第66話 ティルス防衛戦Ⅱ
「アユナちゃん、水の準備は終わりました?」
「大丈夫! ウンディ頑張ったんだよ!」
「メルさん、兵の配置は完了しましたか?」
「東西城壁に護衛兵各25、冒険者の攻撃部隊各15、傭兵と志願兵の殲滅部隊各40を配置完了です。志願兵30の補給隊は中央で待機中です」
「レンさん、補給物資も大丈夫そうです?」
「うん、丸1日なら継戦可能だよ!」
「リンネさん、スノーとスカイには作戦を伝えてありますよね?」
「うん、理解していると思う」
「南側の丘への転移の準備も?」
「隈無く歩き回ったから丘なら全部平気!」
「わたしの方も仕込みは万全です。皆さん、他に何か気になることはありますか?」
「はーい! 本当に魔族は3つに分かれて攻めてくるの?」
「魔族の主力はナーガです。飛行系でない以上、ティルスの東西にある門を攻めるでしょう。ザッハルトの得意戦術は単純な力押しだと予想されますから、東西に各800体で攻め込ませて、自らは見晴らしの良い南の丘陵に300体程で陣取るものと思われます。ただ、別働隊があれば厄介かもしれません」
「全然わかんなーい! じゃあ、敵はナーガだけなの?」
「恐らく、東西両軍にはナーガを指揮する将軍クラスが配属されます。推定魔力値は100だと思ってください。勿論、南の本陣にもザッハルト以外に2体は同級が居るでしょう。他にも100体毎にべリアル級の魔力値80前後の魔族が居るかも――」
「むぅ~。私、難しいことばかり言うアイちゃん苦手かも!」
「わたしは、アユナちゃんがわからない理由がわかりません」
「はいはい、ケンカはこの戦いが終わってからね。でさぁ、夜中だけど視界は平気? あたしは夜目で見えるけど、兵士たちは大丈夫なの?」
「すぐに明るくなりますよ。ちなみに、蛇族は熱センサーで敵を認知するようですね」
「その蛇族には弱点があるの?」
「それはボクから言わせて!《
「冬眠すれば3カ月は動きませんね。逆に熱さも嫌いますし、強い刺激臭で撃退した例もあります。でも、目の構造上、《光魔法》で視力を奪うのは難しそうですね」
「あぁ! アイちゃんが、私は役に立たないって言ったー!」
「言ってませんが?」
「聞こえたもん!」
「アユナちゃん、おもちゃあげるのであっちで遊んでてください」
「ぶぅ~!」
「リンネさん、マジックポーションはあと3つでしたよね? もちそうですか?」
「全力魔法が撃てて4回かぁ。ザッハルトに2回、東西の将軍クラスに1回ずつだね。問題は、あの黒いバリアみたいなやつ。多分、あれは魔法耐性を跳ね上げる魔法だよ」
「私はリンネちゃんと一緒がいい!」
アユナちゃんがアイちゃんに全力であっかんべーしてる。
アイちゃんは、アユナちゃんとリザさんの再教育に失敗した可能性が高い。
「そうですね、ボスクラスはリンネさんじゃないと太刀打ちできませんね。アユナちゃんをあげますので、お願いします」
「やったー! 貰われます!」
「アユナちゃん、自分の役割をわかってます?」
「あれでしょ? 覚えてるよっ!」
「本当に大丈夫ですか? 世界の命運をこの子に委ねても」
「失敗したらご飯抜きでいいよ!」
「あはは。風向きも大丈夫かな?」
「今のところ山風、つまり北から南への風を予想していますよ。天気も大丈夫そうです」
「そっか。ありがとうアイちゃん!」
「で、ナーガは魔法を使うんだっけ?」
「リンネさんが言うには《土魔法》と《闇魔法》を使うそうです。他に気をつけないといけないのは毒霧ですね。接近戦の際は念頭においてください」
「「はい!」」
ボクたちは各部隊長と共に作戦を詰めながら夕食中だ。
徐々に緊張感が増していく。逃げられない戦い、多くの命を背負った戦いだということが、さらなる緊張感を煽ってくる。
「リンネ隊の皆さん、集合してください!」
「アイちゃん、その……リンネ隊は恥ずかしいよ」
「わかりやすくて良いと思いますよ?」
「うん、うん、何だかやる気出るし!」
「考えるの面倒だからさ、あたしもそれでいいよ?」
「はいはい、我慢しますよ!」
ちょっと場に笑いが流れた?
少しでも緊張が解けて良かった。ボクが生け贄になったけどね。
「リンネ隊の皆さん、配置確認です。東門にメルさんとティルスの方々5人、西門にはレンさんとわたし、アイが行きます。リンネさんとアユナちゃんは臨機応変に動いてください。それでは皆さん、頑張りましょう!!」
「「「はい!」」」
今回、作戦全体はアイちゃんが考えてくれた。作戦通りにいけば勝てるかもしれないけど、1つミスれば終わりの戦い。正直凄く怖い。
ボクの魔法が当たらなかったら、効かなかったら皆が死んじゃうんだと考えると、震えが止まらないんだよ。
誰か「ドッキリ」と書かれた札を持って走ってこないかな。実は夢でした!というオチで、学校に遅刻して先生に叱られて友達に笑われるパターンでもいい。
もう、最悪ウィズでもアルン王国軍でも神様でも何でも構わない、とにかく誰かに、何かに縋り付いて全部任せてしまいたい! 誰か――お父さん、お母さん助けてよ!!
(リンネさん、心の声がだだ漏れですよ。というより、実はリンネさんの思考はわたしの中に常に流れてくるんです……魂が従属している、そのような感覚でしょうか)
(えっ!? うそ! 凄く恥ずかしいんだけど!!)
(多分、全部じゃないですよ? わたしたちのことを考えてくださるときだけかもしれません。だから、お父さんお母さん助けて!なんて声は聴こえません)
(バッチリ聴こえてるじゃん! 正直な気持ち、今日ボクが失敗したらみんな死んじゃうんじゃないかって。逃げたい気持ちで一杯なんだ)
(はい、聴いていました。リンネさんは強いのにいつも弱気で。けど、誰もがリンネさんの強さしか見ないから頼ってしまう。いつの間にか甘えてしまう。だからわたしはアユナちゃんを連れて別行動したんですよ)
(そこまで……考えてくれてたんだ……)
(メルさんはリンネさんのことを理解してくださっています。リンネさんがメルさんを凄く頼りにしているのも知っています。レンさんはメルさんにライバル意識を持っていますね。見ていて面白いくらいに)
(あは! レンちゃんはそうかもね。強くなろうって頑張ってる。魔族を倒そうというより、ボクのことを守ろうって感じ。変だよね。でも、凄く嬉しい。だけど……あのときみたいに、もう誰も失いたくない。逃げて、みんなで仲良く暮らしたい……)
(リンネさん、本心じゃないですよね、それ。わたしに嘘は通じません。リンネさんは逃げてと言われても決して逃げません。だって、全員を助けたいと思ってるから。わたしたちだけじゃなく、ティルスの全員をね。やりましょうよ! 思いっきりやっちゃいましょうよ! 魔人なんて、魔族なんてけちょんけちょんにして、全員でまた嬉し泣きするんです。大丈夫! 力を合わせればきっと叶います。皆を信じて、リンネさんは魔法を撃ち終わったら寝ていてください!)
(アイちゃん……ありがとう。アイちゃんが居てくれて良かった。でも、本心は……伝わってると思うけど、勝手に召喚して、捲き込んじゃって、ごめんね……)
(いいえ。わたしも含めて誰もそんなこと思っていませんよ。ここだけの話ですけど、皆が思っているのは「リンネさんと出会えて良かった!」って気持ちです。リンネさんもそう思ってくれたら、わたしたちは幸せ者です!)
そう言って、アイちゃんはボクを優しく抱き締めてくれた。
「ねぇ、相撲してるの? それともいきなりの百合展開? どっちでもいいけど、あたしも混ぜて!」
アイちゃんごと強く抱き締めてくれるレンちゃん。
「私も参加します!」
メルちゃんはレンちゃんの反対側から腕を精一杯に伸ばしてボクたちを包み込んでくれる。温かくて柔らかい。
「ずるーい!」
アユナちゃんがボクの腰にがっちりしがみついてくる。
みんなを励まさなきゃいけないのに、何だか逆に慰められちゃって恥ずかしいね。
ボクも頑張らないと!!
「アイちゃん、全兵士、市民に伝えたいことがあるの。《風魔法》で音を拡散できる人をたくさん呼んでくれる?」
★☆★
とうとう日が沈む――。
城門前広場には、兵士や市民たちが集まっている。その数、およそ2000人――ティルスの全人口だ。
夕日を背景に、ボクは城壁の上に立つ。
柄にも無く、演説をするために。
この戦いで死者を出さないために大切なことがある。
それは、生きようという強い意志だ。強い意志は、きっと不可能を可能にしてくれる最強の武器であり魔法だと思う。
とっても恥ずかしいけど、それを伝えるのは今しかない。教室で発表するだけでも緊張していたのに、こういうときに出しゃばっちゃうのはお父さんの影響だと思う。ほんと、ありがた迷惑!
「皆さん! これから始まる戦い、勝とうとは思わないでください!」
場が一瞬静まり返る。
その後、一斉に
「皆さんには家族が、友人がいるでしょう! だから、こんなところで死んではダメなんです。大切な人を守ろうという気持ちは尊いし、嬉しいです。でも!! 残される方々のことを本気で思うのなら、絶対に死んではいけません!
敵がいかに強くても!
たとえどんな状況でも!
生きることを諦めないで!
岩に縋り付いてでも生きろ!!
勝とうという気持ちではなく、生き残るんだという強い意志を持ってください!!」
広場は静寂に包まれている。
ボクは《
2000人の視線がボクに集中するのを感じる。パンチラだけは十分に気をつけなきゃ。
着地した後、兵士たちの間を歩きながら話を続けた。
「皆で生き残って、
笑顔で『 幸せだよね』って、
言い合えるような、
新しい世界を、
新しい時代を作りましょう!!」
泣き出す人もいる。
頑張るぞ!と気合いを入れる兵士もいる。
ボクは立ち止まり、とびっきりの笑顔で語り続ける。
「新しい世界、新しい時代を作るためには、皆さん全員の力が必要なんです! 皆さん全員が力を合わせて1つになることが、絶対に必要なんです! 皆さん全員が生き残ることが必要なんです! 明日から始まる新しい幸せのために、この戦いを、絶対に生き抜いてください!! そのために、ボクたちはここに居ます。ボクたちを信じて、皆で生き残って、皆で笑顔で泣きましょう!!」
仲間たち、通称リンネ隊の所に到着したボクを、みんなが笑顔で迎えてくれる。
5人は笑顔で手を振り、お辞儀をした。
何だかアイドルのコンサートみたい。
「勇者リンネから力を貰いました! さぁ、皆さん! 戦いの準備をしましょう!!」
アイちゃんがコンサート化した流れをぶった切ってくれた。
よし、皆さん、解散だよ!
★☆★
夜10時過ぎ、偵察に出していたスカイが帰還した。
興奮した様子で縋り付いてくる。とうとう来たか。
「魔人軍の侵攻を確認! さぁ、行くよ!」
「「『「はい!」』」」
[メルがパーティに加わった]
[レンがパーティに加わった]
[アユナがパーティに加わった]
[アイがパーティに加わった]
ボクは南側の城壁上から南の丘陵を眺める。
確かに禍々しい闇が
距離は1kmくらいか――。
やがて、大軍は左右に別れての進軍を始めた。
まさに、アイちゃんが予想した通りの展開になった。
南の丘陵上に本陣を残し、左右からティルスの東西それぞれの門へと攻め込む敵軍――さすがは、我らの軍師様だね。
今だ!!
「アユナちゃん、行くよ!」
「はい!!」
既に必要な魔力は練り上げている。
目には目を、蛇には蛇を!と思って《
魔力総量の9割を使い《
半径10mの巨大な雷撃、それと共に周囲を巻き込む爆発。これで、ザッハルトとその周辺に居るであろう強い側近を戦闘不能にする! その後の捕縛は他の人に任せてある。
「《転移》!」
ボクとアユナちゃんは、一瞬で南側の丘陵へと転移した。
「《
素早く周辺を確認する。
居た!
闇の中にうっすら浮かび上がるのは、体高5mにも達する巨大な蛇。尻尾まで含めたら30mを遥かに超えている!
距離は20mくらい、いける!!
「食らえ、ティルスの祈り!《
バキバキガッシャーン!!
強烈な光!
闇を
爆風は、至近に居たボクたちをも吹き飛ばす!
ぐっと意識を保つ。
時間が再び動き出す。
闇と土煙で何も見えないけど、きっと無傷でこっちに向かってくる!
マジックポーションをがぶ飲みする。
集中! 魔力を瞬時に練り上げる!
「これはメラゾーマじゃない!《
再び落雷と爆音が鳴り響く!
うっ……薄れゆく意識の中、アユナちゃんの手がボクの口にマジックポーションを突っ込むのが見えた。
2本目もがぶ飲みする。
残り1本!
結果なんて確認する必要はない。信頼できる仲間たちに任せてあるから!
ボクはスカイドラゴンを召喚、アユナちゃんと共に背中に騎乗した。
本来は1人しか乗れないんだけど、ボクたちはちびっこ特権でくっつけば大丈夫なの!
「スカイ! 西門へお願い!」
『シュルル!!』
「アユナちゃん、しっかり掴まって!」
「わかった!」
西に迫る魔族軍を空から強襲する!
「うわ、でっかい!!」
またまた20mを超える怪獣――それが西門まであと100mまで迫っている。
《
「メデューサ、強いよ!!」
魔力を練り上げる!
1発だけでどれだけ弱らせることができる? でも、ボクがやらなきゃ! 大丈夫、絶対やれる!!
今度は半径を5mに絞る。
濃密な熱と光を掻き集めた雷撃! 魔力は残り9割、全部使う!!
「貫け雷の槍!《
意識が瞬時に飛ぶ。
アユナちゃんが後ろから支えてくれる。
最後のマジックポーションが、無理矢理に口に突っ込まれる。
何とか……ふぅ、スカイも消えていない……。
「ありがと、アユナちゃん!」
「メデューサ倒れてる!!」
背中が焼け焦げ、うつ伏せ状態に倒れた怪獣を確認――。
「よし! 作戦通りに!!」
ボクたちは《
アイテムボックスには300個の壺が入っている。それを、東西の魔族軍にそれぞれ150個ずつを投下する予定だ。
西門へ殺到するナーガの群れに向かって、2人でがむしゃらに投下し続ける!
1つは5kgくらいだけど、すぐに腕が上がらなくなってしまう。
「頑張れ!!」
「頑張る!!」
気合いの叫びを上げ、お互いを鼓舞しながら半分投げ切った!
やることはやった! 後は仲間に任せる!!
「スカイ! 東門へ!!」
『シュルル!』
「遅かった!」
東門の前は既に激しい戦闘となっている!
スノーが防御魔法を張り、護衛兵が盾で侵入を防いでいる。
最前線で怪獣と戦っているのはメルちゃんだ!
《
「ゴルゴン! アユナちゃん、先に壺を投げるよ!」
「わかった!」
アユナちゃんが居てくれて良かった。
1人じゃこの作業は無理すぎる!
死ぬ気で投げ続けて、3分後に漸く《
「メルちゃん、お待たせ! 下がって!!」
メデューサより一回り以上でかい相手だけど、あと1発しか撃てない!
もう、気絶覚悟で全ての魔力を、魔力総量の10割を込める!
「正真正銘、全力全開! 唸り轟け破邪の雷!!《
初めての全開魔法だった――。
雷光が、雷鳴が、爆音が、大地を震わす!!
遠くフィーネからも見えたという巨大な落雷、それを眺めながらボクは完全に意識を手放した。
★☆★
明るい光で目が覚めた――。
ここは、ギルドの中かな。
「リンネちゃん!!」
「あ、アユナちゃん」
「リンネさん!!」
「やっと起きた! おはようリンネちゃん!」
「おはよう……あ、魔人は!?」
無意識に起き上がろうとしたけど、身体に力が入らずベッドに倒れ込んでしまった。
「戦争は終わりましたよ! リンネさんはまだ寝ていてください!」
「そっか――」
その後の一部始終を、アイちゃんがゆっくりと説明してくれた。
まず、ボクが気を失った瞬間にスカイも消えて、ボクはそのまま30m上空から落下したらしい。
そんなボクを、メルちゃんが何とか受け止めてくれた!
それから、ボクたちが投下した油に火矢を放ち、ナーガ部隊を容赦なく火攻めにしたらしい。
混乱に陥ったナーガ部隊を冒険者たち攻撃部隊が強襲し、さらに殲滅部隊が追い打ちを掛けて敗走させた。
西側も、同様にして全てを撃退させることに成功したそうだ。
案の定、ティルス城門にも火が燃え移ってしまった。
しかし、事前に準備した大量の水を市民がバケツリレーで運び、延焼を防いでくれた。
全てが作戦通りだった。
そして、メルちゃんたちは丘陵に残存する部隊を撃退し、魔人ザッハルトの捕縛に成功したらしい。良かった!
「また襲って来るかな?」
「安心してください。もう地上に出て来ることはないでしょう」
「ほんと? 根拠はあるの?」
「はい。ザッハルトは部下を連れて地中に帰りました。リンネさんの雷に打たれて完全に戦意を失ったようです」
「そう――」
ギャラントを思い出す。
爬虫類って、意外と実力主義社会なのかな。強者には絶対服従的な。
「被害は――?」
「負傷者はかなり出ましたが、死者は1人もいませんでした!」
「ほんと!?」
「はい!!」
「完勝でした!」
「みんな生きてるよ!」
「奇跡だよね!」
その後、ボクたちは抱き合って泣いた。
昼までずっとずっと泣き続けた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます