第一話 『薙原ハルトの受難』 その2


 ……しかし、誰もいない。学校って、もっと学生がムダにいるイメージがあるけど、東京じゃそういう常識って通じないのかな?……端末の地図情報では、『三十三番高校』と表示されているんだが―――いや、正確には『三十三番高校建設予定地(仮)』……。


「なんだよ、予定地の上に(仮)って?……どれだけ自信がないんだ」


「ん。生徒か?」


「え?」


 プレハブの二階からジャージ姿の女子が現れる。長く流麗な黒髪の少女だ。スレンダーで背もそんなに高くないくせに手足が長く見えるな……小顔で、眼鏡をかけている。その瞳の色は青く見える……ハーフか。


 少女はこちらを見ながら、あくびしつつプレハブの外側に敷設している階段を降りてくる。赤いふちの眼鏡を外して、日光にアッパーでも食らわしたいのか、左の拳を天に伸ばす……背中を反らしていたのか。


「はー……徹夜してたらさー、いつのまにか朝になってることって、あるあるだよねー」


「オレは早く寝るようにしている。朝の鍛錬とかもあったからな」


「お。堅物ー?いいな、マジメな隊員が来てくれるのは、隊長としてうれしいぞー」


「隊長って?……アンタが?」


「ん。そうだ。初めまして、薙原ハルトくん。私は七瀬川シャーロットだ。よろしくな」


 七瀬川シャーロットと名乗った少女は、白川には劣るものの、かなり可愛かった。90点……ジャージじゃなかったら、惚れてたかもしれない。服装って大事。オレ、ジャージ着た女の子に一目ぼれはしない。


「ああ、よろしくな」


 七瀬川が近づいて来た瞬間―――けたたましい警報音が鳴り響く。


 キュイキュイキュイキュイキュイキュイ!!


「な、なんだ?この変態対策のアラーム音は!?」


「……貴様ッッッ!!!」


「え?」


 七瀬川の青い瞳が、獣のような鋭さを宿していた。数秒前までのジャージをまとった緩い気配はどこにもない。猫科の猛獣を連想させる顔になり、腰裏から何かを抜き放つ。黒い何か。


 大きな鉄の塊。知っている。拳銃という武器だった。それを彼女は抜き放ち、オレ目掛けて突きつけて来た。


「『改造人間』かああああッッッ!!!」


 躊躇いを感じない。殺気というヤツだ。だから、オレは動いてしまっていた。拳銃を握りしめている七瀬川の左手を狙う―――手首を折ればいいんだぜ―――悪人顔の古武術研究家の親父の声が聞こえた。


 女の子の手首を折る?……ダメだろ、親父。


 反復で覚えてしまった反射的な動きを理性でねじ伏せて、少しばかり軌道修正に成功する。オレの左手は、七瀬川の拳銃を握る。『新しい左腕』についている指で。


「ぬう!?」


 ガギュイイイイイイイッ!!拳銃が潰れていく……イヤな気持ちになる。自分が人間じゃないようだ―――そして、さらに誤解を招いたような気がした。


「き、貴様ッ!!やはり、薙原隊員の皮をかぶった『改造人間』がああッ!!」


「違う。誤解だ、これは―――」


「問答無用ッッ!!」


 七瀬川シャーロットはいつの間にか左手にナイフを握っている。それをオレに突き立てるつもりだ、逆手だし、いい動きと鋭い速さが宿っていた。でも、そんなもので刺さられるわけにはいかない。


 右手で七瀬川のナイフの一撃を止める。オレの右腕はまだ生身だからな、こっちは大丈夫。ちゃんと折らずに手首は掴める。


「ぬう!?」


 だけど、七瀬川は暴れた。ナイフの切っ先がオレの制服の袖口を切り裂いていた。


「は、離せええッ!!」


「だから、まずはハナシを聞けって」


「『改造人間』の言葉など聞く耳は、この七瀬川シャーロットは持っていないぞ!!……って、うわ!?」


 暴れる七瀬川がすっころぶ。地面に落ちていた大きめのネジを踏んだらしい。突貫工事だったのか、あちこちにオレたちの学舎の材料のあまりが落ちている。何とも、雑な工事の始末が冴えなかったせいで、七瀬川は転び……ついでにオレは前のめりに倒れていた。


 手を離せば良かったのかもしれないが、倒れ込む女の子をそのままにしておくことは出来ず。いっしょに倒れていた。


「いたっ!」


「あ、ごめん……っ」


 ジャージ越しに柔らかな感触が左の頬に触れていた。七瀬川シャーロットは細身のくせに、それなりに胸があることを身をもって学んでしまった。


「ふぇえ!?こ、こ、この……っ」


「す、すまない、誤解に誤解を重ねてもうしわけないけれど!!違うんだ!!」


「何が違うか、このレイプ魔があああああああああああッッ!!」


「れい!?ちがッ!!」


 もがく彼女を大地に押さえつけたまま、弁明の言葉を考えていたが……説得の言葉がなかなか頭のなかに思いついてくれない。どうしたものか……と悩んでいたが、七瀬川シャーロットの方から動きを止めてくれていた。


 あきらめて『改造人間』に陵辱される気になったのだろうか?……思春期の男子高校生って、ダメだな。ちょっとワクワクしていた。オレもサイテーだ。でも、七瀬川はあきらめたわけではない。


「……むう?」


 何かを見つめている。それは、オレの右腕……ナイフで切られた制服の袖口?……いや、その奥からあふれて落ちている、赤い血のようだった。


「血?……お前、まさか……『改造人間』ではないのか?」


「……そうだよ。オレは、『改造人間』じゃない」


「では、どうして………っ!!そ、そうか!!す、すまない、薙原ハルト……写真と一緒に、資料も読んでいたハズなんだが……ちょっと、徹夜が続いてしまって、ど忘れしてしまっていたのだ……っ。何たる不覚か……あのセンサーに引っかかったのは―――」


「―――うん。オレの左腕の方だと思う。『サイバネ/義肢』だからさ……金属も少し使っている。『改造人間』と……似ている構成だから、反応しちゃったんだろう」


「……そうだな。すまん……」


「いいよ」


「……ありがとう。それで、だな」


「何か?」


「ど、どいてくれるか?押し倒して、女子に馬乗りになっているんだぞ、君は」


「あ。ご、ごめん……」


「……まあ、許してやろう。これで、おあいこだ」


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