最高のお祭りは最悪のイベント

伊崎夢玖

第1話

「ご結婚、おめでとうございます」


今日は皇太子の結婚式当日。

国中でお祭りムード一色だった。

道には出店が所狭しと並び、幸せな雰囲気を味わおうと、遠方からも国民が押し寄せていた。

街は活気に溢れていた。


「おーい!おいていくぞ!」

「待ってよ」


お祭りムードの街の地下。

マンホールの下に広がる都市。

所謂ダウンタンである。


ここに一組の兄弟がいた。

兄の名をタケル、弟の名をミコト。

二人は生まれた時からこの地下都市で育った。

去年までは母と兄弟の三人家族だったが、今年の初めに母が死んだ。

風邪をこじらせて、あっけなくこの世を去った。

医者に診せれば治ったかもしれない。

けれど、医者に診せる金がなかった。

薬を買えれば治ったかもしれない。

けれど、薬を買う金がなかった。

地下都市で生活している者にとって、その日を生きていくので精一杯だったのだ。


「二人仲良くしなきゃダメよ」


これが母の最期の言葉だった。

二人は母のことは大好きだった。


「大丈夫だよ、母さん」

「兄ちゃんと仲良くするから安心して」


二人の言葉を聞くと、母はニコリと笑い、そのまま息を引き取った。

二人は泣かなかった。

泣くということを知らなかったからだった。

死んだ母を地上に運び、荒野で焼き、遺骨を道に落ちていた小さなジャム瓶に入れ、二人の枕元に置いて毎日過ごしていた。


母が死んで以降、二人は生きるために毎日盗みをした。

財布を、パンを――。

職がない二人には盗むことしか生きる術がなかった。


地上でのお祭りムードの中、タケルとミコトは街に繰り出していた。

いつものように今日の獲物を探すためである。

タケルはスリを担当していた。

ミコトは万引きを担当していた。

その日の小銭と食料を得るためである。

街には気が緩んだ人間でごった返していた。

二人はいつものように街の噴水広場で二手に別れた。

この日はタケルもミコトもいつもより楽に仕事が進んでいた。

みんな街の雰囲気に酔って、注意力散漫になっていたからだった。


(次はアイツにしよう)


タケルが次の標的にしたのは指に煌びやかな宝石の指輪をした小太りの中年男性。

見るからに『金持ちです!』とアピールしている風貌はタケルの恰好の的だった。

徐々に距離を詰め、もう少しで手が届く位置まで近づけた。


(やれる…!)


尻ポケットから財布を抜き取ると、一目散に逃げようとした。


「おい!お前!」


タケルの右腕が何者かによって物凄い力で締め上げられた。

振り返って、タケルは絶望した。

街の騎士団団長だったのだ。

これほどの金持ちが自分に警備を付けずにむやみに街を出歩くことはしない。

それをこの時のタケルは念頭に置いていなかった。


「左手に持っている物を出せ」

「…知るか」

「このまま腕を折られたいのか?」


ギリギリと骨が軋む音が体の中から聞こえた。

それはタケルにとって初めての経験で恐怖に震えあがった。

恐怖した途端に左手に持っていた金持ちの財布を落とした。


「これは貴方の財布で間違いないですか?」

「あぁ、これはワシの財布だ」

「窃盗の現行犯で逮捕する」


タケルはその場にいた騎士団員に捕らえられ、投獄されてしまった。

ミコトはというと、順調に仕事を終え、先に家に戻っていた。

しかし、いつまで経ってもタケルが戻ってこない。

不安を覚え、タケルを探していると、通りすがりの人達の会話が耳に入ってきた。


「大地主の財布を盗んだ子供が今夜処刑されるらしいわ」

「あの大地主をターゲットにするのは悪くないけど、相手が悪かったわね」

「そうね。あの騎士団団長が護衛に付いてた時ですもんね」

「しかも今日は皇太子の結婚式当日でしょ。今日じゃなきゃ刑罰くらいで済んだでしょうに…」

「かわいそうね」


その会話を聞いたミコトは処刑されるのがタケルだと直感した。

いつまで経っても帰ってこないのは捕らえられているからで、今夜処刑される。

一刻の猶予もなかった。

ミコトは急いで処刑が行われるという宮殿前の大広場にやって来た。

そこには丸太に縛りつけられているタケルの姿があった。

人をかき分け、最前列に出ると、タケルと目が合った。


声を出せば自分も捕まるこの状況。

二人は口パクで会話を始めた。

声を出せない状況のために二人は読唇術を学んでいたのだ。


(なんでこんなことになった?)

(ちょっとヘマしちまった)

(逃げられたんじゃないの?)

(逃げられなかった)

(助けるから、待ってて)

(助けなくていい………××××)


ミコトは言葉を失くした。

兄は死のうとしている。

その事実に絶望した。

数人の騎士団員が松明に火を点け、タケルの足元にやって来た。

別の騎士団員が油を撒くと、タケルの足元へ松明が投げ入れられた。

一瞬にしてタケルは業火の渦に飲まれた。


だが、ミコトは見た。

業火の渦に飲まれる前、タケルは母が死んだ時のような笑顔を見せた。


(噴水広場に隠した)


それがタケルの最期の言葉だった。

処刑はあっという間に終わり、人々は関心がなくなったと、さっさとその場を去っていった。

ミコトは呆然とその場にいつまでも立ち尽くしていた。


とっぷり日も暮れ、街には人の姿は消えていた。

ミコトを除いては。

兄の最期の言葉に従い、噴水広場にやって来た。

ここに何があるというのだ、と半ば自暴自棄なりながらミコトは噴水を調べた。

すると、水の中からずぶ濡れの麻の袋を見つけた。

その中には金貨が山のように入っていた。

それは兄が少しずつ貯めていた金だった。

金貨と共に一枚の紙切れが入っていた。


『この金で幸せに暮らせ』


兄の文字だった。

ミコトは袋を抱きしめ、その場で泣き崩れた。

初めて涙を流した。

初めて悲しいという感情を知った瞬間だった。

誰かのために生きるということを知った瞬間だった。




翌日、ミコトは兄が残してくれた金を教会に寄付した。

自分のために使わず、誰かのために使いたい。

これからは誰かのために生きたい。

そう思わせてくれたのは兄だった。

きっと母もこのことを言いたかったのだと悟った。


ミコトは母と兄の分まで精一杯生きると心に誓ったのだった。

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最高のお祭りは最悪のイベント 伊崎夢玖 @mkmk_69

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