでもらう」
「どういうことですか!? ボクたちは平和を守るために、急いでアルン王国に行かなければ――」
《
――あれ?
「だからだよ! 我が町は既に魔族に屈した。王国は我々を見捨てたからな、フリーバレイは魔族に協力して生き延びてきた。人間を1人殺せば1日生き長らえることができる。我々にはそうするしか道がない。せめてもの情けだ、血を流さずに静かに死んでくれ」
「……」
あまりにも無情な、非情な決断――ボクには返す言葉が見つからなかった。
「リンネちゃん! 馬車の皆も危ない! ここから早く出ましょう!」
「わかった。《転移》!」
――あれ?
「《転移》!!」
……
「《転移》ができない!」
「私がドライアードを呼ぶね、ドライアード! 助けて!」
……
「あれ? どうして?」
「リンネさん、アユナさん、これは魔法結界です。魔法が封じられています」
「「魔法が封じられた!?」」
「私が天井を破ります!」
メルちゃんはそう言うと、思いっきりジャンプしてメイスを振り抜いた!
ガキンッ!
「硬い!! くっ、《
……
少し顔を赤くしたメルちゃんが、再びジャンプしてメイスを豪快に振り払う!
ガキンッ!!
「すみません……無理そうです……」
「アイちゃん、どうしよう!」
「待ちましょう。レンさんがきっと助けに来てくれますから」
★☆★
1時間後、ボクたちは無事に落とし穴から救出された。
町長の執務室に戻ったボクが目にしたのは、血塗れで倒れている町長と執事さんだった。まだ息はある!
「
「リンネちゃんダメ!!」
「何で!? まだ今なら助けられる!!」
「こいつら、リンネちゃんたちを殺そうとしたんだよ! あたしは絶対に許さない!!」
「殺せばいい。我々2人が死ねば町は2日間長らえることができるだろう。本望だ」
「どうして? 何でみんな、そんな悲しいことを言うの? みんなが助かる道を求めないの?」
「そんな都合がいい道があればとうに歩いているがな。我等は無力なんだよ……強い者に従い、お情けで生かしてもらうより他に道はない」
「なら、ボクが助けるから! もう誰も殺さないで!《
「リンネちゃんのバカ!!」
「リンネちゃん、レンちゃん……みんな、馬車に戻りましょう。町長! 勇者リンネを信じてください。命を大切に……私たちはアルンへ向かいます」
「勇者、リンネ……」
ボクたちは馬車に戻った。みんな無事だった。
その後、夕方には国境とされる川を渡り、アルン王国へと入った。
国境はとても静かだった。
夕食中も、夜営中も、その日は誰もが無口だった――。
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