第70話 エンジェル・ウィング

 ボクはハッと目覚めて飛び起きた。

 確か、魔界に行って……ミルフェちゃんは!?


 辺りを見回す。

 ここ、地下牢じゃない!


 綺麗な部屋――でも、見覚えのない部屋。ギルドでも、宿屋でも、まして自分の部屋でもない。

 ボクは元の世界には戻らなかったんだ。ホッと胸を撫で下ろす。


 再び見回す。


 窓の無い8畳間で、家具が少なく生活感は感じられない――旅館にしては豪華、王宮にしては質素。


 布団から出る。


 あ、えっ?

 着替えさせられている? 下着まで!


 もしかして、メルちゃんたちが助けに来てくれた? でも、それなら誰かが部屋に居てくれるはず――。


 意を決して立ち上がる。


 怪我は治療されている。大丈夫、動ける。



 ドアノブを握る。

 引いてみるが、ピクリとも動かない。今度は押してみる――ダメ、開かない! 監禁された!!


「《転移》」


 え、転移ができない?

 そう思ったとき、突然ドアがした――。


「ヴェローナ……」


『あ、やっと起きたわね』


「もしかして、助けてくれた?」


『そうね。可愛い女の子が今にも死にそうな状態で転がり込んできたら、誰でも手を差し伸べるわ』


「ありがとう……」


 勇者を殺す最大のチャンスだったはず。でも、この魔人はボクを助けてくれた!


『勘違いしないで。約束を守っただけだから。利息は貰ったけどね』


「利息? まさか、ミルフェちゃんは!?」


『大丈夫、安心なさいな。利息ってのは、貴女の着替えよ。下着はウィズに――』


「止めて!!」



 結局、ウィズに会ったときに、いかにヴェローナが優しくしてくれたのかを熱弁してあげるということで、下着は回収できた。

 ミルフェちゃんは隣の部屋で寝ているらしい。良かった――。


『ミルフェ王女は大丈夫よ。身体の方も問題なかった。心配してたでしょ? そもそも、あの虎男のモノが小娘に収まるわけないでしょ……』


 最後に小声で付け加えらた一言はスルーしておく。


「そう、良かった。あ、洗脳は?」


『怒らないでね?《洗脳魔法》は私が掛けた』


「!!」


『ほら、落ち着いて! 落ち着いて聴いてって! 彼女は命を賭してガルクと戦おうとした。このままだと殺されると思ったの。だから、隙を見て密かに従順化の魔法を掛けた。勿論、さっき綺麗に解除してきたわ。まだ眠っているけど、会いに行くわね?』


「うん、はい。お願いします――」


 この魔人、こんなにいい人だった?

 まだ信用しちゃいけないけど、この人となら仲良くなれるかもしれない。信じてみようかな。



 ボクはヴェローナに連れられて隣の部屋に入った。

 ここは平屋の一戸建て、3LDKくらいの建物だと思う。どこだろう。


「ミルフェちゃん!!」


「……」


 よく眠っている。

 布団の上からも、胸が規則正しく上下しているのがわかる。表情も穏やかだ。良かった――。


『とても衰弱しているわ。2日ずっと暴れていたからね。私が魔法を掛けてからも含めると、5日間は何も食べていないはずよ。起きてから少しずつ食べさせないと』


「なぜ……ここまで親切にしてくれるの?」


『言ったでしょ? 貴女を凄く気に入ったってのが本音。まぁ、建前としては……そうね、この子と貴女が重要な鍵になるからよ』


「鍵?」


『これ以上の情報提供には対価を要求するわ。貴女のところの子も《情報収集ギャザリング》しているみたいだけど、今はまだ私の方が上ね。兵士を洗脳してるから。ちなみに、貴女を無事に地下牢に連れてきた兵士たちは私のペットよ』


「なるほど。確かにロボットみたいに従順でした。でも、対価は――今は持ち合わせがないんです」


『さっき返した下着で十分よ』


「うぇ!」


 やっぱり、こいつは悪魔だ!

 でも、政争を一刻も早く解決してアルンに行くには情報はどうしても必要。リザさんの白と水色のシマシマは惜しいけど、手放すしかないか。


「わかりました、教えてください」




 ヴェローナから得た情報は、この国の闇の深さを感じさせた。アルンの勇者召喚もそうだけど、フリージア王国も大概だ。

 もう、どっちが魔族なのかわからなくなる、吐き気が止まらない。



 ヴェローナがアルン王国のレオン皇子を誘拐した後すぐ、アルン王国は彼女の思惑どおりにフリージア王国へ宣戦布告をした。


 アルン軍3万が国境に展開する中、ヴェローナから解放されたレオンが急ぎ舞い戻り、交渉の末に両国は和平を結ぶことに成功する。


 その後、怒りの矛先を魔人に向けたアルン軍は、国内にある魔人グスカの居城を攻めた。

 しかし、魔族に尽く蹂躙され、国王を含む大量の戦死者を出して敗戦。国内は混沌を極め、臨時政権とレオン皇子派に別れて内戦に至る。


 対するフリージア王国も、弱体化したアルン王国を援助しようと主張するヴェルサス王と、アルン王国を滅ぼして大陸を統一すべきと主張するアレクシオス第1王子を中心として、血で血を洗う争いに陥る。


 ここまではよくある話だ――。


 しかし、アレクシオス第1王子がシルフィス第1王女派と合流するや否や、情勢が一気に動く。勝ちを焦った第1王子が魔人ガルクと手を組んだのだ。


 第1王子派アレクサイドは、突然国王派ヴェルサイドの要人を暗殺し始めた。激怒したヴェルサス国王はアレクシオスを廃嫡、第2王子を後継者に指名する。


 その後、引き下がれなくなった両陣営は、お互いに暗殺を繰り返す泥沼の争いに発展する。

 そして、第1王女と第2王子も毒牙に掛かる結果となった――。


 後継者を欲する国王、それを阻止しようとする第1王子……お互いに目指したのは唯一の血族、第2王女ミルフィールだった。


 そして、アルン王国に派遣されていたミルフィール王女を真っ先に確保したのは、アレクシオス王子と手を組んでいた魔人ガルクだった。


 しかし、ガルクはミルフィール王女を引き渡さなかった。魔界に監禁し、アレクシオス王子との交渉のカードに利用したのだ。


 ガルクの要求は国王の殺害だった。当然、国王派も徹底して守りに入る。ここに至り、両陣営はお互いに動けず膠着状態となっている――と、まぁこんな感じだった。



『ガルクが死に、ミルフィール王女は生き残った。情勢は急転する。私とウィズが望む最良の形は、ミルフィール王女による新国家樹立よ。だって、現国王は憔悴しきっていて統治能力はないし、アレクシオス第1王子が勝てば魔族の侵攻を止められず世界は確実に滅ぶわ』


「唯一の道が、ミルフェちゃんが国を纏め、ボクたちが支えて人類一丸となって魔人、魔王を止める、こういうこと?」


『御名答。ただし、障害も2つある』


「ミルフェちゃん自身が拒否することと、アルン王国の動き――」


『その通りよ。勇者リンネ、貴女にしか2つの国を、ひいてはロンダルシア大陸を救うことができない。ミルフィール王女を説得し、アルン王国のグスカを討伐してほしい』


 あの白い空間で言われたことを思い出す。

 ボクに使命を与えた世界の意思――。


「ボクにしかできない……ボクならできる……本当に? どうしてそう言い切れるの?」


『そうね。まだ今は知らなくて良いことよ。時が来たら自ずとわかる』


「……」


 世界の意思も、ウィズやヴェローナも、もしかしたら邪神との戦いを考えているのかもしれない。


『貴女の仲間にも相談すると良いわ。目指すところはきっと同じだから』


「はい。仲間たちエンジェル・ウイングに相談してみます。では、そろそろ行きます。《転移》!……あ、やっぱり」


『いい忘れてたわ。ここは私が次元魔法で作ったマイホームよ。この中では次元魔法は使えないわ』


「……」


 ボクはミルフェちゃんを背負い、普通に玄関から出た。



 出た先は、あの薄暗い地下牢の中だった――。


(リンネさん! やっと繋がった!)


(アイちゃん、ごめんね! ヴェローナの家で寝てたよ)


(良かった! どう計算しても……扉まで間に合いっこないって……本当に……よく戻って来てくださいました……)


(ボクも間に合わないと思ったよ。思い出すだけでゾッとする。って、泣いてる!?)


(すみません……でも……どうして《時間停止クロノス》を……連続で……)


(ちょうど日付が変わったの。もう、数秒ズレていたら、ボクは魔界を統一して魔王を目指すところだったね!)


(もうっ! そんな冗談いりません!)


 そして、ボクは半日ぶりにみんなとの合流を果たした――。




 ★☆★




「随分と大きな建物を買ったんだね」


 エンジェル・ウィングの本拠地となるべき建物は、1階が店舗で2~3階が住居構造になっていた。

 1階部分だけでもかなり広い。床面積だけなら学校の体育館くらいはある。加えて住居部分には個室が40もあり、その他に会議室や大浴場、食堂も完備していた。


「ねぇ、お金は足りたの?」


「はい。それが――無料なんですよ、ここ」


「えっ!? お化け屋敷とか?」


「違います! ギベリン商会という所の斡旋なんですが、リンネさんには恩があるということで」


「ギベリン……ギベリン……あ! 思い出した! ミルフェちゃんを襲ってた盗賊――」


「今はギベリン商会だ! 勇者リンネ! やっと会えた。やっと恩返しができる。なぁ、お前ら!!」


「「「ちぃ~ッス!!」」」


 うわっ!?

 ヤ○ザみたいな集団が来たよ。


 義賊だかなんだか知らないけど、お金持ちなんですね。

 でも、思わぬところで“情けは人の為ならず”を体現したよ。これなら奴隷解放資金も大丈夫!


 その後、成行でギベリン商会は解散し、クラン『エンジェル・ウィング』に合流した。

 断りたいけど断りにくいこの状況――乙女の園が一気に男臭くなっちゃった。


 茶色い歓声が聞こえる。


「可愛い女の子ばかり!」

「隊長、エルフを発見しました!」

「天使もいるぞ!」

「狐っ娘だ!」

「ここはロリっ娘天国かよ!」

「俺のハーレム生活きた~っ!」

「俺は勇者様一筋だからな!」

「ドワーフいらね!」

「うがっ、白い毛玉に噛まれた!」




 ★☆★




 ボクたちは、寝室のベッドで横たわるミルフェちゃんを囲んで座っている。


「むむむむむっ……!」


「アユナちゃん、どうかした?」


「何で13歳でこんなに胸が膨らんでるの!」


「あぁ~、そこね。王女様の特権かな?」


「納得できな~い! けど、頑張る! 魂よ、輝きを取り戻せ!《天使の祝福レイジング・スピリット》!』


 あっ、これはエリ村でレンちゃんを目覚めさせた魔法――きっと、目覚まし時計的な生活魔法だと思う。


 みんなが見つめる中、ミルフェちゃんの目が、ゆっくりと開いていく!



「ミルフェちゃん!!」


「リンネちゃん!!」



 ボクたちは無言で泣きながら抱き合った。言葉なんていらない。触れ合ってさえいれば、お互いの気持ちなんて全部わかるから。

 生きててくれて、ありがとう!!




 ★☆★




 その後、ボクたちは剛剣のギベリンさんも交え、ヴェローナから得た情報を元に作戦会議をした。


「それで、ミルフェ王女はどうしたいの?」


 レンちゃんが単刀直入に切り出す。

 ライバル意識剥き出しなのはなんで!?


「私は、父様とアレ兄様と3人で話したい。2人とも平和を求めてるのに、何で殺し合うわけ? 元の、仲の良い家族に戻りたいの」


「それだけ? 王様になる気は無いということ?」


「無いわ」


「ヴェローナは、ミルフェ王女にしか国を纏られないって言ってたけど? 国を見捨てるの?」


「見捨てる? そんなことは言ってない! 王は、相応しい者がなるべきだと思うの。見ての通り、必要なのは過去の英雄の血ブランドじゃない。王は、民が選ぶべきよ」


 王制から共和制への過渡期!?


「ミルフェちゃん。ボクもそう思うけど、その、相応しい者の資質って何だと思う?」


「そうね。絶対に譲れないのは、民を、平和を愛する心だと思う。いくら有能であっても、間違えた方向に進む王に民は付いていかない」


「それなら、ミルフェちゃんが1番相応しいよ!」


「リンネちゃん! 私にだって、世界の平和を誰よりも願ってるという自負はある……でも、それを成し遂げるための力が私にはない、祈るだけの私には世界は救えないの」


「ボクも、ティルスの市長になったときにそう感じたよ。でも、力なんて必要なかった。仲間たちが支えてくれたから! 力があれば、かつての暴走した勇者みたいになる。王は、心があればいい」


「私を支えてくれる人なん――」


「ボクたちがいるじゃん!! 一緒に平和な世界を創ろうよ!!」


 みんなが頷いてくれている。

 ミルフェちゃんならきっと大丈夫だって。


「私が王になれば……みんなが平和に暮らせて、幸せを感じられる国になるかな……」


「きっとできる! 絶対に諦めない強い意志があれば、不可能なんてことなんてない! だから、一緒に幸せな世界を創ろうよ!!」




 こうして、ボクたちのクラン『エンジェル・ウィング』の目的が決まった。


 奴隷を解放し、魔族とも共存し、みんなが幸せに生きられる世界を創ること。この世界を天使の羽で優しく包み込むんだ。

 そのためなら、相手が神であれ人であれ、全力で戦うんだ!



「では、わたしは三者会談の手配をしますね!」

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