第一話 『凪原ハルトの受難』 その9


「大丈夫ですか!!」


 七瀬川は事故現場に到着すると、叫んでいた。


「ううううっ。助けてえええ。ママ、ママが、呼んでも動かない……っ」


 歪んだ車の中……割れて砕けているガラス窓の奥で、小さな女の子が泣きながら訴えてくる。


 何台もの車がぶつかって、グチャグチャになっていた。この車も前と後ろから挟まれたようだ。悲惨極まりない。前後の大型車を運転していたヤツらは、とっくの昔に逃げ去っていた。


 サイテーな大人ばかりだ、本当に嫌いだ。


 ……だけど。今は、七瀬川がどうにかしようとしているんだ。フォローする係のオレも、どうにかしないといけない。


 ……恐る恐る、女の子が小さな手をそえている女性を見た。死んでいるのだろうか?頭からは血が出ている……。


「し、調べるからな」


 勇敢な七瀬川は、割れた窓ガラスから身を乗り入れて、腕を伸ばす。女性の首元に手を当てて、脈拍を調べているのか。


「……お姉ちゃん……ママ……ママ……死んだの……っ?」


 いたたまれなくなるほど悲しみに満ちた声を聞く。七瀬川は、きっと、今のオレより苦しいだろう。直接、その言葉を訴えかけられたんだから。


 七瀬川は、きっと奥歯を軋ませながら指に意識を集中させた。


 ……。


 ……。


「……っ!!だ、大丈夫だ!!生きている!!脈はあるぞ!!」


「ま、ママ、生きてるのっ!?」


「ああ!!大丈夫だ……きっと、脳震盪とかで気を失っている……」


「よ、良かった……」


「う、うむ。だが……引きずり出せるだろうか……っ。出血もあるし……っ。何か、工具でもあれば……」


「……工具はないが、オレの左腕は馬鹿力だ」


「……っ!!ハル!!そうか、お前のサイバネの腕なら!!」


「ああ。それに……医者もいる」


「そ、そうだ!!くるみ先生!!こっちに、来てください!!」


「えええええっ。に、逃げないのかなあ!?」


「医者でしょ!!」


「……っ!!そ、そーよね。私、困ったことに……医者なんだよねえっ」


 くるみ先生は素直だった。イヤそうじゃあるし、教師としては、しょせんは偽りの保健室の先生でしかないけれど……本物の医者ではある。


「はいはい。七瀬川さん、本職と交代ねー」


「よろしくお願いします、くるみ先生」


「……お姉さん、お医者さんなの!?」


「そ、そうね」


「ママを、助けて!!」


「……うん。がんばるよ」


 くるみ先生はそう言って、意識のない女性を調べている……。


「……意識はないけど。頭部の外傷はそれほど酷くないわね。運んで輸血すれば大丈夫。最近の車って、頑丈に出来てるからね……きっと、事故の瞬間。とっさに助手席の子供を庇った……そのとき、過剰にダメージ入っちゃったのね」


「わ、私のせい?」


「ち、違うわよー?だいじょーぶだからねー。泣かないの、泣かない……っ。薙原くん!」


「はい。どこをどうすればいいですか?」


「こ、工学の博士号も持っているからね、わ、私にかかれば、患者にダメージ最小限での救助活動の指揮ぐらいできるはず……っ。と、とりあえず、助手席は壊して!!まずは、女の子から助けなさい!!」


「了解です。あのさ……君」


「な、なあに?」


「……オレは、怖くないからね」


「……え?」


 きっとね。こんな言葉はムダなんだよ。それでも、孤高なヒーローみたいに言い訳しないで人助けに走るなんてこと、オレには無理だ。凡人だからさ。


 左腕だけじゃなく、右腕も使う。事故った車の歪んだドアに思い切り腕を絡めて……力を使う。


 ギリギリギリギリギリイイイッッッ!!!


 車のドアが、ますます歪む。計算通りだ。計算通りだよ、そのリアクションも。


「ひいいいいいいいいいいいッッッ!!?や、やだあああああああああッッッ!!?か、改造人間だああああああああああああッッッ!!!いやああ、いやああああああ、いやああああああああああああッッッ!!!」


 6才くらいの子供だってさ。今の日本で一番、危険なヤツらがどういうモノなのかを知っているんだ。


 人間に化けている、機械仕掛けの殺人鬼たち。改造人間。そいつらは人間離れした力の持ち主で、そいつらなら……こんな風に常人じゃ曲げられるはずもない交通事故でメチャクチャに歪んだ車のドアだって、引きちぎることが出来るんだ。


 恐怖に歪む顔と。


 悲鳴。


 ……たまらないね。


 ホント、腕をくれた女医さんだかマッドサイエンティストが教えてくれたけど。心の痛みも、体の痛みも……脳で感じる部分は一緒でさ。本当に、突き刺さるように、体を痛めつけてくる。


 しかも。


 自衛隊のマッドサイエンティストごときじゃさ……いいや、オレの体の改造部分が少なすぎるせいで。全身機械化している本物の戒造人間の力には、遠く及びやしないんだ。


 削ぎ落とされて、無理やりつなげられた体が、死ぬほど痛い。


「……っ。薙原くんっ」


 くるみ先生は分かった。さすが専門家。ヒトの体が、車のドアを引きちぎろうってのは、無茶な行為なんだ。機械と生身が合わさっている部分が酷く痛いんだ―――吐き気が出るほど痛い。


 でも。いいや。体の痛みの方が、マシ……ゼロ距離で、小さな女の子に化け物あつかいで泣き叫ばれているほうが、どうにもこうにも辛くて痛い。


 腕から生身の証の血が垂れる……。


 まったく。


半端な力だよなあ……それにね、情けない。自己弁護している。作業に集中すればいいのに。


「……大丈夫だからね。お兄ちゃん、改造人間じゃなくて、人間なんだ。こういう腕しているけど……人間だ。だから、君のことも、ママのことも……助けてあげるからっ」


 泣き叫ぶ声なんて、子供の恐怖なんて。見知らぬ他人の言葉で止めることなんて出来ないさ。知っているのに、それでも、情けなくも口にする。自分は人間だ。信じてくれ。号泣中の幼女に届くかよ。


 せめて。


 笑いながら言えばいいってのに。


 泣きながら、苦しそうな顔なんかじゃなくてさ……っ。


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