第11話 手に入れたもの

『ワタシ、用事を思い出した。さよなら』


 青い髪の少女は、現れたときと同じように突然姿を消した。と思いきや、青いはねを羽ばたかせながら飛び去って行く蝶が1匹、ボクの目に映る。


「リザさん、あの子は一体――」


「妖精姫、ミール様よ」


 蝶の行く先を見つめながら、そっとリザさんが呟いた。


「あの子も姫?」


 リザさんが言っていた姫はあの子か。姫が裸で出歩いても良いものだろうか。でも、妖精さんって本来そんな感じかもしれない。


「そんな虫娘は無視して、リンネさん、この人たちをどうしたい? 早くしないと!」


 ミルフェ王女による虫発言に、同じ妖精種のリザさんは怒るどころか微笑んでいる。なるほど、ミール姫はそういうポジションなのね。


 改めて振り返ると、数珠繋ぎにされた13名の頭上には、今日の役目を終えたとばかりに急ぎ下っていく太陽の残光が見える。

 さすがに、日が落ちる前までに交易場まで行かないとまずいよね。


「えっと、ここは平和的に――」


「第2王女ミルフェ、腐れヴェルサスの娘!!」


 間が悪いにもほどがある。

 目覚めたと同時に吼え叫ぶギベリンの声で、ボクの提案は吹き飛ばされてしまった。


「ギベリン、久しぶりね。貴方、本当に変わったわ……昔は一緒に遊んでくれたのに」

「俺を変えたのはお前ら王族だろう!」

「父は貴方の人格も実力も高く評価していたわ」

「道具としてな! 俺は……あれだけ尽くしたのに、ただ利用されて棄てられたんだ!」

「そ、そんなはずは……」


「ギベリンさん、ボクに事情を聴かせてくれませんか?」


 早口で口論を始めた2人を見かねて割り込んだボクを、じっとギベリンが見つめる。


「お前は勝者だ。俺は……敗者は隠し事をせず、全てを語る義務がある。たとえ誰も信じなくてもな」


 そう言って地面にドカンと胡坐あぐらをかき、彼は己の過去を語り始めた。



 約10年前、彼が王国組織の中枢に位置する近衛騎士団の隊長だった頃、あらぬ容疑を掛けられたそうだ。西の王国アルンと謀り、国王暗殺を企てたと。

 当然彼は無実を訴えたが、司法を牛耳ぎゅうじる王族は誰も相手にしてくれなかった。それどころか、早急に捕縛し処刑するよう訴えた。

 彼の家族は真実を伝えられないまま王都に軟禁され、今も完全に連絡を遮断されている。


 なるほど、古今東西よく聞くヘドが出る話だね。


 命からがら逃げ出した彼は、復讐を固く心に誓う。同じ境遇に置かれていた元王国騎士団の仲間を集めて盗賊団を組織し、王族や悪徳商人のみを狙って暴虐の限りを尽くしてきたそうだ。

 彼らを義賊と呼ぶ者もいれば、逆賊と呼ぶ者もいる。ただ、その辺の盗賊団とは一線を画した存在、少数精鋭の秩序ある集団であることは間違いない。


 そして今回の襲撃は、とある反王党派からの間接的な依頼を受けてのことらしい。


 ボク自身、どちらに正義があるのかなんて、政治的な機微は難しくてわからない。

 今の世界情勢を考えると、人間が1つに纏まらず、権力闘争を繰り返しているのが信じられないよ。

 まぁ、それが人間という生き物なのかもしれないけど――。



「殺してくれ! もう、俺には生きる目的も価値もねぇんだ!!」


 自暴自棄になって叫び出す彼に、仲間を始め、誰も何も言えずにいた。

 でも、ボクは言わなければいけない。勝者のおごりなんかではなく、彼らに生きてほしいと願う1人の人間として――。


「家族は! 友達は! 貴方が死んで、誰も悲しまないと思っているのなら、本当に大馬鹿者だよ!」


「家族なんて……とうに、捨ててるさ! そうじゃなきゃ、こんなことやってられねぇんだよ!」


「貴方が捨てても、家族はずっと家族だよ! 絶対に、絶対に貴方を待ってる! 泣いて待ち続けてる!」


「俺みてぇな人殺しには……もう、会う資格がねぇ……」


「お互いに思い合っている、それこそが十分な資格だよ」


「俺は捨てたんだ。全部、10年も昔に……」


「会いたいんでしょ? 本当は会って抱き締めたいんでしょ?」


 ボクの言葉にじっと耳を傾けるギベリン――両目が放つ威圧が、怒りが、心が纏う覇気が弱まっている気がする。


「黙れよ、黙ってくれよ……今さら、引き返せるわけないんだよ!」


 己の魂を鼓舞するかのように紡ぎ出された言葉を、ボクは頭上で撃ち返す!


「生きているからこそ、引き返せるんだよ!」


「俺みたいな馬鹿でも、もう1度やり直せるのか?」


「やり直せない人生なんて、絶対に、無い」


「…………」


 心の剣を根元から砕かれ、目頭を抑えて膝を折るギベリン――首領を案じ、声を掛ける部下たち。


 ボクは彼らを見下ろすように、精一杯に小さな胸と高い声を張って叫ぶ!


「生きていれば、そして、決して諦めない意志があれば、できないことなんて、絶対にない!」


「ふっ、ガキに説教されるとはな――もうこんな腐った仕事は仕舞いだ。頼む、お前の名前をもう1度聞かせてくれ」


「リンネ! 銀の使者、リンネ!!」


「リンネか。悪い、もう1つだけ頼みがあるんだ。命を奪っておきながら図々しいだろうが、仲間だけでも命を救ってやってほしい。駄目か?」


 ギベリンはじっとボクを見つめて懇願してくる。

 目に涙を浮かべてはいるけど、強い覚悟を感じさせる目だ。

 ボクも、それに応えるように、胸を張って見つめ返す。一瞬、彼の顔が赤くなったのを見逃さない。


 当然、ボクの中では答えは既に決まっている。


「当然です!」


「っ! 感謝する……」


 俯いて涙を流し続ける大男。

 彼をじっと見つめるのが申し訳なく感じられて、そっと目線を逸らすついでに空を見上げる。



 大きな雲がゆっくりと流れてゆく。

 小さな芋のような雲たちがそれを追いかける。

 ふと思う。

 自由、それが幸せの1つの答えなのかもしれない――。 



 棒を高々と空に突き刺し、精一杯に大声を張り上げる!


「ボクは、君たちに自由を与える!!」


 突然の宣言に、護衛だけでなく盗賊たちも唖然として沈黙する。


 それもそのはず。命を救うと言っても、法の裁きを免れることまでは意味しない。投獄は確実だし、多額の懸賞金についても身柄の引き渡しが大前提だ。だからこそ、ランゲイルさんが慌てて問いただしてきた。


「待ってくれ、せめて近くの町の警備兵に引き渡すとか――」


「ランゲイル、リンネさんの決定が全てよ。私は先に宣言した通り、リンネさんに従うわ」


 ミルフェ王女の賛成は心強い。でも、場に流れる沈黙には、はっきりとした拒絶の意志が表れていた。


 失われた命の代償は決して軽くない。そんなことは、心の底から理解しているつもり。

 だからこそ、今、ボクが言わないといけない。


「決して、亡くなった方々の命を軽く見ているのではありません。ボクは……十分に考えた上で、彼らを解放すると決めました」



 再び深い沈黙――。

 全員がボクの発言に耳を傾けているのが分かる。


 その沈黙を、再びボクが破る。


「理由は2つあります。まず、ボク自身、力を与えられた身です。その力は……誰かを、何かを救うためだけ使いたい。殺すためには使いたくないんです」



 誰も口を挟まない。


 沈黙を、3度みたびボクが破る。


「それともう1つ。ボクは、彼らがきっとやり直せると信じています。生きている限り、その権利もある。彼らがすべきは牢獄の中で反省することなんかじゃない。自分がされたように、1つでも多くの命を救ってほしい。その行いが連鎖していけば、きっとこの世界を変えられると思うから――」



「私から、もう1つだけ付け足すわ。貴方たちは大切な生き証人よ。伝説の勇者の再来を目撃した、ね」


「「えっ!?」」


 ミルフェ王女の突然の告白に、リザさん以外の皆がびっくりしている。

 勿論、ボクも。



 場に緊張が流れる。


「待ってくれ……リンネは、あの伝説の勇者なのか!?」


 さっきまで泣き崩れていたギベリンが、まるで生き返ったかのように立ち上がる。


「それは間違いありません、確かにリンネさんは勇者様です! だって、こんなにも可愛くて優しいのだから!」


 リザさんの説明、後半は説明にすらなっていなかったけど、何故か誰もツッコまない。勇者じゃないんです!って泣き叫んでも、誰も聞いてくれないよね。


「こんなちびっこに負けて、俺はもう死ぬしかねぇと思っていたんだが――まさかの勇者だったか! 逆に光栄だぜ。俺も生かしてくれ、是非貴女の力になりたい!」


 数珠繋ぎにされた部下を引き摺りながら肉薄してきたギベリンが、ボクの目の前で土下座をしている。


 あぁ、“立っている者は親でも使え”じゃないけど、もう利用できるものは何でも利用する。


「ボクは未熟者だから、たくさんの仲間が必要です。皆さんの力を貸してください」



 結局、ボクは盗賊団全員をその場で解放した。


 この世界の常識なんて知らない。彼らが再び敵側に回ろうとも、何度でも助けてあげようと思っている。

 性善説を唱えるほど仰々しくはないけれど、根っこから腐った人間なんているはずがない。悪いことをするにはきっと相応の理由があるんだ。解決できるのなら手伝ってあげたいとさえ思う。

 勿論、世の中、キレイ事だけでは済まされないのは重々承知しているよ。だけど、たとえここが地獄だとしても、ここに住む人たちを、ボクは既に大好きだから。だからこそ、皆を信じ、守りたいんだ。




 ★☆★




 夕日を真正面から浴びながら、街道沿いに設けられた交易場に向け、2台の馬車が動き出した。


 ボクたちはその馬車の中で、様々な情報交換を行った。


「つまり、王宮で厳重に保管されていた銀の召喚石が突然点滅を始めた、ということでしょうか?」


「ええ。王宮には太古の昔から、『銀の召喚石輝くとき魔を滅する力甦るべし』という伝説があるの。それが突然点滅を始めたんだから、王宮中が蜂の巣をつついたような大騒ぎだったわ」


 ボクの真正面に座るミルフェ王女が楽しそうに答える。


「ミールがね、勇者様は大森林にいるって言いだしてね。でも、魔王復活に備えるとかで騎士団は動かせないし――」


「それで俺ら冒険者が護衛に名乗りを上げたってわけだ」


 少女たちの会話に、ミルフェ王女の隣に座る赤髪ツンツン頭が割り込んできた。


「まさか、こんなことになるなんてね――」


 亡くなった仲間たちを思い、皆が俯いてしまう。


「ミルフェ様は、エリザベート様にはお会いにならないのでしょうか?」


 ボクの隣に座るリザさんが話題を変えた。

 そうか。ミルフェ王女のお父さんのお母さんがエリ婆さんだったね。髪色もだけど、全く似てないような気がする。


「お婆ちゃんには会いたいけど、もっと他にやるべきことがあるから」


 木製の座椅子に深くもたれ、窓から遠くを見やりながら王女が呟く。

 この世界、意外と貧富の差が小さいのかもしれない。そう思えるほど、お姫様が乗る馬車としては随分と質素な造りに見えた。


「姫さんよ、渡す物渡したら王都に帰還するって契約じゃなかったのか?」


「事情が変わったわ。リンネ様は交易場を出た後はどこを目指すのかしら?」


 とりあえず、漠然と王都にでも行こうかと考えていたんだよね。でも、残り100日で7つの召喚石を探す――それがボクに与えられた使命なら、全力全開で成し遂げたい!


「他の、7つの召喚石の手掛かりを探すつもりです」


「1人で?」


「そうですね」


「そっか――」


 本当は、リザさんやランゲイルさんが一緒だと助かるんだけど、王女様の身勝手に振り回されたからか、2人とも厳しい表情をしていてお願いしにくい。

 かといって、王女様を連れ回すのはあり得ないし、ギベリンは怖いし……結局1人なんだよね。


「ところで――この召喚石、どうやって使うんですか?」


 掌に乗せた召喚石を3人に見せながら、素朴な質問をぶつけてみた。

 召喚石と呼ぶくらいだから、望むモノをポンポン召喚できるんじゃないかと短絡的に考えちゃう。それで召喚獣とかロボットとかを召喚できれば助かるんだけど。


「召喚石を用いた召喚術は失伝しているのではっきりしたことは言えないけど――伝承によるとね、点滅を終えた召喚石は召喚済の証と言われているの。つまり、それはもう使えないわね」


 皆の視線がボクの手の中に集まる。

 使用済みと言われたのがショックなのか、銀の召喚石はぼんやり淡い光を放っている。その穏やかな輝きは、見ているボクの心に安心感を与えてくれる。


「この召喚石、持っているだけで魔法が使えるとか、ありませんよね?」


「残念ながら、今となってはただの身分証明書ね」


 あらま、期待外れ。

 とりあえず、無くさないように布袋の中に入れておこう。



 窓から外を眺めていた王女が、ボクたちに向き直って元気な声を上げる。


「さて、もうすぐ交易場よ。お腹いっぱいの食事と、買い物を楽しみましょう!」

「「はい!」」


 そして、夕闇のとばりが下りる直前、馬車は街道沿いに設けられた大隊商の交易場に到着した。

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