マグカップ
ふと、マグカップに穴が空いていることに気づく。
朝、会社のデスクで寝ぼけたままインスタントコーヒーをつくるためにマグカップへお湯を注いでいると、不思議なことにいくら注いでも水位が上がってくる様子がない。「おやまあどうしたもんかな」なんて思ってマグカップを見ていると底に真っ黒い穴がある。
隣の席の溝口さんに声をかける。
「これ、おかしくないですか?」
「え、どうしたんですか」
「なんかこれいくら入れてもいっぱいにならないんですよ〜」
「底が空いてるのかな」
「いや、見てくださいよこのマグカップ置いてた場所。下は全然濡れてないし、どっかに注いだ液体消えちゃってるんですよ。ヤバくないですか?」
「へえ〜」
就業前の時間だったので溝口さんと二人で色々試すことにする。
水道の蛇口をひねってドバドバと水を入れる。ずっと流れ込んで行って、一向に溢れる気配がない。
「底なしなんですかねえ?」
「試してみますか」
そう言って、今度はボールペンを中に入れてみる。ストン、とマグカップの中に落下して行って消えてしまう。
「えっ、嘘! 俺のボールペン!」
「困りましたねえ」
「返せよー、これ高かったんだぞ」
そう言って消しかすを入れたり、インクの切れたボールペンをここぞとばかりに入れていく。溝口さんも調子に乗ったのかサインペンやチラシ、余った未開封のカレンダーなんかもマグカップの口に突っ込んでいく。どんどん入ってしまう。
「え〜これ、ちょっと超常現象ですよ、すごくないですか?」
「怖〜、怖すぎでしょ〜」
「なんかいい使い道ないですかね」
「あー、じゃあ俺、これ買うんでくれません? 灰皿とかに便利そう」
「いいですね、じゃあ売りますよ。別に愛着ないですし」
そう言って溝口さんに千円で売る。
しばらくして溝口さんの愛用の灰皿になる。
朝の始業前に溝口さんにあげたマグカップの様子を聞く。大好評のようだ。
「結構便利で、生ゴミとか処理が大変なもんは全部入れちゃってますよ」
「へえ〜、売ったのもったいなかったかなあ」
「お買い得でした」
そう言って、仕事が始まっていつものように仕事をする。
「熱っ、熱っ! うわー!」
急に隣で溝口さんがそう言う。
「え、どうしたんですか溝口さん」
「いや、急に喉が熱くて、熱くて、うげえっ」
そう言って溝口さんの口からどんどん水が溢れてきて、めちゃくちゃになる。水、ペン、ゴミ、ネジ、ガラス、カレンダー、ありとあらゆるものがドバドバドバドバドバドバドバ!っと出て溝口さんの口を引き裂いて会社を汚し尽くす。
溝口さんは口どころか喉も内臓もズタズタになって死んでしまう。
あのマグカップの穴が溝口さんにつながっていたなんて!と思うけど、溝口さんの口から飛び出た物の中に人肉の破片があってそれは溝口さんの奥さんとお子さんの肉だということが調査の結果判明する。溝口さんの家には血痕だけが残っていて、肉は一片も残っていなかったらしい。
あれは溝口さんがマグカップに証拠隠滅のために押し込んだのだろうか?
それとも溝口さんが直接食べたものなのだろうか?
マグカップは奥さんとお子さんの呪いなんだろうか? でもなんで俺のマグカップでそんなことしたんだ?
何もわからないまま色々なことが終わってしまって俺は何とか日常に戻る。
朝、懲りもせず俺はマグカップにインスタントコーヒーの粉を入れて、お湯を注ぐ。今度はお湯がどこか行かないようにしっかりと見つめたまま。よくわからないことの片棒をわけのわからないまま担いでしまわないように。〈了〉
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