ひいなづき
ひかげ
選ばれし花子、おいでませ
これは、ある村に古くから伝わるお話。
千年も昔のこと。その村は雨に、雪に、日の光に悩まされていた。
雨が降れば土砂崩れが起き、雪が降れば家から出られない。日照りは一週間も二週間も続く。
【このままでは先を生きる子孫たちが困ってしまう。】
そう考えた村の長は、その村唯一の神社へ赴き神主に聞く。
【この村を先も生かすためにはどうすれば良い】
神主は答える。
【近頃、ここら一体のお山様が
長はその手は無かった、と言わんばかりに目を輝かせ、すぐさま屋敷に帰り村中に報せを出す。
ー
長は考える。どれくらいの娘子を気にいるだろうか。酒は、祝いの品は、どうすれば村の存続を約束してくれるだろうか。
そうして、悩みに悩んで末。とある1人の少女を花子に、と選ぶ。
とある貧しい一家の長女であった。
長は娘と引き換えに、家に大量の金銭を送った。
家族は泣く泣く娘を手放し、娘は家族のためを思い白無垢を羽織った。
それが千年前のこと。
その年、無事に長はお山様ーー山の神ーーと約束を交わし、五十年一度、花子を差し出すことで村の平穏は保たれた。
花子が嫁入りする日は、決まって桃の節句。
つまりは三月三日。
そういったところで、何も変わりはしないのだけど。
五十年に一度。それが今年。
選ばれし花子。それが私。
五十年に一度生まれた私。
たまたま、選ばれたのだ。
十五になった今年、私は神に嫁入りするという名のもと、死にに行く。
なんと哀れなことだろうか。
周りは華の女子高生として人生を謳歌している中、私はひっそりと死んでいくのだ。
周りは悲しまない。当たり前だ。自分は生きられるのだから。
あぁ、なんと憐れだろう。
今日がその三月三日。
私は今日、死にに行く。
皆に望まれ、皆に祝われ、死んでゆく。
悲しい。死にたく無い。
でも、
生きさせてはくれない。
私は花子だから。神の花子だから。
神のものに手を下してはならない。
あぁ、こんな村に生まれなければよかった。
最後の恨み言として、そんなことを思う。
両側に火の灯った松明。目の前に、鈴の下がった赤黄白の組紐を巻きつけた赤い鳥居。
向こうに山の頂上にある神社。
この先へ行ったものは帰ってこない。
みんな死にに行ったのだ。私も同じ。
誰にも惜しまれず、階段を登って行く。
白無垢が重い。高めの下駄についてる鈴が控えめに鳴る。
階段を一つ一つ噛みしめるように登り、登りきった先には
「ぇ…」
「おや、お待ちしておりましたよ。」
「ひぃさま」
顔上半分までの狐の面をつけた、男の子。
背丈は私と同じ年頃だろう。
手には提灯を持ち、服装は神職の袴?のようなもの。下は紺色、上は白。
面の左右には鈴が付いていて、髪の毛は黒。
そして
「耳…?」
狐のような耳。
よく見れば足の方にもフサフサとしたものがある。尻尾だろうか?
「あぁ、俺は狐なんでね。まぁそれはいいとして、ひぃさま、よくぞおいでませ。我ら山のもの一同、皆歓迎します!」
そう言うなり、バッと両手を広げた。
その瞬間、木々がざわめき、風が渦巻き、ちらほらと咲いていた梅の花びらが舞う。
水色が広がっていた空は、いつのまにか藍色に染まり、下の方で橙色が揺れていた。
神社の本殿?の方にも明かりが灯り、その後ろにある山も、明かりがぽつぽつと光っていた。
「選ばれし花子よ、ようこそおいでませ!」
自称狐の少年の言葉を、私は口を半開きにしながら聞いていた。
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