第一話 『薙原ハルトの受難』 その3


 ……転校初日の登校後3分で、ナイフによる手傷を負う。この『三十三番高校』を好きになれそうだ―――なんていうハチャメチャな性格をしていたら、現代日本を生きることに多くの楽しみを手に入れることが出来たのかもしれない。


 でも、オレはナイフで切られることに楽しみを感じる性格はしていない。親父たちのよな異常者どもとは違う。古武術オタクどもとはな……。


 ……オレが、ちょっとこの学校を気に入り始めているのは、間違いなく91点ぐらい好きな七瀬川シャーロットのおかげだろう。保健室で女子と二人きり……オレは、何かを期待してしまっているのか?


 教室に行くよりも先に、プレハブ校舎1階にある保健室にオレは連れ込まれていた。手当のためだよ。冷静になると、アドレナリンが切れてしまったのか、割りと痛みを感じてしまう。


 上着を脱ぎ、そでをまくり―――傷口に対して、消毒液は容赦なく振りかけられる。


「……っ」


「痛むか?でも、ガマンだぞ」


「ドS……」


「ち、ちがうぞー。このシャーさんは、そういうタイプの子じゃない!……部下をいじめるような悪徳お姉さんではないのだ」


「お姉さんって、3年なの?」


「いいや。2年」


「タメじゃんか、七瀬川」


「そ、そうだな。でも、私の方が隊長でえらいんだからな?」


「隊長って何?」


「ん?知らんのか?統率者だ」


「……そういうことじゃなくてな」


「お前たち三十三番高校の生徒を指揮して、『改造人間』討伐の任務に就く者のことだ」


「……想像の範囲内のアレだな」


「君の知的好奇心を満足させうるほどの、奇想天外な地位でなくてすまなんだな」


「いいけど。でも、なんで七瀬川なんだ?」


「私が成績優秀で文武両道だからだろう!」


「あと美人だから?」


「ふええええ!?そ、そうかもしれんが……っ。か、からかうなあ!!消毒薬追加だあああああ!!」


「いだだだだっ!!」


 やっぱり、ドSなんじゃないだろうか?……そんな疑問が心に浮かぶ。


 七瀬川は過剰な殺菌行為の完了したオレの傷口に、医療用のスプレーをプシューと吹き付けたあとで語る。


「むー。皮下脂肪までは見えんから、救急スプレーだけで十分だろう……」


 皮下脂肪。


 聞いたことがあるけど。そうだな、皮の下にある脂肪のことだから、切られたら深さ次第では、そいつが目視できちゃうワケか……エグい、というか生々しいな。


「包帯でぐるぐる巻きにして、完成だなー」


 七瀬川は包帯を取り出すと、オレの傷口にクルクルと手際よく巻いてくれる。いらん傷を負ってしまったのは事実だが、美少女JKに傷を手当てしてもらうのって、悪い気はしないな……。


「…………でも、隊長か」


「むう。なんだね、少年。私の統率能力に不満があるのか?ネジ踏んで転ばなければ、私はあれから華麗に、ばん回していたのだぞ」


「いや。そうじゃなくて……本当に兵隊扱いされてるんだなあ、と思った」


「兵隊扱いか……法的には色々と違うらしいが、現実問題としては、たしかに自衛隊は軍隊の一種だし、私たち動員された学生も、兵隊の一人になるな。不安か?」


「死にたくはないって思ってる」


「私もだ。安心しろ。後方支援が主だと聞いている」


「……本当に?大人の言うことが信じられるのか?」


 七瀬川は沈黙をもって答えをくれる。赤いフレームの眼鏡の下にある瞳は、閉じられている。何かを真剣に考えているのか、それとも眠たいのか……。


「……君は、大人を信じないんだな」


「この3年間、情けない大人ばかりを見ていた。両親も離婚してる。いい大人って、あまり知らない」


「そうか……私は、それでも信じたいぞ。皆、この悲惨な状況を克服しようとあがいているのだ。私のお父さまだってな……」


「七瀬川の、親父さん?」


「ああ。知らんのか?……この国の防衛大臣だぞ」


「はあ?……え?マジで?」


「そうだ。この3年間で17人も交替してきた防衛大臣の、最新のヤツだ!……すぐに、下ろされるかもしれないがな」


「笑いどころかな?」


「笑ってくれても怒らんが、気分を害するかもな」


 ……笑うなって釘を刺されてしまったな。


「でも。お偉いさんの娘さんが、こんなプレハブの学校もどきに来るのかよ」


「『学校もどき』か。言い得て妙だが、私は気に入っているぞ」


「どこに?」


「ヒトが少なくて、自由なところとか」


「……良い風に考えるんだな」


「前向きでいる方が、日々を楽しく生きられる。そうは思わないか?」


「……たしかに、そうかも」


「……今の立場が、納得できないか」


「不公平だと思ってる。剣道とか、古武術をやっていたからって、どうして『改造人間』と戦わされなくちゃいけないんだって……武道も武術も、スポーツなんだぞ?戦闘とは、無関係だ」


「ああ。たしかに、そう言われると、そうだな!」


「何で、楽しそうなの?」


「いや。納得したというかな。武道や武術は、戦いのために創られたテクニックなのかもしれないが……戦いと切り離されてから、とんでもなく長い時間が経っている」


「どんなに鍛えても拳銃には勝てないし」


「あれ?でも、私の拳銃を?」


「七瀬川が不用意に近づくから」


「はうあ!?……たしかに、そーだ……っ」


「はあ。『改造人間』には、近づかないようにしろよ」


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