序章 『日本の1000日闘争、不発する』 その2


 三月の終わりにしては、寒い日だったよ。日本の工業活動が破綻すると、温暖化が止まったとか?……一つの国だけで、そんなことになるとは思えないけどな。


 でも。


 現実はそうだった。


 ムカつくことに海外の環境保護団体には、こういう現象を歓迎するヤツらもいるらしい。改造人間万歳?……地球の新たな守護神?……もしくは救世主とか。半分機械のテロリストなんかを、そんな風に呼ぶのは、やめて欲しいものだ。ナチュラルから最も遠い存在の一つだろうが。


 ……愚痴っぽくなる。そりゃそうだ。オレ……淡い恋心も放置したまま、東京みたいな地獄に行くことになってる―――そうだ。恋心だ。自覚するのも何だか照れくさいが、認めよう。


 ……オレは、同じクラスの『彼女』が好きだった。左肩を電車の窓ガラスに押しつけるようにして、オレはチラリと『彼女』を見た。


 猫みたいに愛らしい女子高生がいる。さほど混み合ってもいない車内だから、オレみたいに鍛錬マニアでもなければ座席に座っているもので、もちろん『彼女』もそうだった。肩ぐらいの長さの黒髪は、今日もとても綺麗だったし、今日も仲良しの陸上部の日焼け女と楽しげに会話中だった。


 白川サクラ。それがオレの好きな女の子の名前。おしとやかで、清楚って雰囲気で……とても美人だ。まるで、人形のように美しい。いつもチラチラ見ているけど、視線が合うこともなかったな。


 きっと、オレのことなんて視界にも映っていないのかもしれな―――っ!!


 慌てて首を動かしていた。オレは誤魔化すために端末を取り出す。白川に見られた!!ああ、くそ……オレのマヌケめ……っ。


「……おーい、薙原ぁ!」


 湯川の連れの運動部員の日焼け女が、田島カナが近づいてくる。ニヤニヤと嬉しそうな顔面をしたままな。


「……なんだよ」


「お?反抗的な態度じゃん。スケベな目で私のサクラのこと、見てたくせに?」


「見てないし」


 ……てか。私のサクラって何だよ?


 そう問い返したくなったが、勇気が足りない。バカな思春期の頭脳は、百合に耽る女子高生たちを想像してしまったからだ。何とも、恥ずべきことだよな。でも、しょうがない。スケベはオレだけではないはずだ。


「あはは。女子に話しかけられて照れてるー……ねーえ、薙原?」


 日焼け女が顔を近づけてくる。そこそこ可愛いが、オレの白川とは比べるまでもない。100対80ってトコロのフェイスだ。オレは、コイツになら挙動不審にならずトークが出来そう。


「なーんか、失礼なこと考えてない?」


「考えてねえよ」


「そう?なら、いいけど。でね、アンタさー」


「なんだ?」


「……サクラのこと、好きっしょ?」


「……ちげーし」


「あはは。ガキっぽいわ。ホント。男らしくない」


「……徴兵されるレベルで男らしいっつーの」


「そうかもだけど。そんな状況になっても、コクれもしないヘタレなのが、ガキよね?」


「……だから、オレは、白川のことは―――」


「―――私が、どうかしたの?」


 ……マズい。白川がオレたちのところにやって来ていた。車内が空いているせいだ。くそ、改造人間どもめ!お前らがヒトを殺しすぎたから、空いてるんだぜ……オレの青春にまでストレスかけやがって!!


「サクラー。コイツさ、アンタにハナシがあるんだってさー」


「おい!?」


「え?私に話し?そうなの?薙原くん?」


「……いや、別に……オレは」


「じゃあ、私は少しだけ離れておいてやる」


「おい?」


「最後の二人っきりの時間かもしれないんだから、有効に使え、バカ凪原!」


「……うるせえ日焼け女」


 余計な気を使いやがって。だから、面倒見が良さそうな生活感のある女って嫌いだ!余計なことばかりしやがるんだからな……っ。


「ねえ。薙原くん」


「あ?え、な、なんだ?」


 挙動不審だな。なんつーか、情けねえ。美少女一人にこんな無様な態度を晒すなんてな……まったく、マトモに彼女の顔を見ることも出来ない。オレは、彼女に顔の右側しか向けられなかった。なさけない。きっと、顔が赤くなっている。


「あのね。薙原くんって、東京行くんだよね?」


「あ、ああ。来月からは……って、もう、2週間も無いけどさ」


「そっか。さみしくなるね」


「……そ、そうなのか?」


 変な期待をしてしまう。情けない。バカみたいだ。それでも、心を誤魔化すための言葉も態度も使えなかった。こんな言葉、ただの社交辞令のはずなのに……それ以上を求めようとしてしまう。愚かなことだ。オレに気があるのなら、もっと前から見ていてくれたんじゃないか。


「うん。私は、さみしくなるなあ。薙原くん、徴兵されたんだよね?……自衛隊に行くんだよね?」


「いや。一応は、学校らしい。高校生活はやれるけど……兵隊もさせられるらしいけど」


「大変だね」


「ま、まあな……」


 カッコつけたいな。でも、どうすればいいか分からん。ニヤリと笑ってみる?……マヌケな顔になりそうだ。戦場送りになって好きでもない国のために犬死にするかもしれない男子高校生って、どんな顔すりゃ女にモテるんだ?


 ……検索して調べたいけど。こんな状況で端末いじるわけにもいかない。困ったな。君のために戦うよ!……とか言えばいいのかな?……カッコいい?それとも、イマイチか?……そもそも、東京なんかを守っても白川を守ることにはならないし、ワケ分かんないか……。


 無言になっちまう。


 本当に、ヘタレだ。自分が好きだと思っている女の子に、カッコつけることも出来ない。にやけた笑顔で、困ってる。ほんとうに、しょうもない男だな、オレって……。


「あのさ。それって?」


「え?」


 白川はオレが背負っている『モノ』を見た……オレが徴兵された理由になる物体だ。許可を取って、専用の袋に入れてパッと見では分からないようにしているのだが……。


「『刀』なんだよね?」


「……ああ。刀。うん、オレ……実家がそういう家で」


 バカみたいな答えだった。『そういう家』って何だ?家に刀があるなんて、ヤクザか?


「薙原くんの家って、道場なんだよね?剣道とか?」


「剣道っていうか……古武術?」


「何が違うの?」


「えーと……剣道は軽い竹刀を振るための技術だけど……うちの古武術は、真剣を振るための技術で……かなり、体の使い方が違うんだよ」



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