第7話 親友の夢
ラングル鉱山への道のりは比較的遠回りでも緩やかな道を選んだ。
王都のような完璧に舗装された導線とまではいかないが、それでも砂漠や道なき道を行くよりかはよほど良い。
今から山に登るというのに何もスタートラインに立つまでの道程で体力を消耗することも無いだろう。
さすが冒険者というべきか。
馬車に乗り込んでからクラブに任せきりだったリックだがどうやら正解だったようだ。
「で、証拠とやらはどこなんだ?」
「…っつあ~その事なんだが…」
馬車の中から顔を出してリックはおもむろに聞いた。
そもそもその証拠があるからという前提で馬車に乗り込んでいる。
手綱を握るクラブに一筋の汗。
なんだか歯切れの悪いクラブにリックはため息を吐いた。
「…ないんだろ。証拠なんて」
「いやいやいやいや…待ってくれ! 確かに物的証拠はないが話しを聞いてくれ!」
「やっぱり…」
手綱を放して慌てふためくクラブに再び溜息を吐く。
しかし不思議と騙されたという考えはなかった。それどころか手綱が無くとも真っ直ぐに走る馬を見て安心すら覚えていた
馬は頭がいい。
こうして主の言う事を命令が無くとも真っ直ぐ歩けるという事は信頼している証。少なくとも悪い奴という訳ではないだろう。
「まあいい。話せ」
「そういってくれると助かる。…では本題に入るがさっきの店でラングル鉱山の謎を解きたいと言ったのを覚えてるか?」
「ああ。世紀に残る何かを残してる…だったか」
「そうだ。実はな…アレはウソだ」
「殺すッ!!」
「おい止めろ! 首を絞めるな!!」
怒りに身を任せ、首を締め上げ両手で吊り上げる。
誰も居ない荒野で大の大人が組んず解れつ。第三者視点ならば相当みっともない姿であろう。
しかし有に百キロはありそうなクラブを軽々と持ち上げるリックもリックだがそれに耐えるクラブも相当な猛者である。…それはともかく。
「…ったくこのオッサンは」
「仕方がないだろう! こうでもしないとお前さんは着いて来てはくれないと思ったのだから。俺には強い護衛が必要だったんだ」
「なんでお前がキレてんだよ。…つーかその口ぶりだと俺のこと知ってたみたいだな。誰から聞いた?」
「…ホリック・マウセンだよ。あの英雄の…」
「あの爺さん…。また余計なことを…」
ホリック・マウセン。
その名が示す通りルナの祖父に当たる。
ただ都民や王都からすれば彼の名はただの爺さんなどという無礼には当てはまらない。
なぜなら代々より王宮魔術師として王都に仕え王国と都民に尽くしてきた英雄なのである。
この世界で生れ落ちたのが浅いリックもホリックの名は再三に渡り耳にしていた。
「そのホリック・マウセンがアンタのことを褒めちぎってたんだ。頼らなかったらそれこそウソつき以下のバカだよ」
「開き直るなバカが。私事で利用したいんなら他を当たってもらえるか。俺も忙しいんだ」
「いやそれは困る。それにアンタは今利用してるって言ったが事実は違う。今回の依頼は私事では決してない」
「どういうことだ?」
言葉以上にリックの眼が語る。
お前には信用が無い―――と。
しかしそれでも、その視線を受け止めるクラブにはウソ偽りは無いように見える。
その眼は古書店で見せた比類なき想いを詰めたあの眼光だった。
クラブは首都マニラ郊外にある小さな村、アルーベで育った。
畑や林業で生計をたてるこの村は人口の少なさから子供の数も限りなく少なかった。同年齢なんていうのは稀で一つ二つの違いは当たり前、上が下の面倒を見るのはもはや子供の仕事であった。
ならばそんな村において同学年で、しかも気が合う仲間だなんていうのは貴重な存在極まりない。
夜通し遊び、語り、互いに夢を見るのは至極当然の事だった。それが例え異性であっても。
クラブの指す〝亡き友〟とはそんな親友の事であった。
「アイツ…リルは魔術師でなあ。ルーベリア魔術学校に通いながら人助けを主として活動しとった。そんなアイツに俺は憧れと同時に嫉妬してたのさ。だから家業を継ぐのが嫌で冒険者になったんだ」
魔術とは才能だ。
どんなに努力してもその力は得られるものではない。
翼の無い人間が空を飛べないが如く、才能ない者が魔術を使用するというのはあり得ざることだった。
村の友で、親友で、共に夢を語り合った親友だからこそ嫉妬するものもあったのだろう。
冒険者には夢がある。
霊獣や界魔、果ては鉱石や原石に至るものまで見つければ世紀を跨いで英雄となれる。
彼は単純に負けたくなかった。
だが…
「それがついこの間さ。久々にアルーベに帰ってみたらリルの奴が見当たらない。聞けば、ラングル鉱山に子供が迷い込んだってんでリルが単独で助けに行ったらしくてな…」
どことなく力無い表情に結果が見て取れる。
ラングル鉱山は呪術の塊と言っても過言ではない。
左右前後に警戒してもしたりない。単独で乗り込むなど自殺行為も甚だしい。
「実力はあった。だがやはり急ぐ必要があったとはいえ一人じゃ無謀だよ。実際俺が急いでラングル鉱山に行ってみりゃあリルは死ぬ一歩手前でなあ…ボロボロだったよ。幸い子供は無事だったがな…」
「……幸いねえ」
〝本当にそうか?〟
リックは心の中で呟いた。
そう言い聞かせてるだけじゃないのか?
そんな聞けもしない疑問が脳裏を過るなかクラブは続ける。
「で、だ。息絶える間際にアイツが言うんだよ。『私の夢がそこにあった』って…。子供の無事を確かめて笑いながらだぞ。何だかいつも通り過ぎて俺は泣けもしなかったよ。親友が目の前で息絶えてんのにさ…」
存外人というのはそんなものなのかもしれない。
無論、冷酷といっている訳ではない。
きっと現実味がなかっただけなのだ。
今までの普通が普通でなくなる。
非日常が日常となった瞬間に普段通りで過ごせる人間などいやしないだろう。
「だからさ…あの世への手向けじゃないが『私の夢』ってものを手に入れてやりたいんだ。アイツの夢を…俺が叶えてやりたいんだよ…」
クラブの想いが溢れる。
情けない思いと自分への怒りが溢れ出る。
だがしかし、ラングル鉱山は広大だ。
どこにその夢があるかも分からないのにそこに行くというのは無謀すぎる。
それこそ自殺も甚だしい。呪詛の山だ。
「…頼む。協力してくれないか?」
長居となればキール族も襲ってくる。
奴らは確実に命を取りに来るだろう。
馬は迷いなく歩を進めていた。
リックがその歩を止めることは二度とない。
「…面倒くせえなあ」
ラングル鉱山まで数十キロ。
対策を練るには十分時間はありそうだ。
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