幸運の招き猫

 私が仕事で資料をうっかりカラーで印刷してしまったところを面倒くさい上司にネチネチ言われる。


 「あなたさ、なんでも適当で良いって思ってるでしょ。そんなスタンスだからカラーで印刷して、会社のお金を無駄にしてるの。実生活でもそうでしょ。そうやって適当な人、嫌われるよ?私は言ってあげるだけ優しいと思うよ。そういう人って見切りつけられるだけだから」


 なんて言われて最近恋人と別れたばかりだものだから私はメンタルがベッコベコになる。

 だから帰り道の骨董品屋で招き猫なんて買ってしまう。

 笑顔の猫だ。ちょっと、変な笑顔。

 少しくすんでいて、所々赤黒い色すらあって、ちょっと不気味だけど今の私の心境ではそのぐらいの方が良い。

 招き猫の左手がピンと空を向いていて、私は上を向いて帰る。


「やっば遅刻!」


 目覚ましが今日に限って壊れていて、私はドタバタ仕事の支度をしている時にふと気が付く。


「ありゃ?手の位置変わってない?」


 招き猫の左手が、90度前に倒れている。まるで何かを招くしぐさをするように。


「元々こうだったかな?ってそれどころじゃない!」 


 そう思って大慌てで出勤する。全然幸運じゃないじゃないか。

 案の定、電車に一本ギリギリでの乗り遅れてしまう。

 しかしそれが幸運だった。


 車両が脱線して大事故が起きる。

 死傷者が百人以上の大事故だ。もしもいつも通りの電車に乗っていたら……と考えてゾッとする。大事故のおかげで寝坊はうやむやになって職場に行くと遅れたことよりもむしろ心配されて一日をちょっと楽に過ごせる。

 これって招き猫の幸運なんだろうか?

 その日から妙なことが起こる。要はツキが回ってくる。

 上司にグチグチ文句を言われながら客先に提示する資料の直しをしていて「あーこんなの間に合わないよ!」って半泣きだった時に急に先方の都合が悪くなって締め切りが伸びる。私はちゃんとした資料を作ることが出来て責められない。

 同窓会で昔の恋人と会いたくないな、なんて思ったら昔の恋人はドタキャンで来れなくなって私は彼との恋愛話に触れることなく同窓会をエンジョイできて、ちゃっかり新しい恋人も出来る。

 会社行くのやだなぁ、上司と会いたくないなぁ、なんて思っていると上司が急な異動になって別の人が上司になって私の働く環境が激変する。


「いや本当すごいね君」


 そう私は招き猫に話しかける。

 招き猫の手は垂直になっていて、これからまた幸福を招いてくれるのだろう。

 客先の担当者は急死した、昔の恋人は交通事故で入院中、上司はメンタルが壊れてしまったらしくてもう会社に来れないのだとか。

 でも私は気にしない。だって私は悲しくない。幸運ってそういうものじゃない?

 招き猫の幸運に感謝して今日も眠りにつく。

 おやすみなさい。〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る