我らがひぃさま、楽しみませ
シャリン、シャリン
狐の少年が持つ杖についている鈴が、歩くたびに音を立てる。
不思議とそれは不快ではなく、むしろ心地が良い。
「ひぃさま。ひぃさまの案内人と護衛役をさせていただきます、クロと申します」
「クロ…」
「ひぃさまに名を呼んでいただけるとは!」
ピコピコと動く耳と尻尾。…本物、かな。
私が考えているとは思っていないのか、狐の少年…クロはまた前を向き進み始める。
獣道のような…けれど階段はある道だ。不思議な道。
「ひぃさまが来られること、皆も喜んでいました!なんせ三百年ぶりですから!」
「…三百年…」
「はい!その間の花子は皆、山神様に媚びうることしか考えてなかったので、皆で食べてしまいました!」
「たべっ、」
待って、花子って…人でしょう?
人を、食べたの?媚を売るって、ウザかったから、食べたの?
「…っ…!」
今更ながら、恐怖が湧いてくる。
歯が噛み合わず、手先が震え、膝も震え始める。
それに気づいたのか、クロが
「大丈夫ですよ!ひぃさまのことは、ひぃさまが生まれた時から皆知っています!食べるなどありませぬ!」
と私の手を握り言ってきた。
狐の面のせいで瞳も満足に見えないけれど、その声からは優しさが感じられた。
でも待って
「生まれてから…?」
「はい!生まれてから!」
「ずっと?十五年間?」
「はい!十五年間ずっとです!」
私が聞くと、クロは悪気無さそうに答えてくれる。…いや、実際悪気無いんだろうけど…
「私は生まれた時から、花子になることが決まってたの?」
「はい!むしろ生まれる前から決まっていました!」
「…」
えー…なにそれこわーい…
「あ、ひぃさまほら!山のもの達が出迎えてくれますよ!」
少し歩くと、提灯らしき光がいくつも浮かんでいるのが見えた。
同時に、ガヤガヤと人集り特有の賑やかさも聞こえてくる。
クロが二歩ほど私の前に立つと、シャリンシャリン!と鈴を強く鳴らす。
「皆のもの!我らがひぃさまのお通りだ!」
クロがそう言った直後、そこらじゅうから、わぁぁぁっ、という声が響く。
木々もやはりざわめき、風なんて花びらと踊り舞う様に吹いている。
何が何だかわからない、けど
「ひぃさま!こっちの見たってよ!綺麗なビードロだよ!」
「ひぃさま!ほらほら!お手玉、万華鏡、手鏡、人形!色んなのあるよ!」
「ひぃさまほら!ひなあられも焼き菓子もあるよ!」
「ひぃさま」「ひぃさま!」「ひぃさま〜」
あちこちから呼ばれる。
私の名前では無いけれど、どこかしっくりとくる呼び名。
私が人…いろんなヒトたちに揉まれるのを、クロは楽しげに見ている。
ふと、近くに黒い人影が現れた。
クロは慌ててお辞儀をし、何かを告げている。
あ、私の方を指した。私のことを話しているのだろうか。
ほんの少しすると、人影はいなくなって
シャリンシャリン!
と、また鈴の音が響く。
「ひぃさま、ひぃさま、我らがひぃさま!我らがひぃさま、楽しみませ!」
クロがそう言うと、後からまわりのヒトたちも続く。
少し恥ずかしくなって俯く。
するとどこからか風が吹いてきて、何かが頭の上に乗る。
手にとってみれば、桃の花でできた花かんむりだった。
そうだ、今日は三月三日。桃の節句。
だからひなあられ。だから桃の花。
花かんむりに見惚れていると、誰かが優しく手を引っ張る。
前を向けばクロがいた。クロは優しく笑って
「さぁ、我らがひぃさま。楽しまれたかな?まだまだこれから、楽しい時は永久に。だから、今は我らが山神様の元へ」
その言葉にハッとする。
そうだ、私は花子だ。神に嫁入りするのだ。
思い出し、名残惜しいけれど市場の様な場所を後にする。
そこを抜ければ、家の様なものが建っていて、木の上にもある。
住居、なのかな…
「珍しいですか?」
「うん。昔の建物っぽい」
「そりゃ、ガスコンロも無ければテレビもありませんもん」
「無いの?」
「必要ありませんからね!さぁ、ひぃさま。我らが山神様の元へ。山神様のお屋敷へ!」
クロが手を優しく引っ張る。背中を風が押す。
怖いなんて感情、とっくに消えていた。
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