第一話 『薙原ハルトの受難』 その5


「君たち!!こ、こんなところで、え、え、え、エッチなことをしてたら、許しませんからねっ!!」


 白衣を着た初対面の女性に叱られる。


 初めての経験ではない。腕を人工物に取り換えられる手術を受ける前後に、自衛隊が経営しているとかいう病院の女医にものすごく怒られた。


 ―――くそっ!!実験体として最高のタイミングとして運ばれて来たのなら、せめて肩甲骨を残した形で運ばれてきやがれ!!間抜けめ!!私のオペの評価が下がったら、お前が間抜けなせいだからな!!


 オレに文句を言うべきことじゃないはずだ。


 『改造人間』になった白川の責任のはずだった。オレは100%の被害者だったはずなのに……いや、100%じゃないか。


 でも、左の肩甲骨ごと新しい人工物に取り換えなくちゃならなくなったのは、白川がムチャクチャにオレの左腕を壊したからだしな。


 白衣を着て、オレを怒鳴りつけてくる大人の女性には、少しばかりのトラウマがある。


 ―――ほーら。これが、お前の肩甲骨だぞ。100%新品に取り換えておいてやった。サイバネの腕ともよくなじむさ。


 ……自分の体から取り出された肩甲骨を見せられるなんて、本当にドン引きしてしまう行いだ。あれって、訴訟したらオレの方が勝つんじゃないかな?


 訴訟の仕方しらないし。自衛隊ともめたら、この腕も―――あと、争いのもとである左の肩甲骨も没収されるかもしれないから、出来やしないけどな。


 訴訟大陸アメリカ合衆国にでも生まれたかったかもしれない。アメリカみたいな歴史の浅い国ならさ、古武術なんてマニアックで厄介な伝統芸とか伝わっちゃいないだろうしさ……。


「こ、こら!!無視しないの!!先生、小さいからって無視する生徒、嫌いなんですからね!!」


 自称、小さい先生がピョンピョンと飛び跳ねた。


 たしかに。白衣を着ている大人の女性ではあるけれど……かなりの童顔だった。


 七瀬川ほどの美少女感はないけど、なんていうか元気なリスみたいな可愛らしさがあるな。


「たしかに、背が小さいですね―――」


 思春期の男の子だからな。どうしても、それに目が釘付けになってしまっていた。目の前でピョンピョン跳ねているリス系白衣先生は……とても大きな胸をしている女性でもあった。


 そこそこは大きい七瀬川とは違う、大人の女性の巨乳……それが見せる立体的な躍動感にオレは視線を奪われていた。


「こ、こら!?せ、性的な視線を保健室の先生に向けるものじゃありません!!」


「え?あ、す、すみません」


「まったく!私に続き、さらに乳被害を連鎖するとは、何を考えているのだ、ハル!私の右腕として校内セクハラをすることは許さんぞ!」


「校内以外でもダメ!もっとダメ!!この三十三番高校は、いろいろとデリケートな立場だから、下手すりゃ私のキャリアが真っ暗どころか失業モノだし……」


 ……オレが流れ着いた場所は、なんだかろくでもないトコロだってことを感じさせられるつぶやきだった。


「は!!と、とにかく!!セクハラはダメです!!ほ、保健室でなんて……こ、こんないやらしい空間に若い男女が一緒にいて、せ、責任を取るとか!?……うあああああ!!も、もう、もう絶対に何かが起きてしまっているんだわっ!!」


 リスみたいな保健室の先生は、小さな両手で頭を抱えながら、その場所にしゃがみ込む。


 何かしらの誤解がここでも起きているようだ。


「どーしよう……現役大臣さまの一人娘が妊娠して、しかも、その事件の現場が私の管轄である保健室であったなんてことになったら……っ。そ、そうだ、事後にでも間に合うタイプの経口避妊薬を処方すればいいんだわ!!」


「くるみ先生。大きな誤解をしておられるぞ」


「ご、誤解?……先生、避妊の知識間違っているかな?」


「いや、そっちは私も知りませんが。そもそも、私は妊娠などしていません」


「そうね。妊娠って、行為のあとから時間差で起こるのよね。まだ、間に合うわ、七瀬川さん!!」


「というか、妊娠するような行いを私はしてませんから!!」


「そ、そうなの……いや、だって、責任とか何とか!?」


「それはハルの不注意で起きたセクハラに対しての説教です」


 ……オレだけの不注意だったのだろうか?まあ、別になんだっていいんだけどさ。


「良かった!!この子、性的にヘタレなのね!!」


 ……別にいいけど。すごく不名誉なことを言われている気がする。


 でも、『くるみ先生』は嬉しそうだから、問題はないのかもしれない。それに……教師なんかに必要以上に関わることになるのは、面倒だしな。


 ……ん。


 ……何か、忘れているような?


「初めまして、性的に安全な少年―――えーと、名前は?」


「オレは、薙原ハルトです―――」


「―――ああ!!私がメンテナンスを担当する子ね!!」


「え?」


「くるみ先生はドクターの資格も持っておられるのだ。ハルの左腕のメンテナンスをして下さる方になるな」


 ……そうだ。忘れていた。この学校でもサイバネの検査が受けられるってハナシだったんだよな。


「よろしくね。薙原くん!……私は栗原くるみです。気楽に、くるみ先生って呼ぶといいわよ。ああ、良かった。性的にヘタレな子で……」


「……えーと、よろしくお願いいたします……」


「丁寧でよろしい!」


「うむ!目上の方への挨拶は日本人の心だからな!!」


「まあ、そうだよね……」


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