第12話 交易場でのハプニング

「停止しろ! そこの馬車2台、直ちに停止だ!」


 交易場の入口を前にして大きな声が飛ぶ。

 傭兵と思われる男たち4人が、馬車を取り囲んで停止をうながしてくる。


 後ろで待機するボクたちの馬車からは、先頭車の馭者を務めているブランさんとホークさんが、馭者台を降りて話している姿が遠目に見える。

 何やらめているような感じだけど、大丈夫かな?


 数分後、ブランさんがこちらの馬車に向かって歩いて来た。とても険しい表情をしている。


「主様、ちょっと宜しいですか?」

「どうしたの?」

「それが――入場税を払えと言われまして」

「えっ? 公道上では通行税のたぐいは禁止されているわよね。でも、野営のことも考えると、この場合は仕方がないのかしら。それで、1人おいくら?」

「申し上げにくいのですが――」

「高いの? 構わないから言って」

「男は銀貨1枚、女は銀貨3枚だそうです――」

「おいおい、高すぎだろ! それに、どうして女が3倍もするんだ?」


 ランゲイルさんが怒りをあらわに顔を突っ込んでくる。

 ボクはエリ婆さんから銀貨を5枚も貰っているので一応払うことができるけど、銀貨3枚って、30万円だよ!


「俺も文句を言いましたよ。でも、女はヨトギをすれば無料で良いと――」

「何ですって!?」

「ヨトギって何ですか?」

「あぁ、男と寝る……って、痛ぇ!」


 意味がわかっちゃったボクの顔が一瞬で沸騰する。多分、真っ赤に茹で上がってる。

 ミルフェ王女がランゲイルさんの足を踏みつけてくれたので、何とか逃げ出してクールタイムを迎えることができた。



「王女と知ってか知らずか――相手はやり手の豪商だろうな。姫さん、どうする?」


「うーん……いいわ。私が全員分払うから、入るわよ」


 女性3名、男性5名の合計は――銀貨14枚、つまり140万円。信じられない額だけど、王女の決定には誰も異を唱えられなかった。



 しかし、通用門を常歩なみあしで通過しようとした馬車は、再度そこで止められてしまう。


「待て。馬は1頭で銀貨10枚だ」

「はぁ?」

「4頭いるな。銀貨40枚追加だ。嫌なら今すぐ立ち去るんだな」

「調子に乗るなよ!」


 横柄な態度で銀貨を催促してくる傭兵に、馭者台に立ち上がって抗議するブランさん。


「待ちなさい。これを」


 ミルフェ王女が追加の貨幣をディーダさんに手渡し、この場は事なきを得た――。




「リンネちゃん、私はポーションを種と交換してくるからね」


 そうだった。エリ村にとって交易は死活問題だ。イモは種芋で増やせるけど、他の野菜はそうもいかないからね。

 食用の植物だと思うけど、こっちの世界の植物ってどんなのか興味がある。


「リザさん、ボクも一緒に行きます! いいですか?」


「そう? ありがと」


 リザさんは、頷く王女をチラッと見て、ボクの同行を許可してくれた。


「リンネさん、私たちは先に食堂で待ってるわ。交換が終わったらすぐに来てね」


 真正面の路上に数個の円卓が並べられた食堂が見える。そこを指差しながら、ミルフェ王女が歩いて行く。

 食堂か。エリ村の教会で開いてもらった歓迎会を思い出し、目頭が熱くなる。前に進まなきゃと常に意識するのは、皆の顔を思い出すたび、村に戻って小さな幸せを噛みしめたいという気持ちが溢れてくるからだ。

 頭を振ってその誘惑を振り払い、ボクはリザさんの後を急いで追い掛けた。



「はい? 確か、以前はポーション1本で種10個でしたよね?」

「事情は変わるもんだ。今は2本で1個が精一杯だ。無理なら諦めて帰るんだな」


 こういうご時勢なので、ポーションの価値が1/20になったというよりかは、種の価値が20倍に跳ね上がったと考えるべきか。

 確かに、各町の城壁の外には魔物が溢れているだろうから、畑の面積も人手も限られるのは理解できる。それにしても――。


「エリザベート様に何て言い訳すれば良いのやら――」


 リザさんが袋からポーションを2本出す。村から持ってきた6本のうち、4本は護衛や盗賊団の治療に使ってしまっていた。2本だと、種はたったの1個しか貰うことができない。

 ボクも布袋からポーションを4本取り出してリザさんの前に並べる。これで種は3個になる。まだまだ足りないと思うけど、今ボクにできることはこれくらいしかないから――。


「いいの?」

「はい、使ってください」

「本当に、本当に助かる――」


 そう言って、リザさんはボクを思いっきり抱き締めてくれた。華奢な彼女にこんな強い力があったなんて知らなかった。


「好きなのを選びな」


 商人は不愛想にそう言いながらも、種が並べられた箱をすぐに持ってきた。

 箱の中には大小様々、5種類の種が入っていた。


「この茶色くて細長いのは、小麦ですか?」

「えぇ。リンネちゃんよく知ってるわね。今から種を蒔くと、来年の秋には収穫できるのよ」


 この世界にも四季はあるらしい。といっても、夏でも気温は30度を超えず、冬も雪が降らないというのだから、寒暖の差はそれほど極端ではないようだ。

 そして、今はちょうど秋くらい。結界が張られているエリ村は別として、大森林にさえ野生の植物が生育していない状況なので、紅葉や落葉が見られないのは少し残念だ。

 今はそれは置いといて、1年後に収穫できる種を植えても――。


「1つ頂くわね」

「リザさん?」

「わかってるわ。でもね、世界が平和になった後でリンネちゃんが里に戻って来てくれても、肝心の小麦がなかったら美味しいパンを作ってあげられないでしょう?」

「……う、うん」


 明日の食べ物も大変だというのに、どうして彼女は1年後のことを考えられるくらい強いのだろうか――その答えは、リザさんがボクを心から信じ、期待してくれているからだ。

 もし、ボクが村に帰りたいって言ったら彼女はどうするだろう。きっと、優しく笑って迎えてくれると思う。

 その優しさはきっと、ボクの心に失望と後悔の種を植え付ける。あぁ、想像するだけで胸が苦しくなる。


「あと、これとこれを頂くわ」

「それは――」

「こっちのトゲトゲした方がほうれん草で、丸っこいのが大根よ。子どもたちに御馳走を作ってあげるの。今から凄く楽しみ!」


 どっちも茶色い種だ。それを大切そうに1つずつ摘み、小袋に仕舞うリザさん。言葉とは裏腹に、彼女の顔には、たった3つの種しか持ち帰れない悔しさがにじんでいた。



「ふざけてんのか!」

「いえいえ、お客様の足元を見るのはあきないの常套じょうとうですから」


 突然罵声ばせいが響き渡り、騒然とした空気が場内を包み込む。


 リザさんと一緒に急いで食堂に行ってみると、案の定、揉めていたのは護衛の方たちだった。


「どうしたんですか?」


 今にも剣を抜きそうなくらい顔を赤くしているランゲイルさん。髪まで怒りで真っ赤に染まっている、という訳でないけど、相当に怒っている様子。


「どうしたもこうしたも、1皿で家が建つ勢いじゃねぇか。飯がくっそ高ぇんだよ!」


 入場料だけではなかった。

 種を始め、生活用具も武器防具も、そして食事も――相場の数10倍から数1000倍に達する高値。たとえ温厚な人であっても、堪忍袋の緒が切れて当然な状況だった。


「これほどの高値、王都の高級料亭の全品を並べても到底届かないわ。理由を教えてくれる?」


 苦笑いを浮かべる食堂の店主に、ミルフェ王女が詰め寄る。ここは、あえて値段を訊かないでおこう。胃に穴が開くと空腹が加速しそうで怖いから。


「貴女なら、世界の情勢は正確にご存知でしょう?」


 やっぱり――ミルフェ王女だと知っていてこの値段か。


「えぇ。当然、この隊商が反王党派の資金源であることもね」

「御冗談を」

「それとも、反王党派が西の王国と結託していることの方を言うべきだったかしら」


 食堂の奥の方から出てきた小男を睨みつけるミルフェ王女。見覚えがあると言わんばかりに。

 あ、この男、ボクもどこかで――服装こそ違うけど、エリ村に来た鼠男だ!


「また何か企んでいるの?」

「あぁ? なっ! なぜお前がここに居る!?」


 ボクの顔を覚えてくれていたみたいで、股間を押さえながら1歩2歩と後退あとずさる鼠男。リザさんもボクに加勢し、リベンジとばかりに杖を構えて牽制してくれている。


「お、お客さん、食べないなら出て行ってくれ!」


 荒事あらごとを嫌ったのか、店主が必死にボクたちを食堂から押し出そうとしてきた。


(逃げろ)


 えっ?

 ボクの耳元でそう囁く店主の顔は、悪徳商人のそれではなかった――。


「ランゲイルさん! その人は《麻痺魔法スタン》を使う! 気をつけて!」

「了解だ!」


 躊躇ためらうことなく一気に踏み込む赤髪。詠唱動作すら許さず、剣の柄で男の鳩尾みぞおちを強打して昏倒こんとうさせる。

 この人、相手がギベリン級でなければ結構強いのかもしれない。


 床に伸びた鼠男を確認した店主が、指を4本立てて合図を送っている。残り4人なのか、全部で4人なのかはわからないけど、それを見た赤髪が即座に指示を出す。


「ホーク、ブランは裏手に回れ。エルフの嬢ちゃんは姫さんを頼む。他は俺に続け!」



 教室くらいの広さがある食堂の片隅――さっき鼠男が出てきた場所で、ボクたちは暖簾のれんに隠された木の扉を見つけ、そっと開ける。


 すると、右へと続く薄暗い廊下に出た。


 ランゲイルさんを先頭に、ボクとフリードさんが中衛に立ち、ディーダさんが殿しんがりを務めて進んで行く。



 10mほど先、廊下の最奥には閉ざされた扉が1つあった。


 その扉に近づき聞き耳を澄ませると、中からは明確に人の気配が感じ取れた。


 鍵は、掛かっていない――。


 そっと扉を開けて侵入するランゲイルさんに、他の2人が阿吽あうんの呼吸で追従していく。

 中を覗くと、簡易の寝台が4つ、ぽつんぽつんと左右の奥の壁沿いに並んで置かれていた。


「何者だ!!」

国王子、ランゲイル様御一行だ!」

「な・ん・だ・と?」

「お前ら、団に告ぐ! 今すぐ己の剣を引き抜け!!」


 裸の男たちが振り回す粗末な武器は、ランゲイルさんたちに足蹴にされて次々と制圧されていきました。男たちの怒号と悲鳴が飛び交う中、その場にいた女性たちは、我先にと廊下へ走り去って行きました。


 顔を両手で覆い隠して、指の隙間からちょっとだけ覗き見しただけなので、具体的に何が起こっていたのかボクにはわかりません。

 でも、この惨状の中で、何とか乙女心を守り抜くことができたことを、とても嬉しく、そして誇りに思います――。




 ★☆★




「「すみませんでした」」


 腕を組み、威厳たっぷりに見下ろすミルフェ王女の前で正座をしているのは、商人たちの代表3人だ。男たちの視線は、彼女の強調された胸に向かっている。


「貴方たちが見たこと、しっかりと説明してくれるわよね?」


「え? あ、はい。左右と下からの適度な圧力でふっくらと――」

「そっちじゃねーよ!」


 ランゲイルさんが即座に突っ込む。同じことを考えていたからこその、素早い反応だ。ボクも含めて。


「ゴホンゴホン、では私が。私はこの東部隊商キャラバンの総指揮を担っております、サイル商会のサイル・カッシートと申します。今から1か月ほど前に――」



 サイルと名乗る、頭部が薄いおじさんが1歩前に出て語り始めた。


 彼によると、先月非公式に王都を訪れていた西の王国の使者、そいつらが全ての黒幕らしい。

 商人たちは家族を人質に取られたうえで、予定通りに王都から大森林、そして自治都市フィーネへと向かうよう指示を受けた。1人当たり金貨1枚という法外な身代金を提示された彼らは、道中あらゆる手段で人々から搾取し続けてきたそうだ。奥さんや娘さんも、その身を犠牲にして――。


 そんな状況の中、王女が交易場に向かっているとの情報を得た彼らは、徹底的に話し合いをしたそうだ。至った結論は、入場料を1000倍に吊り上げること。それは、身代金のことを考えてではなく、王女の身の安全を考えての決定だったらしい。

 交易場に入れば必ず西の使者に狙われるだろうから、何とかして入場を拒否させようとくわだてたんだとか。


 結局、銀貨54枚540万円という大金を支払い入場したミルフェ王女に助けられるという、皮肉な結果になったんだけどね。



「ランゲイル、人質にされた彼らの家族はどうなっているの?」

「それが、命に別状はないものの、精神的にはちょっと……」

「命があるだけでも有難いのです。心は癒せますが、命は戻りませんから――」


 そう言って泣き崩れる商人と傭兵たち。


「この連中には既に肉体的制裁は加えてあるが、対応次第では政治問題に成りかねないよな。姫さん?」


 ランゲイルさんが、蓑虫みのむし状態に縛り上げられた5人――西の王国の諜報小隊を睨み付ける。


「そうね。では、フィーネに行きましょう。冒険者ギルドなら的確に対応してくれるでしょうから」

「冒険者ギルド?」

「リンネ嬢ちゃんは知らんのか。俺ら平民は10歳になると何らかの職に就くんだが、そのうち半数は農民で、4割は商人だ。残りは、役人や軍人、そして冒険者だな。俺ら冒険者は人口の僅か1%しかいないが、魔物との戦いの矢面に立つ選ばれし勇者だ。その元締めが冒険者ギルドということだ」


 自称勇者を気取るランゲイルさんに、周りの冷たい視線が突き刺さる。でも、この赤髪ツンツン頭にとっては、それすらも尊敬の眼差しだと感じられるみたい。

 それにしても、人口の1%って、大陸全体で300人くらい? 命懸けで戦わないといけない職業だから希望者が少ないのはわかるけど、魔物は数億もいるわけで――。


 あれ?

 ボクって無職だよね。冒険者になったほうがいいのかな?


「冒険者になるメリットってありますか? あるならボクもなりたいかも――」

「冒険者は、どこへ行っても宿や飯代が無料タダだ。どうだ、最高だろ?」


 それは凄い! 長旅には有難いかも!


「決まりね。次の目的地はフィーネの冒険者ギルドよ」

「わかりました!」


 ボクたちが話している間、商人たちも何やら真剣に議論を重ねていた。


 そして、さっきのおじさんが話し掛けてきた。この世界の髪はカラフルだから、頭髪が薄いと個性も薄いんだよね。確か、サウルさんだったか、サインさんだったか。


「王女様方、我々の謝罪と感謝の気持ちを受け取ってください」




「凄い!」


 産まれて初めての御馳走よ!ってはしゃぐのはリザさん。護衛の方々も満足そう。

 でも、円卓に並べられているのは――硬そうなパンと茹でられた卵らしきもの、そして雑草のような謎野菜。正直、あまり食欲が湧かない。最後の給食で食べたハンバーグが恋しい。


「お食事中にお邪魔いたします。先ほどは大変失礼しました。こちらも是非お持ち帰りください」


 種を交換してくれた商人さんが、リザさんの元にやって来て頭を下げる。そして、茶色い種をいくつかリザさんに渡している。

 パンを口に咥えたままテーブルに突っ伏して咳き込むリザさん。その細い背中をさすってあげる。


「可愛いお嬢様にはこちらのローブを。そちらのグリズリーキングの皮は大変丈夫ですが、臭いがきつくて不人気です。こちらは性能も同等以上ですし、何よりきっとお似合いになりますよ」

「グ、グリズリー……キング」


 点と点が繋がって線になったような感覚。でも、過ぎたことは忘れよう。


「本当に貰ってしまっても?」

「えぇ、どうぞ。我々の感謝の気持ちですから」

「ありがとうございます!」


 白を基調にした厚手の生地。デザインはシンプルだけど、じっくり観察すると強い魔力が宿っているような気がする。

 エリ婆さんには申し訳ないけど、グリズリーキングのローブと頂いたローブを交換してもらった。


 そして、早速着てみる。


「軽い! それに、動くときに空気抵抗が少ない?」

「はい。キメラの羽を織り込んでいますので」


 よく見ると、細かい生地の隙間に羽のようなものがある。これがキメラの。ボクの脳裏には、鳥と犬と蛇が融合したような不思議生物が浮かんでいる。そのスズメっぽい顔があまりにも可愛くて、思わず目が回るくらいくるくると回ってしまった。



「皆様、1つだけ運試しをしませんか?」


 サウスさんだかサイルさんだかが、声を張り上げながら立ち上がる。

 運試しって何だろう?


「何をするの?」

「食い終わった後で、食事代を払えって言うんじゃねぇだろうな?」

「そんな……」

「上下から全部吐き出すから勘弁してくれ!」


「ふふふっ、そんなことは言いませんよ」


 そう言いながら、禿げたおじさん(もう名前なんてどうでもいい)が持ってきた箱の中には、30を超える数の指輪があった。


「これは?」

「王女様、これはただの銅製の指輪でございます。ただし、1点だけ魔法を込めた物があります。1人ずつ選んで頂き、見事的中させることができましたら、その方に差し上げようかと」

「当たりが1つだけあるってことですか?」

「そうです、お嬢さん。貴女から選びますか?」


 こういうのって、早い者勝ちなの? それとも残り者に福があるの? よくわからないけど、楽しそうだからやってみたい!


「ボクからでいいですか?」

「勿論よ」

「構いません」

「どうぞ」

「お先にどうぞ」

「俺は最後にするぜ」


 他の護衛さんたちも頷いてくれているので、遠慮なく1番くじを引かせてもらう。といっても、お店の福引ですら当たった記憶が無いので、全く期待はしていないんだけどね。


 ぱっと見、全て同じサイズで同じ色をしている。


 魔力が込められているなら、それを感じ取ればわかるかも? あ、これって魔力が極端に低いボクが1番不利じゃ――そう思いながらも、指先に魔力を集中して1つずつ触れてみる。

 全然ダメ。違いが全くわからない。


 文字や記号が彫られているかと思い、外側だけでなく内側も見てみたけど、何にもヒントは得られなかった。

 重さも変わらないし、ぶつけたときの音も同じ。もう打つ手なしと思ったとき、何だか違和感を感じた。


「あれ?」


 箱を手で持つおじさんの指の近く、空間にひずみがある。何だろう、空気が渦を巻いているような不思議な感じ。

 ボクがそこを凝視していることに気づいたのか、禿げおじさんの目が細くなった。


 もしかして――。

 ボクは箱のの、何もない面を掴む。


 手には、物体を掴んだ確かな感触があった。



 パチパチパチ!


 禿げの拍手で、何が起きたのかを全員が知った。


「お見事です! いやぁ、私の《隠匿魔法シール/上級》を初見で見破るとは、恐れ入りました!」


 シール? 貼るやつ? いや、この場合は隠す方か。


「箱の中にあるんじゃねぇのかよ!」

「確かに、とは言ってなかったわね」

「ごめんなさい、最初に当てちゃって」

「構わん、俺には無理だったからな」

「そうね、さすがリンネちゃんです」


 本当に偶然なんだけど、褒められるとやっぱり嬉しい。


 笑顔が零れるボクの前には、新たな魔法習得を示すカードが浮遊していた――。


簡易鑑定リサーチ/下級:全ての事物の表層を観ることができる》


 あ、これってエリ婆さんが使ってた魔法!




 その晩、ボクたちは2台の馬車に分かれ、男女別に寝ることになった。食堂の奥にあった客室はボクの精神衛生上よくないというご判断で。


 木製の硬い座椅子で何時間も寝たせいで、起きたときには身体中のあちこちにあざができていた。こういうのは初めての経験で、その痛みも含めて楽しい思い出になった。



 でも――。


 朝起きて、気づいたことがある。


 この世界の人々が、必死に足掻あがいて生きているという事実だ。


 小さい子どもたちを連れての隊商キャラバン――服装や食事、そのどれをとっても非常に粗末に見える。

 もしかして、今回の出来事がなかったとしても、実はとても貧しいのではないか、生活のためにむ無く危険を冒して行商をしているのではないか、そうまでしないと大切な家族すら養う余裕が無いのではないか。色々な疑問が真実味を帯びて見えてきた。

 ミルフェ王女もそう感じたのだろう。支払った分の返還をかたくなに拒み続けていた。


 そして、早朝、ボクたちは自治都市フィーネを目指して北上を始めることとなった。

 昇りつつある朝日に問う。君の今日の輝きは祝福なのか、それとも誰かの涙なのか――。

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