アキはのっぺらぼう

 アキはのっぺらぼうで顔が無いのでたびたび人の顔を真似る。アキのお父さんもお母さんも弟ものっぺらぼうだけど既に固定の顔を見つけていて、寝るときもそのまま寝るのでアキの家でのっぺらぼうとわかるのは固定の顔を持たないのはアキだけだ。


「さっさと顔見つけちゃえば良くない?」って私は言うのだけど「だって顔って大切だよ。一生付き合うなら真剣に考えないと」とアキは言う。私はそもそも顔を選べる人間の方が少ないのだし、適当にパパっと顔を決めてそれからその顔を愛せばいいんじゃないかと思うのだけど、それはアキに言わせれば傲慢な考えということで私は度々アキの愚痴を聞く。


「あんたの顔いいなあ、私、あなたの顔好きだよ」


 アキが私にそう言う。私はクラスの男子とかにそう言われると「なんだよ顔目当てかよ、つーかそういうジャッジする感覚を私に伝えるなよ、うざったいな、慎みを知れ!」なんて思うけど、アキの言葉は何となく簡単に受け入れてしまうし、どちらかというと良い気分になる。アキが言うには形が整っている、整っていないとは別のものが顔に現れることがあって、それがピンと来ると好きな顔だという。アキの好きな顔はどうも話した時の親しみとかが重要なようで、ファッション誌のモデルとかには全然興味を持たないし、色々と好みの顔についてぐるぐると話が堂々巡りした結果、たいてい私の顔を好きという。

 私はアキに顔を褒められることで、なぜだか内面も褒められたような気がしていい気分になる。でも、アキがそうやって顔に拘り、というか親しみのようなものに「顔の良さ」の定義を寄せてしまうからアキは決まらないのだな、なんてことを同時に思う。 


 時間はあっという間に過ぎる。私は高校を卒業して、東京の大学へ進学し、大学を卒業して、そのまま東京で就職する。

 仕事は中々忙しい。たまに体調を崩して休む。

 そうすると不思議なことが起きる。

 休むと連絡しても「何寝ぼけたこと言ってるんだ、もう会社にお前いるじゃないか」なんて言われる。私が不在で都合が悪い時に、なぜか私がいて対応したことになっていたりする。

 だけど仕事の負担は日に日に増える。段々家に帰るのが遅くなる。私は疲れ切って帰宅する。


 誰もいないはずの家で温かいご飯が用意されている。私はそれを涙を流しながら食べる。おいしい。


 そうやって何とかしのいでいたある日、私はぽっきりと折れてしまう。ベッドから出るのもおっくうで、電話をかけるのも面倒で、私は無断欠勤する。私はいつの間にか私の存在意義を会社に乗っけていて、何のために生きているのかわからなくなる。

 睡眠薬を買う。一気に飲む。


▽▽▽


 私は夜道を走っている。何かが怖くて逃げている、何から? 自分だ。

でも、自分からは逃げられない。息を切らして立ち止まる。ふと近くの建物のガラスに映った自分の顔を見る。

 なにもない。私に確かにくっついていた目も鼻も口も、何もない。私にはなにもない。

 怖くてただ夜道を走る。走り続ける。ようやく見つけた人に泣きつく。でも私の顔を見たら逃げ出してしまうだろうと半分あきらめながら。


「顔が、顔が無くなってしまったんです」


 目の前の人は私に背を向けてその言葉を聞く。


「誰の顔が無くなってしまったんですか?」

「私の、私の顔。もう、何も思い出せない」


 私は私の顔がもう思い出せない。何が楽しくて生きているかも、何が好きで何が嫌いで、何に喜ぶべきで何に怒るべきなのかも。


「その顔ってこんな顔?」


 そう言って私の目の前の人は振り返る。

 私の顔だ。


「私は好きだよ、あなたの顔」


 誰かが言う。


▽▽▽


 目が覚めて私は吐しゃ物にまみれていてベチョベチョでめちゃくちゃに臭くてうめきながらシャワールームへ這って行く。シャワーでなんとか汚れを落として水を飲んで、もう一度トイレで吐く。

 翌日になっても全快とはいかないけれど仕事には相変わらず行く気が全くしないのでその週は無断欠勤を続ける。病院へ行く、診断書をもらう。

 翌週、恐る恐る会社へ電話をする。


「どうしたの急に。体調不良で休むなんて電話してきて心配だったんだよ」


 そんな電話を私はしていないけど、会社の人が言うには私が電話をしてきたらしく、結局何とか会社に行って診断書を出して休職する。しばらくして落ち着いて転職活動をして新たな職場が見つかる。私はゆっくりと生活を建て直す。


 しばらく経って生活が落ち着いたころ、アキから結婚の報告が来る。式に参加する。

 ウェディングドレスのアキを見る。アキの顔は全然見たことない誰かの顔で、だけど幸せそうな顔だ。

 アキが私の方を見てにっこりと微笑む。私はアキの幸せを祈りながら、微笑み返す。

私はアキの顔を「いい顔だなぁ」なんて思いながら手元のグラスに映る私の顔もなかなかだぞ、なんて考える。〈了〉

 

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