第10話 2人の姫
“銀の使者リンネ”なんて名乗ってしまった。
称号欄に載っていたので嘘ではないと思うんだけど、言った後で、あまりの恥ずかしさに顔が熱を帯びる。
でも、今は勝つための作戦を考えないと。
右手に握り締めた黒い棒――これは、僅かに魔素を纏うオオグモの脚。いくら硬くても、あの大剣を受け止めるにはボクの力が足りない。受け流すことも避けることも難しいと思う。
だって、相手は元王国騎士団近衛隊長、対するボクは剣道歴2年半のへなちょこ剣士だもん。
実力差は歴然、比べるまでもないよね。つまり、正攻法では勝ち目がないってこと。まぁ、そんなの最初っからわかっているんだけど――。
「かかってこないのか? 口先だけか?」
剣先を下に向け、隙を見せつつ挑発する相手。
「今、作戦を考え中なの」
笑顔で応じる。
大丈夫、手足は震えていない。
1秒で何ができるのか――普通に考えて、1撃浴びせるだけで精一杯だと思う。問題は何処を狙うか、だ。
頭は多分届かない。鳩尾は鎧で守られている。股はやめようね。顎はホークさんの蹴りでも駄目だった。喉は死んでしまうかもしれない。って、あれ? 狙うところがないじゃん!
ならば、必要なのは手数だ!
怖いけど、一か八かやってみるしかない!
高速バトンスピンからの、ガンライドパス――部活の合間に友達と竹刀で練習した技を披露し、最後にバシッと気合いを入れる。
「剣道部の意地を見せる! いっくよー!!」
思いきりよく突っ込むボクの狙いは、相手の腕。武器を振れなくなれば勝ちだから。
「ふんっ!」
2mに迫ったとき、左側から剛剣が飛んでくる!
胴に迫る挨拶代わりの強烈な1撃。
ボクは避けることなく、敢えて全体重を預け、全力で打ち返す!
ガチン!!
指先から肩まで痺れが走る!
でも、魔物との命の奪い合いとは明らかに違う。
上手く言い表せないけど――生きたいと願う者同士の、お互い大きなモノを背負った戦いに、魂のぶつかり合いに、胸が高鳴っていた。
ガチン!
ガツン!
間合いを詰めようとするボクを警戒しつつ、その力量を見定めようというのか、ギベリンは守勢に回ってひたすら攻撃を弾いてきた。
ボクも、腕を狙っていることがバレないよう、脚やお腹へも攻撃を分散させながらチャンスを窺う。
フェンシングのように放った不意の突きも、軽い得物ならではの数々のフェイントも、全て見透かしたうえで軽く弾かれてしまう。
30合を超える攻撃を、一太刀も
ガチン!
ガツン!
「見たことのない剣術だが、相手にならんな!」
そう叫ぶなり、ギベリンは大剣を背中に回し、中腰の構えを取った。
勝負に来る!
斬撃ではなく、諸刃を立てて放つ強烈な打撃技――予想していた通りだ。彼の性格上、この攻撃は当然の選択肢。刃幅がある分避けにくいし、重量も相当あるので当たれば即試合終了な威力。
でも、その代わりに速度は出ない!
《
停止した
そして、《
「ぐっ!」
前屈みに倒れ込みながら、強引に手首を打ち抜いた。
物理攻撃に対する《
「素早いだけじゃ俺には勝てないぜ!」
骨をも砕く1撃だと思ったのに、ギベリンは尚も大剣を握り、大上段から叩きつけてきた。何て頑丈さなの!?
く、《
半歩身を捻って剣の軌道を避け、相手の右手首を、今度は下から《
「ぐあっ!」
人の骨が放つ鈍い音に、ギベリンの表情も大きく歪む。
そして、互いに後方へと下がり、息を整える。
「降参、しますか?」
「寝言は寝ている間に言え!」
大剣を両手に持ち替え、猛進してくるギベリン。
剣先はボクの喉に真っ直ぐ向かってくる。いや、僅か左に逸れている? 右側に避けさせる意図か――。
ランゲイルさんが吹っ飛ばされたあの横薙ぎの1撃、それがボクの脳裏を
「当たらないよ!」
敢えて思惑に乗る。右側に避け、薙ぎ払いに《
相手の重心が変だ!
《
静止した視界。
右目の端に微かに映ったのは、ギベリンの左脚の初動――。
ボクを蹴り飛ばそうと飛んでくる左脚、その太腿を先んじて叩く!
バキッ!
「ちっ!」
危なかった!
タイミングが早すぎて《
「妙な動きをしやがる」
「それはお互い様ですけどね」
側面に回り込もうと、弧を描くように距離を詰めてくるギベリンに合わせ、ボクも同じように動く。
お互いが描く弧が1つの円を形成したタイミングで、彼は足を止めた。
「行動の先読みか近未来視、もしくは読心系といったところか。厄介だが、手がないこともない。《
時間停止だとは思わないんだ――って、あぶなっ!
突然、剣を豪快に振り回しながら迫ってくるギベリン。その暴風のような剣戟の嵐に、彼の本気が見て取れる。
ならば、こっちも最後の力を振り絞るのみ!
《
1日で1秒という《
最初の横薙ぎで0.2秒、上段に0.1秒、蹴りへの対応に0.3秒使っている。残り0.4秒、それを一気に使い切る!
ボクは停止した時間の中、膝元にまで迫っていた大剣の腹を足場にして、高く高く飛び跳ねる!
そして、その勢いのまま、ギベリンの顎を打ち抜く!
「ぐあぁぁぁ!!」
手応えあり!
プロテクト系の魔法か何かだと思うけど、恐らくどんな攻撃も同じ場所なら1撃は耐えられる効果だと考えていた。
さっき、右手首への2度目の攻撃が骨を砕いたとき、凄く違和感を覚えたんだ。2撃目より1撃目の方が断然強い攻撃だったのに、何故?ってね。だって、ボクはこの勝負、最初の1発で終わらせる予定だったんだから。
そして、ホークさんの顎への回し蹴りを利用させてもらった。
この1発で倒すために!
今頃、ボクシングのアッパーみたいに、脳が強い衝撃を受けて意識が
目の前で浮遊しているカードに触れながら、崩れゆく巨体を数歩離れた所から窺う。
《棒術/下級》か。剣術じゃないのね。
まぁ、剣や斧、槍なんかは血が出るから使いにくいかもしれない。ある意味、竹刀も棒だよね。逆に棒術で良かったかも。
右手に持つ相棒をじっと見つめる。あれだけ激しくぶつけ合ったのに表面には傷1つないどころか、曲がってさえいない。
おっと、ギベリンが頭を抱えながら
「降参、しますね?」
「まだ……だ。ス、《
「えっ?」
★☆★
「それで、またリンネちゃんの《
「うん。最後の《
復活したリザさんを相手に、その後何が起きたのかを報告しているボク。
ボクの《
でもその場合、威力が限定的。エリ村での《
全てが紙一重で噛み合ったからこその、薄氷の勝利だった――。
ランゲイル隊長を始め、ギベリンに敗れた護衛さんたちも今では全員が復活し、盗賊団(元王国騎士団出身者が大半らしい)を捕縛している。
現在、眠ったまま縛られているギベリンと交わしていた戦前の約束は、しっかりと守られたんだ。
相変わらず分厚い雲で太陽の姿は見えないけど、あと数時間で日が沈むだろう頃、護衛のブランさんが報告に来た。
「隊長! 死亡5名、負傷3名です。ギベリン側は、死亡2名です。捕縛者13名に目立った抵抗なし、死者は全員埋葬しました!」
死者7名か――。
自然災害以外にはあまり聞いたことがない数。それを聞いて思わず下を向いて考え込んでしまう。
誰にだって、心配してくれる大切な人はいるはず。命は1つしかないのに――。
あぁ、止めることが、救うことができなかったことが悔しい!
視線を地平線に戻すと、西には天を
振り返ればエリ村のある大森林だけど、今は前を向き、前へ進みたい。振り返ると帰りたくなってしまいそうな自分がいるから――。
大森林を囲うように伸びる街道上を、血生臭い風が吹き
馬車から1人の女性が降りて、こっちに向かってくる。この人が、リザさんの言っていたお姫様なのかもしれない。
「貴女が銀の使者、リンネさんね? 命を助けてもらったこと、心から感謝します。ありがとう!」
隣に立つリザさんよりやや背が低い。綺麗な桃色の髪によく似合う白いローブ。そして、至近距離で見た彼女の顔は――まるでアニメに出てくるような典型的な美少女だった。
「お、お姫様がご無事で……よ、よかったです」
「リンネ殿のお陰だ。俺たちからも礼を言わせてくれ。ありがとうな!」
「「ありがとうございました!」」
お姫様を前にしてあたふたするボクに、護衛隊のリーダーであるランゲイルさんが笑いながら話し掛けてきた。
護衛の方々も横1列に並び、一斉に頭を下げてくる。
「え、はいっ? でもボク1人の力じゃないです、皆さんが頑張ったから」
「いやいや、剛剣のギベリンを一騎打ちで倒したんだ、十分誇っていい」
「相手が疲れて寝ちゃっただけで、ボクにはそんな実力はないです。それに、あっちは全然本気じゃなかった――」
見ている側にも実力差は歴然だったと思う。この勝利がボク自身の力によるものじゃないのはわかってる。ひょっとすると、ギベリン自身も自分を止めてくれる存在を待っていたのかもしれないと思いたくなるけどね。
何か思うところがあるのか、腕を組んで考え込んでいたランゲイルさんが、強い決意を込めた眼差しでボクを見つめてきた。
「結果はどうであれ、お嬢ちゃんのお陰で我々は命拾いしたんだ。盗賊団の処遇も任せる。謝礼もさせていただく。いいだろ? 姫さん」
「隊長! 納得いきません!! こいつらに仲間が何人も
「黙れ」
「でも――」
「黙れと言っている!!」
「……」
「問題ないわ。私、フリージア王国第2王女ミルフェの名において命じます。この場に居る全ての者は、リンネさんの指示に従うこと! そして――リンネさん、私の友達になってください!」
へ?
『ミルフェちゃん。遊んでないで、早くアレを出してよ』
王女の最後の一言で固まるボクの目前に突然少女が現れ、鈴が鳴り響くような神秘的な声で王女に話し掛けた。
透き通るような光り輝く白い肌、背中まで伸びた煌めくような青い髪の美少女――この子、人間じゃない!
で、でも……何故に裸!?
リザさんが自分のコートを脱いでさっと彼女に掛け、後方に下がって跪く。
眠っているギベリン以外の男たち全員が、口をポカンと開けたまま意識を失いかけている。
それもそのはず、ボクの脳裏にも未発達ながらも完成された美を持つ彼女の身体が焼き付いて離れないのだから。
「あー、ミールちゃん。私、ちゃんと覚えてたからね? 本当だよ?」
『うん。半分だけ、信じる』
「銀の使者リンネ、あなたにこれを託します」
ミルフェ王女がローブの内側、胸の辺りを必死にまさぐる。
アレって、もしかして大人の女性の
違った。
彼女は10cmくらいの立方体の小箱をやっと取り出し、赤面するボクに手渡す。って、まさか谷間に隠していたんじゃないよね?
「こ、これは何ですか?」
「開けてみて」
王女は優しく微笑んでいる。さすがに爆発物ではない様子。
恐る恐る箱を受け取り、
「玉手箱かいっ!」
あれは白い煙だったかもしれないけど、咄嗟に浦島太郎に出てくるあの箱を思い出す。
お婆ちゃんになっちゃう!
王女に頂いた箱を放り投げ、銀色の光から逃れようとしたボクに、不思議な声が聴こえてきた。
『リンネ、逃げずによく聴きなさい。魔王復活まで残り100日しかありません。一刻も早く封じられた残り7つの召喚石を集めなさい。きっと、貴女を支え、共に戦ってくれる仲間たちに出逢えるでしょう。この世界を救うことができるのはリンネ、貴女だけです。頼みましたよ』
脳裏に直接伝わるこの感触は、この世界に導いたあの光や、大精霊クロノスと同じだった。
短いメッセージが終わりを告げると、ボクの胸の前には銀色に輝くボールが浮かんでいた。水銀のような光を湛える野球のボールくらいの大きさ。
それを両手で受け取る。
ほんのりと温かい。この玉が持つ
すると、辺り一面に満ちていた銀色の光が、渦を巻くようにしてボールに吸い込まれていった――。
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