苦しみ広告制度

 最近の俺は仕事もプライベートもうまくいかなくて調子が悪い。今日なんて駅の柱にボケっとしていたら足をぶつけてうずくまってしまった。


「もしよろしければ苦しみ広告はどうですか?」


 うずくまっていた俺にそう声をかけてきた人がいた。怪しいな、と思ったがやることなすこと上手くいかなくて気持ちが落ちていたのでついつい話を聞いてしまう。

 その人は個人広告の営業で、何でも人の苦しみを広告に出来るらしい。


「人の不幸は……と言いますからね。話を聞くとどうにも最近上手くいっていないそうですし、あなたはなら広告として優秀ですよ」


 どうやらプライバシーは守られるらしくて、ある特定の個人の苦しみ、として発信されるらしいので俺は軽い気持ちでその話に乗ってみる。


『俺が悪くないのに、勘違いで上司に怒られた』

『電車に乗ろうとしたら勢いよく割り込んできた人がぶつかってきた』

『給料が上がらない』


 そんなことを広告として発信していると、俺の銀行の口座に凄いお金が入っていてびっくりする。


「どういうことなんですかこれは?」


 そう営業に電話をすると「それは広告料ですよ。評判いいんですよあなたの」と言われて、こんなことでお金が入るのかとびっくりする。

 お金もうれしいが自分が嫌な思いをしたことが多くの人に共感されたようで、損を取り返せたような気持ちになる。中々会社では得られない感覚だった。

 それから俺はちょくちょく苦しみ広告を使うようになる。

 上司に叱られた時、友人と喧嘩した時、漠然と孤独感に苛まれた時、病気になった時。しばらくして広告を繰り返すうちに俺はどうにもハラハラとするようになる。

 もし誰も良いと思わなかったらどうしよう?

 もしちっとも反応がなかったらどうしよう?

 俺のつらい気持ちって周りとズレてるのか?

 そうして俺はつらい気持ちを探すようになる。嫌なことがあればすぐにメモを取って記録するようにするし、一日の終わりには嫌だったことを思い出してしっかりと注意深く考察する。

 考えれば考えるほど俺の日常はひどいように思える。

 広告に載せる、銀行口座を見て反響を確認する。「どうすれば共感が得られるんでしょう?」なんて営業に聞いてみたりする。

 俺はとにかくつらい思いをしたくて、上司に口答えしたりする。そもそも悪いのは上司なのだ。だからとにかく怒る。

 悩んで、苦しんで、怒って、怒って、怒って、怒って、怒って。広告に載せて、広告に載せて、広告に載せて。

 俺は会社に行く。俺はしっかりと観察する。

 絶対に苦しみを見逃さないために。

 俺と言い争いになって、友達とも疎遠になる。俺はそれを広告に載せる。お金はどんどん増えていくのに俺はちっとも明るい気持ちにならなくて、悲しい気分にばかりなる。


『今週も素晴らしい広告ばかりですよ! この調子で頑張ってください!』


 そう言われる時だけが安心する。

 悩んで、苦しんで、怒って、怒って、怒って、怒って、怒って怒って怒って怒って怒って……


 ふと、思う。

どうして俺の人生はこんなに苦しいことばかりなのだろう。

もうしばらく笑っていない気がする。

どうしてこんなに苦しみが消えないのだろう。

そう思い、また俺はその気持ちを広告として提出する。悩んで、苦しんで、怒って、怒って、怒って、怒って、怒って怒って怒って怒って怒って……〈了〉

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