バースディ
ヨツヤシキ
バースデイ
何事も初めては緊張する。それは誰だって同じだ。
老いも若きも、有名無名も関係ない。
圧し掛かるような不安に打ち勝ち、込み上げる衝動のままに動いた者だけ夢を勝ち取るのだ。
――最高のお祭りがしたい。そのためなら、私は何だってやってやる!
だから、私は大きく一つ、深呼吸をした。
そして、とびきりの笑顔で第1歩を踏み出す。
「ねえ、森へいかない?」
突然話しかけられた少年は驚いたような表情で目を見開いた後、怪訝そうに口を開いた。
「どうして?」
「お祭りのためにね、フクロウが必要なの」
頼れるお兄ちゃんって感じの少年だ。
私は満面の笑みを湛えて彼の手を掴み、今、初めて会ったばかりの少年を見つめて答えを促した。
わずかな逡巡の後、少年は「いいよ」と言って笑顔を浮かべた。期待通りの答えを聞けた私は、あまりの嬉しさに少年の手を取って喜びをあらわにする。
「ありがとう! とっても嬉しい!」
きっと、照れ隠しなのだろう。少年は私から視線を逸らして、「気にすんなよ」とぶっきらぼうに言い放つ。だから、握った手はそのままに、私は少年を引き連れて森へと向かった。
道すがら、祭りのことを聞かれた。
小さな頃からこの辺りに住んでいるが、フクロウが必要な祭りなんて聞いたことがない。どこか遠くからフクロウを探しに来たの? と少年が聞くから、私は迷わず「そうだよ」とだけ答えた。
それなのに少年は「俺に任せとけよ!」と鼻息も荒く私の後をついて歩いてくる。
私の見立て通り、やっぱり彼は頼れる”お兄ちゃん”だ。
嬉しくなった私は、少年と一緒に歌ったりお喋りをしながら、森の奥へと進んだ。
進めば進むほど鬱蒼としていく森の奥。
気が付けば、日没は目前。太陽が沈んでしまったら、真っ暗な森の奥は月の光すら届かない。
「フクロウ見つからないね」
「大丈夫さ! フクロウは夜に狩りをするんだろ? これを置いて、落ち葉を山みたいにいっぱい集めて、その中に隠れよう」
自信満々に言った少年が懐から取り出して見せたのは艶々とした羊の干し肉。1日中森を歩き回って、ずっと空腹を我慢している私には目の毒でしかない。
思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「食べちゃダメだぞ! 俺だって我慢してるんだからな」
少年は大慌てで干し肉を懐にしまうと、腕を組んで明後日の方を向いた。
……この調子では、味見すらさせてもらえないだろう。
とはいえ、これも目的の為。我慢我慢。もう少しの辛抱だ。
「うん。でも……おいしそう。落ち葉、集めてくるね」
私は干し肉を振り切るように踵を返して、周囲に散乱する落ち葉を集めた。
私達二人はそれを山のように積み上げていく。
しばらくして日没をむかえると、森の奥は文字通り真っ暗になった。
漆黒の闇の中、私と少年は落ち葉の山に潜んでフクロウを待つ。1時間、2時間と時は過ぎ、気が付くと少年は寝息を立てていた。
ちょっと時間がかかっちゃったけど、こういうことは少し苦労した方が喜びも大きいって聞いたことがある。
漆黒に染まる視界の中で、私は”お兄ちゃん”の身体に触れ、その輪郭を確かめるようになぞる。
そして、”お兄ちゃん”の首にぴたりと私の手を添えた。
――ごめんね。全部、嘘なんだ。
あなたの言った通り、フクロウが必要なお祭りなんて私も知らない。
だって、嘘だから。
本当はね、私の誕生日をお祝いしたかったんだ。だけど、私は私の誕生日を知らない。祝ってもらったこともない。
だから、お祭りをしたかったんだ。人生で最高のお祭り。
そのためには、家族が必要だって聞いたの。集めなきゃって思った。優しそうなお父さんとお母さん。頼れるお兄ちゃん。本当はお爺ちゃんとお婆ちゃんもいるといいんだけど、連れてくるのは大変だからいなくてもいいや。代わりにペットがいいな。
犬? 羊でもいいかも。
もそり、と私は落ち葉の中から立ち上がった。干し肉のあったところを見ると、そこにあるはずのものがなかった。
空腹感。無いと分ると、それは余計に耐えがたい。
ゆっくりと周囲を見渡す。
「犯人は君か。フクロウさん」
――決めた。ペットはフクロウにしよう。
ややあって、私は口の中に、フクロウから取り返した干し肉を入れた。ゆっくりと干し肉を咀嚼しながら、軽く左手に力を入れる。パキッっと硬質な物が折れる音がして、左手の中のフクロウが力を失くした。
「あ、お兄ちゃん。いつまでも寝てちゃだめだよ。明日は私の誕生日なんだから」
ずるり、と落ち葉の山の中からお兄ちゃんを引きずり出して、大きな木の横にペットのフクロウさんと一緒に座らせる。
「まっててね。お父さんと、お母さんを呼んでくるから」
ふと見上げると、大きな木の枝にとまった別のフクロウが、小首を傾げてこちらを見ていた。
「ごろすけ、ほーほー」
深い森の奥にフクロウの鳴き声が響く。
いつだったか、フクロウは死を運ぶ神様だって聞いた。
……でも、そんなことなかった。フクロウは私に家族と最高のお祭りを齎してくれた福の神だ。感謝。それしかない。
「じゃあ、行ってくるね」
大きな木の幹にもたれ掛かって事切れるお兄ちゃんとフクロウさんに、行ってきますのキスをしてから、私は街へ続く道を歩き出した。
明日の夜がとても待ち遠しい。自然と笑顔がこぼれる。
そうだ、ご馳走も用意しなくちゃ。
だって、私の初めての誕生日なんだもの。盛大にしなきゃ。
思えば今までいろんなひどい目にあってきた。汚い言葉で罵られて刃物を向けられたことだって、両手では数えられないくらいあった。
鳥籠が天国に思えるくらいの汚い牢屋に閉じ込められて、来る日も来る日も痛くて苦しいことをされた。
だから、絶え間なく流れ出る赤い血で、私は牢屋中に呪いの言葉を書き連ねた。
そしたらある日、自分の事を悪魔だっていうおじさんに出会った。
どんな約束をしたのかは忘れたけど、おじさんは私に新しい私をくれた。
まあ、その前に全身が炎に包まれて死ぬほど熱かったけど、今となってはそれも必要な事だったのだろう。
魔女になるにはどうのうこうのとか言ってたし。
っと、気が付いたらもう街の中だ。いつの間にか夜も明けている。
さて、お父さんとお母さんはどれにしようかな?
怖そうな人は嫌いだ。だって、アイツを思い出すから。
優しくて、美男美女がいいな。新しい私は幸せじゃなくちゃ。
ふわり、とパンを焼くいい匂いが鼻腔をくすぐる。匂いを辿って小さな家の前に立てば、そこにはとても幸せそうな男女がテーブルに向かい合わせに座って朝食を摂っていた。
決めた。この夫婦にしよう。
私は満面の笑みを浮かべて扉を3回ノックする。
ドキドキが最高潮に高まってきた。早く、早くこの扉を開けてくれないかな?
――さあ、最高のお祭りはもうすぐだ。
バースディ ヨツヤシキ @yotuyashiki
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