人面瘡

 俺の膝には人面瘡がある。俺から生まれた人面瘡だけにその顔は俺によく似ていた。


 仕事で上司にどやされるたびに膝が疼いて夜になると人面瘡が呻くようになった。

 人面瘡は昼間は疼くだけで、声を発することはなかったが夜に風呂に入ると、クシャリと顔を歪めて「悲しいなぁ、悲しいなぁ」と声を出して静かに泣く。

 俺がシャワーを浴びていても言い続けるのでうるさくてかなわない。俺が湯船に浸かり、ポコポコポコポコという音に強引に変えるまで人面瘡は「悲しいなぁ、悲しいなぁ」と言っていた。


 それでも俺は仕事へ行く。俺は強引な設定のノルマを達成できず、上司にどやされる。家に変えると人面瘡が「悲しいなぁ、悲しいなぁ」と声を出す。

 仕事の日々が続くにつれて俺は人面瘡が疎ましくてしょうがなくなる。上司にどやされるたびに疼き、その疼きは日に日に強くなっていて俺はいつ会社で人面瘡が声を上げ出すのかと恐るようになる。


「やい、毎日毎日疼きやがって。少しは静かにできねえのか」

「悲しいなぁ、悲しいなぁ」


 人面瘡はそう言うだけで俺は余計にイライラした。

 会社に行けば叱られる。叱られると膝が疼きだす。膝が疼くと夜毎に人面瘡が啜り泣く。

 俺はこのような人面瘡の弱さが俺の心に歪みを生み、仕事を邪魔しているのではないかと考える。そもそも人面瘡が生まれた時期と俺が仕事で上手くいかなくなった時期はとても似ているように思えた。


「お前のせいだな、そうなんだろう」

「悲しいなぁ、悲しいなぁ」


 俺はハサミを火で炙る。金属を熱くして、俺の膝つまり人面瘡の前にやる。


「いいか、これ以上泣くならこれからお前を焼いて潰してやるぞ、俺はお前を焼き潰すぞ」

「悲しいなぁ、悲しいなぁ」


 俺は人面瘡の泣き顔を見て、訳も分からず悲しい気分に襲われ、衝動的に熱した刃を人面瘡に押し当てた。人面瘡はやけどの跡になり、もう顔には見えなかった。





 人面瘡を焼き潰した後、俺は徐々に仕事の成績が改善された。上司には精一杯の言い訳や、時には反論を行い、顧客には頭を下げ、時には辛酸を舐めながら必死に仕事をした。努力を重ね、成績が伸びていった。


 数年後、俺は管理職へと昇格した。

 部下というものは簡単なことを言ってもわからず、どうしようもなく愚鈍で失敗ばかりする。必死さというものが感じられず俺は部下を時に怒鳴りつける。


 なぜ努力しないのか。なぜ必死にならないのか。


 俺は腹が立ち、どうしようもない部下にカンカンになる。

 俺は何人もの部下を同じように責め続ける。

 目の前の部下は顔を歪めて立っている。


「悲しいなぁ、悲しいなぁ……」


 部下を叱り付けるたびに、いつか聞いた人面瘡の声が頭に響く気がした。

 膝はもう疼かず、夜には何も聞こえない。何も聞こえない。〈了〉

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