第一話 『薙原ハルトの受難』 その6

 三十三番高校という場所に対する印象は、あまり良いとは言えないかもしれない。それでも、決まってしまったことだ。受け入れるのが、日本の高校生らしい選択だ。自主性に欠ける?……日本人の伝統的価値観に基づいているじゃないか。


「さてと。私の職場で繁殖活動が行われていないとなれば、問題はないわね!」


「……それで、くるみ先生。他の職員は……?」


「今日も欠席ね!……スタッフ集めるのに苦労しちゃっているのよね。学徒出兵だとか、時代錯誤だとか、世論の受け悪いからね……このプロジェクトそのものが」


「……とはいえ。我々は学生でもあるのですから、ある程度は健全な授業の開催も期待したいところですね」


「なら。AI教師による文科省推薦の授業プログラムを受講しましょう!リピドーあふれる少年を野放しにしているよりは、自習でもすべきね!」


「え?……このまま帰れるんじゃ?」


「学生らしく!授業ターイム!!精力善用よ!!繁殖活動に体力や時間を注がれては、くるみ先生のキャリア、ズタボロになっちゃうかもだし……っ」


 三十三番高校に関わることは、ろくなことではないようだ。くるみ先生は、オレと七瀬川を急かすようにして、プレハブ校舎の二階部分にある教室へと導いた。保健室での不祥事が彼女の最も恐れることだろうから。


 ……まあ。


 自慢にはならないけど。七瀬川にエッチなことをするような勇気はない。ヘタレだから?そうかもしれないけど、会ったばかりの美少女を襲うとか、エロ漫画じゃあるまいし。


 それに。性欲はともかく。恋愛……ってものに、オレは少しばかり抵抗を感じている。改造人間になっていた白川に襲われて、戦ったから―――片思いしていた女の子に、オレは殺されかけてしまったわけで。


 そのイベントは、オレの恋愛観に歪みを与えたんだ。


『さあ!!今日も化学の授業を始めよう!!』


 芸人並みに明るい文科省推薦の教師型AIは、スクリーンの中でテンションの高さを保ちながら、派手な効果音と共に、分子構造のモデルを手のひらの上で回転させる……。


 机について、マジメに勉強だ。


 AIによる授業って、空疎な感覚を受けるというか。悪くはないけど、無機質だな。視線をスクリーンに集中させていないと、評価にマイナス査定が入るとか……強いられる感じは好きになれない。


 でも。それは人それぞれってもので。七瀬川は全く負担に感じることはないようだ。至極マジメな態度で授業を受けている……となりの席になったオレと、コミュニケーションを取る気はないようだ―――いや、こっちを向いたな。


「おい。AI授業だからといって、気を抜くものじゃないぞ。時間は有限。自分を磨くために少しでも知識を頭に入れるべきだ」


「ド正論だな」


「当然だ。学生の本文を忘れるべからずだぞ。私の右腕として、劣等生ではな……」


 目を細められて観察される。なんというか、凡庸な学力の人間としては、少しばかり不安になるな。


「……そうだね。がんばるよ」


「ああ。気負えとは言わないが、マジメさを出してくれ。そうすることで、信頼を得られるはずだぞ。チームにとって、それは得難い力となるだろう」


 ……どうやら学生たちの部隊を率いるリーダーは七瀬川で、オレはその補佐を七瀬川に依頼されてしまったようだから。


 面倒な役目だけど、七瀬川の胸を触ってしまった罰か……。


 ……。


 ……しかし。


「な、なにを、ジロジロをヒトの胸を見つめておるかっ!?」


 七瀬川がオレの視線を分析したあと、耳まで真っ赤になりながら非難の声をあげていた。


「ご、ごめん。つい、思い出して」


「お、思い出すんじゃないっ!!」


『ミス・七瀬川?授業中は騒いではいけませんよ?』


「は、はい。す、すみません……」


 AI教師に謝罪しながら、食事中のリスのようにホッペタを膨らませる美少女がいた。言葉を使わなくとも、視線と表情が物語る。オレのせいで叱られてしまったことに、ちょっと腹を立てているようだ。


 ……反省すべき状況じゃあるはずだ。女生徒の胸をガン見して、その感触やふくらみ加減について思いをはせるなんて……変態みたいだな。でも、オレは思春期だからしょうがないんだよ。


 マジメさを磨く必要を感じたオレは、AI教師の授業をしっかりと受けた。化学、現国、世界史……なんというか、フツーの学生生活みたいだな。


生身の教師じゃないことと、二人だけで―――教室の後ろで、すやすやと寝息を立てている、くるみ先生を無視すれば―――生徒が少なすぎるし、建物はプレハブであっさりとしているけれど。勉強だけするのであれば、全く問題はないか。


 三コマの授業を終えて、休憩時間になる。


「……ふう」


「……疲れたか」


 おっぱいをガン見してしまったペナルティ期間は終わったのか、二時間半ぶりに七瀬川の声を聞いた。


「ああ。田舎から出て来て、見知らぬ土地を移動して……色々とあったから」


「え、エッチなハプニングのことは忘れるように」


「うん。何と言うか、ごめんな」


「え?」


「いや。女の子の胸とかガン見するとかさ、失礼だろ?」


「し、失礼すぎたな……」


「それをあやまったんだよ。これからは、七瀬川の目を見て話す」


「うむ。そ、そーするといい…………と、というか、見つめすぎるな。バカ者っ」


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