センサー
同僚の溝口が自殺をしたというのに会社にやってくる。
溝口は几帳面な性格で就業開始が九時のうちの職場、自社ビル五階のフロアに八時二十分には出社していた。それに間に合うように溝口は必ず余裕をもって八時十五分きっかりに、うちの会社にビルに入って来ていたのだ。
その時間帯は溝口の時間帯で、他の人はもうすこし後に来ていたものだから、その時間に自動ドアのセンサーが反応するのは溝口だけ、ということになる。
八時十五分、誰もいないはず、来ていないはずなのにセンサーが反応して、自動ドアが開くようになる。
溝口は死んだはずなのに必ずその時間に自動ドアが開くのだ。ここのところ仕事がある日は毎日。
溝口の幽霊だというちょっとした騒ぎになる。
業者に依頼してセンサーの修理を依頼したり、果ては自動ドアのメーカーごと大掛かりに交換したりして、それでも結局センサーが反応して、「やっぱり溝口の幽霊なんだ……」と皆で大騒ぎする。
だけど、たいていのことは慣れる。みんな自分のことで手一杯なので仕事の忙しさにかまけているうちに誰もいないはずなのにセンサーが反応して自動ドアが開く、という繰り返しに慣れてしまう。
「でも、溝口は本当にいい奴だったよな」
そう皆が話すようになる。
溝口は実際いい奴だったし、几帳面だったから仕事も丁寧だった。溝口が病んで自殺して、その穴を埋めるのはとても大変なことで「ああ、溝口は本当に色々なことをやっていてくれたのだな」と皆が思った。
「あいつの替わりって、簡単に現れるもんじゃないもんなぁ。今でもアイツの抜けた分を何とかするの大変だし」
そんな風に空き時間に皆が談笑して「そう思うとあの自動ドアもなんだか可愛いもんだよな」なんて風に話が着地する。
俺はたいしてろくな仕事を出来ないまま、死んでしまったとはいえそんな風に褒められる溝口をうらやましく思ったりする。俺の仕事は、誰でも出来るような簡単なことだけだから。
それからしばらくして、四十九日が過ぎて溝口がやってこなくなる。溝口は成仏したんだろうか?
俺はいつもと変わらず、どうでもいい仕事をやるために出勤しようとする。
会社に入ろうとする。
「あれ……」
ドアが開かない。自動ドアが、開かない。
「おいおい、気づいてくれよ」
自動ドアのセンサーに反応するように、右へ、左へと動くけれど、全然反応してくれない。
溝口ですら反応してくれたセンサーに気づかれないまま、俺は開かない自動ドアの前でいつまでも立ち往生をしていた。〈了〉
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