第一話 『薙原ハルトの受難』 その1


 春が来た。めでたいことに恋が成就したとかではなく、たんに4月になった。徴兵されたオレは東京にいる。本当にイヤだが、ついに来てしまったというのが印象だ。


 ガキの頃には秋葉原に行きたいとか考えていた……スカイツリーもへし折られる前には、見てみたかったかもな。


 東京の半分は壊滅状態。焼け野原のままだ。『改造人間』たちの攻撃は日本の首都である東京に集中している。オレの通うはずの『学校』は、被災地仕様のプレハブ2階建て校舎だった。


 一応は『戦時下』だから、こういうのもお似合いなのかもしれない。『学徒出兵』はマスコミにも海外の国々からも人気がないってさ。子供を兵士として消費しようというのだから、ろくでもない発想だと国連に怒られている。


 でも、戦況はどこまでも困窮していることになる。兵士の数が足りなくなっているんだ。自衛隊も殺されまくっているし……『改造人間』にぶっ殺されるだけの職業になりたい大人はもういない。


 子供は、大人よりも文句言えないからだろう。日本政府が企画している『この状況を逆転する偉大な計画』が完成するまでの時間稼ぎとして、消費されることになった。いまさら、どこの誰がそんな計画の実在を信じているんだろうか?


 UMAの方が、まだ実在していそうと言われている状況だし、オレも16才。政治家の言葉を信じない程度には大人になった―――。


 バスに乗って焼け野原を走る。


 まともに考えたら、きっと……日本という国家は『黎明機兵団』に敗戦しているんだと思う。


 どうあれ。東京駅からバスを乗り継いで、この焼け野原の中心にやって来た。新宿が近いってハナシだったけど……焼け崩れたような高層ビルと、更地になった空き地ばかりが目立つ。


 大都会ではあるし、ずいぶん殺されちまったが、人口はまだ700万人もいる。人通りや車も多いが、空虚さが所々に目立つ。


 食い荒らされた都会ってカンジ。


 異常な景色ではある……『改造人間』たちの親玉の13人は、こないだの白川みたいな一般の『改造人間』たちと比べても、はるかに強いとか言われている。そのハナシは本当だったんだろうな。そうでもないと、これほどの破壊が起きたりはしない。


 ……政府が隠蔽しているだけで、自衛隊の新鋭機がハッキングで操られたせいで爆弾の雨が降っただけという噂もあるけど―――分からない。報道はいくつか規制されていて、アクセス出来ない部分もある。伝え聞くネット上の噂に、そういうものもあるってだけだが、説得力はそれなりに感じもする。


 ハッキングされて操られたのが新鋭機ってことは、世界で第二位の経済大国であるアメリカの主力機ってことだ。アメリカから買ってるんだからな。『改造人間』の首領たちは、それを意のままに操られるなんてことが真実だったりすれば、世界中がパニックになるかも。


 下手すれば、アメリカに核ミサイルの雨でも降らされるかもしれない。水爆で焼き払えば、『黎明機兵団』の親玉どもも焼け死ぬだろう。


 日本も焼け死んじゃうだろうけど。経済力で中国に負けたとしても、軍事力では世界一であるという強さを示せるし、『黎明機兵団』にアメリカが侵略されることを防ぐことにもつながって、指導者が選挙で勝てるかもな。


 ……はあ。


 核ミサイルの雨が降るパーセンテージが最も高い街が、オレたちの首都東京だった。そんな街に、オレは来てしまった。反逆心を示して、逃げ出せばよかったのかもな。でも、オレはヘタレ野郎だし……それに、『左腕』をまた失うわけにもいかない。


 自分の身体まで人質にされたら、政府のための犬死に要員にもなるさ。


 長いことバスに揺られた。花粉症対策のマスクをつけた東京人の群れを見守りながら。こんなときは端末でゲームに耽りたいけど、『左腕』で端末を持つコトが怖い。壊してしまいそうだし―――実際、もう二度ほど壊した。高校二年生の経済力では、端末を新調するのは痛い……学徒出兵すると、金入るんだっけ?


 日本経済は疲弊しまくっているから、政府にも金はない。自衛隊にも金は無いんじゃなかろうか……不安になって、端末を大切に扱うような癖がついてしまっている。握力で端末握りつぶすようになるなんてな……子供の頃に見てたアニメみたい。


 カッコいい?


 いいや、変な目で見られるぐらいなら、オレは普通でいい。古武術の家なんかに生まれるんじゃなかった。


 ていうか、母さんに引き取られていたら良かったな、親父なんかじゃなくて……ヨーロッパでドイツ系スイス人のインテリ中年男をダディとかパパとか呼ぶぐらい、日本で学徒出兵の刑に処されるぐらいなら、いくらでも耐えられた。


 バスが停まった。オート設定にしている端末のナビが小声で教えてくれるから、その指示に従って歩いて行く。300メートル直進です。はいはい、と相づちを使う。オレは可愛らしい子だよな。機械とおしゃべりするぐらいの愛嬌はある。


 端末のキャラクター……アレ、ちょっと前までは白川似のアニメキャラだったんだけど、今はデフォルトの地味なヤツに戻している。それはそうだ。白川に襲われて、色々と価値観が変わったからだ。


 白川似のキャラで書かれたエロマンガを読むことも、あのとき以来しちゃいない……性癖だって変わる。好きな子が『改造人間』になって、オレのことをぶっ殺そうとしてきて、そのうえさらに―――。


『―――目的地に到着します!お勉強、がんばって!』


 ……ああ、端末にはげまされる。日本の学生の多くは、学校に行きたくないとかいう統計でもあるのかもしれない。端末会社って、やたら学生をフォローしようとするから、この励ましボイスもその一環なだけかな。泣けてくる。心は奪われることはないけれどね。


「……しかし」


 オレは目の前にある3階建てのプレハブを見て、ため息を吐いていた。ため息は得意だ。徴兵されてから、毎日45回は吐いている。うつ病にならないのが不思議なぐらいだと思う。オレは、鈍感なのかもしれないな。


 気分を悪くする出来事にあふれたサイテーな日本には、今日も新たなガッカリをオレの人生に送り届けてくれた。


「何コレ、掘っ立て小屋じゃねーかよ……」


 プレハブ校舎……ニュースでは見ていた。世の中の状況からすると、しょうがないのだろう。だが、実際に地方のマトモな高校からやって来ると、そのみすぼらしさには心が砕かれた。


 高校2年の春から、こんな大きめの鶏小屋みたいな場所で学生もどきをしながら、兵隊もどきとしてもコキ使われるなんてな。先進国の16才としては、サイテーの暮らしの一つだろうよ。


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