一生で一度きりのお祭り
タカナシ
「60年に一度」
最高とは、なんだろうか?
程度がいちばん高いことらしいけれど、そういう意味で言えば、確かにあのお祭りは僕にとって最高のお祭りだったのかもしれない。
なんせ、比べることができないのだから。オンリーワンでナンバーワンだろう。
※
僕の街には60年に一度だけ開かれるお祭りがある。
それは弁天島厳島神社の御本尊弁財天の御開帳と言い、漁港には大量の漁船が大漁旗をはためかせ一列に並ぶ。
昔は弁天島まで行くには船でしか行けず、このお祭りのときには船が一列に並び橋を作り、弁天島まで歩いて行ったそうだ。
さて、ここまではネットで知り得た情報。
この祭りが今日の夜から明日に掛けてあるのだが……。
「息子よ。御開帳。見に行かないか?」
僕の部屋に無遠慮に入って来ながら父さんは開口一番に僕をお祭りへ誘う。
「いや、いいよ。どうせ混んでるでしょ。人込み嫌いだし」
「いやいや、60年に一度だぞ。絶対見た方がいい! だから一緒に行こう」
「そんなに見たいなら一人で行って来なよ。まぁ、万が一空いてたら行ってもいいけどさ」
僕がそう言うと、「わかった」と言って父さんは家を飛び出し、御開帳を見に漁港へと向かった。
「あんなに行きたがって、祭りとか好きだったっけ?」
僕の父さんは髭面で熊みたいなガタイをしている。
遊ぶ事にかけては超真剣で、55歳という年齢にも関わらず海へ山へと遊び歩いている。
その所為か、夏の今は日サロに通っているのかってくらい黒く日焼けしている。
逆に僕は父さんとは反対に超インドアで、肌も白く体も細い。
漫画や小説があれば一歩も外に出なくても大丈夫で、高校に入ってからはそういう仲間も多くできて、余計に外に出ない生活が加速している。
別に不仲という訳ではないが、いつの間にかあまり会話はしなくなっていた。
そんなことを思っているとスマホに電話が入る。
『整理券配られた人だけしか入れないらしい』
少し落ち込んだようにも聞こえる父さんに声に、僕は「わかった」と素っ気なく返事をすると。
『明日は7時から開始らしいぞ!』
と、不吉な言葉が電話口から聞こえた為、慌てて電話を切った。
もう少し本でも読んで居たかったが、あの様子では……。
僕はさっさとベッドへ潜った。
※
「行くぞ行くぞ行くぞ」
早朝、父さんの元気すぎる声で目を覚ます。
「いや、今起きたばっかりで、まだパジャマなんだけど。それに行くなんて一言も言ってないし」
「60年に一度だぞ?」
父さんはなぜ行かないのか不思議そうな表情を見せる。
一向に一人では行こうとせず、いつまでも僕を待つ。
「えっ? いや、どんだけ待たれても行かないけど」
その言葉に、マジか!? という表情を浮かべた後、ぐいっと僕の体を持ち上げた。
「ちょっ、何、何っ!?」
「このまま、運んで行こうかと」
「いや、マジで止めて! だいたい、そういう事するから父さんと一緒は嫌なんだよ!」
僕は父さんに連れられ、3歳のときに無理矢理沖に離され、5歳のときに山で遭難した。大きい事件はこれくらいだけど、父さんに関わると、ちょいちょいケガをしている。
ついでに今迄からの経験則で行くと、これは途中で落とされ、アスファルトの堅い地面に腰を打ち付けるタイプの不運が待っている奴だ。
「はぁ、わかったよ行くよ。着替えるから、父さん、先に行っててよ。後から着替えていくからさ」
「いや、いい。待ってる」
なぜか頑なに一緒に行こうとする父さんを不思議に思いながら、僕は手早く着替えをこなす。
「行くぞ」
渋々父さんについて漁港へと向かう。
一応近所ではあるのだが、それでも結構な距離と、普段は見ない人波の所為で、着いた頃には大分体力を削られた。
そこに追い打ちをかけるように目に入ったのは長蛇の列。
まだ時間は7時半くらいなのだが、それでもずらりと並んでいる。
「老人は朝が早いな」
父さんの呟きを聞いて、列をよく見ると確かに、お年寄りが多い。
暑さがそこまで強くないこの時間は老体にも優しいだろうし、早起きは得意中の得意だろう。
ふと、この街の介護費は全国でもトップクラスだと聞いたことを思い出した。
「もう少ししてからまた来る?」
御開帳は今日も夜までやっている。この行列がひと段落すれば、楽に入れるかもしれない。
しかし、父さんは、
「いや、並ぼう!」
「ええっ~」
急いで回れ右をして、帰ろうとする僕の首根っこを掴み、無理矢理、列へと加わる。
「ちょっ! Tシャツ伸びるって、放してよ!」
列に加わってしまったことで、諦めた僕を見てようやく父さんは首から手を放してくれた。
朝早いとはいえ、なかなかの暑さで、Tシャツの背中にじんわりと汗が染みこむ。
「いや、これ、死人でるんじゃない?」
思わず、そう口に出し、これは脱水で倒れるフラグかなと思わずにはいられなかった。
暑さもあり、口から出る言葉は「暑い」だけで父さんとの会話も暑さについてだけで、禄でもない会話だけして、1時間半が過ぎた。
ようやく先頭が見えるようになると、商魂たくましく、キンキンに冷えた飲み物が売られている。
「そうだよね。こういうの無かったら、脱水で死ぬよ」
飲み物はお祭り価格で、無駄に高かったが、背に腹は代えられないと思っていると、父さんが無言でお金を出してくれた。
スポーツドリンクで喉を潤すと、程なくして僕らの番が来た。
昔なら船を橋にしなくては渡れなかった島には橋がしっかりと架かっており、危なげなく島に渡ることができた。
緩やかな坂道を少しあるくと、目的の社が目に入る。
「記念に何か買っていこうかと思ったけど、物販はないのか」
少し残念に思いながら、御開帳された神仏を目にする。
なんというか、特に金色に輝いているとかではなく、至って普通の小さい仏像でいささか拍子抜けもしたが、それでも60年に一度しか見れないとなると貴重な物のような気がした。
もともと写真なんかは取れなかったけれど、父さんはチラリと見ただけですぐに立ち去る。
帰り道、漁港で父さんが一点を指さし、思わず僕はその方向を見ると、そこには『大漁』と書かれた旗がいくつも並んではためく。
青い空と青い海を背景にたなびく大漁旗の光景は一生忘れないだろうというほどキレイで壮観だったんだけど、そのあとの父さんの、
「次は60年後だから、俺は115歳だな! 楽しみだ!」
次も見る気満々なセリフで全部持っていかれた。
確かに父さんなら、生きていそうだなとすら思える。むしろ僕の方が先に死にそうだ。
けれど、なぜ父さんがここまで僕を誘いたがったのか、それだけは謎のままだった。
※
それから40年経って、僕はあの時の父さんと同じ歳になった。
父さんは初孫を見ると、ぽっくり逝ってしまって、もう二度と御開帳を見ることはできない。
僕だって次はどうなるかわからない。
あのときは、父さんがなぜあんなに一緒に行きたがったのかわからないけれど、今なら分かる。
60年に一度、父さんの年ならもう二度と見られないその光景を、息子の僕と見たかったのだと。
そして、それを話題にしたかったに違いない。
実際、それから数日は、あのお祭りのことで話に花が咲き、よく話した。
人生でたった一度。たった一度だから常に最高のお祭りになるあの祭りを共に見たかったのだと。
僕も、いま、この年になって、またあのお祭りに息子と行きたいって思うんだ。
だって、全然、息子と何話していいか分かんないんだもん!!
会話の内容を提供してくれるあの祭り、本当に最高だったよっ!!
一生で一度きりのお祭り タカナシ @takanashi30
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます