序章 『日本の1000日闘争、不発する』 その3
無責任な政府の方針で、こんな物騒なものを持ち歩いても良くなった。改造人間に対する自衛手段としてなら、銃も刀も持ち運び可能だ。ようは自力でどうにかしろってこと。
軍隊が勝てない相手に、自衛もクソもないと思うのだが……一般国民同士のあいだで傷害事件や強盗事件が頻発し、かえって治安が悪くなったという説もある。
ほとんどの良識ある日本人は武装なんてしちゃいない。申請は面倒だし、危険人物扱いされる。店によっては武器の携帯は禁止していたりするしね……オレは最大手のコンビニに立ち寄れない。
親父が持って歩けと言い出したんだよ。主体性の乏しいオレは、そんな言葉に従っている。でも、親父の『せめて一矢報いて死んだ方がマシだろ?』という考え方には、ちょっとぐらいは共感しているけどな―――。
「そうなんだ。スゴいね。剣道も、強いんだよね、薙原くんって?」
「……そこそこ。県大会で優勝出来ないレベルだけどね」
「それでもスゴいよ」
……女子にスゴいって言われると、死ぬほど嬉しいんだな。ハロルドに報告したい。
「おーい!薙原ぁ!鼻の下伸ばしてないで、さっさと言えって!!」
「うるせえ!!」
「何かお話しがあるの?」
「いや……その……なんていうか……」
……言っちまうか?
どうせ、ダメだったとしても、すぐに東京送りになっちまうんだし。ああ……誰かに相談したい。ほんと、オレって、ダメだな……ヘタレ野郎だ。せっかく、白川がこうしてオレのことを、じっと見つめてくれているわけだし……。
……生唾を飲み込む。この音が、聞こえていなければいいんだが。変態みたいだよな、女の子見ながら……興奮してるみたいだし。でも、興奮っていうか、ドキドキはしてるな。初めて真剣を振らせてもらった時みたいに―――いいや、あの時よりも、はるかに、もっと。
「あのね」
「え!?」
「私も、話したいことがあったの」
「な、なななに?」
「私から言ってもいいかな?」
「あ、ああ。先に、どうぞっす」
……オレ、なんで敬語だ!?……クソ、テンパるな。落ち着け。深呼吸か?いや、変な呼吸してたらキモいか―――?
「―――あのね。私ね」
……彼女は笑っていた。とても、魅力的に。心を奪われる。前から奪われていたけど、数秒前よりもずっと……だって、その笑顔は、オレのためだけのものだったから。瞳が、彼女の瞳が輝いていた。
……そう。
……比喩じゃない。
本当に彼女の瞳孔の奥底に、赤い光が輝いている。オレは、その瞬間に何かを悟っていたんだ。フォロワー450人を舐めるな。コアで気持ち悪い武術系のフォロワーばっかりだけど、情報は伝わっているんだ。
目玉の奥が赤く光るなんて……。
そんなもの……。
答えは一つだった。
「私ね、2週間前から、『改造人間』なんだ!」
そう言い終わった次の瞬間、彼女は笑顔のまま怪物になる。彼女の体が膨らみ、整っていたはずの肢体のフォルムは崩れていく。制服が裂けて、肌が見えた……下着も見えたし、胸も見えた。
でも、巨大化して伸びきった皮膚は引き千切られるように弾け、その下には白色の金属が見える……血管みたいに走る、無数のコードもだ。
「か、『改造人間』だああああああああああああああああッッッ!!!」
電車内に悲鳴が上がる。そう多くない乗客たちが、この場所から逃げだそうと方々に走っていく。前後の車両に逃げ込みたいんだろう。オレも、そうすべきなのに……出来ない。異形と化した白川の体から生えた触手の一つが、オレを監視している。カメラがついているんだ、そのぬめり気を帯びた触手の先端には……っ。
そして、逃げられなかったのはオレだけじゃない。田島カナだ。白川の親友だったアイツもこの場所から逃げられていなかった……きょとんとしている。現実を直視出来ていないんだろうな。オレも、同じようなものだけど……。
田島カナは白川に近づきながら、訊いていた。
「さ、サクラ……っ?うそ……で、しょ……?」
『ごめんねえ。黙っていて、ごめんねえ?……でもね、カナ。私はこっち側になることを選んだの。私、これで、もう何も怖くないわ!!』
「そんな、そんなあああああッッッ!!?」
『泣かないで?カナも、こうなれるようにしてあげる……こうなれば、永遠に一緒にいられるよ、いつまでも一緒に……ね。カナ?』
「ひっ!!」
田島カナの頬に、白川から生えた触手の一つが触れていた、怯えきった青ざめた顔。女の子のそんな顔を見るのは、久しぶりだった。
思い出は……いいや、記憶はいくらでもある。悲惨な記憶は、たくさんある。3年前から、何度も目撃してきた。
ヒーローは、いつも不在で、『改造人間』はいつも勝利する。怯えた顔はいくつも見て来た。自分の記憶にも、ネット上にアップされた悲惨な遺言メッセージでも。
多くを失う時代だ。今のクソみたいにサイテーな日本は、いきなり『改造人間』に奪われる!!
これは……怒りとかじゃない。
政府広報が煽ってる、そんな感情じゃない。
日本のために戦え!?……バカを言え、そんな感情じゃない。もっと個人的な、オレだけの感情。オレだけの痛みに由来する、オレのためだけの感情。
ただ、何だか……この無力がイヤだから……だから、きっと、オレは動くんだ。
白川の触手のカメラが、キュイイイイ、と鳴く。オレの動きを、見ていやがるんだよ。
『……あら。『宣伝用のイケニエくん』。私に、刀なんかで斬りかかるの?』
「え……薙原……?な、なによ……?なに……わ、私のサクラに……そ、そんなものを向けて……」
クソみたいにサイテーな日本だ。『改造人間』が『宣伝用のイケニエに徴兵された男子高校生を嬲り殺しにする』って動画撮影して、ネットで公開。こっち側のモチベーションを下げに来るって日だってある。今みたいにな。
しかも、オレ、彼女に恋心を持っていたんだぜ?……なにそれ、悲惨だ。
「本当に、クソで、サイテーだよ、この国ッッッ!!!」
そう叫んだ。
そう叫んで、勝てるはずもない戦いをしてみるんだ。時代遅れの芸みたいな古武術の作法で?……狭い電車のなかでクマみたいに巨大になった白川相手に?……オレは、泣きべそかきがなら、みじめ極まりない顔をしたまま、斬りかかっていた―――。
―――分かっていたよ。
勝てるハズなんて、無いってことぐらい。
このサイテーな日本にはヒーローなんていない。正義の味方なんていない。怯えたまま仕方なく改造人間と戦わされて、犬死にさせられているミジメな大人しかいない。
それが現実だ。そんなサイテーなものが現実だから、頼れるものなんて、何もない。
それでも。
好きな女の子が『改造人間』になんてされてしまったら、オレは刀で斬りかかれるぐらいのヤツでいたかった。命がかかったときぐらい、日本を覆い尽くしている、あきらめ由来の無気力に打ち勝つ勇気は持っていたいんだ…………好きだったんだけどな、白川のことが。
本当に、この国には、サイテーなことしか起こらない。
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