最高のお祭り

黒猫(ながしょー)

第1話

 俺はある夏、運命の人と出会ってしまった。

 色白い肌が浴衣と似合い、一際目立つその美少女の名は夏川祭。

 祭とは、たまたま最後のりんご飴を買おうとした時に被ってしまい、その後、どちらとも一人ということもあって、一緒に行動をともにしているのだが……


「本当にりんご飴食べないの?」


「た、食べられるわけねーだろ……」


 俺と祭は今、祭り会場から少し離れたベンチに座っている。

 ここは、見晴らしがよく、会場全体が見渡せる上に、花火を見るのにも最適だ。地元の間ではカップル席とか言われているらしいが、俺たちが座っているのはたまたまなだけであって、他のベンチが空いていればそこに座っていた。

 そんな中で祭は自分の食べかけを俺に押し付けてくるが、そんなの食べてしまえば……か、かか関節キスになってしまう。

 が、本音を言えば……めちゃくちゃ食べたい! りんご飴が好きとかそんなのは関係なしにね!


「私は間接キスとか気にしないのだけどなぁ……」


「ほ、本当に……?! じゃあ……」


「なんてね!」


 そう言って、祭はりんご飴を引っ込めると再びかじり始める。

 

「なんだよ! ただ、からかいたかっただけかよ!」


「ごめんごめん、そんなに拗ねないで?」


「す、拗ねてなんか……ないし」


「拗ねてるじゃん! じゃあ……仕方ないなぁ。はい」


 祭はそう言うと、俺の手にりんご飴を待たせる。

 そして、上目遣いで俺の瞳を捉え、


「特別、だからね?」


 ズッキューン!

 ハートが撃ち抜かれるような音がした。いや、正確には幻聴なんだけど。

 とにかくこんな色白美少女からの「特別」という日本語がこんなにも夢を見させるような素晴らしい淫語だったとは……生まれて初めて知った。

 俺はいかにも平静を装いながら、りんご飴をじっと見つめる。

 ――これを一口かじれば、間接とはいえ、ファーストキスになる。落ち着け俺……慌てるのでない。相手はただの食べ物だ。慌てて口にしなくても手を離さない限りは逃げたりしない!

 俺はゆっくりとりんご飴を口に近づける。


「ねぇ、あれって、UFOじゃない?」


「え、ウソ? って、あああああああああああ!!!」


 ベンチから勢いよく立ち上がった反動で縦半分くらいまで食べられていたりんご飴が串からポロリと地面に落ちた。

 その様子を見た祭は口元を抑えて、上品に笑う。


「残念だったね。もう落ちちゃったし、これは食べられないよ」


「ざ、残念って……お前がUFOとか言い出すからだろ!」


「UFO信じてるなんて、君はピュアだね」


「う、うるせぇ!」


 こんな性格でも顔が超絶可愛い祭。

 今日初めて出会ったとは思えないほどに意気投合した俺らは、もしかすると友達以上の関係になれるかもしれない。

 俺はそう思い、名前以外の情報を訊き出そうとする。


「そ、そういえばなんだけどさ、祭は何歳なんだ?」


 すると、祭は一変して表情を変え、何とも言えないような面持ちになる。


「なんでそんなこと訊くの?」


 祭の声が先程とは違い、冷たい。

 何か悪いことでも訊いてしまったのだろうか?


「え、えーと……答えたくなかったら別にいいんだ。気にしないでくれ」


「ううん、そういうことじゃないの。君にとやかく言ってもお門違いだよね」


 祭は乾いた笑い声を上げる。


「私の歳の話だよね? 君と同じくらいだよ」


「そうか……他のことも訊いていい?」


「うん、いいよ。答えられる範囲ならね」


「じゃあ、彼氏とかは……?」


 いきなりこんなことを訊くのは早すぎただろうか?

 俺の中では一番気になるところであり、知りたいことである。

 ここでもし、彼氏がいることを知ってしまえば俺はどうなる? 失恋の悲しさできっと大泣きするに違いない。というか、そうするつもりだ。

 俺は内心、合格発表を待っている学生のように心臓をドキドキとさせる。


「彼氏は……いる」


「ウッソだろおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 俺の絶叫にも似た叫び声が祭り会場に響き渡った。

 幸い俺の声だとかは気づかれず、来客者はキョロキョロするだけに留まったものの、俺は現実が受け入れられないほどショックを受けていた。

 それを見た祭はクスクスといきなり、笑い出し……


「本当に君は面白いね。ウソだよ。彼氏なんて生まれてから今日までいない」


「ほ、本当に……?」


「ん、ほんとだよ」


「よっしゃあああああああああああああああ!!!」


 次は歓喜の叫びが会場中に響き渡る。

 俺はあまりの嬉しさに頬が無意識に緩み、ニヤニヤが止まらない。

 

「じゃ、じゃあさ、住んでるところとかは……?」


「それは……内緒かな?」


「えー。じゃあ、通ってる学校名とかは?」


「それも言えない」


 その後、祭は何も答えてくれなかった。

 なんでそこまでして自分のことを秘密にしたがるのだろうかと次第に不審に思っていると、


「ごめんね、他の人には自分のことを言っちゃいけないってお母さんに言われてるから」


「そっか。なら、仕方ないな」


 もしかすると、家庭的な事情とかがあるのかもしれない。

 人には言えないこと……誰だって一つや二つは持っている。

 だから、俺はあまり追求することをやめた。

 気がつけば、祭はもう終盤に差し掛かり、花火が数発打ち上げられている。

 

「そろそろ私帰らなくちゃ……」


「え?」


「もう時間だから……ごめんね」


 祭はベンチから立ち上がる。

 俺はそんな祭を見ることができなかった。

 もう祭とはお別れ。二度と会えないかもしれない。

 俺はそう思った。

 だからかもしれない……俺は立ち去ろうとした祭の片手を咄嗟に掴んだのは。


「……どうしたの?」


「あ、いや、その……」


 祭は驚いた表情をしている。

 俺は何も考えずに行動を起こしたため、少しの間沈黙する。

 そんな俺を祭は何も言わずに待っていてくれている。

 

「あ、あのさ……」


「うん」


「お、俺……お前のことが好きだ。いきなりかもしれないけど、初めて会ったときから好きになった。だ、だからさ、俺と––––」


「ごめんなさい」


 俺の初恋は一瞬にして終わってしまった。

 まぁ、普通に考えてそうだよな。今日初めて出会ったばかりのあまり知らない男子からの告白なんて断られて当然。


「そ、そうだよな……あはは。全然気にしないでくれ」


 若干……いいや、随分な強がりで俺は祭にそう言って、掴んでいた手をそっと離した。

 こんなことで変な気を使わせるわけにはいかない。

 今にでも泣きたくなるような気持ちを必死に抑え、笑顔を祭に見せる。

 だが、祭は「そういう意味じゃないの」と言って、再びベンチに座る。


「君のことが嫌いというわけじゃないの。ただ、私と君はまたいつ会えるか分からない。だから……」


 祭は顔を俯かせる。

 その表情は先ほどのからかっている時の無邪気な表情とは違い、とても悲しそうに見えた。

 どういう事情があるのかは分からない。

 が、これだけは自信を持って言えるような気がした。


「また会える! 近いうちにまた」


「そう、だよね……ありがと」


 祭は顔を上げ、ニコッと微笑む。

 そして、そのまま顔を近づかせ……


「なっ?!」


「これは約束の印」


 そう言った祭は俺の頰にキスをした。

 やわらかい感触に湿った感じがまだ頰に残っている。

 俺はその部位を手で抑えながら、放心状態で祭を見つめる。


「じゃあ、またね」


 祭はそう言うと、ベンチから立ち上がり、次こそ俺の元から去って行った。

 俺にとってはかけがえのない夏の思い出。

 この日が人生にとって、”最高のお祭り”だったのは言うまでもない。

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最高のお祭り 黒猫(ながしょー) @nagashou717

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