第69話 囚われの王女

 王都に着くなり、ボクたちは100mを軽く超える行列に吸収された。

 王都の四大門のうち、東西大陸街道の東口、通称「大東門」で行われている身元調査という名の行列に――。


 周囲からは愚痴が飛び交っているけど、3時間待ち上等的な日本の遊園地事情を知っているボクとしては、1時間待ち程度は行列のうちに入らないとさえ思う。


 普段ならそう豪語しただろうけど、今はとにかく時間が惜しい。一刻も早くミルフェちゃんを助けたくて、1分を惜しんで精一杯飛ばしてきたところにこの行列。今のボクに耐えられるわけがない!



 黒竜の翼は魔力×4kg、つまり75×4=300kgまでの《転移》が可能。みんなの体重を足すと、45+50+55+40+1+40+40=271kgだから大丈夫!


「ボクが先に《空中浮遊フライ》で壁を越えて王宮に入るね。後から《転移》で迎えに来るから――」


「また1人で全部背負おうとしてる」


「レンちゃん、そんなつもりは――」


「リンネさんの負担が大きすぎます。マジックポーションが無いのに、潜入するだけで魔力を使い切るつもりですか?」


「うぅ、それを言われると辛い」


 何かあれば《時間停止クロノス》を使うつもりだけど、75秒では心許ないのも事実。


 みんなの意見は賛否両論かなり分かれた。正直、今は議論する時間すら勿体ないんだけど――。


「私、占います。ん……リンネ様、1人で行くの大丈夫です。ミルフェ王女に会えます。ただし、不吉な闇が見えます。だから……」


 クルンちゃんの言葉を最後まで聞かず、ボクは暗闇の中、《空中浮遊フライ》を使って城壁を越えた。

 背後から声が聞こえたけど、あまりにも急な行動だったためか、誰も追い掛けて来ない。不安はあるけど今は単独の方が動き易い。勝手に行動してごめんね! 後でたくさん怒っていいから!




 王都の警備は思った以上に厳重だった――。


 何かしらの結界か探知に引っ掛かったようで、着地と同時に兵士数人に囲まれてしまう。《時間停止クロノス》を使って強行突破すべき?


(リンネさん! 強行突破はダメです! クルンちゃんの占いでは、大人しくしていれば王宮の地下牢に連れて行かれるそうですよ)


 本当だ! 偉そうな兵士が『不審者を地下牢に叩き込め!』って喚き散らしている。それはそれで酷い待遇だと思うんだけど、今は助かるかも。


(うん、そうするね。アイちゃんにはエンジェル・ウィングの拠点準備をお願いしていいかな? お金は『クピィは臭かった』って暗号で冒険者ギルドに預けてあるから)


(わかりました。クルンさんの言う不吉な闇が気になります。無理はなさらないでくださいね)



 ボクは少しも抵抗せず兵士たちに捕まった。もし、セクハラするようなら強行突破の道も考えていたんだけど、大丈夫だった。


 4人の兵士に前後左右を囲まれる形で、大きな建物にある地下牢に連れて行かれた。ここが、クルンちゃんが言っていた王宮の地下牢なのだろうか。違ったら転移すればいいよね。


 兵士たちは、ボクの手に枷を填め、地下牢に放り込んでから鍵を掛けた。まるでロボットのように、やるべきことを無言で淡々とこなしていく。

 ボクは、兵士たちが去るのをじっと座って待っていた――。




 知らず知らずのうちに、疲労が相当溜まっていたのだろう。ボクはいつの間にか眠ってしまったみたい。


 地下牢の中に居るはずが、気づいたら何も無い真っ白な空間にボクは居た。いや、何も無いというのは語弊がある。ボクの目には、確かな存在が映っているのだから。


 ボクは、数m先に浮かぶもやの塊に全神経を集中させた――。



伏見ふしみ里央りお――』


「え!?」


 脳内に直接響く音。

 これはあの時の、ボクをこの世界に送った光!!


「あの天秤の、光ですよね」


『如何にも。汝の魂は此の地獄の中でくもよく光った』


「地獄――確かに命を奪い合う世界ですが、住んでいる人は皆さん優しくしてくれました」


『魚は泥水の中でも清水同様に生を成す。だが、光の届かぬ所には打ち捨てられし命が多々あると知れ』


 頑張っても、全てを救えないってこと?


「でも、ボクは今、独りではありません。仲間と一緒に頑張ればきっと助けられます!」


『――話を戻そう。汝の贖罪は成された。故に汝は決断せねばならぬ』


「決断、ですか」


『汝に選択を与える。此の地で生きるか、彼の地青き星に戻るか。今こそ決断の時』


「えっ! 元の世界に戻れるんですか?」


 ボクはあっち元の世界では死んだのかと思ってた――。

 戻れるのなら戻りたい。両親は居なくても、心配して待ってくれている友達がいるから。

 でも、ボクが居なくなったらこの世界はどうなるの?


「もしもボクが戻ったら、ここは、この世界はどうなりますか?」


『滅ぶ。この世界を救えるのは唯一無二、汝のみ』


「ボクより強い人はたくさんいるし、新しく誰かを召喚しても――」


『この世界の意思は汝を選び、使命を授けた。故に他者には救うこと能わず』


「どうしてボクなんかを? もしかしてこの世界を創った、邪神の仕業?」


 どこまでボクの運命を弄べば気が済むの――。


『否。彼奴とは別の意思が此処には在る』


 え、どういうこと?


「この世界を創ったのが邪神で、それとは別の存在がいる? ボクに力を与えてくれるってことは、その世界の意思というのは邪神の敵ってことですよね?」


『判らぬ。だが我もまた拒絶される対象である。故に我が此処に来ることは二度と叶わぬ。彼の地へ戻るか否か、今、決断せよ』


「そんなこと、決められません! 夢を語り合って、一緒に戦った仲間を見捨てられるわけがない! でも、自分の家に帰りたい。友達が待っている世界に帰りたい――」


『道は1つのみ。さぁ、決断を!』


「やだ! どっちも捨てたくない!」


『決断を!』


「できないよ!!」


『決断を!!』


「くっ、道が無いなら作る! ボクは両方とも諦めない!!」


『ふっ、汝を理解した――』


 そう頭の中で音が響いた後、白い空間が靄の中に吸い込まれるかのようにして消え去った。



 松明の炎が照らす地下牢の壁に、ゆらりと近づく影が1つ――。


「魔人ヴェローナ!!」


『あら、名前を覚えていただけたのね。嬉しいわ、勇者リンネさん』


「どうしてお前がここに居る!」


 ボクは《異空間収納の腕輪アイテムボックス》から咄嗟に杖を出して構える。《時間停止クロノス》を使うタイミングを探る。


『待って! 私はもう敵じゃないわ。魔王とも関係ない。どちらかというと貴女の仲間よ、正確にはウィズの仲間だけど』


「信じられるもんかっ!」


『なら、ウィズに確認すると良いわ』


「動くなよ……」



(アイちゃん! 聞こえる?)


(はい、大変なことになっていますね。あれは神ですか?)


(それは後で話すね。今、目の前に魔人ヴェローナが居るの! こいつ、ウィズの仲間だって言ってるんだけど、信じられる?)


(大丈夫です、信じましょう)


(えっ!? 魔人だよ? こいつはアルン王国のレオン皇子を騙して――)


(リンネさん、彼女がウィズの仲間だと騙るメリットはありませんよ。本当のことだと思います。わたしはウィズを信用しませんが、利害が一致しているなら、利用する価値はあります)


(アイちゃん怖い。わかった、信じてみる)


(褒めてもらえて嬉しいです)



「わかった。あ、1つ聞きたい。さっきの靄はお前の幻術なの?」


『何のことかしら? 夢でも見ていたの?』


 なら、あれは本物だったのか。


「で、どうしてお前がここに居る?」


『酷いわね。貴女に捕まってここに連れて来られたんだけど。まぁ、逃げようと思えばいつでも逃げられるという意味では、私がここに居る理由は、ウィズからガルクの行動を監視するよう頼まれたから、かしらね』


「ガルク? なぜ地下牢にガルクが?」


『私は《次元魔法ゲート》使いよ? 魔界の扉を開く任務は誰かさんのせいで失敗しちゃったけどね。ここは安全だし、ガルクの情報を得るのに都合が良いのよ』


次元魔法ゲート》ってことは、あちこちワープできるってこと? そんなことより――。


「ミルフェちゃんが、王女が、どこに居るのか知っているの?」


『まぁね。ガルク、奴が王女を捕らえて監禁しているわ』


「ガルクが!? ミルフェちゃんはどこに!!」


『落ち着きなさい、勇者リンネ。ここにミルフェ王女は居ないわ。ここには、ね』


「嘘だ! ミルフェちゃんが王宮の地下牢に居るのは知ってる! 騙されないぞ!」


『最後まで聴いてよ。奴の能力は魔法を写し取ることに特化しているわ。どうやってか、奴は私の《次元魔法ゲート》を盗んで魔界の扉を開けた。そして、ミルフェ王女を魔界の居城で監禁している』


「魔界!? どうやって助ければ――」


『魔界に行くしかないわね。貴女が通れるくらいの扉なら開けられるけど、どうする?』


 魔界――。


『怖いの?《次元魔法ゲート》が使えない者は、自力では戻って来られないからね』


「戻れない!?」


『魔界や精霊界は、この世界とは異なる次元に存在する。《次元魔法ゲート》で扉を開かない限りは戻れない、当然でしょ』


 魔界でミルフェちゃんと一緒に暮らす?

 この世界を守らなきゃいけないのに?


「助けなきゃ――」


『ウィズからは勇者リンネに協力するように言われている。協力すれば、彼は私にご褒美をくれるの。だから、私は貴女に協力してあげてもいいわ!』


 そう言いながら、うっとりした表情を浮かべるヴェローナ。

 もう、ミルフェちゃんを助けるためなら何でもする!


「お願いします! 助けてください! ミルフェちゃんを助けるために、力を貸してください!!」


『あらあら、勇者がそんなに涙を流して土下座するなんて情けないわね。でも、私は好きよ。仲間を助けるためにプライドを捨てられる子は。わかったわ。でも、交換条件が1つある』


「交換条件?」


『魔界の扉近くにガルクが居るはず。奴を倒すこと、これが私の条件。あと、私の魔力だと扉を開けられても1時間が限界。1時間以内に戻らなければ、帰れなくなるわ。それでも行く?』


 ボクに迷いは無かった。

 ヴェローナを疑う余裕も無かった。


「行きます」


『では、急ぎなさい。あの子の精神も体力も限界が近いわ』


 ヴェローナは、呪文を唱えながら複雑な印を結ぶ。すると1m程の小さな扉が現れた。


 時間的には夜中の11時くらいか。

 睡魔を使命感と緊張感が上回っている。


「わかった。ありがとう。行ってきます」




 ★☆★




 魔界も、夜の世界だった。

 ボクたちの世界と何が違うのかわからない。


 入ってきた扉は林の中にあった。

 疎らな木々の隙間から見える黒々と聳え立つ城――あれがガルクの居城か。


 ボクは走った。

 何も考えず、一直線に走った。


 魔界にも魔物は居た。強い魔族も居た。

 行く手を遮る者には容赦なくオオグモの脚を振るい、飛び交う魔法や矢を躱しながら、ひたすら走り抜けた。


 門兵を蹴散らし、中に入った。

 途中、魔物に遭遇する度にミルフェちゃんの居場所を訊いたけど、何も情報が得られないまま、時間だけが虚しく過ぎていく。


 部屋を片っ端から調べることにした。


 何度か階段を上がり、廊下を何度目か曲がった先、ある豪華な寝室に辿り着いた。



 そこに、薄着で横たわる少女が居た。


 あのさらさらな桃髪ではない。

 引き千切られたのか、ぼさぼさで乱れた桃髪――。


 意志の強さを感じさせたあの目は、虚ろ。

 透き通るような白い手足は、赤や青に腫れた痣で見るも無惨。


 でも、間違いなくミルフェちゃんだ。

 ミルフェちゃんが居た! 見つけた!



「ミルフェちゃん!!」


『あなたは誰?』


「リンネだよ!! 助けに来たよ!!」


『助ける? 私を? なんで? 私はガルク様に身も心も捧げてるの。誰だかわからない子から助けられる筋合いはないわ』


「えっ!?」


 冷静になれ! 冷静に、冷静に……。

 ガルクがヴェローナの《洗脳魔法》を盗んだんだ。きっと、電撃で治せば大丈夫だ。


 そっと杖を向けるボクを、ミルフェちゃんの声が打ちのめす。


『私はガルク様と生きていくの! 邪魔しないで!!』


 いや、洗脳なんてガルクを倒せば解けるだろ! ヴェローナの依頼でもあるんだ!


「ガルク!! ガルクガルクガルクガルクガルク!! ガルクガルクガルクガルクガルク!! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない!! ボクはお前を許さない!! 絶対に許さない!! よくも! よくもよくもよくも! ミルフェちゃんに手を出したな!! ガルク殺す! 絶対に! この手で殺す!!」


 殺意が溢れる。

 手が、足が、震えて力が入らない。


 エリ村を襲ったカイゼル同様、いや、それ以上に湧き出る怒りがボクを突き動かす。


 ボクは、ミルフェちゃんをその場に放置し、魔界の扉を探した――。



 程なくして、城の裏手に巨大な門を見つけた。


 高さは5mを超えるだろう。

 門の縁には悪魔を象った彫刻や彫像がところ狭しと並んでいる。門からは禍々しいとしか言えない力を強く感じる。

 これが、魔界の門――。


 今はガルクを殺すことだけ考えろ!

 ヴェローナに頼まれたからじゃない、自分の意志でガルクを殺す!!


 よく見ると、門の扉は黒曜石のように透き通っている。

 薄らと覗く扉の向こう10m程の距離に、金色の体毛を纏う二足歩行の虎が見える――。


 見つけた!!

 扉の向こうにガルクが居る!!



 ガルクは戦っていた。


 相手には見覚えがあった。

 洞窟で会った竜の牙の4人パーティだ。


 でも、3人は既に倒れている。

 リーダーのハルトさんも血塗れだ。


 対して、ガルクは――笑っていた。


 ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!


 もう、時間が無い!


 闇を貫く雷、イメージしろ、イメージしろ!!


 雷の密度を極限まで高める、頭を狙って撃ち抜く! 小細工はいらない、闇を貫いて頭を吹き飛ばす絶対的な威力があればいい。

 ボクの今の魔力の9割を込めて、極限まで、究極にまで圧縮した雷の槍を撃つ!


 魔力を練り上げる。

 ここは魔界、魔力が満ちている。


 狙う。

 絶対に、外さない!


「貫け、天雷!《雷魔法/中級サンダースピア》!!」


 雷撃は扉を貫通し、ガルクの背後から頭を貫く!


 当たった!!



 意識が遠退く――。


 帰らなきゃ!

 ミルフェちゃんを連れて帰らなきゃ!!


 消え去りそうな意識を、辛うじて保つ。



 走る、走る、足がもつれても、全力で走る。


 ミルフェちゃん、居た!


 意識を失っている!


 背中に背負う。

 軽い――。


 急げ、急げ、早くしないと1時間が!



 魔族が邪魔だ、戦う力も時間もない!


 ミルフェちゃんを背負い、《空中浮遊フライ》を使って林上を飛ぶ。


 下から打ち上げられる魔法を、ボクは避ける余裕も無い。

 ひたすら背中のミルフェちゃんを庇い、扉を目指す!



 林の奥、微かに見えた!

 ヴェローナの扉が!


 でも、徐々に小さく――《時間停止クロノス》!


 静止する75秒、空中を泳ぐように飛ぶ。


 力尽き地面に転がっても、ミルフェちゃんを担ぎ上げて、扉に向かって走る。


 しかし、無常にも再び時間停止が進む――。


「くそっ!《時間停止クロノス》!!」


 80秒!!


 縺れる脚を鼓舞し、一歩一歩扉に近づく。


 10m先の扉が、ひたすら遠く感じる。


 残り2mのところで再び時間が動き出す。


「あと少し! お父さん、お母さん助けて!!」


 扉の縁に伸ばした手は、虚しく空を切る。


 その時、扉の内側から伸ばされた腕が、ボクの腕と繋がる――。


 1本に繋がった腕が全力で引き合う。


 半分以下に狭まった扉を抜けて、ボクたちは地下牢へと転がり込んだ。

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